2009年を迎える!

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今年の岡本家のお正月の家族計算は複雑です。
春から姪が東京へ下宿し、秋にははな・ひなの登場で
現在の西宮在籍家族は、昨年の6から、-1+2で7になりました。
明日1月1日のお祝いには、娘・東京の甥と姪も加わり、10人が?
初めて勢ぞろいするにぎやかなお正月となりそうです。
「お花とひな」「スツールとはな」・・・で、新年のご挨拶です。
帰宅した娘から、一足はやいお年玉をもらっちゃいました!
さすが、私の好みのツボをくすぐられました。
ありがとう!いいことあるぞ!

日めくり万葉集

1日1首、著名な方々が、万葉集の「歌」について語る5分間番組をご存じでしょうか。
NHKのBS番組で、早朝の6時55分から1年間放映されましたが、いよいよ1月5日から、
もう一度NHKの教育テレビで放送されることになりました。
それに伴い、NHKからシリーズでテキスト「日めくり万葉集VOL1」も先日
発売されました。
女優の檀ふみさんが、番組の案内人です。そこで朗読される万葉集の読み方
などの指導・監修を、坂本信幸先生が担当されておられます。
お正月の1月1日に特番があり、BSですが、午後5時から8時までの長丁場
放送されますので、私も楽しみにしています。
私の日めくり万葉生活?も、あとわずかで、新たな年を迎えます。
クリスマスのミサに与った時のヨハネの福音書は、「初めに言葉があった」
でした。「言葉は神と共にあり、言葉は神であった…。」
「言霊」を意識した毎日の中で、今年を象徴する文字のことを思い出したり、
また、自分の発する言葉を思い起こし、実際にどれだけ実行・行動できたかと
思うと本当に反省することの方が多い毎日でした。
でも「・・・ますように」「がんばります」「・・・たい」という私の屈託の
なさは、まさに万葉人の志向に近いのではないか…と苦笑しています。
でもそれだけ「言葉」の重みにも実感させられることも多く…、言葉に対する
自分の責任も強く感じました。
毎日出かけたり、人に会ったり、手紙を書いたり、もう年末も年始もあった
ものではないのですが、「1年の計は元旦にあり」ですので、新年には、言葉と
共に、心も行動も誠意を尽くして過ごせるように仕切り直しです。
私も毎日の「日めくり万葉集」生活で、カトリックの聖書と心の聖書「万葉集」は、
私にはしっかりつながっています。(笑)

メリー・クリスマス! ~私のクリスマス日記~

今夜はクリスマス・イブ。
「救い主」キリスト生誕を待ち望む前夜の日です。不況・不安の年末に
唯一「夢」を与えてくれる、クリスマスツリーや、街中の電飾に、
やはり心が和みますね。
あちこちで「クリスマス」を名目に、クリスマス会・忘年会など、みんなで
1年を労い、集う機会が、行われていますが、私も今年はめずらしく!何回か
楽しい、また印象深い時を送ることができました~。
まずは、万葉うたがたり会の忘年会から始まり…! 有名な梅田のスカイビルの
ドイツクリスマスの風景を観賞してから…。空中庭園から下へ光の階が広がり、
まるで星の王子様が私たちの所へ?降りて来られるかのようでした(笑)。ドキドキ!
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そして、奈良女子大の坂本研究室でゼミの時にお祝いした時のクリスマスケーキ!
さすが、情報通の女子大生!奈良で一番美味しいと評判の西大寺の前のケーキ屋さん
(店名忘れた!)から入手。このあと、クリスマスコンパに移動しました!
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反対に、クリスマスコンサートで演奏に忙しい私の仲間たち。
私はお客様として優雅に、お食事や演奏を楽しませてもらいました!
山口さん、村田さん、衣装も演奏の姿も素敵でした!!!
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海遊館の前館長の三宅さん(阪大卒業生)にご招待頂いていたので、犬養先生との
思い出を胸に、クリスマス・デートスポットと化していた海遊館へ。
こんなに夜景がきれいだとは知りませんでした。
これは、海遊館前の広場の様子ですが、海の夜景も静かに私に語りかけてくれ、涙が
出そうでした。
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一昨日、はな・ひなが喜ぶかな・・・と弟夫婦がクリスマスケーキを差し入れ!
もちろん喜んで食べましたが、あとのクリームを双方からなめなめ、よーいどん!
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私は、今から明日香村の会議があり(泣)クリスマスのミサは明日です。
来年は人生の転換を控えているので、キリストと共に私も新たに生まれ変わる
ことを意識してミサに与りたいと思っています。メリークリスマス!!!

