vol.1 ~万葉抒情を歌う~

恋歌vol.1 ~万葉抒情を歌う~恩師犬養先生は「歌は心の音楽である」と全国の故知に立たれて、万葉集を自らお歌いになりました。「犬養節」と呼ばれる先生の朗唱はあまりに有名です。

歌がたりの生みの親、扇野聖史さんはウクレレを片手に歌っておられます。そして、私も…自分のメロディで歌ってみようと始めました。

つたない歌ながら、いつの間にか80曲を越え、いくつかを集めてこのたびCDとして皆様に聴いて頂けることになりました。いまだ夢のようです。こうした記念すべき形として実現しましたのも、犬養先生を始め、いつも温かく見守り、育んでくださいました皆々様からの賜物だと心から感謝いたしております。

私は、歌がたりという活動を通じまして、万葉集について、また古代の人々の心を伝えていけたら…と思っておりますが、1300年もの時代や状況が異なってはいても、初々しい恋心やあふれんばかりの情熱は、現代の私たちと同様、いつの時代も変わらない人間の思いや心の厚みをあらためて浮き彫りにしてくれました。

愛情に満ちた歌集、万葉集を、特に「恋歌」としてお届けしたいと思います。

1. 祝婚歌

まだ若い所帯なので馬を買う余裕がなく、妻は自分の母の形見を売って、馬を買ってくださいと夫に願い、夫は反対に、馬は買わなくても二人で手に手を取って共に歩いていこうじゃないか……とお互いを思いやった美しい夫婦唱和の歌である。

2. 万葉ジェルソミーナの歌

役人と女官の許されない恋。処罰として、宅守は福井県武生市の味真野へ流刑となった。これからの道のりを思い、その道を焼き尽くしてくれるような奇跡の火が起こらないかしら……と、激しい情熱と慟哭の伝わるこの歌はあまりに有名である。

3. 高岡旅情

大伴家持で名高い富山県高岡市では、平成2年から「万葉集全20巻朗唱の会」という大規模なイベントが催されるようになり、全国各地からそれぞれ自分のスタイルで万葉集を歌う人々が集う。平成4年に高岡市の依頼により、会のテーマソングとして創作されたオリジナルソングである。

4. 二上エレジー

天智天皇の子、大伯皇女と大津皇子の姉弟の秘話。謀反の罪で処刑された大津皇子は大和の二上山に葬られた。弟を失った悲しみのうつろな心を歌い、現世に生きる私はこれから二上山を弟と思って生きていこうと歌う、切ない叫びの歌である。

5. サンバ DE ツバキ

大和から紀の国へ行く通路である紀勢路は椿の名所である。古代の旅は苦しくて命がけ、でも旅心の楽しさでうきうきしている様子が「つらつら椿」というリズミカルな響きの素晴らしい造語として表されている。

6. 鶴鳴き渡る

明治時代の初期まで鶴は日本でよく見かけられた。海岸に潮が満ちて、干潟を失い、鶴が一斉に飛び立つ様が、まるで絵画で描かれたかのように景観を想像させる美しい歌である。

7. 二上山の賦

富山県高岡市は大伴家持が国司として過ごした、越中の国である。大和の景観に似ていたらしく、ここにも二上山がある。前半では二上山の春秋のすばらしさを歌い、後半では裾廻の渋谿の景色を歌って、今に至るまでを賞美している風土色豊かな歌である。

8. 吉野旅情

万葉時代の吉野は、吉野川流域を中心とした吉野宮滝宮跡のことで、天皇陛下の行幸が多く行われた。禊ぎの意味や水神信仰として農耕作の祈願の意味もあったであろうが、特に山川の清らかさにあこがれる気持ちが深かった。喜佐谷はまた、渡り鳥の通路で、森でいろんな鳥の声が聞こえる。

9. 恋歌

漫画家、里中真智子さんが選ばれた恋の歌の中から抜粋したもの。私の命の続く限り、あなたを忘れはしないでしょう……日ごとに思いは強くなることはあっても……大人の女性の深い恋心の歌。

10. 明日香春秋

大和万葉の中心地である飛鳥。その飛鳥が都として栄えた昔を追憶して、天皇にお仕えする宮廷歌人である赤人が、創作意欲も旺盛に、野・山・川を通して慕情を連綿と歌った。

11. 生駒山を恋ふる歌

防人と遣新羅使人の歌。大阪からも大和からも、象徴的な生駒山。この山を彼らは妻や恋人を思い、故郷を偲びながら行き来していた。

12. 石見シンフォニー

石見の国(島根県)の国司の任を終えて大和に帰るときに、現地の妻と別れることのしのびなさを石見の海岸の荒涼とした景観と一致させ、とりとめのない気持ちを歌った。宮廷歌人人麻呂としては珍しくプライベートな自分の世界、心の嘆きを歌った交響楽的詩である。