投稿

高岡市万葉まつりの目玉イベント、「万葉集全20巻朗唱の会」も33回目だそうです。おそらく私は皆勤のはずです。(笑) 2年前からのコロナ禍が、この行事に新たなスタイルを生み出しました。そして、イレギュラーな3年目の今回は、いよいよ地元での万葉まつりの開催と、朗唱は動画参加の2本立てとして企画され、募集が始まりました。なかなか高岡万葉まつりや、朗唱の会に参加できない人もネットを通して全国展開し、かえって魅力発信の範囲が広がったように思います。

1年目は、高岡市も手探りで、「万葉を歌う」岡本三千代と万葉うたがたり会が協力させて頂くということで、私たちの出演はもちろん、全国に広がる犬養万葉ネットワークのお仲間をお誘いしたりして、無事に新たな企画は成功しました。そして去年はその経験をもとに、積極的に参加する自治体の万葉愛好者グループなどの参加も増え、コロナ禍の引き続く状況下、新たな盛り上がりで朗唱の会が開催されました。

そして今年、今また第7波のコロナ禍の状況にあって、ゆるがないひるまない高岡市は、現地での万葉まつり開催の準備を着々と行っておられることと思いますが、私たちも動画朗唱での参加に向けて準備を行っているところです。

私の関わっている万葉講座の方々に、いわば無理強い的なお誘いにもなりましたが、あとで絶対に参加してよかったと思われるはず!という信念のもと、今回は宝塚のコープカルチャーの方々にも参加して頂きました。

そして昨日です。交野が原万葉学級という50名規模の講座があるのですが、私が「逢合橋」の歌碑に関わらせていただいたおかげで生まれた「講座」で、いつの間にか50名という大所帯になりました。本当にありがたいことです。その大所帯で今回全員参加で万葉朗唱に参加しようということで、山上憶良の七夕歌の長歌に挑戦しました。そして、音読でもよかったのですが、オカモの「天の川慕情」を歌おうということで、講座生ラインで、歌詞や音曲の練習をし、昨日一度きりの本番に臨みました。

練習もばっちりで、まさかの出来栄えに感心しましたが、いよいよの本番。曲に合わせて全員がしっかり歌ってくださり、一緒に参加しつつその様子を見守っていました。途中だんだん胸が熱くなってきて、私の曲を講座生が全員で合唱してくださるなんて夢のような機会に恵まれたこと、本当に感動しました。うたがたりのメンバーでさえ、オカモの曲はむづかしいと言われることもあるのに、誰一人反対もなく、全員参加してくださったことに、私はなんて幸せ者なんだろうとしみじみ思ったことでした。この様子が高岡万葉朗唱のユーチューブに残ります。私の宝物の映像が残ることに喜びと感謝でいっぱいです。みなさん、ありがとうございました。

令和3年の唯一の万葉うたがたりは、今月27日に越の国へ伺います。万葉のお仲間がおられたこと、高岡市万葉歴史館の後押しがあったことなど、うたがたり会はじめての新潟県コンサートが実現することとなりました。『万葉集』では弥彦山の歌が2首あるだけの新潟県ですが、会場は五泉市の完成したばかりのラポルテ五泉です。令和に完成した市民の施設は、「生涯学習エリア(生涯学習と芸術文化の振興)」「産業振興エリア(観光と連動した産業振興)」「共用エリア(子どもの遊び場などの休憩施設)」の3つの機能を併せ持つ複合施設で、カフェもあり、市民が集う中心的な拠点のようです。

たまたま、地元で『万葉集』の指導をしておられる梅田希未さんとは長い知人で、ご遠方から私たちの万葉旅行に参加してくださったり、そこでの出会いがきっかけですが、高岡市万葉歴史館での私たちのコンサートには来て下さったり、隣県富山は近いのかもしれません。私たちに出演の打診があったのもありがたいことですが、私たちの方から新たな土地、地方へ出かけることも望外の喜びです。とは言え、遠方ゆえ往復に時間がかかり、現地ではあまりゆっくり過ごせないかもしれませんが、機会ができたことで、これからのご縁に期待をしております。

坂本信幸先生も記念講演をなさいますし、『万葉集』の歌をどのように受け止めてくださるか、ドキドキですが、昨秋の40周年記念コンサート以来のステージに、心地よい緊張です。