仕事納め

2008年の万葉うたがたりは、12月21日(日)に堺万葉歌碑の会の代表
澤田冨美子さんの「感謝状受賞記念茶話会」で、歌い納めることができました。
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2007年に犬養先生生誕100年祭を記念して、(平成8年に建立された)大仙公園の歌碑
の両脇に2基づつ、磐姫皇后の歌4首すべてを新たに完成させられ、副碑も添えて
景観整備に努力されたことに対する感謝と、また、高石市の個人病院にあった犬養歌碑を
堺市の浜寺公園内に移転させるという、行政の管理下に定めるための尽力をされたこと
などの功績に対し、堺市からの重なる表彰の名誉に与られた澤田さんのお祝い会で、
私たちは祝賀の歌として、もちろん「君待ち草」をご披露させて頂きました。
今年もいろんな場面で「万葉うたがたり」をさせて頂き、本当に充実の1年でした。
来年も更なる成長ができますように・・・がんばります!!!

笑えます!

心安らぐシーン???
やもりではありません。ガラス戸と網戸の間に入り込み、プレパラート
状態のはな・ひな。出すのに大変でした。(汗)
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お昼寝中のはな。もう猫も丸くならないけど、うつぶせ寝には大爆笑。

がんばれ!松野明美さん!

朝食をとりながら、いつものワイドショーを見る。
5歳のダウン症の二男を持つことの苦悩と葛藤のレポートだった。
ハンデイを持つ子供をひたすら世間から隠して、マラソンランナーの勝負師として
の意地から、同情や憐れみをかけられるのがいや、また、タレントキャラの「自分」を
保たねばと、自分を優先した心の内から、遅まきにでも日々成長していく子供の
ひたむきさや笑顔から、一番にならなくても、ゆっくり懸命に生きることが、一番
なのじゃないか…と松野さん自身の生き方や価値観のかわっていく様がよく見えた。
今から20年ほど前?私がヤマハ音楽教室で、幼児科講師をしていた時、森裕一郎くん
という元気な男の子がいた。いつも付き添われるお母さんが赤ちゃんを連れて
レッスンに通っておられた。お兄ちゃんが、幼児科、ジュニア科を卒業する頃、
お母さんから「妹がダウン症ですが、音楽が大好きで、お兄ちゃんのマネをして
おります。岡本先生個人レッスンをして頂けませんか…」と言うご相談を受けた。
私自身ダウン症の子供の様子がよくわからず、その時にお母さんからご説明を
聞いた、健常児の10歳くらい知能の差があることや、生活の特徴的な習性を、
お聞きしながら、横で屈託なく遊んでいる彼女を見て天使のように思えた。
「なんとか力になってあげたい!」と思いつつレッスンは叶わなかった。
音楽講師が「いろんな子どもたち」を導いていく自分の責任や立場を初めて
自覚した時だったかもしれない。ずっと心にくすぶっていたことを思い出した。
かわいい名前だった。お兄ちゃんも面倒見がよく、お母さんも明るく(何より!)
彼女は家族からもっとも愛されている存在のように見えた。もう大人になっておられる
頃だ。今も音楽が好きだろうか…?。私がレッスンできなかったことで芽をつんで
しまったかもしれないのだ。
親は「子供」に対して、子供を持つということは、どんなハンデイがあっても、
状況が変化しても、すべて一緒に受け止めていくのが責任であり、本能的な愛情
でもあろう。
先日うたがたり会で忘年会をした時に、いろんな事件を通して子育てのむづかしい
時代や社会になっていることが話題になった。みなそれぞれに講師として、子供と
接してきた経験を持つ人たちばかりだ。子供に恵まれなかったメンバーにとっては、
いろんな思いもあるだろうが、子どもを持つことの幸せもあれば、反対の苦しみを
背負うこともある…。子供を持つことが幸せだとは限らない…というような話を
したばかりだった。
先日補選で応援した長谷川議員は、子育て支援の尽力もしておられる。
それって、子育てをする「お母さん」が対象であり、いかにも仕事を持つ母や、
物理的な支援に聞こえるが、実は親としての覚悟や、自信や、常識や、正しい判断力を
持てるような「精神力」を養うことが今もっとも必要であるように思う。
今は未熟な大人、親が多すぎる。
娘も適齢期となり、将来母となる可能性もある。でも本当に子供を育てることの
むづかしい時代を迎えたことの実感のほうが多い。ましてや、日本の行く末から
見ても子供の将来は不安だらけだ。
松野さんはこれからも大変だろうと思うが、より深い人生を過ごされることと
思う。大事なご夫婦の結晶を堂々と誇りに思いながらガンバレ!とエールを
送りたいと思った。
忙しい!!!…のにまた書いてしまいました(汗)。さあ、本日も始動開始!

