明日香村の春

2月2日には飛鳥坐神社で、西日本の3大奇祭の一つと言われる有名な「おんだ祭」
が行われます。
神社はきっと今頃準備で大変なことでしょう。ちょっとお天気が心配ですが…。
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明日香村、大和ひいては日本の国の五穀豊穣を祈って、農耕民族の日本人の信仰と祈りの
ご神事が今も続いています。
普段は静かな境内も「福の神」にあやかりたい人々の群れでいっぱいになります。
私は毎月講座で明日香村へ伺っているので、お正月に敬意を表しにご挨拶に行ってきました。
年中咲いているという「桜」も有名ですが、やはり坐神社ではすでに桜の開花が始まって
いました。
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久しぶりの坐神社には、犬養先生揮毫の歌碑がありますが、なんと昨年2基が建立され
増えていました。
1基は、境内の階段の横に「三諸の子守歌」(オカモいわく)が…。
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もう1基は拝殿手前の桜の木の横に…。加夜奈留美神社と同じ歌?
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建立が飛鳥古京を守る会となっているのですが、この会はすでに解散して消滅した会。
今頃なんで…なんだか釈然としない感じ…。想像の域ですが、残金・浄財の還元のような
気がしてならないです…(とひとりごと)。
しかし、坐神社の見どころが増えて、大変にぎやかになりました。
そうそう、私が犬養万葉顕彰会の会長をしていた時に、会員のおひとりから申し出がありました。
それは、犬養先生と一緒に歩いた和歌山県の「糸我」の桜の枝を持ち帰り、挿し木をしたところ
植木鉢で手に負えなくなったので、明日香村の犬養先生のゆかりの場所に移植して育てて
ほしいという申し出でした。移植地に悩んでいたところ、坐神社の飛鳥弘文宮司が快く
引き受けてくださり、宮司自らの手で植え替えてくださいました。
1メートルくらいだった桜が、「糸我の桜」がこんなに大きくなっていました。
残念ながら、花は一度も咲いたことがないそうで…。どうしてかしらん???
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飛鳥坐神社の正面も整備が進み風景がより美しくなりました。
さて、明日どれくらいの方々が訪れることやら…。ニュース報道があることでしょう。
私は、サロンで加藤ヒロユキさんのラジオ番組「涙のラブレター」の公開イベントがあり、
見に行くことができません。残念!!!

仕事始めは明日香村から…。

今年は穏やかで、温かいお正月でした。
天気予報通り、週末からは寒気が強まり…との予報通り、仕事始めの5日は、
暦の上でも「寒の入り」。
甲子園を7時半に出発するときは、温度は2度で今季もっとも寒い朝?のようでした。
人口6000人の明日香村ですが、その中では「大字」という、ブロックごとに住民の方々の
自治組織があり、それぞれの集会所を中心に懇親を深めたり、行事があったり、連帯の
形があります。私はこのたび、明日香村奥山地区の「新年例会」の今年第1回目の「講話」の
講師として、招かれました。
推薦者が私と親しい稲淵の小倉さんでしたし、半年前からの明日香村の万葉講座の経験も
信頼して頂けた理由の1つだと思います。
朝10時からの講演に合わせて、早くに出発したのは、主催者からのご依頼で「万葉衣装で」
ということでした。確かに、お正月ということもあり、「お正月らしさ」を演出するのに、
漠然と着物を着ようかな…などと思いましたが、奥山総代で、お世話役の米川さんが、
きっぱり「先生、万葉衣装でお願いします。」とおっしゃったことで、始めはコンサートでも
ないのに…と思っていましたが、いざ着替えてみると「万葉」にこだわる私の新年の晴れ着は
やはり「万葉衣装」かもしれない!と素直に納得したことでした。
奥山の集会所は着替えるところがないので…と米川さんのご自宅を提供してくださり、
あたたかくぬくめて頂いたお部屋でゆっくり着替えさせて頂きました。
大きなお屋敷で、旧家ならではのなつかしい間取りのお部屋ですが、犬養先生の「七瀬」の
歌の色紙をかけてくださっており、片隅にはなんと私たちが今興味深い、蓄音機が!
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レコードは「かわいい魚屋さん」でした。勝手に写させて頂きました(汗)。
やはりなつかしい往時をしのばせるものが家庭には残っているものですね…。うれしくなりました。
ご自宅と集会所は50メートルほどですが、お正月でくつろいでおられるお嬢さんを動員し、
衣装を着た私を送り迎えしてくださいました。本当にありがとうございました。
60名ほどの「ダイジ」の方々の集いで、「明日香を言祝ぐ~いや重け吉事」という題で
お話をさせて頂きました。みなさん熱心に聞いてくださり、恐縮でした。
なんと聴衆? ダイジのメンバーに私の講座に参加してくださっている、上田さん(左)と
教育委員長さんの米川日出子さん(右)がおられ、少しホッとしました。
明日香村でお顔見知りになっていてもご住居までは知らないので、「奥山」に住んでおられる
ということがよくわかりました(笑)。
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そして、雑談の中で、千葉ロッテのドラフト1位入団の荻野貴司君が、何と、この奥山出身
だそうです。私もあまりの身近な話題にびっくり! 本日明日香村出身のヒーロー発見!
阪神タイガース情報とともに、これからチェックします! 頑張れオギノ!!!
そんなこんなで、新春の明日香村スタートの仕事始め、無事に終了いたしました。
きょう1月6日からは、サロンも再開。日常が始まりました。
さて、2014年はどんな展開が待っていることでしょう! 楽しみ…。

