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ブログが追いつきませんので・・・。

毎月の定期講座に加えて、「文化の秋」「イベントシーズン」ということで、新たに講座の機会などを頂きます。12日(土)には、明日香村の祝戸荘で「あすか塾」の講師として、準備をしております。月1回のこの講座も何と、私が268回目ということですから、長く続けられた貴重な機会なのだとわかりました。講師の方々も考古学をはじめ、塾の名にふさわしい「明日香」をテーマに専門的なお話をなさっていますので、私の登場は躊躇するものでありますが、今は犬養万葉記念館館長として、明日香村の施設で頑張っていますので、明日香村に従事する一員ということで顔見世興行ということでしょうか。笑。「万葉うたがたり」では明日香の歌をまとめたCDも制作していますので、それらの歌などを聴いていただきながらお話ししようと思います。
この講座の特徴は「ランチ」を挟んで前後講義があること。そのランチも祝戸荘名物「古代食ランチ」ですので、受講の皆さんと親睦をしながらお食事もするなんて、初めての経験です。
そして、翌日13日は、奈良県三郷町で万葉歌碑の除幕式があり、うたがたり会も出演をさせて頂きます。鞆の浦に引き続き、「歌碑」の歌を新曲としてご披露します。機会があって「曲作りをする」ことは、継続的で自発的な創作活動ではないので本意ではありませんが、雑用に追われてなかなか落ち着いて本来のライフワークに取り組めていない私にとっては、グッドタイミングなのでしょう。
出来栄えはわかりませんが、うたがたり会で楽しく練習しました。「桜」3部作となったことに私は気に入っております。
14日は三輪恵比須の講座の日。実は明日はコープカルチャーの定期講座日で、4日続けての「万葉世界」。資料を作るのは時間もいりますが、楽しくもあり・・・。頑張りま~す!

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奈良新聞「談話室」に私のことを掲載して頂きました。

奈良新聞社の一般投稿のページ「談話室」があります。私も「明日香」にご縁ができたので、昨年から奈良新聞を取り始めました。「談話室」をはじめ、明日香小学校の先生の投稿や、明日香小学校の3年生の俳句投稿などを楽しく拝見していました。ある日の「談話室」では思いがけず、母が大好きなフォレストという合唱団のことを書かれた方があり、母に報告しながら筆者を見れば、なんと私の万葉講座の受講生だったり・・・。なかなか身近な心の窓です。
そして、縁あって、「談話室」会員総会で万葉講演を・・・とご依頼を受けましたので5月末にお話をさせて頂きました。
その時の様子を書いてくださった、会員の厚意あふれる文章がこの22日に掲載されました。お客様が本当にじっくり聞いてくださり、文章にまとめあげてくださったことに心から感謝申し上げます。
私は単純に「うれしかった!」です。そしてまた記事を書いて頂き、今後『万葉集』普及につながれば・・・と期待しています。

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枚方の歴史を学ぶ会

私は万葉講座の機会を頂くようになって、定期的に伺うところと、単発的にお引き受けすることもあるが、枚方の歴史を学ぶ会は、1月に講師としてお話をさせて頂き、平成27年度に新年度にあらたまってから機会を頂き、2度目の講座を持たせて頂いた。

枚方市と言うのは、私が七夕万葉歌碑でご縁を得た交野市のお隣で、「七夕伝説」に関わる行事では、交野が原の先駆けとして、町をあげていろんなイベントを行っておられる。

犬養先生はかつての万葉カルチャー講座の先鞭をつけられた方だが、枚方市もその1つに、市民会館で始められた「白バラ?万葉教室」は、婦人会の方々を対象として長く続いた、懐かしの場所と聞いていた。

「枚方市」で話をしても、ここでも犬養先生の思い出を語ってくださる方がある。

犬養先生の撒かれた種が育っている様子に、あらためて今後の自分の責任の重さを痛感する時。

「万葉時代の楽しさ・素朴さ・優しさ」をただ伝えたいだけなのです・・・。

 

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母の偉業に拍手!