もうすぐクリスマス!

待降節第3主日の今日、久しぶりにオルガン奏楽で、教会に行き、ミサに
与りました。
祭壇の前のクリスマスリースに、また一本ろうそくの「ともしび」が増え、来週で
4本全部に灯がともります。教会の入り口には、日曜学校の子供たちが準備した
「馬小屋」が「キリスト」の誕生を待ちわびています。
巷では、クリスマスツリーのデイスプレーや、電飾は各家庭にまで及び、華やかですが、
夜空に煌めくイルミネーションは、なぜか気持ちを夢心地にしてくれます。
童心に返り、現実から離れられるひとときなのかもしれません。
教会では、庭の大きなモミの木?がクリスマスツリーになり、色とりどりの光が
きれいでしたが、その後方に、今年最後の「満月」がおぼろに見えていました。
私の大好きな「お月さま」。今年もたくさん会話をしましたね。
明日の早朝は旧暦の11月17日、柿本人麻呂の「かぎろひ」の歌の詠まれた歴史的
記念日です。今夜、大宇陀へ「かぎろひを観る会」に出発された方もあるはず。
「かへり見すれば」この「満月」が傾くさまも美しい光景です。
明日は天気予報もよくなくて、あまり期待ができないようですが、古代ロマンに
心を馳せて、東の空に向かうみんなの心が一つになるこのイベントの醍醐味は、
忘れることができません。自然は偉大だ!
さあ、次のオルガン奉仕はクリスマスの25日です。1年さぼってばかりの教会でしたので、
心を込めてオルガン奏楽で、神様のお誕生をお祝いしたいと思う、私でした。(汗)
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1年の世相を表す漢字は???

京都・清水寺の貫主の書かれた今年の文字は、「変」だった。
大方の予想は、言霊でいくとあまり希望の持てる文字ではなかったはずだ。
その中でも「変」というのは、
「変化」の反対語は、「安定」だから、確かに不安定なことだらけだった。
しかし、オバマ新大統領の「チェンジ」などは、目的と希望を伴ったキャッチ
フレーズとして現状や閉塞感を「変えたい」と言う強いメッセージが支持された。
私も「変」と言えば、大きく環境の変化がある。
まず、長年の犬養万葉顕彰会・全国万葉協会の役員を退任したこと。
自分でも予測もしなかった大学院へ社会人入学が叶い、「学生」となったこと。
祖父が亡くなったあとの事業を引き継ぎ、形を変えていよいよ今年具体的に
始動し始めたこと。
言霊として2つの面を持つ「変」に、もちろん私は発展的変化のみを信じて
前進あるのみであるが、変わってはいけないこと、変えてもいけないことも
あることを肝には銘じておきたい。
世の中は「日本人」が生きるか死ぬかの正念場だ。政治の責任は重い。
私は、あえて「変化」を選んで過ごした1年だった。自分の責任が重い。
来年は「豊の年」でありますように…。
両親は、老後の平穏な人生のパートナーとして、選んだ「変化」に
振り回される毎日。両親にとって1年を象徴した漢字は「猫」かな!
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「ひなちゃん、タンスの上にあがっちゃだめ、降りてきなさい!」
「はなちゃん、カーテンが破れますってば!」
今日も母の子供を叱るような声が聞こえています…(笑)

2つの喜び!

