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追悼 8月12日

日航機墜落事故から40年とういう月日がたった。戦後の半分の時間…。
私たち甲南女子校23回生にとっては大事な友人、河原次子さんの39年目の命日でもあり、この日が来ると次ちゃんのことを思い出さずにはいられない。
事故の翌年、8月12日の夜、次ちゃんのご主人から連絡を受けたのは、第2子の誕生報告と共に、次子が亡くなりましたという青天の霹靂の知らせ。電話口で震えながら何度もご主人に聞き直したことを思い出す。厄年の出産で、「出産は最大の厄払い」と縁起が良いと言われていたのに、友人として私たちも第2子の出産を待ち望んでいたのに、出産と引き換えに天に召されることの不条理を目のあたりにした。残された赤ちゃん、長女の麻衣ちゃん、そして次ちゃんのお母様の悲しみを思うと本当にやりきれない体験だった。
その赤ちゃん、加奈ちゃんも39才なのだ。生前のお母さんの年齢もとっくに超えている。お嬢さんたちとは直接お付き合いはなかったが、数年前にお母様も逝去され、私たちもご自宅を訪ねたり、墓参する機会もなくなってしまった。毎年やってくる8月12日は、日航機事故の命日であり、報道のたびにその日を思い起こさせることをうらめしく思いながら、過ごしている。
私に歌舞伎や相撲の世界に導いてくれたのが次ちゃんだった。今、歌舞伎や相撲を楽しみながら、次ちゃんに出会わなかったらこのような趣味?機会はなかったように思う。
私たちもすでに次ちゃんの年齢の倍を生きた。天国で出会ったときには、33才のままでいるのかなあ。
8月12日、私たち同級生にとって忘れられない日・・・。