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この写真は、犬養先生が生前最後に明日香村を訪問された時の写真です。その貴重な機会は、オカモとの2ショット写真に残っています。本当に私の宝物です。1998年2月11日のMBSラジオウオークは、明日香村の旧、坂合小学校跡地に集合し、「万葉のふるさとにふく明日香風」というサブタイトルのもと、開催されました。犬養先生はもちろん出演予定で、犬養先生のお話を楽しみに来られるフアンも多かったのですが、ご高齢のため少しづつ体調が不安定になり、この回はみんなで相談をした結果、出演を断念して頂いたのです。(当日の予定もあいまいに、隠していました。)結局、前年の第16回「聖徳太子の道」が最後のご出演となりました。今だから言えますが、その日に脳梗塞の症状が出ました。

先生は「生涯現役」ではありましたが、その後少しづつ弱っていかれました。

 

数日後、犬養先生に「ラジオウオークはいつだったっけ?」と聞かれて、「やばい、やはり意識されていたのだ!」と慌てました。犬養先生は穏やかで怒られるようなことはなく、私たちが「中止にしたこと」に申し訳なさでいっぱいでした。直後、先生のお世話をされていた愛子さんと相談して、先生と明日香村へ行くことに・・・。おにぎりを持たせて頂き、久寿川のご自宅からオカモと犬養先生との明日香村訪問の貴重な思い出の写真がこれです。どなたに写して頂いたのか、本当に大事な1枚となりました。

背景は橘寺で、川原寺の万葉歌の歌碑横の写真です。今はもう立派な松の木もなく、スケスケ?になってしまいました。

新年になって初めての明日香村でもあり、先生が「関村長にご挨拶に行こう」とまず明日香村役場に向かいました。偶然、村長も在席しておられて、「今日は何の御用で飛鳥へ?」と尋ねられた時に「僕の記念館は本当に建ちますか?」と聞かれたのには私もびっくりしました。村長がニコニコしながら記念館の設計図だったか?青写真などを見せてくださいました。先生が「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。」と言われたのを聞いて、計画当初からは固辞されていたのですが「やっぱり先生は内心で楽しみにされていたのだ、よかった。」とはじめて私も納得し、次いでできるだけ早く完成することを願いました。しかし残念ながら完成は間に合わず、犬養万葉記念館は犬養先生の没後、2年後の4月1日にオープンしました。

関村長が、「今からどちらへ」と聞かれて、「もう帰ります」とおっしゃったので、私自身も「それだけ?」と驚きましたが、車椅子を押す私に「先生の車は?」と聞かれ、「今日は自由散歩です」といったのには驚かれたようでした。そして、失礼するときに、恐縮された関村長が役場の入り口まで見送ってくださったことは忘れられません。

その後、川原寺跡へ移動し、境内の一角で愛子さんのおにぎりを食べました。そこへ偶然住職の夫人が出てこられ、「まあ、犬養先生!」と再会。その時にも先生の方から「もうすぐね、僕の記念館が明日香村にできるんですよ」と、まるで明日にもできるようなことを言われたので、改めて先生は記念館の完成を本当に楽しみにしておられるんだと、うれしく、ほっとしました。

その後は、車椅子を押して橿原神宮まで歩いたと思います。タクシーの拾えるところまで・・・。

大好きな「飛鳥」の犬養先生の最期の訪問にご一緒できたことの思い出と感謝は私の宝物です。

そしていよいよ明日、世界遺産登録の審議が行われるようだと聞きました。

先生、よかったですね。明日香村を守ってこられたことが、今、日本の宝から世界の宝に・・・。

これからも「明日香村」を天国からやさしく見守ってくださることを心から願います。

おめでとうございます。

この写真は、犬養先生が生前最後に明日香村を訪問された時の写真です。その貴重な機会は、オカモとの2ショット写真に残っています。本当に私の宝物です。1998年2月11日のMBSラジオウオークは、明日香村の旧、坂合小学校跡地に集合し、「万葉のふるさとにふく明日香風」というサブタイトルのもと、開催されました。犬養先生はもちろん出演予定で、犬養先生のお話を楽しみに来られるフアンも多かったのですが、ご高齢のため少しづつ体調が不安定になり、この回はみんなで相談をした結果、出演を断念して頂いたのです。(当日の予定もあいまいに、隠していました。)結局、前年の第16回「聖徳太子の道」が最後のご出演となりました。今だから言えますが、その日に脳梗塞の症状が出ました。

先生は「生涯現役」ではありましたが、その後少しづつ弱っていかれました。

 