今朝の朝食

早速、明日香のトマトをたっぷり食べたくて、朝食はトマト素麺。
頂いたシソ葉もたっぷり…。
もちろん素麺は、我が岡本家の里の「揖保の糸」でした!
ペロリ! ごちそうさまでした。
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やっぱり、明日香村でしょ!

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昨日の感動を忘れないうちに…。
先月からありがたいことに明日香村で月に1度万葉講座をさせて頂く機会を得ました。
12年間指導をしてこられた大森亮尚先生が今春退任された後、有志の方々が、今後も何とか
続けていきたいというご意向で、悩まれたあげくに私に打診を頂きました。
犬養先生や万葉の旅や思い出も深く、大好きな明日香村ですが、犬養先生が亡くなられて
からは徐々にご縁も薄くなっていき、一昨年永年務められた明日香村の関義清村長から、新進
気鋭の森川裕一村長に交替されてからは、村の体制も変化し、ますます私にとっては、
明日香村との距離ができていくようで、さびしく思っておりました。
そんな時に、声をかけていただくなんて…なんと光栄なことでしょう!
「明日香村で万葉講座」なんて、まさに釈迦に説法状況ではないかと思いますが(汗)、
還暦を迎えたこの時期、私に犬養先生が「おかもちゃん、お世話になった明日香村にご恩返しを
しなきゃね!」と背中を押してくださったような、幸運な機会にすべての方々に感謝です。
そして、先月から始まり、昨日は2回目でした。
講座の後、犬養万葉記念館の建設当時、明日香村役場の建築課の課長さんとして縁を頂いた
小倉茂次さんからご連絡を頂いていたこともあり、久しぶりに現地でお目にかかりました。
小倉さんは、現在NPO法人で明日香村の自然景観保全の活動をしておられますが、活動の一環で、
ビオトープ池を作ったところ、藻が自然に繁茂したので、これを「飛鳥の玉藻」と呼んでよい
ものか見に来てほしいというものでした。
案内して頂いた明日香村稲淵のその場所は、なんと清原先生の写真展のチラシにも使用した
飛鳥川の風景の場所でした。この写真は、昨日私が撮ったのもです!!!
遅まきながら、やっと場所を見つけました! 感動!
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なるほど、池は3つ作っておられ、素朴な様子ですが、いもりやかえるが伸び伸びと泳ぎ、
絶滅危惧種と言われるみずあおいも育っていました。また、蛍の好物「カワニナ」もいて、
水底を歩いた?(移動した)軌跡も見られめずらしい!
カエルクンの様子を写しましたがわかるかな。
小魚や、メダカも泳ぎ、思わず子供のころの郷愁にかられました。
そして「藻」は、自然に繁殖した藻ですが、明日香の玉藻はやはり「川の藻」だと思うので、
「人工池」で淀んでいる藻は「なびきあわなくに」…と表現しがたいかも…と申し上げました。
しかし、飛鳥川の水を引いて繁茂したこと→飛鳥川の藻ということで、飛鳥川の「玉藻」と
認定することで妥協しました(笑)。そこいらへんのこだわりが愉快です。
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帰り際に小倉さんの畑によって、収穫物をいろいろ頂いてきました。
ホームページトップで「ゴーヤトンネル」をご紹介していますが、ゴーヤはもちろんのこと、
たくさん作っておられる野菜の中で、「エンサイ・モロヘイヤ・青紫蘇・スイカ」などを頂戴して
きました。遠慮がなくてごめんなさい(汗)。ありがとうございました。
犬養先生が、明日香村は農村ではないけど、いろんな種類の作物ができるんだよとおっしゃって
いましたが、小倉さんの畑は棚田100選の景観の中にあり、野菜のほか、ケイトウや菊や花なすびや、
お花類も多く育てておられます。お花があるので青田に色彩を添えて、本当に美しい景色が
目前に広がっていました。私も暑いことも忘れてひとしきり遊ばせて頂きました。
たくさんみのりの品を頂戴したにも関わらず、「露地もののトマト」を求めて夢市へ。
これは母や山寺さんからも期待注文されていたので、しっかり購入してきました。
さあ、帰ろうといざ車に乗って出発時に目についたのが「あすかルビー」のソフトクリーム。
もちろんお味見はしておかないと!!!
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あまっずっぱくて、さっぱりしていました。
今日も「余は満足じゃ!」とばかり1日しっかり「明日香」を満喫してきました。
来月は夏休みで、次回は9月です。やっぱり明日香村は心のふるさとだとしみじみ思います。
明日香村の方々にも心から感謝です。

