精華小劇場「蘇りて歌はん」千秋楽!

娘の所属する劇団、遊劇体の第51回公演は、精華演劇祭にエントリーした作品であるが、
また、会場である、元精華小学校(精華小劇場)が、2007年に10年以内に売却予定という、
大阪市の方針によりこの3月で閉館が決まってしまったことを受けて、キタモトマサヤ氏が
関西小劇場の父と言われる中島陸郎氏の未上演戯曲の上演に取り組まれた最後の演劇祭。
中島陸郎氏は、関西の前衛演劇の草分け的な存在である「月光会」で活動されたのち、
演劇プロデューサーとして阪急ファイブのオレンジルームをはじめ、関西の演劇環境の整備に
尽力された方で、亡くなられて十年余、小劇団が使ってきた劇場が次々となくなっていく今、
作品の内容も、劇中の「零の会」と言う劇団が崩壊していく様子が描かれたものである。
演出のキタモトマサヤ氏は、「理想を求めて、その追求の為に人々は集まったとしても
それは、遅かれ早かれ瓦解の道を歩むということを知っていて、その現実の残酷さは
悲しいものなのだ」と述べておられるが、その作品「蘇りて歌はん」を精華小劇場閉館の
レクイエムとしても捧げられた。
劇中の中島陸郎氏の心酔していた師、上村道義こと劇団主宰者は、俳優の(故)内田朝雄で
あるらしい。内田朝雄さんは、悪役でテレビ界のスターであったが、劇団崩壊は、その進出
以前のノンフィクションであったのだろうか。犬養先生の出演された関西テレビ制作の
「万葉の旅」で甲南女子大のゼミ生と唐津や松浦川を訪ねられた時のゲストだった。
それを想い出したので、自身の舞台人の理念を捨て、劇団員を捨てた以後の内田さんの
姿だったのかな・・・なんて今になって思ったりもした。
劇団の崩壊劇と言えど、人間世界の、それぞれの人の生き方や、目的や、人間関係は、
私たちが常に経験するありきたりの状況でもあった。劇中の上村の語る言葉は、素晴らしい
「正論」で、観劇中も「その言葉」に納得もし、感心もした。しかし「現実」という局面で
人は試され、正体を表していくのだと思う。長田武(中島陸郎氏)の語りで、「人間は1度
しか生きられないところを、役者は、いろんな人生を何度も経験することができるのだ」と
語った言葉が耳に残っている。いろんな人間を演じることによって、いろんな人間の立場や
思想や生き様を得て、役者は「人間として」育っていくのだろう。素晴らしい仕事だ。
3時間の超大作だったが、精華小劇場の環境を生かして、キタモトマジックによる舞台は、
面白い、泉鏡花の「山吹」の時も感動したが、劇場のドアの向こうにもう一つのドラマが
あった。むづかしいながらも、集中して「聞いた」作品だった。
大阪市初の公立劇場として、2004年に開場した精華小劇場が今月で閉館する。
大阪の劇場の未来をを期待されながら、大阪市や府は財政事情を盾に、文化・芸術の発信
基地を次々に閉ざしていく。音楽・演劇などの大衆文化は、社会を反映したり、いろんな人の
心をケアしたり、感動を与えたり、人間の情緒に訴える右脳は、人間のバランス感覚に必要な
ものだ。税金の無駄遣いをまっさきに「心」「感性」「表現」を天秤にかけるビジョンも
ない、行政の無神経さに哀しさが募る。
精華小劇場の「精神」よ、永遠に! 解散のエネルギーを挑戦の力に変えて精華演劇祭
は最後まで走り続けるというメッセージに…大きくエールをおくる!!!!!
                  P1040364.jpg


0 返信

返信を残す

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA