個人情報流出お許しを・・・。11回皆勤で参加の奈良県の荒川晴男さんです。
昨年の朗唱の会は、10回と言う節目の会であったことと、犬養先生の生誕100年が
重なり、私たちも協賛行事として、犬養万葉顕彰会も協力させて頂きました。
あれから、もはや1年??? 時の流れは早いですね。
来年2009年が、大伴家持の最後の歌(759年)を詠んでから「1250年」と言う
またまた記念すべき年でもあるので、来年は恒例の朗唱の会の前日に「因幡万葉
フォーラム」という行事を企画しておられます。ですから今年は主催者側も
参加の私たちも加速度をつけたいプレ行事的な思いで臨んだように思います。
開会式は思いがけず鳥取県の平井伸治県知事と鳥取市長の竹内功氏のお二人が
ご臨席くださり、祝辞を述べてくださいました。
いつもに増して会にはくがついたこと!!!本当にありがとうございました。
そして、壇上で来年に向けて惜しみない協力を約束してくださり、私はうれしくて、
すぐに名刺を持って着替え室に!?ご挨拶に走りました。
毎年同じ時期ですが、今年の雲ひとつないskyblueの空、夏のような陽射し、
吹き抜ける風に、因幡万葉歴史館を訪れた人たちは、心も晴れやかに過ごされた
ことと思いました。朗唱について高岡市とまた違って私が感心したことは、出演の
幼稚園児、小学生たちは全員、朗唱歌を暗記していたことでした。意味はわからなくても
この日のために一生懸命練習して覚えている!・・・取り組みの姿勢に感動しました。
またお茶席では、数年前から中学生がお手前もお運びも中心でやっておられますが、
今年は田中君と言う男の子のお手前でお抹茶を頂きました。女子の多いクラブで、
なかなか画期的でした。そうそう、朗唱の司会も今年は、男女の高校生が初めて
務めてくださったのですが、放送部なのかしら?なかなかきちんと進行ができ、
初々しさも加わり、いい試みだと思いました。朗唱の会が、若い人たちの参加・協力
を得て、徐々に世代交代もうまくできれば、いいですね。
私は犬養節の朗唱と、最後にうたがたり会でミニコンサートをさせて頂きました。
伝承館の解放感ある舞台で、のびのびと歌わせて頂き、感謝しております。
目前に広がる青い空、緑の山、万葉歴史館の建物を肌で感じながら「国府町は本当に
素晴らしいところやん・・・」と思いながら歌っておりました。
来年、万葉フォーラムで全国から久々に参集して頂き、新年に祈りを込めて言祝いだ
「いや重け吉事」の万葉歌を通して、大伴家持の憂いや国府での思いを偲び、平成の
「万葉故地」としての発信など、学んだり共感したりできる機会を持てるのだ!と
期待に胸を脹らませながら・・・。
すみません。実は、撮影禁止でしたが・・・。
先月ブログでも予告した「立体ちぎり絵」の特別展示です。
これは一部ですが、圧巻の700本もの彼岸花の群落!の迫力はすごかったです。
その他万葉植物や、季節の草花が、文字通り百花繚乱でした。
「万葉朗唱の会」の国府町の「宴」は終わりました。かたづけとともにいつもの
静寂が戻ってきました。そしてまだ午後6時だというのに田畑に囲まれた歴史館
周辺は「ぬばたまの闇!」。長い一日でした。
歴史館職員の小椋さんと、お母様には本当にお世話様になりました。
お疲れ様でしたね。ありがとうございました。
投稿
西宮市の生涯教育の宮水学園という組織がある。
私は文学コースで過去、講師をさせていただいたことがあるが、西宮市の
歴史や文化や地理を学ぶ「ふるさとコース」があることをこのたび初めて知った。
中心となってご指導をされている空野啓佐さんとお目にかかる機会を得て、
30年近い西宮市民でもある私は、かねてから「西宮市」をもっと理解したい思いも
強かったので、きょう、歴史探訪ウオーキングセミナー「苦楽園口から西宮神社へ」
というコースに参加をさせて頂いた。
(目からウロコ)
・何度も、車で通過して「こんなところ」に!…という箇所がいっぱい。
越水城址、旧西国街道、小清水(井戸水)、常盤の一本松地蔵、
・そうだったんだ!と納得
夙川の変遷、名次神社の本殿、角の松原の湾入位置、マンボウ体験などなど。
吾妹子に 猪名野は見せつ 名次山 角の松原 いつか示さむ
ここは、西宮市城山町、下は崖になっていて、古代の湾入箇所らしき???
