7月20日、祖父がカトリックの洗礼を授けて頂きました。
ヨセフ岡本丸夫です。
家族の希望と、4年前に亡くなった祖母の悲願でもありました。
岡本家はもともと浄土真宗の家系ですが、祖母の影響のおかげで、
子供たちも孫たちも次々と神様に導かれていき、ほとんどが
カトリック信者となりました。
家長である祖父は、先祖の御霊の留まる仏壇に向かい、
両親の命日には必ず、熱心にお経を唱えていました。
子供の頃から私も耳慣れて「きーみょうーむーにょー・・・」と
歌のようにまねていました。今でも親戚の法事などで抵抗なく、
唱和できることが可笑しいですね。
祖父も今秋で満98歳。犬養先生と1歳違いです。
人生をまっとうしたあとには、祖父も淋しくないように、これから
家族が集う神様のそばで過せますように・・・。
また、明治人間のワンマン亭主だったけど、最後はおばあちゃんの
「願い」を一つくらい聞いてあげてもいいんじゃない・・・!と、
家族で「洗礼のお恵み」を望み、神父様にご相談しました。
認知症で穏やかになっている祖父は、セグラ神父様のお話を
黙って聞いていました。そして、受け入れることに・・・。
よかったね。おばあちゃんのお祈りが通じたね。
天国での再会が約束されたことに、感謝!

今朝、通りがかった街路樹に、平戸つつじのつぼみがふくらみ始め、
5月の連休頃には、ピンクの濃淡の色合いの見事なつつじロードが
楽しめそうです。そして甲子園の桜もとうとう葉桜となりました。
「さくら」への思い、こだわりの季節が終わろうとしています。
今春から始まったNHKの朝の連続ドラマ「きらり!」の主人公の
名前が「桜子」です。テレビから聞こえる「さくらこ」という響きは、
やさしさがあって、私は大好きです。
万葉集の巻16-3786の切ない「桜児伝説」をふと思い出しました。
春さらば 挿頭にせむと わが思ひし
桜の花は  散りにけるかも(巻16-3786)
妹が名に 懸けたる桜 花咲かば
常にや恋ひむ いや毎年に(巻16-3787)
おまけですが・・・このドラマの主題歌を聞いてなつかしい気持ちに
なりました。作曲者を確認して、「やっぱり!」
平成12年のNHKの朝の連続ドラマで「明日香村」フィーバーを
起こした「あすか」。その音楽を作曲された大島ミチルさんの
音楽でした。
彼女の「メロデイーライン」は美しい上に、私たちのヤマハの先輩
としての音楽旋法が、しっかりあらわれています。
朝のあわただしいひとときですが、この半年間、耳からの
心地よさに和みそうです。
私の叔父は女子ゴルフの「横峯さくら」にゾッコン、入れ込んで
いますが、横手の峯に明るく咲き誇る「桜樹」・・・いい名前ですね。
名前には「魂」が宿りますから、きっと心に残る選手になるでしょう。
恋多き作家、「宇野千代」のさくらブランドは有名です。
私も「着物・バッグ・ハンカチ・ひざ掛け」と品物が増えました。
私と同じ姓の「岡本かの子」は「桜」と題した歌を1924年に
193首、一挙に発表した、その冒頭の1首に心を衝かれました。
桜ばな いのち一杯に 咲くからに
生命をかけて わが眺めたり
日本人は「桜」に対して、いろんな思いを寄せ、託してきました。
万葉集の中では「萩」「梅」に次ぎ、最多の花の歌ではないけれど、
しかし、私は万葉人がもっとも愛した花は「さくら」ではないか・・・
と密かに思っています。さくら散る・・・。