飛鳥を愛する会総会

3年前に発足した「飛鳥を愛する会」。
唯一の女性役員として、坂本先生にご推薦頂きましたが、行事のたびに用事と重なり、
名ばかりの役員でした。
4月20日・21日と、今年初めて、会員総会と翌日の研修旅行にも参加することができ、
会の様子を知ったり、会員の方と一緒に、考古学と万葉の世界から「飛鳥」を味わい、
考えることができました。研修旅行の行先は「巨勢路」
久しぶりに訪問した阿吽寺には、犬養先生の歌碑に文字通りいろんな種類の「椿」が
花を添えて、「春」の訪れを告げていました。

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犬養万葉記念館恒例の若菜祭

4月の最初の日曜日に行われる今年は、4月7日。
珍しい雨の朝でした。明日香村の桜はどんなかな、石舞台のオカモ桜は?と楽しみに
出かけましたが、生憎の雨に加えて、寒くもあり、見ごろまでもう一息でした。
いつものように午前中は、犬養万葉記念館に有志が集まり、飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司に
ご神事をして頂きます。
天候が悪かったため、祭壇は記念館の中に設置。
「弥栄」「安泰」を願って頂き、いつもながらのいいお説教をしてくださいました。
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全員が玉ぐし奉奠をさせて頂き、今年も記念写真です。森川村長になられてから、ご出席が
かなわないことがとても残念に思っています。参加者も年々少なくなり…。(ちょっとさびしい)
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午後からは、場所を中央公民館に移し、記念講演会と万葉朗唱の会があります。
私は午後からTSUBAICHIで、山口ひとみさんのライブコンサートの予定と重なってしまった
ため、ご神事だけで、失礼しました。
犬養万葉記念館の庭の先生の歌碑が雨に濡れてかえって味わいがあり…。
また万葉歌碑の歌にもある、やまぶきの花の咲き初めにも出会い、ちょっとほっこり気分。
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やっぱり忘れてた! 若菜祭

何か大事なこと…と、思い出しました。
4月7日は、山口さんのライブと、明日香村の犬養万葉記念館の若菜祭とが重なってしまったので
私は朝からの記念館神事だけ参加させて頂きました。
犬養先生の記念日には珍しい曇ったような雨のぱらつく朝でした。
明日香村の桜はどうかな…と思いながら、やはりまだちらほら。
1週間ほどしたら満開かなと思わせる感じ。でも記念館の庭の犬養歌碑にある「山吹」が
咲き始めていました。
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天候が悪かったので、飛鳥弘文さんの司式は屋内に準備された神棚の前で行われました。
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残念だったのは、必ず参加してくださった明日香村村長が、関さんと交替されてからは、
一度も参加してくださっていません。(2回目)
やはり「犬養先生」とのご縁が薄いせいでしょうか、前村長のような思い入れが少ないのは
仕方がないことかもしれません。
でもあえて来て頂くことで、明日香村と犬養先生について意識を深めて頂きたいと切に
願っております。
飛鳥弘文宮司の心尽くしのお説教を頂き、いつもながら感謝です。
今年は犬養先生の15年命日祭の年でもあり、記念館の弥栄を心から祈りました。
               