前方に海が見えます。歌の詠まれた場所かも。
(西田公園案内)
西宮で唯一の万葉関連施設の植物園。犬養先生の揮毫歌碑もある。
今回、ここで「秋の七草」について、山上憶良の歌と、公園植物のお花のご説明を
するのがお約束だったので、犬養節と私のメロデイーも共にご披露した。
残念ながら、七草のゾーンは尾花くらいで、あとは枯れかけた藤袴くらいしか
なく、あまりに殺風景! でも犬養節を久しぶりに聞きました、とか、以前
犬養先生と大和三山を歩きました…と話しかけてくださる方があり、
うれしかったなあ!
(西宮神社)
近くの、傀儡子の碑を最後に見て解散。その後、空野さんと、紹介の労を取って
くださった広瀬さんと3人で、西宮神社へ。
それは、「狛犬」と「六英堂」の説明をして頂くためだったが、なんと本殿で
参拝をしている時、偶然、先月の犬養先生のご命日祭を取り仕切ってくださった
田辺神官が通りかかられ、ご挨拶できた!
橿原神宮→湊川神社→西宮神社(現)と修行!?(転勤?)されているそうだ。
いわゆる神官さんのエリートコースを歩んでおられる!と見た。(笑)
(おまけ)
10月に発売されたばっかりの「えびすせんべい」←地元活性化のための
新製品のお店に立ち寄った。そして、6月にオープンしたばかりの戎館
(戎座人形芝居館」見学も…。やっぱり西宮=えべっさん?
今日の印象では、えべっさんの前で万葉集はインパクト薄いです!
しかし、全然知らなかった西宮の古跡やゆかりに興味津津。
次は自転車でおさらいできそうです。
朝食は、高岡古城公園の「万葉うどん」です。犬養先生も虫麻呂歌を朗唱
されたあとは(巻9が早朝ゆえ)必ずこの朝食メニューでした。(笑)
私も名残を惜しみつつ、お世話になった方々に別れを告げ、京都から高岡へ
やってきた全国万葉協会のバスの「万葉旅行~机島」へシフトチャンジ。
万葉うたがたり会ももちろんCD曲「しただみわらべうた」の島をめざしました。
家持が越中国司の時に公務による巡行の折、採集した地方民謡のひとつが、
能登の海にある「机の島」と呼ばれる無人島の「しただみ貝」の歌です。
犬養先生がかつて病弱の奥様とご一緒に旅行された数少ない思い出の場所。
そのゆかりもあってか、昭和50年秋に歌碑建立の計画が決まりました。
幸運にも私がその夏、犬養先生が揮毫される石の下見に同行させて頂き、
机島も訪れ、「歌碑」になる石も一緒に確認させて頂いたのですが、
除幕式はもちろん、それ以来残念ながら全く機会がありませんでした。
このたび33年ぶりに歌碑となった「石」を見に、机島へ上陸できたというわけです。
犬養先生の長歌の歌碑はこれが最初だと思います。
信じがたい思いで見つめました。富田さんが、お花を供え、献茶をし、
お墓ではないですが、全員で般若心経を唱え、あたかも犬養先生が
そこにおられるような気持がして、なつかしく時を過ごしました。
万葉うたがたりの「しただみわらべうた」もご披露させて頂き、深謝。
33年の年月は、風景が「からに島」や「鹿島」が「机島」と、記憶が混然と
してしまっていますが、「先生、二人だけで来た思い出の机島にやっと来れました。
遅くなってごめんなさい…。」と申し上げるとともに、「先生、オカモはこれで
今春まで先生の揮毫された137基の歌碑すべてをお訪ねすることができました。」
と誇らしくもご報告しました。富田さん、いいチャンスをありがとう!