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3月16日は母の満83歳の誕生日を迎える。直近でもある6日、初金の御ミサに一緒に出かけた。
その時に何げなく、「やっと聖書の臨書(写し書き)が終わったの。生きているうちに間に合うかどうかと思ってたけど…。」
と言ったので、びっくり。
もちろん私も母が細々と毎日少しずつつ書き続けていたことは知っていたが、「何年かかったの?」と聞くと、ちょうど30年だと言う。
ちょうど四旬節の今、ご復活を迎えるにはふさわしい出来事でもあった。
私など、聖書を通常読むこともなかなかできず(せず)、今では御ミサの朗読で使徒書や福音に与るのが精一杯。
まさに「さぼりキリシタン!!!」だ。(汗)
当初旧約は人の名前が多くてややこしくて・・・なんて言っていたが、書けない日もあったであろうが、30年間の時間、継続の力に感心している。
いろいろ自分の生きざまについて考えながら過ごしてきた母だが、80歳を過ぎてから、思うところも一入のようだ。
この書いたものは私が亡くなった時に一緒に処分してね…なんて言われたが、「もったいない!」と思う私。
今は一大事業を終えて、ほっとしているだろうが、「書くこと」は大事なこと。また何か見つけてね。
母の偉業に拍手!

十字架

2015年の初金曜日

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クリスマスも御ミサに与れず、張り切って出かけた私の新年のミサは、初金曜日。
前夜の雪が残っていて、隣のマリア幼稚園の園庭も真っ白・・・。

晴れやかな空を見上げると、冷たい空気もかえって背筋が伸びて、心地よく感じられます。

毎月の初金曜日は、「信仰のミサ」だが、私には神様と対話する貴重な個人の祈りの時でもあり、昨年も心身ともにくじけそうな時に心の安定を得られた機会でもありましたので、お正月の1月2日にタイミング良く与ることができたことに感謝しています。

DSC08787水浦神父様には、何かとご配慮頂き、オルガン当番の時しか教会に行かない私を見守って頂いています。
信仰告白の「私は思い、言葉、行い、怠りによってたびたび罪を犯しました」ということが、私にはすべてなのですが、実際、毎日自らを振り返ることばかり・・・。
年を重ねていながら情けなくもあり、人生を全うするまで、葛藤や悲喜こもごもが続いて行くのだなあという実感でもあります。
明日から日常が戻りますが、年末・年始少し自分を取り戻せた時間にホッとしています。
仁川教会の庭の一角にフランシスコの像が移設していました。クララ会の修道院にあったものです。

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マリア像、フランシスコ像にお祈りをして、私の「初詣・教会編」となりました。

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泉鏡花「お忍び」と中川芳三さんを思う。

10月17日から20日までの4日間、京都の五條会館での娘の劇団「遊劇体」の芝居に、いろんな方々がご遠方からも観劇くださいまして、誠にありがとうございました。
娘もいつのまにか中堅どころとなり、いろんな「役柄」を経験させて頂き、本当にありがたいことです。
私は熱心な娘のファンではありますが、当日まで、役柄や、物語の内容を明確に把握していないので、大変スリリングな期待感いっぱいで出かけます。
今回は芸妓さんの役でしたが、年齢的にも「風格」というのか、貫録と女らしさが加わり、見ている方も安定感がありました。

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遊劇体の「泉鏡花シリーズ」も2002年から上演が始まり、もう12年も経つのかという感慨がありますが、第1回の「紅玉」の時に、犬養先生の教え子で、「松竹」の重役でおられた中川芳三さんが、ふらりと見に来られていました。
中川さんは歌舞伎が好きで、大阪大学の経済学部から、松竹に入社されましたが、そのエピソードは犬養先生が生前よく語られていました。「先生、僕は歌舞伎が好きなので、どうしても松竹に入社したいのですが、どうしたらいいですか」と真剣に悩みを相談する中川青年に、犬養先生が「そんなに松竹に行きたいなら、毎日会社の門の前を掃除して、会社の人々に熱意を伝えなさい。」と話をされたそうです。その後中川君は松竹に採用された・・・と、どこまでが真実の内容かわかりませんが、中川さんはその後松竹で演出家として大活躍をされ、多くの歌舞伎役者を育ててこられました。また奈河彰輔さんと言うペンネームで、戯曲の作家としても活動されました。
「紅玉」の芝居でお目にかかった時に、私の娘が出演していたことに驚かれましたが、その時「僕は若手の芝居を観るのが好きで、時々見に行きます。」とおっしゃっていました。
その中川さんが、10月に逝去され、ちょうど遊劇体の芝居の直後でした。あれから12年・・・。時間の流れが、娘の成長をも実感させてくれたように思います。
中川さんとは、昨年の犬養先生の15年命日祭でお目にかかったのが最後となりました。犬養先生が亡くなられたあとも行事には毎回欠かさずご出席くださっていたことで、中川さんが犬養先生を慕われ、青年時代の「松竹入社」について犬養先生に生涯感謝をしておられたのだと思います。今頃はきっと天国で、犬養先生との再会を果たしておられることでしょう。

