6月27日の遊劇体リーディング会

娘の所属している劇団「遊劇体」では、この度、舞台公演ではなく、朗読会として泉鏡花の作品をとりあげていくという試みを開始。 夜に、場所が大阪であったことも幸いし、遊劇体ファンでもある山寺さんと一緒に参加した。何と大阪市北区兎我野町にある雑居ビル内のポレポレというバーが会場で限定30名と言うことだったが、果たして30名入場できたかどうか???

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第1回目は『通夜物語』の部分を、参加者全員にも「台本=原作コピー」を公開しながら2回公演だったが、1回目の後、主宰者のキタモトマサヤ氏が注釈や解説をしてくださり、 内容のみならず、鏡花の意図、表現の変化やその経緯などの説明もあり、その後の2回目は 舞台での役者の演技以上に、「朗読」というシンプルなスタイルを通じて、より自らの頭の中で『通夜物語』の展開の面白さが感じられ、貴重な楽しい経験をさせて頂いた。 キタモト氏の泉鏡花作品に対するこだわりについて、あらためて鏡花作品の魅力も含めて、泉鏡花の人と生りや、鏡花作品の時代的評価、そして当時の社会的影響など 聞かせて頂き、よく理解できた。そして、キタモト氏の、世界の古典的戯曲であるシェイクスピアやギリシア劇などへの回帰への納得や、日本的でかつ新しい戯曲の 演劇への挑戦として「泉鏡花」があるということにあらためて感心した。 娘がすぐれた脚本家、演出家の下で芝居ができる、学ばせて頂いていることがありがたいとも思えた。 理屈っぽい私には、「なぜ?」という前提、納得があっての理解であるので(笑)、娘の女優生活も意義あるものに思えるのは、身びいきそのものかもしれないが・・・。 DSC06978.jpg

7月、8月とこの形式で、朗読会(リーディング公演)が行われるとのこと。そして、本公演は、10月17日~20日まで、久しぶりに京都の五條会館で予定されている。 演題は、『お忍び』今から楽しみだ。

神戸新聞記事から

NHKの朝ドラは春から「花子とアン」が始まり、案の定、母は村岡花子に興味を示し、
「赤毛のアン」をはじめ、モンゴメリーの「アンシリーズ」を読み漁っている。
私はNHKの連ドラは、もう長~い間見たことがないのだが、それなりにメディアなどで
情報は伝わってくるので、前回の「ごちそうさま」の共演者が私生活でも恋愛中?など
サイドニュースなどもなんとなく把握できている(笑)。

数日前、神戸新聞の夕刊の「随想」という記事に、文芸春秋社の社長の平尾隆弘さんの
エッセイ「ブラックバーン先生へ」が掲載された。
読み進むにつれて、ブラックバーン先生のメッセージの素晴らしさに感動した。
学生時代に得たもの、培われたものに対する感謝は、いまだ実感することが多い。
しかし、今時を経て結果、自分にとっての思いは、かつて昼下がり通信で「あの日に帰りたい」
という文章を書いた時に、賛否両論のご意見を寄せて頂き、恐縮したことがあったが、
私は再び平尾さんのご意見で大いに力づけられ、自分自身に納得している。
村岡花子さんもミッションスクールの東洋英和女学院だが、私も私立の女子校に学び、
学校方針、教育目的と言うものを常に教えられながら育った。
学生の頃は深い関心もなく、理解も不十分なまま、むしろうっとうしく感じたり、先生の
話をギャグにしながら過ごしたものだが、いまだにその時の「教え、学び」が断片的
にもしっかり残っていて、同級生と話をしても大いに想い出話として花が咲く話題となる。
教育はすぐに成果の出るものではなく、こうして子供心に刷り込むように植えつけて
行くものだとつくづく思う。
今の若者には、このブラックバーン先生のはなむけを胸にがんばってほしいと思う。
そして、年を経て人生を振り返った時に、平尾さんが書かれたように、「あの頃が
一番楽しかった!」と人生を支えてくれた青春時代を懐かしむことは大いなる誇り
だと思うのだ。記事を添付します。

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教会のオルガン奉仕で・・・。

教会から、オルガン奏楽の依頼が前日に入り、急遽だったが時間は作れたので
昨日、仁川カトリック教会の葬儀ミサのオルガンご奉仕をしてきた。
葬儀ミサで弾くのは久しぶりで、ドキドキのところに、お見送りするご婦人が
コーラスをなさっておられたので、グループの方々がミサ中に合唱をされるという
オプションもあって、私に打診があったようだ。

練習をするので早めに来てほしいということで、1時間くらい前に行ったが、既に
練習が始まっていた。みなさんは聖心女子学院の同窓生のコーラスグループだった。
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を故人に捧げられたが、さすがカトリック校出身の
方々で、ミサの聖歌もしっかり歌って下さり、信者の方も多かったように思う。