しただみ貝(コシタカガンガラ)は、海中が澄んでいて生息がよくわかります。
石でつつき破り、よく洗って、塩でもんで、器に入れて…♪
高岡万葉まつりと共に予定していた「私の2つのこだわり」は実現し、無事終える
ことができました。
机の島に行き、万葉歌碑を見ること。
うたがたりの仲間で「古城公園の水上舞台」で万葉歌を歌うこと。
すべて、みなさんのおかげでした。ありがとうございました!!!
万葉まつり前日の、越の二上山の峰続きの山並みです。
毎年伺っていますが、私は高岡ではめずらしい「夕照」の光景を見ました。
翌日からの万葉まつりの好天気を予感させるシーンに感激しました。
(実は翌日も、2日続きの夕焼け空に恵まれました。)
私は、10月3日初日のオープニングイベントで自作の万葉まつりのテーマソング
「高岡旅情」を婦人会のコーラスの方々と一緒に出演。
そして、招待朗唱に出演しました。
個人的に犬養先生の十年祭を追悼したい気持ちもあり、中大兄皇子の大和三山の
妻争いの長・反歌を「犬養節」で、また額田王の春秋競憐歌をシャンソンで、
ご披露しました。
午後からレンタカーで貴重な自由行動時間です。
真っ先に高岡市歴史博物館へ行き、屋上庭園の犬養先生の歌碑にご挨拶。
そしてこのたびの回廊の特別企画の「家持のうたった花」展を拝見しました。
幸運にも関研究員にご説明をして頂き、家持が単に「花になぞらえて詠った」
ということではなく、踏み込んで、それぞれの「花」をどのように表現し、
何を示したかったのか…ということを、畑谷さんの万葉花写真の世界と共に
味わわせてくださいました。な~るほど、家持の繊細な感情の起伏が見えます。
私には今からすぐに家持の歌がもう「違った形」で見えてくると思いました。
本当に高岡の万葉歴史館はいつも魅力的です。
貴重な路面電車を写しました。万葉線のアイトラム(フランス製?)です。
夏に乗った時に、車内の達者な案内に感嘆していたら、立川志の輔さんの
アナウンスでした。(新湊出身だそうです。)
勝興寺の犬養歌碑を見て、宿に戻るときに夕焼け空のあと、「三日月」が。
「ヤカモチくんの若月だ!」
何だかルンルンしながら、1日が終わりました。
明日4日に万葉うたがたり会の仲間がやってくることが、本当にうれしくて…。
続く!?
おかげさまで、バラエテイに富んだ毎日ですが、昨日は今年度2回目の
因幡万葉歴史館での「万葉うたがたり講座」に出かけてきました。
こちらへも、来月10月19日の第11回「万葉朗唱の会」に参加致しますが、
講座は、歴史館の行事と私のスケジュールと相談して決めますので、
早くから決まっていましたが、今9月を省みますと、忙しい毎日を過ごしました。
9月になってからは、天候も不安定で、なかなかすっきりとした秋空が
臨めませんが、昨日も台風到来の影響もあり、どんより曇った肌寒い
一日でした。
でも歴史館のお庭は、犬養先生の歌碑を囲んで、コスモス・茗荷の花が満開で、
また、満天星つつじの葉が紅葉?し始めていました。大きなイタチ君がその中を
何度も走り抜けて行ったのがユーモラスでした。(笑)
6月の講座以来の再会でしたが、歴史館の方々、また講座生の方々に温かく迎えて
頂き、単純な私はそれだけでもうれしくなってしまいます。
ちょうどフロアーの入口に因州和紙でつくられた「お花」が展示してあり、
豪華絢爛のカサブランカから、素朴なクローバー、たんぽぽまで…。
10月3日から26日までの特別巡回展の「立体ちぎり絵の世界」のご案内でも
ありました。私は朗唱の会の日に見られますので、とっても楽しみです。
圧巻の「彼岸花畑」も出現するとか・・・。和紙の風合いはお花の優しさを
醸し出してくれるようです。