平成十年夏、まほろばの会などで黛敏郎さんや犬養先生とともに講演活動を行ったり、公私ともに親しくされていた高田好胤さんが逝去された。横浜一中(神中)時代の教え子だった黛さんを前年に見送られた上、すでに心身ともに弱っておられた犬養先生がよりショックを受けられるのでは・・・と話題にするどころか、私たちは翌日の朝刊も隠して何事もなかったかのように時をやり過ごした。 ・・・つもりだったが、一ヶ月以上も経ってから「好胤さんも亡くなってしまったね」とポツンとおっしゃったのを聞いて、驚くよりより先生の悲しみの深さを知った。
その秋、入・退院されたり、自宅でもベッドの生活となられた。先生の体調が日々不安定な中、例年ならば私は犬養先生に随行して出かける富山県高岡市の万葉まつりだったが、一人で参加することとなった。出発前日に病床の犬養先生を訪ね、耳元で出かけることを伝えて心を残しての出立だったが、あとで家人の方が、亡くなられる直前まで「今、オカモが高岡に行ってますよ」との呼びかけに反応されたと聞いた。きっと最後まで心は万葉故地に向いておられたのだろう。忘れもしない、万葉まつりの二日目の午後一時半、私は高岡市万葉歴史館の屋上庭園で犬養先生の「立山の賦」の歌碑を見ていた。犬養邸から着信が入り万事休す。犬養門下では示し合わせて万葉まつりが終るまで公表しないことで平静を保っていたが、夜の「故地交流会」の会食中に、訃報を知られた中西進先生が公表され、会場中に重苦しい空気が流れた。私は万葉まつりが終わるなり帰宅し犬養先生と対面した。熊本五高の浴衣姿で床についておられた先生に、最後の最期まで付き添えなかったことを思うと今でも残念でならないが、私が高岡に行ったことを先生は喜んでくださっていたのだと信じている。そして、通夜の日、十月五日はなんと明日香村では中秋の観月会の日だった。教え子の何人かは、先生とのお別れは飛鳥で・・・と通夜・葬儀には参列せずに飛鳥で月を臨みながら犬養先生を偲ばれた。あまりにドラマチックだったが、犬養先生を送り、偲ぶにはもっともふさわしいような気がした。
昨日は、平成30年10月3日。ご自宅でもお祀りなさっていた。私たちの犬養先生は永遠です・・・。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

五島市(長崎県)三井楽町で毎年行われている「三井楽万葉まつり」が、今年は特別イベントとして「全国万葉フォーラム」inみいらく2018が開催されました。私は万葉うたがたりコンサートの出演依頼を頂き、出演者として演奏のための個人的な「旅」が許されていましたので、宿は何度もお世話様になっている定宿の三井楽町の五島サンセットユースホステルにお願いしました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA


OLYMPUS DIGITAL CAMERA


何度もお世話になっておりながら、夕食前に周辺を散歩をして発見。久保勘一氏の碑と対面。参議院議員から長崎県知事に転進された政治家クボカンは、三井楽町のご出身。当時の首相が佐藤栄作氏という頃なので、明日香村の特別故地保存法に東奔西走されていた犬養先生もクボカン氏をご存じだったことと思う。この銅像のすぐ後ろに多目的ホールが建てられているが、今のサンセットユースホステルも、福江島にユースホステルの誘致をされた時に、決まりかけていた福江ではなく、出身地の三井楽に!というクボカン氏の鶴の一声があったようだ。今更に三井楽町の誇るべき政治家のことを学び、ユースホステルの歴史を偲んだ。
今ユースホステルは、松本正樹さんの娘さんご夫婦が管理、運営されているが、オーナーの松本さんこそ、かげに日向にお客様を大歓迎してくださる「三井楽愛」にあふれた方だ。限られた時間を過ごす旅人のために、時間を惜しみ自らの車で三井楽町の魅力あふれる箇所に案内してくださる、本当に頭が下がる民間大使だ。故人となられた高岡市の尾竹睦子さんと重ね合わさった。行政力だけでは町つくりや地元発信は無理だ。おらが故郷を心から愛し、誇り、その姿が私たち旅人に納得と共感を呼ぶのだ。
今回は、出演準備で私は会場に残ったが、うたがたり会の仲間たちが飛び出して行き、松本さんのおかげで有意義な散策をさせていただいた。柏崎の遣唐使の母の歌の歌碑を見て、臨場感にうたれ、うたがたりコンサートで歌う前に現地で涙が出たという未歩ちゃん。何よりの体験だったと思う。

ユースホステルでは、初日に五島牛のバーベキューを賞味したり五島うどんを味わったり、そして2日間我が家のように楽しく過ごさせていただいた。ホストペアレンツの裕貴さん、チノくん、本当にありがとうございました。松本さん、またきっと来ますね。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA


フォーラムの翌日、三井楽町の浜窄小学校では、来年三井楽小学校に統合前の5人だけの小学生の最後の運動会。私たちを福江港に見送ってくださったあと、大急ぎで最後の機会を見に行かれたという。松本さん、お疲れさまでした!