故人はまだ60代で、演奏中、涙しながら歌われているお仲間の姿を見ながら、私たちも
こうして友人を見送ることがいつか訪れることの現実と、見送るより見送られた方が
幸せなのだろうか…などと、いろいろ考えさせられてしまった。
女学生の頃からの絆はまた親、兄弟とは違い、共有した「私たちの人生そのもの」である。
みなさん、なつかしい「あの頃」を思い出しながらお見送りをされたに違いない。
あの頃、人生に終わりがあるなんて想像もできなかった私たち…。
老いた両親を始め、友人、自分のことに置き換え、深く考えさせられたひとときだった。
ともかく、毎日を大事に生きること…。では、今日も元気で!!!

祝!吉野清華先生米寿記念書作展

私は小学生の時から書道を習っていましたが、神戸市垂水区に住んでいましたので、
地元には安東聖空先生と言う有名な書家がおられ、そのお弟子さんの吉岡政子先生に
師事し、段位もとりました。中高時代は、授業の選択で書道は学びましたが、それっきり。
大學を卒業して後、西宮に転居しましたが、どうしても書道を続けたくてご紹介を受け、
母と共に入門?したのが、吉野先生です。
私もその後、結婚し、娘を出産し、娘が歩きだすまでの間、わずか3~4年でしたが、
再び「筆を運ぶことの楽しさ」を得て、やっぱり好きなんだ!と思った次第です。

その後も母は続け、お弟子さんの向井先生には私の娘や、甥も姪もお世話様になり、
家族が吉野門下であったといっても過言ではないと思います。
その吉野先生が、米寿を迎えられたというのも驚きでしたが、先生個人の展覧会であり、
お祝い申し上げたい気持ちと、作品を観たいという気持ちで、限られた会期中だったので、
あわただしく出かけてきました。
久しぶりにお目にかかった先生は、杖をついておられましたが、柔和な表情で、
元気にこの記念すべき時を迎えられたことをお喜びでした。

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もちろん万葉歌の作品も多く、興味深く拝見しました。
やはり時の流れはすごい! 先生の「書」の素晴らしさをよりひきたてる「紙」
「表具」の多彩と素晴らしさに圧倒されました。ますます豪華に進化してます。

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そして興味深い「百人一首」も!すごいなあ。

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先生の作品、み~んなTSUBAICHIでご紹介したいです。いやほしい!!!(笑)。
作品の中で私が感慨深かったのは、先生自らが詠まれた歌の「作品」でした。
先生を献身的にサポートしてこられた優しいご主人様を亡くされた後、転居され、
おそらくその頃から詠まれた歌ではないかと思います。
大変しみじみとした多くの歌の「書」は、まさに先生そのものだと感じました。
どうぞお元気で、ますますのご活躍をお祈り申し上げるばかりです。

そうそう吉野先生の恩師が安東聖空先生でした?!。
今回、安東先生の「歌」もたくさん書いておられましたが、そもそも安東先生ルートの
ご縁で私たちは吉野先生をご紹介して頂いたのか、もうすっかり忘れました。
でもご縁は不思議なものです。なつかしいひととき、また書道をやってみたくなりました!

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吉野先生、本当におめでとうございました。

スイーツ・パーティ、いかがでしょうか!

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親心

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母も高齢化し、持ち物を「断捨離」する年齢になっているので、私には迷惑な
くらい何かにつけ、「譲る」方法で、押しつけ、処分をしている。
友人などは、「ありがとう」って素直にもらえばいいのよ…と言ってくれるが、
私にしては別にほしくもないものを…と腹立たしいことの方が多い。
最近思いがけず、母が使い始めた懐中時計を見つけた。
大きさと言い、文字盤と言い、老眼の私には見やすい手頃な大きさの時計だ。
実は私は時計を探していたのだ。というのは、コンサートや万葉講座など、時間を
確認しながら仕事をする立場なので、今までは腕時計を使っていたのだが、
だんだん見えにくくなってきたことと、腕時計はつけかえをするので、忘れることも
あり、常備しておくためにも卓上時計を購入しようか、どうしようか思案していた。
また、バーゲンの時期でもあり買い物のついでに…と思いながら立ち寄れずにいた。
珍しく母のものを、私が感心しながら誉めたと言うこともあったからだろう。
昨日、車で母を送った時に「これプレゼントね!」と、お誕生日でもなく、特別の
日でもないのに、手渡されたものがこの時計。母と同じものだ。
通販でも求めたらしく、「復刻鉄道時計」とある。
その時代ポッポ屋さんが持っていたものだろうか。腰につけて、発車、停車のたびに
これで確認をしていたのか、想像をしているが、ともかく見やすい。
こうしてプレゼントされるとうれしく、ありがたいのに、素直にすぐにありがとうと
言えない私。だって、この年で過保護極まりないもの…。
しかし、私の昨年からの懸案は解消しそうだ。4月のオカモゼミから使用しよう。
この紙面の中でこっそり「お母さんありがとう!」これは形見の品の意識かもしれないな。
今、東京で娘が芝居をしている最中である。
父と娘を通して、家族の葛藤・絆・犠牲・孤独…いろいろ孕んだ問題を提起している。
そのような現実に恵まれない人もたくさんいる中で、還暦も過ぎてなお、いまだに親の
庇護のもとにあることを反発もし、複雑な心境も残るが、やはり心底感謝しないと
いけないと思った私。