歴史館のコスモスと和紙のコスモスです。
時間の都合もあり、今回は久しぶりにバス」で往復したのですが、
道中の群落の彼岸花の美しいこと。因幡へ向かう季節にこのような光景を
見たのは初めてで、微妙な季節の移り行きやズレで、まったく土地に対する
印象や表情が違うことが驚きでした。そして、帰りは…
今回、万葉講座では季節柄「万葉の月」についてお話をし、「暗闇の夜ほど
月明かりが貴重で待ち遠しいものだ」と力説したのですが、なんと鳥取からの
帰りのバス道は、まだ午後6時半だというのに「ぬばたまの闇」で、ひたすら
走るバス道の不安なこと(汗)。雨も降ってきましたし、なんとなく肌寒く
月を求めると共に、いや~「ぬくもり」を求めてしまいました!(笑)
国府町の万葉歴史館を発信基地として、来年は万葉集の最後の家持の歌が
詠まれてから1250年でもあり(姫路ー鳥取間に道路が開通し、時間短縮して
鳥取へ行けるようにもなりますので)「因幡の祭典」という行事の1つとして
万葉フェステイバルの準備が行われております。
上野誠氏の基調講演や、私たちうたがたり会の出演も決定していますので、
今年の朗唱の会を加速度として、来年に向けて期待されるところです。
高岡も因幡もイベントで「家持くん・家持さん」はモテモテです。
私の敬愛する「額田王」さまのイベントはありませんか???
自宅までの道々「出た出た月が…♪」とか、月の歌の万葉朗唱をしながら
月明かりに導かれながら帰宅した。満たされた気分。
すれ違ったり、追い抜いて行った人は私を「アブナイ人!」だと思ったこと
だろう。(笑)
1年ぶりに福岡県の飯塚市歴史博物館で嘉摩万葉を学ぶ会の万葉講座だった。
3月に桂川町に犬養先生の歌碑が除幕されて以来の筑豊だ。
車中からの風景は秋の実りの田んぼとなり、歴史館の庭は、「萩」の花が
こぼれんばかりにちょうど満開の時期を迎えていた。

前日に稲築町で憶良まつり短歌会もあり、三連休の最中参加者が心配されたが、
たくさん集まってくださり、ありがたいことだった。また、
うれしかったのは、前日の憶良まつり短歌会で、私の作曲した「高岡旅情」と
「別れたくないタンゴ」の2曲で、社交ダンスが披露された…と聞いたこと。
見たかったなあ。作曲者冥利です。
飯塚市は、時の総理候補、麻生太郎さんの地盤で、歴史館の向かいにある
1万坪以上のお屋敷の森ではまだセミの声が聞こえていた。
今の時期、きっと盛り上がって、町はどんな雰囲気かな…と興味深かった
が、地元はそれなりに慎重だ。総理となってもこの不安定な政局の嵐の中を船出
していく「麻生さん」の今後のことも心配なのだろう。ふるさとの思いやりを
感じる。
11日、12日の坂本万葉ゼミ旅行が、「九州」だったので、昨日の1日をおいてまた
九州へ移動したわけだが、こうしてスケジュール通りに動けるのは、まず健康に
恵まれていることだ。明日は高岡から奈良へ2グループが来られるので、お接待役を
仰せつかっている。激動の「あれやこれや」はもう少し続きます。
試供品でもらった「コラーゲンEXエンリッチド」を飲んで、頑張るぞ???
帰途の車を停めて、写真撮影しましたが、「月」はうまく写りません
でした。でも確かに運転席の正面から私に微笑んでくれました。
月はもちろん犬養先生に重なり、涙目になってしまいました。
今日は犬養先生の十年命日祭でした。亡くなられてもう十年?。
本当に信じがたい月日が流れたことになります。
犬養先生のお身内が少なくなってしまわれ、犬養万葉顕彰会で
追悼をさせて頂くことになり、責任ある準備ではありました。
でもこのたびも、犬養先生の天国からの演出がいくつかあり(笑)朝の禊の
大雨が一転、集合時には犬養高気圧が張り出し、快晴の天候に!
