震災記念日を前にして

あの日から、もう15年がたつのか。忘れてしまいたい遠い過去の記憶。
つい、12日には、西半球で最も貧しい国と言われるハイチで大地震がおきた。
連日テレビ・新聞で報道がなされているが、被害状況・救出・援助状況などが
まだ明らかになっておらず、現地のパニックが伝えられ痛ましい限りだ。
阪神淡路大地震の教訓が、日本の地震災害サポートのボランテイア活動を活発に
させ、全世界で最上の評価を得て、そのつど引っ張りだこで出動される。
勇気と責任感に頭が下がるが、自然災害である以上は、終わりのないボランテイアだ。
私も被災して、多くの方々から受けた善意や厚意は、一生忘れられない「重い感謝」
となっている。ご恩返し…より、受けてうれしかった自分の気持ちと同じように
相手を慮り、親身になれるような生き方をしたいと思う。
新年早々から、「震災」関連番組が後を絶たないが、私はあまり見たくない。
未だに傷を負って生きておられる方が多いからかもしれない。
私や家族は、幸せなことに紙一重で「生かされた」が、知人で亡くなられた方も
多く、昨日まであって、目の前の破壊された「町」に呆然とした時を思い出す。
復興の「ともしび」のシンボルとして始まったルミナリエも行く気力のなかった
当初から、とうとう今日まで行く機会を逸してしまった。
喉元過ぎれば…のことわざ通り、各地で大地震が起こるたび、報道がそちらへ移ると
もう過去のこととなってしい、「他人事」は見たり、同情しても限界がある。
そう思うたびに私は被災経験があるということは、他人の「痛みがわかる」だけでも
よかったと思うのだ。
毎日の生活が突然にして白紙になること。
生死の悲惨や不安との戦い。
もとの生活を取り戻すまでの我慢や苦労。
私なりにいろいろなことを体験したが、今日「戦争」「病気」など…震災よりも
悲惨な体験を超えてこられた言われる方々の話などを聞くと、その人にとって
それぞれの人生観があるわけで、一概に1つの出来事で計ることはできないが、
人間は平穏な人生を過ごすことのほうが、むづかしいのかもしれない。
明日は神戸に皇太子ご夫妻が来られるらしい。
被災地に来られた天皇・皇后陛下のねぎらいが日本人の心の癒しになることを
実感したできごとでもあった。
15年前の被災を超えて今、私は生きている。


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