11年目の忘れられない日。
被災した私の地元西宮でも、阪神淡路大震災の追悼行事があるのだが、
おだやかな晴れたきょうは、外に出ても、西宮周辺は何事もなかった
ようないつもどおりの日だ。
この現実が「風化」というのだろう。
私の同級生のお嬢さんが同い年で、2人も亡くなられた「命日」の
きょう、いつも娘を思う。
「生」と「死」の境目はとてつもなく残酷だ。
生かされた私たちは、それぞれなんとか生活を取り戻した。
愛しい家族を失われた方々にとって、「この日」は一生忘れることの
できない、重く苦しい、悲しみの日であろう。
あの時、私たちも親子の別れがあったかもしれないのだ。
私なら、きっと自分の人生はそこで1つ決着がついたような、
それからは、気が狂わんばかりに自暴自棄となり、生きる術を見出す
ことができないくらい、傷心の日々を過したことだろう。
・・・・・・友人達もそのような思いのまま時間を過ごしてきたかと思うと、
本当にやりきれない思いと、一方私たちが「生かされたこと」への畏れと
感謝を思わずにはいられない。
高校生だった娘も11年が経ち、青春を謳歌している。
平成7年1月17日、阪神地区に思いがけない未曾有の震災で、6000名以上の
犠牲者を出したこの事実を、被災した私たちは特に忘れてはならないし、
大きな教訓として今後の不安に生かしていかなければならない責任がある。
同じ日、4名の残虐な幼女殺害犯の宮崎勤被告に最高裁で「死刑判決」
がくだり、国会では、耐震偽造マンションの販売会社ヒューザーの
小島社長の証人喚問が行われている。
国民の目は、確実に「忘れられない日」から遠のきつつある・・・。
これも現実である。

12月5日、備前万葉うたがたりの会主催で、2年ぶり、2回目の
妙圀寺客殿を舞台に、万葉うたがたりコンサートをさせて頂きました。
岡山県備前市で始めた万葉講座から数年を経て、有志のご婦人方の
熱意・協力により、一昨年備前万葉うたがたりの会というグループが
たちあがりました。そして、行政主導の文化活動から自立して、
お世話役の方を中心に講座の継続、万葉旅行、そして今年は新たに
かるた会なども試み、すべて手作りで試行錯誤しながら行事の企画・
運営・実施に携わってきてくださいました。
本当にありがとうございました。
今回のコンサートも、はや2度目となり、園田知子と二人が伺いました。
日蓮宗の由緒あるお寺で、ご本尊様の前で私たちが背を向けて
演奏させて頂く事は、お上人さまのご理解のたまものだと思います。
前回ははじめてのコンサートということもあり、入場者の見当が
つきませんでしたが、100名以上のお客様がきてくださいました。
今回は会員の方々でアットホームなコンサートを・・・と打ち合わせ
していたのですが、それでも60名以上ご来場くださいました。
とてもうれしいことでした。
プログラムは、年末を控えていながら、次々に起こる殺伐とした事件や
「命」や「愛情」に対する屈折した人の心の社会の中で、もう一度
原点に帰ってみたい・・・という気持ちで「家族」をテーマにしました。
親子・兄弟・夫婦・・・万葉集から学ぶものは本当に大きいと思います。
参加者から「百人一首などの品のいい表現とは違い、万葉人の情熱的で
直接的な愛情表現に驚きました。」という感想を頂きましたが、熱心に
耳を傾けてくださったことにも感謝でした。
寒波の到来で今冬最高の冷え込みとなり、西日本にも初雪が降ったよう
です。そして私たちの最後の歌はもちろん「いや重け吉事」でしたが、
新たしき 年を寿ぐ うたがたり 今日降る雪の いや重け吉事
となりました。甘酒を頂き、万葉を歌い、心も体も温まるステキな
1日を過せましたことを本当に心から感謝しております。
備前の会の発展と、私たちの万葉うたがたりの活動の来年の飛躍を祈り、
いいうたがたり納めができました。
さあて、いよいよ昼下がり通信に着手です!!!

