モーニングバードで。

朝、時計がわりにつけているテレビで、「おはよう朝日です」「モーニングバード」の
時間帯に自宅を出る。
私は普段もニュース番組以外はほとんど見ないので、私にとって貴重な視聴番組であるが、
モーニングバードの木曜日の社会や政治を検証する「タマペディア」と生き方の素晴らしい
女性紹介の「Gウーマン」のコーナーが特に好きなので、木曜日は録画準備をして出かける。
すぐに録画を見る時間がないので、雑時間にこま切れで確認するような状況だが、年始の
1月10日のGウーマンは人形アニメーターの真賀里文子さん(76歳)だった。タイトルは
「1コマに賭ける情熱」で、作品にコンタック600のカプセル君だったり、いくつか見かける
CMのキャラクター的なシーンを見て、「みたことある!!!」と思いながらテレビを見て
いるとなんと思いがけない場面が出てきた。
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真賀里さんの15年くらい前の写真???かしらん。TV画面に現れた制作中の人形は、なんと
五島列島福江島の三井楽町に遣唐使ふるさと館開館のために発注された「遣唐使ものがたり」の
人形だった。「お~っ!この人が作ったのだ。」
そして、76歳の今も自慢にされている成功例として、遣唐使船が荒海を航海する様子を
表すのにアニメーションで「波」をいかにつくるかの創意工夫だった。
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今は五島列島の離島で初めてできた「道の駅」として、紹介されている遣唐使ふるさと館だが、
五島市に市町村合併されるまで、福江島でひときわ光を放っていた「三井楽町」。
万葉の故地、最西端の「みみらくの里」として、地元の増田さん(故人)や犬養先生を中心として、
万葉の里づくりの頃から私も存じていて、集大成のような形で遣唐使ふるさと館ができた
時のうれしかったこと。そしてここを中心に、万葉フォーラムも2度開催され、私たち
万葉うたがたりコンサートの機会も数回経験している。
遣唐使ふるさと館の目玉は、この遣唐使ものがたりと共に、『万葉集』の左中に「みみらく」
という地名が出てくる山上憶良の志賀の白水郎(あま)の荒雄の歌、10首をドラマチックに
描かれた「荒雄」のアニメーションで、道の駅となった今もなお、万葉シアターは健在で
(本当によかった!)多くの方に見て頂きたい素晴らしい作品だ。
真賀里さんというご婦人は初めて知ったが、私たちの執着する万葉故地のための作品を
手がけて下さった方の紹介をたまたま見られたことが、大変うれしかった。
三井楽町は平成の大合併で17年に五島市となり、三井楽町の1町の町おこしはその時に
終わりを迎えた。
万葉フォーラムで全国の万葉ファンが集い、会場ともなり、賑わった遣唐使ふるさと館も
当時、地場産業の起業としてはじめられた「地ビール」も評判だった。
東京からシェフを迎え、五島牛のレストランもあり、夢のような賑わいだった。
その後、福江島の港も整備され、立派な商業施設となり、遣唐使ふるさと館にあふれる
名産品や、おみやげものも次第に減って、数年前個人的に訪れた時に、「道の駅」という
ネーミングも少しショックだったが、設置された地ビールのタンクは錆つき、あまりの
変わり果て様に、「平成の大合併」が何が地方分権のための政策の一つなのだ!と矛盾に
腹が立った。合併に同意することで、その時の地方の負債をチャラにするだけの「飴」だった
ことを如実に思い知らされたのだ。
万葉うたがたり会のメンバーは、口をそろえて、演奏をさせて頂いた万葉故地でもっとも
思い出深い、素晴らしい印象の土地だと言う。
奈良女子大学の大学院在学中に、現役生の岐宿町出身の洗川志穂さんに出会い、よく五島の
話をした。その彼女も五島に戻り、市役所に就職をして働いているようだ。
お正月に、仁川教会の水浦神父様が、「今年福江島で献堂100年記念の教会行事があります。
岡本さんもお誘いしましょうね!」と言って下さった。
本当に是非時間を作って何かの機会に五島列島、福江島へ。そして三井楽の町を訪ねたい
と思っている。
白良が浜には犬養先生の揮毫された大きな歌碑があり、三井楽を守っていてくださる
犬養先生にも会いたいもの…。