ご神事を執り行ってくださった田辺神官が、偶然にも明日香村の方だったこと。
ご命日もきょうの忌日も同じ仲秋の名月の時だったこと…などなど。
偲び草のDVDも、直会の犬養先生のお話の中身も、私が直接かかわらせて頂き、
やはり「こだわり」の部分を発揮させて頂けました。
そしてきょうもいくつか想定外のハプニングがあり、本当に疲れました(汗)。
でも私は、朝から犬養先生のお家へ「御霊さま」をお預かりしに伺いましたが、
たくさん積み込んだ荷物とは違い、大事に助手席に安置して出発しました。
「こうして犬養先生をお乗せすることも最後かな」と思うと、感慨があふれ
出てきて何故か泣けてしまいました。集合前からお化粧も台無し!
参加者のお顔ぶれをみても、語られる思い出を聞いても、私には十年の歳月が
愛しく思える、そんなひとときの一日でした。
犬養先生は万葉集の大家ではいらっしゃいますが、「博士の愛した万葉集」
ですね。私たちには偉大な教育者であり、偉大な父のような「人間」としての
魅力に惹かれたと思います。今日もそれぞれが、大いに人生の影響や生きる力を
与えて頂いた「教え子たち」の集いであったように思います。
きょうもスピーチの「人には誠を持って接する」ことや「常に前を向いて
がんばること」など、犬養ファミリーのみんなの人生訓でありましょう。
あらためて犬養先生の「すごさ」を実感し、私もその「先生」と出会え、大事に
接して頂いたことを心から感謝しています。今は「犬養先生の教え子」として
恥じないような生き方をしたいと思う日々です。
朝から何度も何度も涙腺がゆるみました。年のせい?
きょうは先生に喜んで頂けたでしょうか。私には亡くなられた時から
時間が止まったままでした。10年の月日を受け入れることは残酷ですが、
自分が年を重ねたことで納得もいきます。
そうそうきょうは私の誕生日でもあり…。人生の記念日に恩師の命日祭が
重なったことも私には意味あることだったのかもしれません…。
しかし、疲れました。ふーっ。明日は飯塚で講座です。
「女心と秋の空」のタイトルで、まさに気持の赴くまま???お話を
してきたいと思っています。では、おやすみなさい。
気になっていた犬養先生へのご報告をやっと果たすことができました。
昨年の100年祭の報告と感謝。多くの方々との再会や、新たな出会い。
犬養万葉顕彰会の役職の全う。私の近況や、語りかけたことはいっぱい。
そして、愚痴や甘えや私の独断と偏見をいろいろ聞いて頂きました。
お墓を管理してくださっている坂本家さんの奥様にも、昨秋の谷中墓前祭
のお礼を申し上げ、三月に逝去された犬養悦子さんをともに偲びました。
谷中でも、また代官山の東京展示でも特に昨年は、お目にかかる機会も
多かっただけに、納骨もすまされ、お墓にも名が刻まれていることが、
信じられなくて、不思議な気がしました。
関西なら、お盆の週で日曜日でもあり人出が多いはずですが、東京は
一月早い七月がお盆の行事なので、ほとんど人影もなく、ゆっくり過ごす
ことができました。また晴れ女の私にはめずらしい霧雨のそぼ降る墓参に
なり、寒~い一日。前日の大阪と段違い!なんだこれは!
さすがに名物の谷中のネコの姿も少なく、会いたい!