はじめて、トラックバックの書き込みを頂きました。
「全国万葉フォーラムin飯塚」の様子を客観的に、しかも詳細に
書いてくださっているので、感激です。
ありがとうございました。
私からの総括報告が先なのですが、ブレイクタイムに・・・。
11月23日(水・祝)に、ピアノ講師として初めて、教え子の
結婚式に招待して頂きました。
思い起こせば、ヤマハ音楽教室で講師を務める傍ら、昭和60年頃から
自宅でもレッスンを開業するようになり、今春転宅するまで約20年間
続けたことになります。
紀子ちゃんは小学1年生の時に私の門下生になりました。
女の子のわりには寡黙で、控えめで、目立たない生徒でした。
阪神淡路大震災の6年生の時、自宅が全壊し、お母さんと二人
「長い間お世話になりました・・・。」と挨拶に来られ、涙のお別れを
したことを思い出します。1年後、紀子ちゃんから「先生、レッスンを
お願いしたのですけど・・・。」という思いがけない電話。自宅を
再建されて、近所に戻ってこられ、レッスンを再開しました。
最近の子ども事情により、小学校高学年で既に「お受験」体制となり、
ピアノレッスンをやめてしまう子どもが殆どの中、紀子ちゃんは中学校で
ブラスバンド部に入り、トロンボーンに熱を上げ、私は阪急西宮球場で
毎年行われていた、2000人の吹奏楽の彼女の出演を見に行ったことも
あります。もちろん時間的制約の中、レッスンも中途半端になりますが、
高校進学・・・大学進学・・・状況が変っても、マイペースでレッスンに
通ってきてくれました。サテイやドビッシーなど近代音楽などが好み
だったようです。彼女が本当に「ピアノが好き!」ということで、
地道にレッスンを続けてきたことに、今、拍手を送りたいと思います。
大学生の頃は、我が家でのピアノ教室の子どもたちのクリスマス会の
お世話役をお願いしたり、私のコンサート(桜井)の受付に座って
もらったり、私も娘のように信頼して、公私に甘えていました。
さすがに、就職と共に連絡が途絶え(その頃から出会いがあった様子!)
今夏「入籍しました。」の1枚の葉書に仰天。そして結婚式のご案内に、
戸惑いながら、出席しました。
結婚式・披露宴は媒酌人・立会人・来賓もない、現代的な様相で、
時代の変化をまざまざ実感しました。(笑)
唯一の先生が私でした。「先生、何か弾いてくれますか?」と
頼まれ、「ピアノの先生だけど、万葉集を歌わせて!」ということで、
「祝婚歌」を弾き歌いさせて頂きました。
まだ若い二人ですし、我が子を嫁がせるような気分でもあり、
私と17年間の月日は、走馬灯のようにめぐり、すっかり感慨に耽った
ことでした。
うれしかったのは、最後に紀子ちゃんが伴奏して、新郎が歌を
披露した場面でした。決して上手ではない歌でしたが、彼女が
伴奏するということが、私にピアノへの愛着を示してくれたように
思えたのです。これからも精神的にピアノと一緒の生活ができたら
いいのにな・・・と願っています。
嘉穂劇場のコンサートのあとで、ガラガラ声だったことが、私の
心残りですが、祝婚歌を歌っている時に紀子ちゃんの顔が重なって
いました。そして、新郎に「反歌」のような男性であってくれることを
心から祈りつつ!!!
しかし、あの口下手で、ポーカーフェイスの紀子ちゃんの幸せ満開の
笑顔には、参りました!
愛は勝つ!