数日後、犬養先生に「ラジオウオークはいつだったっけ?」と聞かれて、「やばい、やはり意識されていたのだ!」と慌てました。犬養先生は穏やかで怒られるようなことはなく、私たちが「中止にしたこと」に申し訳なさでいっぱいでした。直後、先生のお世話をされていた愛子さんと相談して、先生と明日香村へ行くことに・・・。おにぎりを持たせて頂き、久寿川のご自宅からオカモと犬養先生との明日香村訪問の貴重な思い出の写真がこれです。どなたに写して頂いたのか、本当に大事な1枚となりました。

背景は橘寺で、川原寺の万葉歌の歌碑横の写真です。今はもう立派な松の木もなく、スケスケ?になってしまいました。

新年になって初めての明日香村でもあり、先生が「関村長にご挨拶に行こう」とまず明日香村役場に向かいました。偶然、村長も在席しておられて、「今日は何の御用で飛鳥へ?」と尋ねられた時に「僕の記念館は本当に建ちますか?」と聞かれたのには私もびっくりしました。村長がニコニコしながら記念館の設計図だったか?青写真などを見せてくださいました。先生が「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。」と言われたのを聞いて、計画当初からは固辞されていたのですが「やっぱり先生は内心で楽しみにされていたのだ、よかった。」とはじめて私も納得し、次いでできるだけ早く完成することを願いました。しかし残念ながら完成は間に合わず、犬養万葉記念館は犬養先生の没後、2年後の4月1日にオープンしました。

関村長が、「今からどちらへ」と聞かれて、「もう帰ります」とおっしゃったので、私自身も「それだけ?」と驚きましたが、車椅子を押す私に「先生の車は?」と聞かれ、「今日は自由散歩です」といったのには驚かれたようでした。そして、失礼するときに、恐縮された関村長が役場の入り口まで見送ってくださったことは忘れられません。

その後、川原寺跡へ移動し、境内の一角で愛子さんのおにぎりを食べました。そこへ偶然住職の夫人が出てこられ、「まあ、犬養先生!」と再会。その時にも先生の方から「もうすぐね、僕の記念館が明日香村にできるんですよ」と、まるで明日にもできるようなことを言われたので、改めて先生は記念館の完成を本当に楽しみにしておられるんだと、うれしく、ほっとしました。

その後は、車椅子を押して橿原神宮まで歩いたと思います。タクシーの拾えるところまで・・・。

大好きな「飛鳥」の犬養先生の最期の訪問にご一緒できたことの思い出と感謝は私の宝物です。

そしていよいよ明日、世界遺産登録の審議が行われるようだと聞きました。

先生、よかったですね。明日香村を守ってこられたことが、今、日本の宝から世界の宝に・・・。

先生、よかったですね。

これからも「明日香村」を天国からやさしく見守ってくださることを心から願います。

感謝の気持ちを残しておきたいと思う。

昨日、万葉講座のお仲間のご婦人が、「お姉さま」からの手紙を見せてくださった。

先月の講座の後、お姉さまが闘病中で、寿命が尽きる時期が迫ってきておられることを、日々心配されているという、ご様子を聞いたばかりだった。

そのお姉さまからの「お手紙」は美しい文字で整然と書かれており、病の床からの文章とは思えない、「妹さん」へ送られた最後の便りとなったと伺った。

講座生のGさんは、昨年の私の45周年記念の万葉うたがたりコンサートを見てくださって、その後にDVDを購入してくださっていたのだが、それを東京の闘病中のお姉さまに送ってくださっていたのだ。その感想を書いてくださったお手紙が、お姉さまの最期のお便りとなったと・・・。

コンサート内容の感想もありがたく、恐縮したが、それらを通して私や猪名川万葉の会で「縁」ができた妹さんに「いい会に入りましたね」と書いてくださっていたこと。うれしかった。

やりとりは姉妹のそれぞれの想いも切なく、またうらやましくも感じた。別れを前にして、妹さんの今の環境の安心や、またご自身もピアノレッスンを通して、西洋音楽に親しまれた思いもつづられて、それが妹さんへの最期のメッセージとなった。

偶然私がお姉さまの現状を伺ってから、わずか1か月のうちに逝去され、ご葬儀も済ませ・・・と「あー、そうだったのか」と落胆するとともに、最期のメッセージとなった「お手紙」を見せていただいたことは本当にありがたいことだった。

お手紙に、DVDを通して、「尽きることのない万葉世界」「恩師との出会いの幸運」「万葉集」がメロデー(歌)を通して現代の人とたちも楽しめる広報活動を続けることへのエール、「万葉集」の「地域に根差した地名」で旅する意味合いなどの記述もあり、 DVDでも舞台上の万葉うたがたりをしっかり見て頂けたこと、私の活動を理解してくださっていることを本当にうれしく思った。