7月29日、30日と2日間にわたって全国万葉フォーラムin飛鳥が開催されました。初日の懇親会席上で、万葉うたがたりミニコンサートの機会を頂きました。曲は昨年9月の鞆の浦で、新歌碑建立除幕式の記念に作った「わが鞆の浦」と、富山県高岡市の「万葉の母」尾竹睦子さんを追悼して捧げた「磯のつまま」を演奏しました。どちらも初めて聞かれた方が多かった最近の「新曲」披露となりました。P1120596

基調講演をされた慶応義塾大学名誉教授の藤原茂樹先生が、演奏後「磯のつまま」について私に声をかけてくださいました。

民俗学者の折口信夫氏の門下の藤原先生と同じく、「池田弥三郎氏」が、つまま=たぶの木の研究をされておられます。魚津で過ごされた時に、北陸一帯にタブの木が非常に多く、古代の照葉樹林としてのタブの木の森林体系と万葉集では1首しか読まれていないことの不思議もあるようですが、折口信夫生誕100年の記念にご出身の慶応義塾大学にタブの木を多数植樹されたそうです。三田キャンパスが浜離宮に近く、大学と離宮周辺までを含めたタブの木の森を目指されたとか。残念ながら構想は実現しなかったようですが、今でも大学にその時の記念樹や、掲示板があるそうです。それもあって藤原先生は「つまま」の歌を興味深く聞いたとおっしゃってくださいました。「なかなかいい歌でしたね」と言ってくださり、とても光栄でした。慶応のタブの木、訪ねてみたいです。

池田弥三郎さんと言えば、犬養先生を学問上で激しく対立された学者です。藤原先生の貴重なお話と共に、なつかしい思い出も思い出しました。藤原先生とは奈良女子大学でお目にかかった以来の再会でしたが、私が「万葉を歌う」ことを覚えていてくださいました。それもうれしかった・・・です。P1120585

尾竹睦子さんの大好きだったこだわりの場所。渋谿の﨑。つままの木と歌碑のある場所。今秋も訪ねようと思います。国庁跡ではなく「磯のつまま」です。

DSCF7463

行く前に記すことにしました。
明日、高岡市福岡町では「つくりもんまつり」が行われます。農作物の収穫を祝い、その野菜などでいろんな「造形」が競われるお祭りです。10年前に一度審査員として、参加させていただいたことがあります。その時の市長が現在の橘慶一郎衆議院議員さんで、小泉構造内閣の平成17年の市町村の大合併で高岡市が福岡町を統合し、より大きな自治体となられました。毎年高岡へ参上する私にもそのことのお披露目もかねて「つくりもんまつり」にご招待くださったのだと思います。そして、昨年私が万葉うたがたりの35周年を記念して高岡・伏木でもサンクスコンサートをさせていただきましたが、その時に私の長年の懸念であった「高岡旅情福岡町」バージョンの歌唱が、地元の皆さんにとっても待望の「歌」でありました。明日から、いよいよ福岡町で今年の「つくりもんまつり」が開催されますが、その開会式で歌わせていただくことになっております。
そして、近年謡状結節で「歌を忘れたカナリア」状態の私ですが、明日の助っ人に娘に同行してもらうことにし、二人で歌って参ります。なかなか一緒にいる機会も少ない親娘ですが、同じステージで愛唱歌「高岡旅情」を二人で歌えることは、きっと今回が最初で最後であろうと思います。よい思い出にしたいと出発を前にすでに感慨を抱いております。では、また帰宅後ご報告したいと思います。

あらためてご報告と思いながら、時間が経ってしまいました。
尾竹さんとの写真を見ながら、ふと思い出したブログ。今は閉鎖した楽天ブログの1節です。
最高の思い出が作れた日でした。その半年後、ガンの発見、手術となりました・・・。

2013年4月
4月23日、24日と、久しぶりに高岡へ行きました。
昨秋の万葉まつりでは、バス旅行の経過地になってしまい、ゆっくりできなかったので、
高岡の「母」と呼ぶ尾竹さんに会いたかったことと、3月にTSUBAICHIでも開催した
入江泰吉展が巡回し、ちょうど高岡で行われていたこともあり、スケジュールの合間を縫って
出かけました。

tateyama

車で出かけたのですが、なな、なんと、行く手にくっきり見えるは立山連峰!!!
こんな機会はめったになく、興奮と感動で、予定そっちのけで「立山」の見える場所を
探し、ともかくたくさん写真を撮りました(笑)。

幾度となく訪れてもめったに見ることのできない光景でした!ラッキー!

1

雨晴海岸では、尾竹さんと一緒に。ここは毎回訪れる最高のスポットです。

4

尾竹さんを車に残し、久しぶりに越中の「二上山」を登山。
頂上で証拠写真です。ふたなみ273メートルがいつの間にか1メートル高くなったらしい?

yellow_blossom

うれしかったのは、4月の終わりにもかかわらず、町の桜は終わっていましたが、二上山の
桜はこれからでした。めずらしい黄色の桜!!!