また、お墓で覚悟していた蝉しぐれもなく、上野公園の森でやっと
雨天決行の蝉の声が聞こえたくらいでした。
アブラゼミカルテット(雨天で小規模)に、ミンミンゼミソロが入ります。
東京のミンミンゼミは、だいたい5回鳴きます。犬養説は正しい!!!(笑)
(私はただいまレポートに追われて冷や汗の、坂本ゼミです! ハイ。)
来る、9月13日には、犬養先生が亡くなられて10年が経ち、西宮神社会館で
命日祭を行います。早い。もう10年なのですね。本当にあっという間でした。
でも、神様のご配慮もすごいです。犬養先生が亡くなられた通夜の日は、
仲秋の名月で明日香村では観月会が行われていました。10年目の命日祭も
偶然ですが、仲秋の名月の時期にあたり、翌日には明日香村をはじめ、
全国で観月会が催されるのですよね。
お月さまが大好きだった先生。「万葉の月」のお話が懐かしいです。
私も先生と万葉集のおかげで、「お月さま」は生活の一部になっています。
13日の命日祭に集った方々は、きっと犬養先生らしい、印象的な感慨深い
時間を過ごされることでしょう!
私も最後のお手伝いです。(私の記念日でもありますし…)
先生、また来ますね。犬養先生のたましひは、明日香村にあると思い、
でもいつも私の心の中に居てくださっています。
上野・谷中は? やはり犬養先生の原点の地であることが、私を引き寄せる
のだと思います。さあ、明日からがんばれそうです!
広島原爆記念日の8月6日は、我が岡本家のルーツ、祖父岡本丸夫の
命日だった。はや丸2年になる。
石走る垂水の実家には、私が大学生の時に植えたらしい…浜木綿の球根が
成長し、祖父が亡くなるまでの3年間ほど、介護のお手伝いをするのに、
垂水の実家へ通ったが、なんと30年以上、たった1株の浜木綿は毎年咲いていた
のだろう。そして、私が再会した時、葉は百重なし、木綿花が噴水のように
芸術的に咲いている様子に、とても感激した。
そして、私が楽しみにしていた翌年の浜木綿の夏に祖父は逝った。
祖父の入居していた介護ホームの玄関前の路肩にも浜木綿が咲いていた。
祖父の亡きあと、家の建て替えで、浜木綿の庭が更地となったらしく、
垂水の浜木綿は祖父とともに姿を消した。ショック!さびしい…。
私はなぜか浜木綿に心惹かれる。きっともっとも暑い盛りにエネルギッシュに
咲く力強さと、可憐で清純な白い木綿花の美しさへの憧れがあるのかもしれない。
今夏は浜北万葉公園で、浜木綿の花のやさしい淡い香りも体験した。
自分の浜木綿へのこだわりが、祖父の思い出と重なっている。
祖父の美田?ご褒美?で、今年6枚目のCDを作らせてもらっている。
生涯、先見性があり、時代の挑戦者であり、現役を貫いた祖父が、私の進学を
もっとも喜んでくれたと思う…。
しかし家庭人としては失格、その祖父の悪口を言って、犬養先生にたしなめられた
思い出(笑)。そんな祖父に思いを馳せながら…。
来年の浜木綿と私を思う。
昨年は、犬養先生の生誕百年を記念して、いつもの万葉故地旅行に
犬養先生の原点である「阿蘇の噴煙」を求めて、熊本の地を加え、
赤レンガの建物の残る、旧制第五高等学校や阿蘇山なども訪れました。
今年の三月末で、私が会長を務めていた顕彰会の第五期が終わりました。
ただ、07年間で行った長期旅行の万葉エリアが、1箇所残っていましたので、
旧役員有志で行うことを決め、山内英正さんを顕彰会の代表、そして講師として
今年度も「浜松万葉旅行」を行いました。
厳密に言うと、浜松、浜北、浅羽町の三箇所をコースとしましたが、平成の
大合併により、浜松と浜北が1つの浜松市となり、今回見学の犬養歌碑は
浜松市の行政区だけで7基(浅羽町→袋井市で2基)という、一つの万葉
エリアとなりました。
ここ数日、猛暑日が続いており、この季節の旅行に不安も抱きましたが、
やはり万葉ファンは普段から「万葉熱中症」ですので、免疫があるのか!?