「一人でも多くの人に万葉の世界、万葉時代の人々の心を伝えたい」と犬養先生は私たちに『万葉集』の魅力を伝えてくださったが、私もこのお手紙で、あらためて「万葉うたがたり」を通して、お一人でも多く魅力的な万葉の世界に誘うことができるがんばろう!という力を得た。

心より、感謝とご冥福をお祈りしたい。ありがとうございました。

 

元旦の初日の出は、きょうは全国的に晴天だったようで、いろんな方から、いろんな場所での「初日の出」の写真を送って頂きました。ずぼらで寝過ごしていた私にとっては「借景の初日の出」情報は、本当にありがたい限りです。
東京では「ダイヤモンド富士」の瞬間が見えたとか。いいことありそう・・・。と思いきや、先ほど今年初めて引いたおみくじが「凶」と出ました。やばい! それも今の住居に移ってきてまる2年以上が経ったので、「やはり地元の神様にご挨拶をしなければ」と行った、西宮浜の「航海安全」の住吉大神を祀る、西宮神社の境外末社の「西宮浜えびす神社」でのこと。

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我が家の近くには兵庫県の西宮ヨットハーバーもあり、内海にもこのように個人のヨットが係留されています。かつては弟もヨットが趣味で、ここが拠点となっていました。
まさに海上交通の要所を守ってくださる大事な神様です。

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文化2年(1805)に西宮港を整え阪神間の海上輸送のための航海安全、と産土の西宮大神、そして、厄除けの速秋津姫大神のご加護を願って建立されたそうです。おみくじは、西宮神社から派遣されてますとの若い神官さんから手渡され・・・なんとそのおみくじが「凶!」。

 

気を散りなおして、今年の私への「戒め」だと思って過ごしなさいというお告げかしらん。
「人目には 見へねどひとり 慎めよ 隠りに神の 坐すを思ひて」
確かにいつでもどこでも神は私を見ておられる…というのは、キリスト教も同じ、納得すべしですが、具体的に失せ物、見つからず、病気危なく、待ち人来ない? 災難多く、願い事は叶いにくい・・・とは、残酷すぎます。
思い返せば、犬養先生の生誕100年祭を行うにあたり、平成19年のお正月に伊勢山皇大神宮にお参りした時に、「凶」が出て、この先のことを不安に陥ったことを思い出します。ご丁寧にもう一度引き直してまた「凶」。泣きながら帰った思い出があります。おかげさまで、私が「凶」と感じるようなことも全くなく、何事もなかったように1年は過ぎました。
今年はそんなスタートとなりましたが、ともかく健康で、楽しい時間の過ごせる年でありたいと願っています。

商売繁盛の「えびす神」もおられました。

 

2025年10月1日に明日香村の犬養万葉記念館がリニューアルオープンしました。これからはオカモはお客様です。❤

指定管理をしてくださるのは、大和高田市に本社を置かれるリアル・スタイル社。

オカモの個人商店から、今回は会社の運営が始まります。来春1月からカフェもスタートするそうで、今は始動期間。室内はそんなに変化はないのですが、記念館当初に準備された犬養先生の部屋が復活していました。おーっ。

犬養先生もきっと新たな展開を楽しみになさっていることと思います。

先生、良かったね。おめでとうございます。弥栄❤

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9月3日。岡本三千代と万葉うたがたり45周年記念コンサートが無事に終了しました。
日程が決定してから、約1年。とうてい私一人ではできなかった、久しぶりの大掛かりのプロジェクトで迎えた本番。
うたがたりファミリーもこれでとりあえず解散ですが、それぞれちょっとロス気味。

少しづつ、コンサートの私の思いや意図を書き留めておこうと思います。
まず、当日のプログラムから・・・。曲目などの案内だけではない、「冊子」にしました。
これは、コンサート舞台の背景に映像の演出をしたかったのですが、兵庫県立芸術文化センターの大・中・小のホールのうち、私たちが使用する小ホールがアリーナ型で、スクリーンを設置することがむづかしいということになり、手元のプログラムで、補う?ことにしました。
結果、今もご自宅で思い出しながら見てくださる方があるかもです。
風景の写真は、すべて西本君のオリジナル。犬養ファンの映像だけあって、私の要望にぴったりの写真を選んでくれました。ありがとうございました。
間にはめ込む写真は、いろいろ思いが交差して、例えば、武庫川学院の歌碑写真は、うたがたり会のそろった写真にしようと思っていたのですが、(原稿ではこれ!)

