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祝!吉野清華先生米寿記念書作展

私は小学生の時から書道を習っていましたが、神戸市垂水区に住んでいましたので、
地元には安東聖空先生と言う有名な書家がおられ、そのお弟子さんの吉岡政子先生に
師事し、段位もとりました。中高時代は、授業の選択で書道は学びましたが、それっきり。
大學を卒業して後、西宮に転居しましたが、どうしても書道を続けたくてご紹介を受け、
母と共に入門?したのが、吉野先生です。
私もその後、結婚し、娘を出産し、娘が歩きだすまでの間、わずか3~4年でしたが、
再び「筆を運ぶことの楽しさ」を得て、やっぱり好きなんだ!と思った次第です。

その後も母は続け、お弟子さんの向井先生には私の娘や、甥も姪もお世話様になり、
家族が吉野門下であったといっても過言ではないと思います。
その吉野先生が、米寿を迎えられたというのも驚きでしたが、先生個人の展覧会であり、
お祝い申し上げたい気持ちと、作品を観たいという気持ちで、限られた会期中だったので、
あわただしく出かけてきました。
久しぶりにお目にかかった先生は、杖をついておられましたが、柔和な表情で、
元気にこの記念すべき時を迎えられたことをお喜びでした。

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もちろん万葉歌の作品も多く、興味深く拝見しました。
やはり時の流れはすごい! 先生の「書」の素晴らしさをよりひきたてる「紙」
「表具」の多彩と素晴らしさに圧倒されました。ますます豪華に進化してます。

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そして興味深い「百人一首」も!すごいなあ。

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先生の作品、み~んなTSUBAICHIでご紹介したいです。いやほしい!!!(笑)。
作品の中で私が感慨深かったのは、先生自らが詠まれた歌の「作品」でした。
先生を献身的にサポートしてこられた優しいご主人様を亡くされた後、転居され、
おそらくその頃から詠まれた歌ではないかと思います。
大変しみじみとした多くの歌の「書」は、まさに先生そのものだと感じました。
どうぞお元気で、ますますのご活躍をお祈り申し上げるばかりです。

そうそう吉野先生の恩師が安東聖空先生でした?!。
今回、安東先生の「歌」もたくさん書いておられましたが、そもそも安東先生ルートの
ご縁で私たちは吉野先生をご紹介して頂いたのか、もうすっかり忘れました。
でもご縁は不思議なものです。なつかしいひととき、また書道をやってみたくなりました!

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吉野先生、本当におめでとうございました。

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スイーツ・パーティ、いかがでしょうか!

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親心

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母も高齢化し、持ち物を「断捨離」する年齢になっているので、私には迷惑な
くらい何かにつけ、「譲る」方法で、押しつけ、処分をしている。
友人などは、「ありがとう」って素直にもらえばいいのよ…と言ってくれるが、
私にしては別にほしくもないものを…と腹立たしいことの方が多い。
最近思いがけず、母が使い始めた懐中時計を見つけた。
大きさと言い、文字盤と言い、老眼の私には見やすい手頃な大きさの時計だ。
実は私は時計を探していたのだ。というのは、コンサートや万葉講座など、時間を
確認しながら仕事をする立場なので、今までは腕時計を使っていたのだが、
だんだん見えにくくなってきたことと、腕時計はつけかえをするので、忘れることも
あり、常備しておくためにも卓上時計を購入しようか、どうしようか思案していた。
また、バーゲンの時期でもあり買い物のついでに…と思いながら立ち寄れずにいた。
珍しく母のものを、私が感心しながら誉めたと言うこともあったからだろう。
昨日、車で母を送った時に「これプレゼントね!」と、お誕生日でもなく、特別の
日でもないのに、手渡されたものがこの時計。母と同じものだ。
通販でも求めたらしく、「復刻鉄道時計」とある。
その時代ポッポ屋さんが持っていたものだろうか。腰につけて、発車、停車のたびに
これで確認をしていたのか、想像をしているが、ともかく見やすい。
こうしてプレゼントされるとうれしく、ありがたいのに、素直にすぐにありがとうと
言えない私。だって、この年で過保護極まりないもの…。
しかし、私の昨年からの懸案は解消しそうだ。4月のオカモゼミから使用しよう。
この紙面の中でこっそり「お母さんありがとう!」これは形見の品の意識かもしれないな。
今、東京で娘が芝居をしている最中である。
父と娘を通して、家族の葛藤・絆・犠牲・孤独…いろいろ孕んだ問題を提起している。
そのような現実に恵まれない人もたくさんいる中で、還暦も過ぎてなお、いまだに親の
庇護のもとにあることを反発もし、複雑な心境も残るが、やはり心底感謝しないと
いけないと思った私。