娘の東京公演はじまる!

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このたびは、所属劇団ではなく、客演として「燈座」の芝居に出演させて頂いてます。
3月20日~23日の大阪公演が終わり、今日から30日(日)まで東京で引き続き公演です。
私もサロンの行事が重なり、宣伝するどころか、見に行く時間を捻出することで
精一杯だったので、やや心残りです(笑)。
この度の「父を葬る」と言うタイトルの芝居は、出演者も3人だけです。
脚本家の石原燃さんのカラーがよく出た、強いメッセージの作品でした。
父と娘の親子間の絆、日雇い労務者の格差社会での生き方、捨てられた家族の
犠牲、そして東日本大震災以後の労働者の人権…などなど、日頃恵まれて暮らしている
私たちに対して、「見えない部分・現実」をつきつけられたような気がしました。
いつもは娘の芝居に対して…感想などがあるのですが、今回は芝居を超えた「舞台上の
現実」に深い哀しみと同情を感じ、気持ちだけでも共有することの大切さをしみじみ
考えさせられました。上演後、いつもアンケートに感想を書くのですが、はじめて
何を書いてよいか、戸惑いを覚えましたし、こんなことは初めての経験でした。
それから、時間を経て思うことは、娘が演じた芝居に対するインパクトが強くて、
役者がどうのこうの…というレベルではありませんでした。
そっか~、「演劇」と言うものは役者がこのような伝達の「ツール」として生かされる
ことにあって、娘はそれに応じた芝居ができていたのだと思えます。
体力的にも精神的にもしんどい芝居だと聞いていましたが、この芝居はきっと、
娘の女優生活の中の代表作と言えるものになるでしょう。
ネット、新聞、マスコミにも芝居の紹介がいくつか掲載されましたが、その中で
娘の紹介に「遊劇体の看板女優」と言うのがありました。
「遊劇体」は小劇場演劇の小さな劇団ですが、その中でも「看板」と言ってもらえる
くらいの存在になっているとすれば、母としてはうれしいことです。
今日からの東京公演、一人でも多くの方に見て頂ける事を願っています。
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3月27日(木) 19時
28日(金) 19時
29日(土) 13時と18時
30日(日) 15時     前売り3000円、当日3300円です。

母の誕生日

一緒にミサに与ることはできなかったが、お誕生日記念の今朝、私はオルガン当番
だったので、そのお恵みに感謝した。
昭和7年3月16日生まれの母はきょうで満82歳になった。いつの間に・・・。
水浦神父様のお説教は、ご復活を迎える準備の四旬節期間であるため、聖書の
箇所と今日のテーマ「キリストの変容」について話して下さったが、ルカ福音書に
記された「山に登って祈られた」ことから、私たちに対して「神との積極的な対話」を
促して下さった。祈りは「お願い」にはなっていないか、祈りは神様への感謝と賛美
もより大事であることを話された。ほんとだ…。
今朝もミサの中で、お願いと感謝が入り混じった私だったが、もう私のことはよく
御存じ!!!(笑)。神様よろしくお願いいたします…。
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さて、今からは、プライベートタイム。奇しくも阿倍野ハルカスへ行ってきます。
明日香村の画家、烏頭尾先生の絵画展に…。
午後からは女人舞楽を鑑賞に…。
アカデミックな春の一日、活動開始!!!

光輝高齢者のパンフレットから・・・。

面白かったので、抜粋します。
結構、今の私でもなるほどと思うことあって…。困ったこっちゃ!
・改札を通れずよく見りゃ、診察券
・ボランティア、するもされるも高齢者
・歩こう会、アルコール会と聞き違え
・クラス会、食後は薬の説明会
・目には蚊を、耳には蝉を飼っている
・誕生日、ローソク吹いて立ちくらみ
・延命は不要と書いて、医者通い
・飲み代が、酒から薬に変わる年
・中身より、字の大きさで選ぶ本
・深刻は、情報漏れより尿の漏れ
・日帰りで行ってみたいな、天国へ
・起きたけど、寝るまで特に用はなし
・まだ生きるつもりで並ぶ、宝くじ
・目覚ましのベルはまだかと、起きて待つ
・お若いと言われて帽子を脱ぎそびれ
明るく、楽しく、過ごすことが「幸喜高齢者」ですね!

