きょうは、有間皇子1350年忌!
658年、11月11日に和歌山県海南市の藤白坂で最期を遂げられた有間皇子。
きょうで、満1350年が経ったわけだ。
さる3月に岩代、紀伊田辺を中心に紀伊ネットワークによる万葉ウオーク
があったが、今年は悲劇のプリンスの「有間皇子」を偲び、藤白神社で
毎年11月に行っておられる「有間皇子まつり」の時期に合わせて、第3回
紀伊万葉ウオークが行われた。
11月8日(土)は、和歌浦を起点に、周辺の古代の玉津島山をめぐった。
玉津島神社には犬養先生の歌碑があり、境内から奠供山に上り和歌の浦を
臨んだ。あいにくの時雨交じりの空だったが、秋にふさわしく静かな
落着きを湛えていた。村瀬先生が紹介してくださった万葉歌
潮満たば いかにせむとか 海神の 神が手渡る 海人娘子ども(7-1216)
片男波の浜を「神の手」のような砂州と例えた万葉人に感動した。
雑賀崎に移動し、天候不順で心配された光景も、晴れてこそいないだけで、
海は澄み渡り、前方は開け、遠く淡路島まで臨むことができる。
さすがに防備見張りの番所にふさわしい。今は番所庭園があり、夏は
浜木綿の花が美しいが、今はつわぶきの花があちことに咲き乱れていた。
宿泊は、この左手島の名のつく双子島荘。右手は男島です。
翌日、海南市へ移動。朝のウオークのあと、藤白神社でいよいよ行われる
有間皇子まつりに行事は移り、私はご神事の後の万葉朗唱の会の司会進行の
大役を仰せつかっていたので、スタンバイ。底冷えのする寒いスタートだった。
境内では、犬養先生の揮毫書が飾られ、お祭りにふさわしく地元の方々の
協力によるおもてなしのコーナーもあり、また七五三で訪れる方もあり、
賑わいの中で、村瀬先生のお話のあと、朗唱の会が始まった。
ロックミュージカル「有間皇子」からのバレエの場面のオープニングが
あり、15組くらいの出場者があったが、それぞれに有間皇子の歌、海南の歌
紀の国の歌と「地元」ならではの選択が多かったことに感心した。
また朗唱だけでなく、コーラスあり、詩吟あり、「有間皇子」の演歌あり…と
楽しい!
私も各地へ行って思うことだが、本当に「歌う側」は、きちんと準備をして
自信を持って歌われる。暗記されている方が多くなったことに驚いている。
犬養先生の朗唱スタイルが、いろんな形で実践され、万葉歌が単なる「机上」
のものでなくなり、それぞれの方にそれぞれの歌が残ることは本当に
素晴らしいことだ。
私たちも万葉うたがたりコンサートをさせて頂き、「歌」を通して1350年遠忌に
奉納させて頂いた。紅葉の始まった藤白の森に漂う有間皇子の御霊に届いた
だろうか。
紀伊万葉ネットワークは、和歌山県のそれぞれの万葉故地の愛好の方々が
地元に留まらず、協力して「紀の国万葉」として全体の発信をしていこうと
立ち上げられた民間のグループだ。県を動かし、素敵なガイドブックもできて
いるが、地元だけでもお忙しい中、本当に前向きに頑張っておられる姿に
敬服する。また村瀬憲夫先生という万葉学者の支えも強力だ。
「海のない」大和の万葉人が深く憧れた「紀の国」。
旅人の道を通して詠われた数々の名歌のふるさとを大事に残し、発信して
いこうと今後もいろんな計画に余念がない。こんな方々を見ると「私も協力
した~い!」と黒潮激つ…じゃなかった、オカモの血も騒ぐのだ(笑)。
今回はお天気だけが、参加者に申し訳なかったですが、これも万葉日和と。
ちなみに今年から、11月11日は、全国的に「介護の日」となったそうで???
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