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娘の東京公演はじまる!

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このたびは、所属劇団ではなく、客演として「燈座」の芝居に出演させて頂いてます。
3月20日~23日の大阪公演が終わり、今日から30日(日)まで東京で引き続き公演です。
私もサロンの行事が重なり、宣伝するどころか、見に行く時間を捻出することで
精一杯だったので、やや心残りです(笑)。
この度の「父を葬る」と言うタイトルの芝居は、出演者も3人だけです。
脚本家の石原燃さんのカラーがよく出た、強いメッセージの作品でした。
父と娘の親子間の絆、日雇い労務者の格差社会での生き方、捨てられた家族の
犠牲、そして東日本大震災以後の労働者の人権…などなど、日頃恵まれて暮らしている
私たちに対して、「見えない部分・現実」をつきつけられたような気がしました。
いつもは娘の芝居に対して…感想などがあるのですが、今回は芝居を超えた「舞台上の
現実」に深い哀しみと同情を感じ、気持ちだけでも共有することの大切さをしみじみ
考えさせられました。上演後、いつもアンケートに感想を書くのですが、はじめて
何を書いてよいか、戸惑いを覚えましたし、こんなことは初めての経験でした。
それから、時間を経て思うことは、娘が演じた芝居に対するインパクトが強くて、
役者がどうのこうの…というレベルではありませんでした。
そっか~、「演劇」と言うものは役者がこのような伝達の「ツール」として生かされる
ことにあって、娘はそれに応じた芝居ができていたのだと思えます。
体力的にも精神的にもしんどい芝居だと聞いていましたが、この芝居はきっと、
娘の女優生活の中の代表作と言えるものになるでしょう。
ネット、新聞、マスコミにも芝居の紹介がいくつか掲載されましたが、その中で
娘の紹介に「遊劇体の看板女優」と言うのがありました。
「遊劇体」は小劇場演劇の小さな劇団ですが、その中でも「看板」と言ってもらえる
くらいの存在になっているとすれば、母としてはうれしいことです。
今日からの東京公演、一人でも多くの方に見て頂ける事を願っています。
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3月27日(木) 19時
28日(金) 19時
29日(土) 13時と18時
30日(日) 15時     前売り3000円、当日3300円です。

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母の誕生日

一緒にミサに与ることはできなかったが、お誕生日記念の今朝、私はオルガン当番
だったので、そのお恵みに感謝した。
昭和7年3月16日生まれの母はきょうで満82歳になった。いつの間に・・・。
水浦神父様のお説教は、ご復活を迎える準備の四旬節期間であるため、聖書の
箇所と今日のテーマ「キリストの変容」について話して下さったが、ルカ福音書に
記された「山に登って祈られた」ことから、私たちに対して「神との積極的な対話」を
促して下さった。祈りは「お願い」にはなっていないか、祈りは神様への感謝と賛美
もより大事であることを話された。ほんとだ…。
今朝もミサの中で、お願いと感謝が入り混じった私だったが、もう私のことはよく
御存じ!!!(笑)。神様よろしくお願いいたします…。
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さて、今からは、プライベートタイム。奇しくも阿倍野ハルカスへ行ってきます。
明日香村の画家、烏頭尾先生の絵画展に…。
午後からは女人舞楽を鑑賞に…。
アカデミックな春の一日、活動開始!!!