ボランティアに思う・・・。

ごく能天気に感謝状を頂いたことが思いがけなくうれしくて、FBにアップしたところ、びっくりするくらいの反応のツリーがつき、やや戸惑っている。
ボランティア活動は本当にさまざまで、東日本大震災に関連したボランティア活動は報道で紹介されながら、継続的に私たちの目にもよく映っている。
今冬の大雪で、都会から若者が雪おろし、雪かきに馳せ参じ、若い力が役立った。
社会的なものから、身近な家族間の生活にまで、いろんな状況でボランティアの必然がある。
このたび、感謝状を頂いた今は「音楽療法もどき」でデイサービスに来ておられる方々を対象に「音楽を通じて」歌ったり、リズムをうったり、手足、体を使って表現したり…と要素を入れながらのカリキュラムであるが、やはり究極の目的は、音楽を通じて、楽しく元気が出るひとときを過ごすことに尽きる。
20名近くの人々は、それぞれに個性も違い私と気持ちが通うのに個人差があるが、それでも無理やり(笑)オカモワールドに引き込み、カリキュラムそっちのけで?自分の家族と過ごすごとく和気藹々と楽しくやっている。
私が帰る時に笑顔で「また来てね」と言われると、また皆さんが喜んで下さる時間を持ちたいと思ってしまうのだ。
その積み重ねが、あっという間の10年だった。
その前の10年は、クリスマスだけのボランティアをしていた。ピアノレッスンの生徒さんに準備していたクリスマスにお菓子と一緒に準備して、後天性重度障害児の西宮市の施設に伺い、子供たちにお菓子を渡して、ひとときを一緒に過ごす…と言う1年に1度のことだったが、この時に、考えさせられることがあった。
この施設を教えてくれたのはそこに勤めていた犬養ゼミの後輩で、健常な子どもがある日から、事故や病気で重度の障害児となった時に子供だけでなく、その親の苦悩などを聞かせてくれた。そして、日々心身ともに大変な介助仕事をしている彼女に対して私なりのささやかな支援のつもりで始めたことだった。
でも私の気持ちと裏腹に「施設」は補助や援助を受けることに慣れてしまっていて、「善意」がどこかあたりまえになってしまっていたように思う。
「私」はいつでも自己満足の奉仕であるから、見返りを求めるものではないけれど、はじめの感謝が、いつのまにかあたりまえとなり、後輩が結婚退職したのちは、次はあてにされて…と変わって行った。
私のささやかなクリスマスプレゼントをこどもたちに…という思いを届ける以前に、施設へ行くことに抵抗が強くなってしまった。ただ、とりあえずは10年は続けようと思ったし、そして終えた。
かつて母も初孫のつかさが生まれた時に、うれしさと感謝の気持ちで、教会から奉仕に行っていた療育院に寄付をしたそうだが、お礼の言葉、電話1本もなく、なしのつぶてだったことに、とてもむなしい思いだったと述懐していた。
お礼を言ってほしいと言うのでもなく、届けた善意が、「志」などについて、「施設」は慣れていて、感謝よりも当たり前になっている傲慢を感じたと言った。
私も同じような疑問を持ち、決して納得できるボランティアでなかったことが1つの教訓となった。
その後、自分の教会活動もままならぬくせに、私にできることはないだろうか…と考えていた頃、偶然、知人で聖ヨハネ学園の児童養護施設に支援をしておられた方に紹介して頂いたのがきっかけだった。そして同じ組織のミスブール記念ホームのデイサービスで「音楽療法」を担当してほしいということで、今に至っている。
そこでは、私が直接ご老人や、障害者の方々に接して、個々に励ましたり、笑顔を提供したり、コミュニケーションをもつことが、私には楽しい。
犬養先生や祖父母のことを思い出したり、また両親も十分に対象年齢なので、一緒にできればいいのに…とも思いながら、私のサービス精神も加わって、
みなさんに感情移入しながら、やっている。
2か月に1度とは言え、仕事仲間の理解もあり、私の時間が作れることもありがたいことだ。
そして、私のこだわりはここでも「万葉」。ワンポイント万葉ということで、必ず毎回、私の万葉歌を聞いて頂きながら、『万葉集』をご紹介し、魅力を伝えている。
オリジナル音楽療法も10年が一区切りと思っていたが、浅田真央ちゃんではないが、1つの目標を達成して、次回4月は約束しているが、私の去就についても次はハーフ・ハーフかな。