3

そして、勝興寺の万葉歌碑のところにも、二上山の大伴家持像のところにも、古城公園の
中にもまだ「 」が咲いていたことは思いがけない喜びでした。
私のために、待っていてくれたのね!

5

高岡市万葉歴史館での入江展は、さすがに赴きと落ち着きがあり、作品もより格調高く
展示されていました。私がうらやましかったのはこのコーナー。
やはり入江さんの「仏像写真」は魅力的です。
是非、TSUBAICHIでも今度は「大和路の仏像展」をさせて頂きたいとあらためて思いました。

尾竹さんともゆっくり過ごし、大好きな高岡市万葉歴史館でもゆっくり過ごし、この機会に
「立山」の光景を満喫できたことに心から感謝です。
やっぱり個人的な旅が自由でもっともリフレッシュできるひとときです。

DSCF74257月27日(日)久しぶりに大好きな高岡市で、万葉うたがたりコンサートをさせて頂きました。それも「万葉を愛する会」と言う、歴史館のサポーターの方々が主催される、夏のコンサートの機会に積極的に出演させて頂きました。万葉歴史館のサロンの中でしたが、130名もの多くの方にご来場頂き、感謝感激です。「ミニコンサート」という枠組みでしたので、私たちも今回は仲間のユニットで、「万葉ジャズライブ」のスタイルで、砂原由季子さんと柴垣安宏さんのピアノ・サックスをバックに、我が歌姫ともちゃんがボーカルという、大人チックなジャズバンドとして出演。タイトルも「万葉ジャズNightをあなたに」でした! 私のお話も交えてですので、私はナビゲーターとして、バンドに加わりました。私の曲をジャズ風に聞いて頂き、皆さんにも耳慣れた曲がお洒落なサウンドとしてまた生まれ変わったことに驚かれたと思います。でもうれしいことにアンコール曲は、用意していたのですが、尾竹さんの「高岡旅情!」の鶴の一声に、決定!!!でもこの歌も愛されて、会場のお客様とご一緒に大合唱できたので、私は大感激! この曲を作って本当によかったと思いました。ジャズユニットもなかなかいい感じ。またサロンでもやりましょう!
DSCF7379

去る、7月27日に私たちが出演させて頂いた、富山県高岡市の万葉歴史館のサロンコンサートの記事を、早速に会報の第71号に載せてくださいました。それもお世話様になった徳田光太郎副館長が、自ら寄稿してくださったようで、大変恐縮しています。いろいろお世話様になった上に重ね重ねありがたいことです。高岡市では、直後にNHKの地元ニュース「マイビデオ」コーナーで取り上げてくださったそうですし、北日本新聞にも掲載して頂き、本当にうれしいことでした。久しぶりの高岡での機会を望んだのは私たちです。実現した上に、こうしてみなさんにいろんなご厚意を頂き、大変うれしいです。願わくは、来年の万葉うたがたり活動の35周年記念で、もう一度高岡でコンサートをしたい・・・、それが密かな願いです。

明日、1月10日から10日間、入江泰吉写真展始まります!
昨年3月、私のサロンで、「第1回入江泰吉万葉写真展」を開催させて頂きました。
この時は、大阪府立大学と入江泰吉記念奈良市写真美術館・高岡市万葉歴史館の
共同企画による「萬葉寫眞簡」という、ポストカード普及のための「写真展」でしたが、
ご来場頂いた方々には、喜んで頂いた上「次回はぜひ入江さんの仏像写真が見たい…」など、
入江泰吉さんの素晴らしい作品の数々に対して、「写真展」を再び開催してほしいという
声を頂いておりました。
私も、入江さんの仏像や古美術写真などが大好きで、「万葉」に特化しない本来の作品を
見たいと思っていましたので、私も再開催を強く望んでいた張本人でもあります(笑)。
音楽サロンですので、本格的なギャラリーでもなく、手狭な限られた空間での展示ですので
今回は12点ですが、珠玉の12点だとも感謝しております。
前回は、萬葉寫眞簡PRという目的もありましたので、大阪地区開催の写真展という名目で、
私どもが会場を提供させて頂いた形ですが、今回は、私たちが自発的に入江展をさせて
頂きたいという希望に応じてくださいました。
そして内容も「大和古寺とみほとけ」と決定して頂き、わがままな依頼を快く受け入れて、
作品の提供に応じてくださいましたことを心から感謝いたしております。
2014年の新春を飾るサロン行事として「大和古寺とみほとけ」展を開催させて頂くことは
本当に光栄なことです。
何人の方々が、足を運んでくださるか、楽しみですし、私たちも格調高い作品であらたまった
サロンの空間で、心静かにこれからのうたがたり活動のこと、サロン展開のことを
ゆっくり考えてみたいと思います。

20131225183944251_0001.jpg