光輝高齢者のパンフレットから・・・。

面白かったので、抜粋します。
結構、今の私でもなるほどと思うことあって…。困ったこっちゃ!
・改札を通れずよく見りゃ、診察券
・ボランティア、するもされるも高齢者
・歩こう会、アルコール会と聞き違え
・クラス会、食後は薬の説明会
・目には蚊を、耳には蝉を飼っている
・誕生日、ローソク吹いて立ちくらみ
・延命は不要と書いて、医者通い
・飲み代が、酒から薬に変わる年
・中身より、字の大きさで選ぶ本
・深刻は、情報漏れより尿の漏れ
・日帰りで行ってみたいな、天国へ
・起きたけど、寝るまで特に用はなし
・まだ生きるつもりで並ぶ、宝くじ
・目覚ましのベルはまだかと、起きて待つ
・お若いと言われて帽子を脱ぎそびれ
明るく、楽しく、過ごすことが「幸喜高齢者」ですね!

ボランティアに思う・・・。

ごく能天気に感謝状を頂いたことが思いがけなくうれしくて、FBにアップしたところ、びっくりするくらいの反応のツリーがつき、やや戸惑っている。
ボランティア活動は本当にさまざまで、東日本大震災に関連したボランティア活動は報道で紹介されながら、継続的に私たちの目にもよく映っている。
今冬の大雪で、都会から若者が雪おろし、雪かきに馳せ参じ、若い力が役立った。
社会的なものから、身近な家族間の生活にまで、いろんな状況でボランティアの必然がある。
このたび、感謝状を頂いた今は「音楽療法もどき」でデイサービスに来ておられる方々を対象に「音楽を通じて」歌ったり、リズムをうったり、手足、体を使って表現したり…と要素を入れながらのカリキュラムであるが、やはり究極の目的は、音楽を通じて、楽しく元気が出るひとときを過ごすことに尽きる。
20名近くの人々は、それぞれに個性も違い私と気持ちが通うのに個人差があるが、それでも無理やり(笑)オカモワールドに引き込み、カリキュラムそっちのけで?自分の家族と過ごすごとく和気藹々と楽しくやっている。
私が帰る時に笑顔で「また来てね」と言われると、また皆さんが喜んで下さる時間を持ちたいと思ってしまうのだ。
その積み重ねが、あっという間の10年だった。
その前の10年は、クリスマスだけのボランティアをしていた。ピアノレッスンの生徒さんに準備していたクリスマスにお菓子と一緒に準備して、後天性重度障害児の西宮市の施設に伺い、子供たちにお菓子を渡して、ひとときを一緒に過ごす…と言う1年に1度のことだったが、この時に、考えさせられることがあった。
この施設を教えてくれたのはそこに勤めていた犬養ゼミの後輩で、健常な子どもがある日から、事故や病気で重度の障害児となった時に子供だけでなく、その親の苦悩などを聞かせてくれた。そして、日々心身ともに大変な介助仕事をしている彼女に対して私なりのささやかな支援のつもりで始めたことだった。
でも私の気持ちと裏腹に「施設」は補助や援助を受けることに慣れてしまっていて、「善意」がどこかあたりまえになってしまっていたように思う。
「私」はいつでも自己満足の奉仕であるから、見返りを求めるものではないけれど、はじめの感謝が、いつのまにかあたりまえとなり、後輩が結婚退職したのちは、次はあてにされて…と変わって行った。
私のささやかなクリスマスプレゼントをこどもたちに…という思いを届ける以前に、施設へ行くことに抵抗が強くなってしまった。ただ、とりあえずは10年は続けようと思ったし、そして終えた。
かつて母も初孫のつかさが生まれた時に、うれしさと感謝の気持ちで、教会から奉仕に行っていた療育院に寄付をしたそうだが、お礼の言葉、電話1本もなく、なしのつぶてだったことに、とてもむなしい思いだったと述懐していた。
お礼を言ってほしいと言うのでもなく、届けた善意が、「志」などについて、「施設」は慣れていて、感謝よりも当たり前になっている傲慢を感じたと言った。
私も同じような疑問を持ち、決して納得できるボランティアでなかったことが1つの教訓となった。
その後、自分の教会活動もままならぬくせに、私にできることはないだろうか…と考えていた頃、偶然、知人で聖ヨハネ学園の児童養護施設に支援をしておられた方に紹介して頂いたのがきっかけだった。そして同じ組織のミスブール記念ホームのデイサービスで「音楽療法」を担当してほしいということで、今に至っている。
そこでは、私が直接ご老人や、障害者の方々に接して、個々に励ましたり、笑顔を提供したり、コミュニケーションをもつことが、私には楽しい。
犬養先生や祖父母のことを思い出したり、また両親も十分に対象年齢なので、一緒にできればいいのに…とも思いながら、私のサービス精神も加わって、
みなさんに感情移入しながら、やっている。
2か月に1度とは言え、仕事仲間の理解もあり、私の時間が作れることもありがたいことだ。
そして、私のこだわりはここでも「万葉」。ワンポイント万葉ということで、必ず毎回、私の万葉歌を聞いて頂きながら、『万葉集』をご紹介し、魅力を伝えている。
オリジナル音楽療法も10年が一区切りと思っていたが、浅田真央ちゃんではないが、1つの目標を達成して、次回4月は約束しているが、私の去就についても次はハーフ・ハーフかな。

