9月8日「瀬戸内文化を考える会」シンポジウム報告

あわただしく9月が過ぎていきます。
ブログ更新もままならないまま、バタンキューの毎日。反省の日々です。
さて、今回で3回目?かなと思いますが、高岡市万葉歴史館館長の坂本信幸先生が
中心となられて、友人でもいらっしゃる龍短歌会の歌人、小見山輝氏の協力を得て、
古代からの交通路として重要な役割を担っていた「瀬戸内海」について、海洋学者、
万葉学者、歌人、郷土史家、各地の万葉愛好グループなど、各分野の方々が一堂に会し、
瀬戸内海の文化の歴史を学んだり、魅力を再確認する「勉強会」を起ち上げられました。
今年は、広島県の呉市の大和ミュージアムを会場に、
九州大学応用力学研究所教授の柳哲雄先生「」と
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明治大学大学院特任教授、神野志隆光先生「神武天皇東征路としての瀬戸内海」の
お二人の基調講演と、
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引き続き、パネルディスカッションが行われました。
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そして、長時間のシンポジウムの、気分転換にと万葉うたがたりのミニコンサートの出演依頼
を頂いていましたので、当日の最後のプログラムとして出場させて頂きました。
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呉市には、偶然坂本先生と親しいご友人が住んでおられ、そのご長男が、雅楽演奏家(篳篥)
でおられることから、コラボ演奏をしては…との提案で、事前打ち合わせはしておりましたが、
当日リハ、そして本番…という大胆なコラボ演奏をさせて頂きました。
篳篥奏者は三浦元則さんとおっしゃる20代の青年です。お若くても実力者として、多くの
舞台経験をしておられました。大河ドラマの平清盛にも出演されていたそうです。
「篳篥」という楽器でもあるので、私も格調を感じる曲をと「大和し美し」を選曲しました。
大岡美佐ちゃんの歌唱とも違和感なく、初めて聞かれた方にもみなさまには「作品」として、
しっかり聴いて頂けたことと思います。
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(初めてユーチューブに載せてもらいました。また見てくださいね!)
http://www.youtube.com/watch?v=lqI2ZIlxnGc&feature=channel&list=UL
呉は過去、犬養先生の倉橋島の万葉歌碑を訪ねた時に訪れた場所。音戸の瀬戸を通って、
車を走らせた思い出が記憶に残っています。
今は、NHKの大河ドラマ「平清盛」の効果大で、「瀬戸内海」の各所が平家物語の
関連故地ということで、いろんなところで「清盛」ツアーの案内を目にしますが、
呉市もまた、「大河ドラマ史上最大の海上ロケを敢行した場所」として、巨大帆船のロケ船
を桟橋に展示してあったり、清盛が沈む夕陽を扇で招き返し、1日で切り開いたと言われる
「音戸の瀬戸」には、ドラマ館ができていて、ロケで使用された和船、衣装・小道具なども
展示されているそうで、びっくり!
(そういえば、7月の香川県坂出市の時は、悲運の崇徳上皇の流され、亡くなられた土地と
して、ゆかりの土地めぐりのコースがありました。ふむ。)
私の実家のあった「神戸市」はもちろんのことで、福原や、須磨、大和田、行政、鉄道会社、
船会社、旅行会社、いろんな団体がツアーや、イベントの企画に熱心なのは肌で感じて
いましたが、この度も瀬戸内沿いに移動するたび、「清盛」を本当によく目にしました。
「瀬戸内海」を熟知していたはずの平氏が、結果的に源氏に敗れたことは、まさに自然界で
起こった「時の運」が、まさに源氏にあった…ということを柳先生も述べられましたが、
これは目からうろこの「納得できる」一節でした。
最後に、開始前の昼食会場が、大和ミュージアムに隣接した中央桟橋にある「椿庵」という
レストラン。
呉市の「花」が椿だそうです。それを聞いて呉市が大好きになっちゃいました。
ついでの話。料理の「肉じゃが」は海軍の厨房が発祥のだそうです。ほんと?
若い美佐ちゃんは、戦艦大和の歴史に涙し、広島の平和記念館に立ち寄って帰りました。
私と山寺は、翌日のクルージングツアーで「古代の瀬戸内海航路」を体験。
それぞれが、充実したよい「旅」機会でした。(続く)

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