「2,005年 11月19日」
いよいよ2年越しに、待ちに待った嘉摩万葉フォーラムが、
開催されます。
第14回目の全国万葉フォーラムのホスト地として、福岡県飯塚市
が名乗りを挙げられたのは、地元の自治体ではなく、起ちあがって
まもない嘉摩万葉を学ぶ会でした。
川波事務局長を中心に着々と準備がなされ、飯塚市の名所「嘉穂劇場」
を会場に現代の「万葉の宴」が繰り広げられます。
私たち万葉うたがたり会も明日出発し、本番に備えます。
この日ならではのプログラムを準備しました。
メンバーも7人が出演します。豪華絢爛でしょ!
地元へのプレゼンテーションに「柳原白蓮」の短歌も歌う
予定です。皆さんに楽しんでいただけるステージとなります
ように気合も一入です。
緊張と共に、全国の万葉ファンを受け入れる準備をされている
飯塚・嘉摩・筑豊の方々が、「やってよかった!」と思って
くださるような、手応えや反響が残りますように・・・。
新たな万葉の故地の誕生を心から祝福したいと思います。
いざ鎌倉ならぬ、嘉摩くら・・・でした!

きょう11月15日は、朝から紀宮清子さまの結婚式・披露宴の
話題で、もちきりでしたね。
清々しくさわやかなカップルの誕生をほほえましく思いながら
テレビに見入りました。
平成の世にふさわしい開かれた皇室は、儀式や形式にとらわれない
新たな試みも強いられたようですし、また、報道されたエピソードから、
天皇家といえども当たり前の親子関係を私たちが垣間見ることが
出来ました。皇室も国民と身近であることが強く印象づけられましたし、
特に美智子皇后の母親としての姿勢に感銘を受けますね。
そして世間では、小春日和、七五三参りの佳き日でもありました。
そして、そして、私にとっても忘れられない日になりました。
朝、西宮の市役所で「感謝状」の授与式があったのです。
正直に申しますと、通知を頂いた時は、ありがたいと思いましたが、
特別の感慨はありませんでした。
開式して、西宮市の80年の歩みの映画を見ながらいろいろ思いました。
生まれ育った神戸よりずっと住まいが長くなった西宮・・・。
私自身の西宮への熱き思いがあるか。
感謝状を頂くような、市民としての貢献をしてきたかどうか。
今後「西宮のため」にどれだけ自分の仕事が活かせるか。
などを、自問自答しながら・・・。
万葉の故地に出向いて「わが町・わがふるさと」を愛する
方々をたくさん目に当たりに見てきた私から言えば、「私」は
お世辞にも西宮を心から誇りにしている!と言えるだけの自信が
ありません・・・。
私のささやかな活動を評価して頂けたのだろうと思います。
でもそれだけで、西宮市から感謝状を頂くなんてとんでもない!と思えて
きました。万葉うたがたりの25年を経て、犬養先生、扇野さん、
松田さんから私へのご褒美だと当初は単純に喜びましたが、
今、感謝状を手に取りながら、我が里、わが町を高らかに褒め歌える
「私の活動」も必要だと強く感じました。
はじめに私に「大好きな西宮」がありき・・・であるべきとしみじみ
思いました。全国の方々に対して、西宮(特に万葉)の魅力を率先して
語れるようにならなければいけないのですが・・・。
今は甲子園球場くらいかなあ(冷や汗)
このご褒美は私への問いかけでもありました。
まさに飴とムチを味わったような気分でもあります!!!
でも今はなんだかほのぼのと幸せな感慨に包まれています。感謝!

出先から戻ると、西宮市からの速達の封書が届いていました。
「市制80周年記念感謝状の贈呈」という依頼状で、「愛と希望の
町作り」のための地道な活動を継続して行い、顕著な功績のあった個人に
感謝状の贈呈を行います。このたび感謝状贈呈表彰選考委員会の議を
経てあなたにも決定しましたので、ご了承賜りますように・・・というもの
でした。
贈呈式は11月15日(火)午前10時~市役所の本庁舎であります。
すぐに「おー、何を着て行こうかしら(汗)・・・と思いきや「平服で」と
ありました!!!
全国各地で「万葉うたがたり」活動をする私にとってはまず地元で
認知して頂くことが、ありがたいことです。西宮で始めた自主
コンサートもはや3回終えましたが、これも私のもっとも身近な地元の
方々に「万葉集」を理解して頂くことが、必要だと感じて始めたこと
ですし、活動25周年の記念すべき年に、偶然「評価」を頂けた事は本当に
うれしい!と思いました。単純な私には大いに励みになります。
なららの特集記事といい、感謝状といい、忙しさを和らげてくれる
いいニュースが2つも重なったことをみなさんにもお知らせしたくて・・・。
今週は長浜、その10日後には2年越しのイベント嘉摩万葉フォーラム
でのコンサートがあり、「勝って兜の緒を締めよ!」の心境です。
何時も「平常心」で臨めますように・・・。