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バレンタインの2月

2月14日、バレンタインデーがやってきた。
世間一般のクリスマス同様、イベント化、またはビジネス化されて定着し、女性から男性へ
「愛が告白できる」公の日とし、またそのしるしにチョコレートを添えて…と言う習慣が
それなりの賑わいとなっている。
しかし我が家では、弟の霊名が聖ヴァレンティヌスで、聖人の祝日としてまた祝う日でも
ある。バレンチヌスは、恋人たちの守護聖人として信仰されてきた。
また、2月14日は彼の殉教の日であり、彼の名をとって、バレンタインデーとされている。
弟にとっては、家族から「チョコレート」をもらうことは、また意義があることなのだが、
本人はおそらくそんな意識はないように思われる(笑)。
なぜなら、2月15日から確定申告の時期に入り、税理士としてはもっとも忙しい時期であるから
と言いたいのだが、なんとそのような時期に弟は再び「忙しさの中で自分に挑戦をする」
第?弾をやっていたのだ。
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先日の大雪の翌日の2月9日、武庫川で行われたハーフマラソン10キロ完走のメール!
普段から忙しいなりにランニングしているのを見かけることはあったが、10キロも走るとは!
いつの間にエントリー? いつの間に練習? なんで今の時期?とびっくりしたが、
昼下がり通信にも書いたが、その後も信念に沿ってモチベーションを保ち続けていることに?
感心した。次もあるかも。(笑)
私も刺激をされて、負けてはいられないと思ったものの、新年早々体調不良や、アクシデント
続きで、今年になってなかなか自分のペースが作られない。
ちょっと悔しいと思いつつ、私も新年を迎えた時と同じように仕切り直し…かな。

老兵は死なず…。

マッカーサーの有名な言葉で「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と、役目を果たし終えた人は、表舞台から静かに去っていくことを述べた名セリフが思い出される。
都知事選で、細川さんと小泉さんのタッグマッチは実らなかった。
前日からの東京の大雪で、最終日の選挙運動も大変だったし、当日も投票率も上がらず、過去3番目に低い46パーセントは、有権者の半分も投票をしていないと言うことなので、選出された舛添氏は本当に「当選した」「信任された」と言えるのだろうか。
選挙の投票率の低さは、有権者の無関心というのか、「選挙権」の重みを自覚していない人が多いのか、政治に我々の声が届かない無念さか、自分の1票を無駄にしている人が多い。
残念なことだ。
前ブログで「老人力」を述べたが、敗れたものの二人の「反対勢力」は、一石を投じたように思う。論評は小泉さんの集票力の衰えを指摘し、細川さんの選挙戦を批判した。
しかしきっと彼らは表舞台からは去ったとしても「信念」を曲げることなく、脱原発を訴え続けることだろう。訴え続けていってほしい。
争点が「脱原発」と言うことで、国会では「原発再稼働」についてこの期間封印していた懸案を、議決に向けてあからさまに再開した。
3月11日がまた巡ってくる。
福島の悲劇はまだ終わっていないのに、やはり政治家には「対岸の火事」なのだろう。
ともかく細川さん、小泉さんお疲れ様でした。
私の回りには70代、80代の方々がたくさんおられるので、育まれた精神と愛国心と日本人意識をしっかり学びたいと思う。
「老兵は死なず。静かに見つめることあり、消え去るべからず」と言いたいものだ。

がんばれ、老人力!