コンサートの来場者の顔ぶれを思ったときに、みなさんにとってなつかしい写真も入れたいと思い、パンフレットには「犬養3兄弟」と言われた盟友、故富田敏子さん、骨折して治療中の山内英正さんも映っている写真に変更しました。馬場ちゃんや山崎副学長も一緒でよかったです。また、犬養先生の著書「万葉の旅、下巻」の地図もいれましたし、一人、亡くなった友がいるので、なつかしい犬養ゼミの時の写真も入れました。あとでわかったことですが、「9月3日」はそのマジのご命日だったと聞き、偶然に驚きました。私たちの気持ちが通じたね。
沫雪の恋の「猪名川」も資料を加えたり、私自身が何度も読み返してうれしい冊子となりました。

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令和元年(2019)年11月17日、思いがけず壱岐市万葉公園開園50周年記念イベントにお招きいただいたことがご縁になりました。
よって高校野球選抜21世紀枠で出場された壱岐高校が身近です。
部員全員が島出身者。島内中学生の3割が野球部員という「島民的スポーツ」の一つだそうです。
選手の誰かが、この万葉公園で走りこんだり、トレーニングしてるかも・・・。思い出もご紹介しておきます。

私は本当にかけがえのない経験をさせていただいた幸運に心から感謝しかありません。それも犬養先生のおかげです。

 


あと5日で忌まわしい能登大地震からはや、1年が経ちます。
「がんばれ能登」カレンダーのエールを通して、共有していきたい思いは、多くの方々の共感を得、販売から1か月もしない間に完売となりました。ありがたいことでした。しかし引き続きのご注文に100部増刷し、それもほぼ販売終了が近づきました。予定通り被災地の皆さんへと、配布をお任せしたところ、和倉では現在仮設商店街となった一本杉商店街にまず30部配布されたことを新聞に取り上げてくださり、現地の大井さんから報告がてら送ってくださいました。
私たちのことは恐縮の極みです。やはり犬養先生の故地ネットワークと歌碑パワーのおかげです。目的は能登の方々に明るい未来、予定が書きこまれることを願い作りましたが、12か月の中の犬養歌碑建立地の方々が、能登へ発信されたことを意気に感じてくださり、それぞれの地元でも積極的にカレンダーをお求め頂いたことはうれしい誤算でした。
私ももうすぐ30年目の1月17日を迎えます。能登のこれからの30年後はどうなっているだろうか、復興の進まぬ報道を見ながら心痛める日々です。
「がんばれ能登」カレンダーを作って良かった!と思います。そして皆様のご厚情を心より感謝申し上げます。

犬養先生から「歌は心の音楽。万葉びとのように一緒に歌う」ことを教わり、学生時代は犬養節でした。お薦めを受けてからは「いにしえ人の心をメロディに載せて・・・」と、自らの旋律で『万葉集』を歌ってまいりました。歌うことは伝えること。これらのCDではもう一歩踏み出して、万葉歌の豊かな心、人や故地との出逢い、みんなで歌うことの楽しさをあらためて発信したい作品となっています。

一覧でご覧いただいております通り、ジャケット写真の下にCDタイトル、挿入曲名、価格(税込み)を表記しております。
購入ご希望の方は、ホームページ右上の検索マーク右「三」をクリックして表示されたメニューの最後にある「お問い合わせ」フォームより、お客様のお名前、メールアドレス、題名には「CD購入希望」など、メッセージ本文にご希望のCDタイトル(Vol.?で結構です)と必要数、送付先の郵便番号、住所、電話番号を記載し「送信」ボタンを押してください。

ご注文を確認させていただきましたら、その旨メールを返信させていただきます。
商品送付は商品数によりますが、郵便局のスマートレター・レターパック・ゆうパケットを利用します。
お支払いは、商品代+送料実費を、指定しますゆうちょ口座振込、もしくは同封します郵便振替用紙にてお近くのゆうちょATMからのお振込みをお願いしており、その旨商品の発送とともにお支払い方法を同封させていただいております。

みなさまからのご注文をお待ち申し上げております。

犬養万葉記念館の入口に建っている、犬養先生揮毫の「萬葉は青春のいのち」と、岡本が結婚したときに犬養先生からお祝いで頂戴したアルバムに揮毫されていた「祝婚歌(巻13-3317)の2種類です。どちらも200円。

購入ご希望の方は、ホームページ右上の検索マーク右「三」をクリックして表示されたメニューの最後にある「お問い合わせ」フォームより、お客様のお名前、メールアドレス、題名には「購入希望」など、メッセージ本文にご希望の本のタイトル(萬葉は青春のいのち or 祝婚歌)と必要数、送付先の郵便番号、住所、電話番号を記載し「送信」ボタンを押してください。

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お支払いは、商品代+送料実費を、指定しますゆうちょ口座振込、もしくは同封します郵便振替用紙にてお近くのゆうちょATMからのお振込みをお願いしており、その旨商品の発送とともにお支払い方法を同封させていただいております。

みなさまからのご注文をお待ち申し上げております。