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そして、TSUBAICHIサロンへ移動したというわけでした。
大事なこと、書き忘れました。犬養先生ごめんなさい!(汗)

第10回 万葉の歌音楽祭

明日香村の犬養万葉記念館の目玉イベントでもある、万葉の歌音楽祭。
犬養先生が、万葉歌を声に出して味わわれた「犬養節」が、万葉朗唱として定着したが、
今私が万葉歌に自由にメロデイを作曲して、万葉歌を楽しみながら歌うことを評価して
頂き、犬養万葉記念館の「若い世代に万葉を親しんでもらうイベント」としてスタートした
万葉の歌音楽祭。この機会も10回目を迎えた。
私の活動を尊重して頂き、私が総括の審査委員として信頼されているのも光栄なことだ。
例年、中秋の名月の時期に合わせて、明日香村の石舞台公園の風舞台で本選が行われて
北が、今年はじめて、秋の行楽シーズンである「文化の日」に本選が行われた。
明日香村では、これも恒例の文化協会主催の村の「文化祭」の日で、やはり明日香村の方々
も参加し、多くの人々が見守る中で音楽祭を行ってほしいと少し残念に思った。
今年の予選を勝ち抜いた7組の方々。(お一人は体調不良でドタキャンだった。)
結果は、大賞は、「泊瀬川」を歌われた「結」のみなさん。音楽祭ではおなじみとなった
風香さんとおっしゃる実力派の万葉歌人と、初瀬川の流れる地元、桜井市忍阪の方々との
コラボ演奏で、「万葉故地」と一体化したテーマへの意気込みとこだわりが、また素晴らしく、
豊かな万葉世界の歌唱に加えて大きな加点になったように思う。満票の大賞受賞だった。
おめでとうございます!!!
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あとの2つの明日香村村長賞と、記念館賞の決定は、票が僅差で、大いに議論があった。
すべてを終えてから、私が僭越ながら講評をさせて頂いたが、この時こそはプライドを
かけて、また「万葉うたがたり活動」の自信と信念に満ちた思いで、講評をさせて
頂いているので、さすがに熱っぽくなってしまうようで、森井村長に「憎まれ役?」
と言うような労いを受けたので、さすがに苦笑いしてしまった。
しかし、11月の明日香村はやはり寒い。すっかり冷え切った体を「きつねうどん」で
暖めて帰路についた。
島の宮の山側は、おー、いつもながらの赤いそばの花の畑が続く…。
寒くても、やはり目前の青垣に籠れる明日香村の光景は、落ち着くなあ。
翌日は、桜井へ。
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「飛鳥を愛する会」会議

長年続いた「飛鳥古京を守る会」が1つの時代の役目を終えて、解散されたことは記憶に新しい。
犬養万葉顕彰会が解散した時と似たような会員状況が起因していることも否めない。
しかし、飛鳥古京を守る会に入っておられた方々の意を受けて、また、引き継ぎ「明日香村」を
多くの人たちが、愛し、守り、支えていくために「何か」「誰か」中心で導いていく「核」が
必要となる。
昨年春、坂本先生からご連絡を頂き、新たに「飛鳥を愛する会」を起ち上げ、考古学と
万葉集の先生方を中心に、再び「飛鳥ファン」のための組織が生まれた。
その組織運営の中に、私にも参加・協力の要請があり、発起会早々から欠席していたにも
かかわらず、会の役員に名を連ねてくださっており、大変恐縮した。
ただ、「私」は」1民間人であり、熱い思いを明日香に対してアプローチする時に、やはり
「会員」であることの意義は大きいと思うし、私も運営する側のメンバーに入れて頂けた
ことを心から感謝している。
それから約9か月…。総会・秋の旅行、何も参加できないままで気になっていたが、
ようやく初めて全体会議に参加することができ、会長の木下正史先生や、関大の橿考研の
先生方などともお目にかかることができ、よい機会となった。
また私が今回楽しみにしていたのは、秋に関村長が勇退された後、明日香村村長となられた
森川村長とお目にかかることだった。
冒頭、自己紹介もかねて丁寧にご挨拶されたが、雰囲気はロマンスグレイで、しかし
お若くて都会的な雰囲気の村長さんとお見受けした。
村長は、今明日香村のいろんな組織に馴染んでいかれることが先決で、きっと「飛鳥を
愛する会」もどのような会なのか、興味深く参加されていたと思う。
内外ともに明日香村が注目を浴び、明日香村の活気を増していくために、森川さんも
いろいろな構想を持っておられるだろうし、いろんな団体をどのように有効利用して
いけばよいか、思案中でいらっしゃるだろう。
村としての規模は小さくても、国家レベルの特別保存法で守られた地域でもあり、
いろんな懸案事項がある中、関村長以上に、新しい時代の明日香村を作るために頑張って
頂きたいと心から願っている。やっと名刺交換ができてほっとした。
そして、犬養先生のことを知って頂くために、私たちの30周年記念コンサートのビデオを
お渡しし、第2部の「万葉人生」の犬養先生を見てください!としっかりアピール。
見てくださっているかなあ。
首長の交代で、明日香村も新たなスタートを切られたことを実感した。
私もあらためて飛鳥を愛する会で何かお役にたてれば…としみじみ思う。
そうそう、事務局長の北村憲彦さんは、私と同じ年。また犬養先生と親しかった明日香村の
文化財課出身の方で、犬養先生のことをしっかり覚えてくださっている方がこの組織に
おられたことも幸いだった。
神に感謝!!!