東京都知事選の選挙運動の真っ最中だ。
猪瀬前都知事の辞任で、思いがけず世の中に少し刺激が生まれた。
それも安倍政権や、霞が関を揺さぶるような「抵抗勢力」であることが愉快だ。
「殿、ご乱心」と言わしめた、細川前総理の76歳の出馬のメッセージは何だろうか。
その細川さんを全面的に支えるのも前総理大臣の小泉純一郎氏。
二人の総理経験者が、今世間の人たちに訴えなければならない現実を考える。
私の母は、昭和7年生まれの81歳。戦中派である。母が還暦を迎えた時に「孫や子の将来」
を案じて市民運動に参加していったことは、今でもその行動力に感心する。普通の専業主婦
だった母が今の私の年齢となって、社会参加をし始めたのは、限りある人生において「今
自分にできること」への使命感からだったように思う。
そして、まず食物の安全性から始まり、行政の不条理に義憤を感じ、市民オンブズマン活動
などでも活躍した。また大前研一さんの「国民主権」の平成維新を実現する会にも参加し、
今振り返ってもよくやったな…と感心するくらい社会活動にかかわっていた。今は年老いて、
勇退したが、心情は当時と変わらず、社会を見つめる視線は今も変わらないようだ。
そんな母や、今もなお、続けておられるお仲間もみんな年を重ねられた。
見まわしてみると、市民運動も母たちに続く世代が育っていない。
それは、伝統的な技を継承することや、文化・芸能活動もしかりで、後継者の不在は
どの分野でも同じ状況のようだ。なぜ、世代観ギャップが生まれてしまったのだろう。
戦争や被爆体験などや、平和・社会運動などで、活動されている人たちは、高齢化され、
激動の昭和時代を生き抜いてきた経験を語り伝えていく使命を強く、余生に託しておられる。
万葉のお仲間を見回しても、積極的に歩き、参加し、感動を求められる方々は60代以上の
方々だ。
「昔の日本はよかった」と懐古趣味ではなく、昔の日本と違い、「今はどこに向かって
行こうとしているのか」「日本人であることの誇り」「これからの日本ために」と、
愛国心や政治の貧困、社会の腐敗、教育の未熟を日々不安に感じておられる方々が、
まさに母たちの世代なのだ。
人生で体験されてきた激動の昭和時代を語り継ぎ、その経験を踏まえて教訓としたり、
同じ轍を踏むことなく…という切実な思いを私たち子どもたちはしっかり受け止めて
いるだろうか、理解できているだろうか、はなはだ疑問である。
戦争や被爆、被災や現実が何もかも風化しようとしている。
私はいろんな場面で70代、80代の方々の行動力やパワーに遭遇することが、偶然だとは
思わない。戦後の日本を支えてきた人々が、未だに日本を支えていたのだ。
細川さんが、政界を引退した時に「野に下っても違った角度から日本のために尽力を
惜しまない」と言われていた通り、今日まで環境運動やNPO活動で水面下で活動されて
きたようだ。
東北大震災を経て、福島原発の被爆地は未だ解決も見ていないのに、東京電力を税金で
支えて、検証もなく日本の他地域の原発を再稼働しようとしている政府、交付補助金に
頼る自治体の様子を見ていると、日本は誰のための国家であるのか問いたくなる。
「原発廃止」を明確に掲げて「一石を投じた」二人の元総理の勇気をたたえたい。
たとえ当選できなくても多くの「老人パワー」の行動がお二人に象徴されているように
思えてならない。
私は選挙の結果もそうだが、東京都民の意識に注目している。