昨日浜北万葉まつりから帰宅しました。
万葉の行事はいまだ真っ盛りで、毎週のように元気に楽しく
出かけて「万葉うたがたり」がんばっております。
帰宅しますと、ドキドキ・・・。それは高岡へ出発する前日に
あわただしく取材して頂いた「オカモ」の記事が、堂々2ページに
わたって記載された冊子が届いていたのです。
こんなことってきっと一生に一度だけかも・・・。
本当に光栄なことでした。記者の景山さんに聞かれるまま、
ただただおしゃべりをしたことを、プロはやはり上手にまとめて
くださっていて、それも私に好意的に書いて下さっているので、
本当に恐縮しています。
私は矛盾していて、「恥ずかしくて面映い・・・でも、うれしくて
ちょっぴり誰かに見てもらいたい・・・」という気持ちの狭間で揺れて
います。
興味?関心?愛情?のある方は是非、「オカモ」の記事を
ご覧頂きたいです。よろしくお願い致します・・・(汗)
月間大和路「ならら」2005年11月号   ¥400
全国書店でお買い求めは可能です。もしみつからなかった時は
発行所:地域情報ネットワーク株式会社
0742-27-1061 FAXは27-1039 へお問合せを・・・
毎月の企画もなかなか関心深い、奈良ファン・歴史ファンを
満足させる内容ですよ。
犬養先生に感謝!

7日から9日までは、富山県高岡市で、9日はまた鳥取市国府町で、
それぞれ万葉集の朗唱の会が催されました。
高岡では、第16回目万葉集全20巻朗唱の会・・・の名の通り、
大伴家持が編纂したと言われる4516首すべてを2000人の参加者で
3日3晩をかけて朗唱されます。駅に近い古城公園の、池の上の
水上舞台で、出演者が万葉衣装に身を包んで、思い思いのスタイルで
朗唱を楽しまれました。
私は開会式のセレモニーで、婦人会の方々と「高岡旅情」を合唱
したあと、テープカットをし、招待者として朗唱をさせて頂きました。
歌は額田王の春秋競憐歌でした!
国府町は昨秋11月1日に鳥取市に吸収合併され、今年からは大きな
自治体の地域行事の一つとして、再出発しました。延べ第8回万葉
朗唱の会は、因幡万葉歴史館の敷地内にある伝承館という野外舞台で、
行われ、ここでは万葉集に所収されている大伴家持の歌の約485首
すべてが朗唱されます。私は、初回から万葉うたがたりコンサートの
ステージの機会を頂き、毎年家持に関する歌を中心に、演奏させて
頂いております。今年は地元のコーラス紫陽花の方々と一緒に
歌わせて頂きました。
こうして万葉の故地の各地で「万葉集を声に出して歌う」=朗唱が
こんなに盛んになり、定着してきていることは、私も同輩として
非常にうれしく、万葉を歌うことの力強いエールとなります。
今年は特にこの行事日程が重なり、参加者も悩まれたことでしょう。
いやはや、高岡と国府に大伴家持クンの御霊も右往左往して、忙しかった
ことでしょう???
家持クンの心残りのせいか、天候は全国的に「男心と秋の空」状態
でしたもの! ふむ。