さて、遊劇体の戯曲公演も全12作中で、「深沙大王」「愛火」「稽古扇」「公孫樹下」「鳥笛」「日本橋」の本公演を残すのみだそうです。
私も最後まで付き合いたいものです。

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桜の伐採・・・。

DSC07483私がFBの7月29日に掲げた記事で、多数の方からコメントを頂いた、我が家(マンション)の桜のこと。一度私の気持ちをブログで書かなければと思っていました。心に穴が…と書いた通り、春の開花はもちろん、さくら紅葉の芳しさや、四季を告げるマンションの象徴でもありました。大家さんの指示とは言え、枝だけでなく、木ごと処分してしまうall or nothingのやり方に憤りを覚えました。(それで大家さんは近くにいないこともなんとなくわかります…。)親切に寄せて下さったみなさまのご意見を拝見しながら、考えさせられました。ただ、専門的に狭い場所に植えてあることの「非」や批判は、理解できますが、日本人は、道路や土地にもともと木や石があった時に、それを避けて、あるいは残したまま作られているところが多々あります。
私の住まいも、あの阪神淡路大震災を経て建ち残った古い物件ですが、建設時に植えた「桜」ではなくて、マンションを建てる時に唯一遺した2本だったのだと思います。でもそれがマンションは古くても「借景」は、住人だけではなく、近所の方や通行人を楽しませてくれた貴重な桜でした。
通行人のクレームは、想像がつきました。マンションは三差路の角で、よく交通事故があります。それも自転車や通行人の間の事故で、強引な走行で人と接触するのですが、きっとその言いわけに使われたように想像します。柳でもあるまいに…。でも命ある木、ここまで成長した桜の歴史を思うと、風雪に耐えながらも、毎年毎年私たちに心の潤いを与え続けてくれていたことの感謝もなく、通行人のクレームで処理をしてしまう事なかれ主義や、人間性のなさに私は絶望したともいえます。実は数年前、阪神電車の甲子園の線路の拡張工事で、土手に植わっていた立派な桜がひょっとして…と思ったその日の夜あったはずの大きな桜の木がなくなっていたことがあり(ブログにも書きました。)私には、2度目の大ショックでもありました。「木の定め」とすれば、あまりに残酷で、私は定めだとは思いません。桜に対して犯罪に近いような気持ちがします。折しも佐世保の事件を想像したというコメントの通りです。私も何だか、このマンションに対する愛着が急に薄れました。みなさまのコメントに感謝しつつ、私は桜の木を偲びたいと思います。

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6月27日の遊劇体リーディング会

娘の所属している劇団「遊劇体」では、この度、舞台公演ではなく、朗読会として泉鏡花の作品をとりあげていくという試みを開始。 夜に、場所が大阪であったことも幸いし、遊劇体ファンでもある山寺さんと一緒に参加した。何と大阪市北区兎我野町にある雑居ビル内のポレポレというバーが会場で限定30名と言うことだったが、果たして30名入場できたかどうか???

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第1回目は『通夜物語』の部分を、参加者全員にも「台本=原作コピー」を公開しながら2回公演だったが、1回目の後、主宰者のキタモトマサヤ氏が注釈や解説をしてくださり、 内容のみならず、鏡花の意図、表現の変化やその経緯などの説明もあり、その後の2回目は 舞台での役者の演技以上に、「朗読」というシンプルなスタイルを通じて、より自らの頭の中で『通夜物語』の展開の面白さが感じられ、貴重な楽しい経験をさせて頂いた。 キタモト氏の泉鏡花作品に対するこだわりについて、あらためて鏡花作品の魅力も含めて、泉鏡花の人と生りや、鏡花作品の時代的評価、そして当時の社会的影響など 聞かせて頂き、よく理解できた。そして、キタモト氏の、世界の古典的戯曲であるシェイクスピアやギリシア劇などへの回帰への納得や、日本的でかつ新しい戯曲の 演劇への挑戦として「泉鏡花」があるということにあらためて感心した。 娘がすぐれた脚本家、演出家の下で芝居ができる、学ばせて頂いていることがありがたいとも思えた。 理屈っぽい私には、「なぜ?」という前提、納得があっての理解であるので(笑)、娘の女優生活も意義あるものに思えるのは、身びいきそのものかもしれないが・・・。 DSC06978.jpg