12月6日(土)、琵琶湖湖畔の柳ケ崎湖畔公園の湖岸で、犬養先生の
137基目の万葉歌碑が除幕されました。
犬養先生が亡くなられて、満10年も経ちますが、いまだに「犬養歌碑」に
こだわってくださる方があることを本当にうれしく思います。
淡海万葉の会が、発足して12年。JR「西大津駅」という駅名を「大津京駅」に
改名の運動を続けてこられて、今春ようやく実現しました。
しかし、藤原、平城の都のように、天智天皇の「近江大津京」については、
条坊制が存在したという記録もなく、「宮跡」の存在も確認されていないので、
果たして「大津京」と言えるのかどうか、議論は引き続いており、改名された
今もなお、意見が様々です。
ただ、地元の会が望まれたのは「近江万葉」の拠点としての象徴の名としたい!
という素朴な思いであったことは、間違いないと思います。
そして、改名を記念して、3月には市民参加型の大抒情万葉オペラを上演
されましたが、引き続き、長年の夢であった「万葉歌碑」の建立をも計画され
一気に10基建立ということで、揮毫者の依頼・資金・石・場所の選定・申請
などなどあまたのハードルをクリアーされて、11月30日に4基、そして、
12月6日に3基が除幕されたのです。
犬養先生の歌碑は、「淡海乃海 夕浪千鳥」の色紙を探し出し、それを起こして
頂きましたが、立派な躍動感のある文字です。
犬養先生、おめでとうございます。また、私たちの心の灯が1つ増えました!
滋賀県では2つ目ですね。わが憧れの額田王も過ごされた近江大津京の昔を
しみじみ偲ぶ人麻呂。私の想像の世界が広がってきます。
犬養先生の歌碑の前に佇み、目前の琵琶湖の静かな風景を味わえる…素敵なスポット
です。しかし、除幕式の間も湖面を吹き抜ける晩秋の風が冷たく、肌に染み入りました。
(除幕式の詳細は、犬養万葉顕彰会の会報「あすか風」に即日レポートしました
ので、12月15日に発送しますので、またご覧ください!)
そして、私にとっては、今や奈良女子大学で坂本信幸先生の門下に入れて頂いて
おりますが、同日、大津京関連の1号の発掘遺跡である、錦織遺跡に、坂本先生の
万葉歌碑も除幕されました。
坂本先生は、達筆でもあり、品良い優しい字を書かれますが、このたびは、人麻呂の
「近江荒都」の長歌を揮毫され、素晴らしい超大作の歌碑でした。
先生もご自身の「書」が、歌碑として、訪れ、見る人たちに歴史や万葉の心を後世に
伝えていく手立てとなることを本当に意気に感じておられることでしょう。
坂本先生、おめでとうございました。
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私は、こうして「机上」の万葉ではなく、世の中の人たちに「万葉集」を浸透させて
おられる二人の先生にご指導頂いているということは、私もそうでなくては
ならないという「姿勢」のメッセージも頂いているのかもしれません。
幸せな私ですね。

初めての経験

今朝の神戸新聞の朝刊(2008.12.7)に掲載して頂いた記事、
「ひょうご選書」という文化欄で、私が読ませて頂いた書物です。
お話を頂いたときに、私が客観的にこの「耶馬台」を読むことができるか
とても不安でしたが、(独断と偏見はまかせて!?のオカモゆえ)
限られた時間でしたが、真面目にこの本と向き合えたことは大変有意義でした。
いつもいつも思うことですが、神様の計らいはすごいと思います。
書名を耳にした時には、一瞬何の本か、想像できなかったのですが、記者の
お勧めに負け(汗)、お引き受けしてしまいました。
でも私自身にとっては、万葉集の時代を先駆ける「邪馬台国」について、
関連の古代文書や解明の歴史や、記紀の記述については、今、大学院で
学んでいる事柄とリンクしていることも多く、読み進むうちにますます
私にとっての興味も広がりました。
また、著者の中井眞耶氏は、私が今まで敬遠していた卑弥呼世界の記述を非常に
平易に理解しやすいロマンの世界で書き表しておられるので、抵抗なく読むこと
ができ、ほっとしたのも事実です。(笑)
昨春、知人の出版物の「帯」を初めて書かせて頂き、簡潔なキャッチフレーズ?
のむづかしさに苦労しましたが、このたび初めて「書評?」なる機会を与えて
頂き、正面から「耶馬台」の読書に時間を費やし、思考できたことを平松記者に
感謝しております。
ただ未熟ですので、著者の意図に沿ったものになったかどうかは、ドキドキです。
でもこうして、いろんな経験をさせて頂けることが、ありがたいと思います!!!