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桜の伐採・・・。

DSC07483私がFBの7月29日に掲げた記事で、多数の方からコメントを頂いた、我が家(マンション)の桜のこと。一度私の気持ちをブログで書かなければと思っていました。心に穴が…と書いた通り、春の開花はもちろん、さくら紅葉の芳しさや、四季を告げるマンションの象徴でもありました。大家さんの指示とは言え、枝だけでなく、木ごと処分してしまうall or nothingのやり方に憤りを覚えました。(それで大家さんは近くにいないこともなんとなくわかります…。)親切に寄せて下さったみなさまのご意見を拝見しながら、考えさせられました。ただ、専門的に狭い場所に植えてあることの「非」や批判は、理解できますが、日本人は、道路や土地にもともと木や石があった時に、それを避けて、あるいは残したまま作られているところが多々あります。
私の住まいも、あの阪神淡路大震災を経て建ち残った古い物件ですが、建設時に植えた「桜」ではなくて、マンションを建てる時に唯一遺した2本だったのだと思います。でもそれがマンションは古くても「借景」は、住人だけではなく、近所の方や通行人を楽しませてくれた貴重な桜でした。
通行人のクレームは、想像がつきました。マンションは三差路の角で、よく交通事故があります。それも自転車や通行人の間の事故で、強引な走行で人と接触するのですが、きっとその言いわけに使われたように想像します。柳でもあるまいに…。でも命ある木、ここまで成長した桜の歴史を思うと、風雪に耐えながらも、毎年毎年私たちに心の潤いを与え続けてくれていたことの感謝もなく、通行人のクレームで処理をしてしまう事なかれ主義や、人間性のなさに私は絶望したともいえます。実は数年前、阪神電車の甲子園の線路の拡張工事で、土手に植わっていた立派な桜がひょっとして…と思ったその日の夜あったはずの大きな桜の木がなくなっていたことがあり(ブログにも書きました。)私には、2度目の大ショックでもありました。「木の定め」とすれば、あまりに残酷で、私は定めだとは思いません。桜に対して犯罪に近いような気持ちがします。折しも佐世保の事件を想像したというコメントの通りです。私も何だか、このマンションに対する愛着が急に薄れました。みなさまのコメントに感謝しつつ、私は桜の木を偲びたいと思います。

さくら1よざくら