ハードな旅でしたが、一人の体調不良者を出すことなく終えることができた
ことにほっとしています。
しかし犬養高気圧もますますボルテージを上げていましたね(笑)。
浜名湖の湖北の猪鼻湖の西方にある「乎那の峯」の砂洲は、今はホテルが
建っていますが、峰がやがてひじ(砂洲)となるまで、寿命が続いて欲しい・・・と
詠う、祝賀の歌の故地。そこには犬養先生の136基ある歌碑の4番目に建立
された歌碑があり、コースはそこからスタートしました。
次に、引佐細江の澪つくし(模型)を見、吾跡川柳を見て、宿泊の舘山寺温泉へ。
今年はこの時期に花火大会がなく、団体の宿泊が可能となりました。ラッキー!
到着して食べた「いちごのかき氷」が美味しかったこと。
そして、すぐに汗を流したくて、露天風呂に入りましたが、よく晴れた空、
広がる浜名湖を見ていると明るさと暑さで、まるでプールで泳いでいるような気分
になりました。(汗)
もちろん、一品は鰻の蒲焼が入ったお食事に、舌鼓を打ちながら、大宴会。
自己紹介などをしながら楽しくひとときを過ごしました。
各地から、各世代の方々がご参加くださり、また犬養先生や、万葉集との
いろんな関わりなどを知ることができ、有意義な交流会でした。
翌日は、露天風呂で日の出を見た人も多かったようですが、早朝から快晴!
8時に出発し、浜北へ。南陽公民館、浅羽の八幡神社、浅羽図書館、そして、
お昼は浜北万葉の森公園に行き、犬養歌碑の見学を中心に、防人の歌の
ふるさとを偲びました。昼食は今回の旅の目玉とも言うべき、「古代食」を
経験しました。
地元の「月草の会」のご婦人たちが、資料をもとに再現されたり、
また古代から今もある植物を、食せるように工夫を重ねて、新たな献立を
加えてくださった・・・などご説明も聞きながら、興味深く美味しく頂きました。
「月草(つゆくさ)」の天ぷらは、初めての体験でした。夏の献立で、
鰻の蒲焼(語源はがまの穂)は、武串に上手に形作られて、感心しました。
予約制で(食材の準備が大変!)いつでも食べることができるので、是非
浜北万葉の森公園へ行かれて、種類も充実して、よく手入れされた万葉植物を見て
犬養歌碑や桜井満氏の歌碑を味わい、古代の食事・・・とできるだけ多くの人に
足を運んで頂きたいものです。
植物は夏場で、限られていましたが、浜木綿、蓮、ひおうぎ、そして秋の七草の
女郎花、撫子、桔梗、めずらしいところではピンクではなく紫の山ぢさが
咲いていました。
少しあわただしかったですが、次の若倭神社、麁玉(あらたま)公民館、
浜北文化センターと、きょう一日で8基の見学を達成しました。それぞれに
個性があり、石の種類や、建立地のこだわり、地域性を感じる建立スタイルや、
歌碑の意義の現状などを確認することができ、本当に密度の濃い旅となりました。
参加者のみなさんとも名残は尽きず、またの再会を願いました。
今日(28日)は、昨日と一転して全国的に天候不順で、近畿は雷雨、洪水警報の
出る大荒れの天候となりました。金澤の浅野川は氾濫、敦賀では竜巻や突風が吹き、
山内情報では、浜北(静岡)も風が吹き荒れたということだそうで、びっくりしました。
やはり私たちの旅は犬養先生に守られていたのですね。
昨日の浜松は、37.7度と全国で2番目に暑かったそうで、私は先週の岡山も
日本で2番目の暑さと言われましたので、わざわざ選んで行っているのか・・・と
思うくらい!?(笑)。でも家で過ごしている方が、よっぽど暑く感じます。
そうそう、張り切って(いや、ドキドキしながら)出かけた前期試験は、
警報発令のため延期となり、教室の「急告」張り紙を見て、がび~ん!
試験勉強の時間を稼げたと思うべきか、ドサクサで終えたかったという本音か、
微妙なところですが(汗)、自然の変化には逆らえません。
犬養万葉顕彰会での旅は一段落しますが、犬養先生との心の旅は永遠に続きます。
参加者のみなさん、ゆっくり疲れをとってくださいね!!!