7月、8月とこの形式で、朗読会(リーディング公演)が行われるとのこと。そして、本公演は、10月17日~20日まで、久しぶりに京都の五條会館で予定されている。 演題は、『お忍び』今から楽しみだ。

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神戸新聞記事から

NHKの朝ドラは春から「花子とアン」が始まり、案の定、母は村岡花子に興味を示し、
「赤毛のアン」をはじめ、モンゴメリーの「アンシリーズ」を読み漁っている。
私はNHKの連ドラは、もう長~い間見たことがないのだが、それなりにメディアなどで
情報は伝わってくるので、前回の「ごちそうさま」の共演者が私生活でも恋愛中?など
サイドニュースなどもなんとなく把握できている(笑)。

数日前、神戸新聞の夕刊の「随想」という記事に、文芸春秋社の社長の平尾隆弘さんの
エッセイ「ブラックバーン先生へ」が掲載された。
読み進むにつれて、ブラックバーン先生のメッセージの素晴らしさに感動した。
学生時代に得たもの、培われたものに対する感謝は、いまだ実感することが多い。
しかし、今時を経て結果、自分にとっての思いは、かつて昼下がり通信で「あの日に帰りたい」
という文章を書いた時に、賛否両論のご意見を寄せて頂き、恐縮したことがあったが、
私は再び平尾さんのご意見で大いに力づけられ、自分自身に納得している。
村岡花子さんもミッションスクールの東洋英和女学院だが、私も私立の女子校に学び、
学校方針、教育目的と言うものを常に教えられながら育った。
学生の頃は深い関心もなく、理解も不十分なまま、むしろうっとうしく感じたり、先生の
話をギャグにしながら過ごしたものだが、いまだにその時の「教え、学び」が断片的
にもしっかり残っていて、同級生と話をしても大いに想い出話として花が咲く話題となる。
教育はすぐに成果の出るものではなく、こうして子供心に刷り込むように植えつけて
行くものだとつくづく思う。
今の若者には、このブラックバーン先生のはなむけを胸にがんばってほしいと思う。
そして、年を経て人生を振り返った時に、平尾さんが書かれたように、「あの頃が
一番楽しかった!」と人生を支えてくれた青春時代を懐かしむことは大いなる誇り
だと思うのだ。記事を添付します。

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教会のオルガン奉仕で・・・。

教会から、オルガン奏楽の依頼が前日に入り、急遽だったが時間は作れたので
昨日、仁川カトリック教会の葬儀ミサのオルガンご奉仕をしてきた。
葬儀ミサで弾くのは久しぶりで、ドキドキのところに、お見送りするご婦人が
コーラスをなさっておられたので、グループの方々がミサ中に合唱をされるという
オプションもあって、私に打診があったようだ。

練習をするので早めに来てほしいということで、1時間くらい前に行ったが、既に
練習が始まっていた。みなさんは聖心女子学院の同窓生のコーラスグループだった。
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を故人に捧げられたが、さすがカトリック校出身の
方々で、ミサの聖歌もしっかり歌って下さり、信者の方も多かったように思う。

故人はまだ60代で、演奏中、涙しながら歌われているお仲間の姿を見ながら、私たちも
こうして友人を見送ることがいつか訪れることの現実と、見送るより見送られた方が
幸せなのだろうか…などと、いろいろ考えさせられてしまった。
女学生の頃からの絆はまた親、兄弟とは違い、共有した「私たちの人生そのもの」である。
みなさん、なつかしい「あの頃」を思い出しながらお見送りをされたに違いない。
あの頃、人生に終わりがあるなんて想像もできなかった私たち…。
老いた両親を始め、友人、自分のことに置き換え、深く考えさせられたひとときだった。
ともかく、毎日を大事に生きること…。では、今日も元気で!!!