松下幸之助と明日香村と万葉集

交野市は、織姫の里「かたの」として行政もともに七夕浪漫でふるさと作りをしておられますが、
また、地元近くに本社のある松下電器産業に従事された方々も多く住んでおられます。
縁は異なもの、逢合橋の七夕まつりや歌碑建立の時の関係者の中にも、パナソニックの関係者
がたくさんおられ、年に一度、年初の交野市在住の「松愛会」というOBの新年会に私に何か
話をしてほしいということで、ご依頼を受けました。
「松下」さんは、3代目の正幸さんの奥様が、ブログでも書いたように、3年前に逝去され
ましたが、甲南女子校で、中・高・大と10年間の友人でしたし、幸之助さんは明日香村の
名誉村民ですよ!と申し上げたことから、「ぜひ、松下幸之助に関わることでお話を…」と
テーマも「松下幸之助と万葉集」に決まりました。
松下さんは、明日香村の古都保存財団を起ち上げられて、初代の理事長でもあり、
私自身が今まで聞いて知っていることと、今回の機会を得て、あいまいなことは確認して
おこうと思い、先日の「雪の日の明日香村行」になったわけです。
1月29日、風は冷たくても、青空の広がる素晴らしい朝、
交野市ゆうゆうホールで、10時半から30分間でしたが、170余名の参加者が熱心に聞いて
くださいました。今回は「万葉」を語るのではなく、また男性がほとんどで反応は如何に…と
心配でしたが、あとの懇親会では、次々と「創業者のお話を久しぶりになつかしく聞きました。」
とか、「あの時、私は本社から財団の事務局に配備されて仕事をしていました。」とか、
「若いOBによく松下さんのことを話してくれた…。」とか、様々な感想を頂きました。
私のほうが、みなさんの思い出話を通して、反対にあらためて幸之助さんのお人柄を知り、
松下さんの晩年のご様子と、それに対応された社員のご様子などをお聞きして、晩年の
犬養先生に対する私たちと同じ、敬愛と純粋な奉仕の精神を強く共感しました。
また私の話をきっかけに話が盛り上がり、4月5日には、松愛会のバス旅行に私も参加し、
和歌山県にある、松下さんの生家を見学したり、お墓参りのツアーに参加させて頂くことに
なりました(笑)。
その他、枚方には幸之助さんが住んでおられた家屋が西宮から移築されて保存されている
そうで、(松下一族は、西宮市名次町に住んでおられます。)それも見学させて頂けそうです。
縁あって「松下電器産業グループ」に就職された方々が、こぞって幸之助さんを尊敬し、
誇りに思い、いまだに語り継がれるご様子に、まさに松愛会の名の通り、会社を愛し、
幸之助さんのDNAがしっかり社員に受け継がれた素晴らしい「会」でした。
おりしもNHKでは昨秋放映された「神様の女房」が再放送されています。
私も講話の機会を得たことで、松下幸之助さんの偉大さをあらためて学びました。
今もなお、PHP出版、松下政経塾など、いろんな形で人を育て、人を作り、世の中に送り
出され、日本の人材発見、人材教育、社会貢献に大きな影響を与えている松下イズムに
喝采の1日でした。(平野大臣は、HPトップに載せた通りです。)
私こそ、参加させて頂きましたことを心より御礼申し上げます。