1月17日のブログでも「追悼文」を書いた東祥高さんの追悼コンサートにでかけた。
ブログに書きながら、何のけじめもない、このままでお別れをしてしまうことの
理不尽に私の音楽サロンで是非追悼の機会を持ちたいと思い、ここ最近は、東さんと
音楽活動を一緒にしておられた篠笛の井上真美さんに連絡を取りたくて、ネット検索を
している時に、偶然「東祥高に捧ぐ~篠笛の響きコンサート」の予定記事を見つけた。
やっぱりあった…とすぐ連絡をとり、ともかく申し込んだ。
2月9日、西九条のクレオ大阪西は、TSUBAICHIサロンからも近く、東祥高さんの
スタジオからも同じような距離の身近な場所だった。
満員御礼で、申し込みを途中打ち切ったとも伺った。
やはり長い音楽活動を通じて、広い交際相手や、音楽ファンなど、私以上にショックを
受けて信じがたい思いで、コンサートに来られた方も多かったことだろう。
篠笛の演奏は、東さんのシンセサイザーによる録音音源が残されているので、本人が
おられないステージではあるけれど、シンセサイザーはセッティングされており、
後ろのスクリーンに東さんが、かつて演奏されている時の姿が映し出され、何とも不思議な
感覚で、篠笛と東さんの演奏の舞台に見入っていた。
「東」ワールドと言える、少し幻想的なメロディが特徴だが、オープニングに演奏された曲は
2010年の平城京1300年記念のイベントで行われた平成の歌垣の、うたがたり会の山口さんや
大岡さんが歌唱した「春日野に…」の曲と、舞姫が踊った光明皇后の歌のメロディが奏でられ
「東さんの曲が、歌垣で用いられていたのだ」ということを初めて知った。
また最初に演奏されたことが、私にとって印象的だったことと、曲名が「祈り」であった
ことも知り、一気に東さんの思い出を思い起こさせる象徴的な1曲だった。
コンサート後、井上さんと再会もでき、TSUBAICHIでの追悼コンサートの依頼もさせて
頂いた。
また、所帯感をまったく感じさせない東さんであったが、ご長男をご紹介頂き、家庭人で
あったことも初めて知った(笑)。
東さんにご紹介頂いた、制作会社の川上さんや、横道さんや、西村さんも来られており、
「平成の歌垣」の企画立案のお仲間として、何かとご縁を頂いてきた方々ともお目にかかった。
10月に亡くなられてからようやくの追悼の機会であったが、これで私も少し「現実」で
あることを意識できたような気がする。
東さんは、演奏の曲は多くても東さんの曲を歌ったグループは万葉うたがたり会だけ
かもしれない…と思い、私の曲をアレンジして、CDに遺して頂いた「かぎろひシンフォニー」
と共に、私のサロンで是非追悼の機会を持ちたいと思っている。
東さんのいやそうな表情が目に見えるようだ。しかし私はやるぞ!
アーカイブ月: 2月, 2013
私が講師をさせて頂いて3年を経た、宝塚コープカルチャーの講座で受講してくださっている
ご婦人が、万葉の里「大宇陀」の「かぎろひを観る会」のイベントに合わせて6年前から
始められた短歌大会に応募された作品が、2トップ「かぎろひ賞」と「人麻呂賞」の中の
「人麻呂賞」を見事、頂かれました(拍手)。
昨年12月29日早朝の「かぎろひを観る会」で表彰式が行われたそうですが、ご遠方だった
ので欠席されたところ、後日、ご本人に賞状と記念品が送られてきたそうです。
そして、昨日の2月の講座の時に私たちにご報告がてら、ご持参くださいました。

素晴らしい!快挙です。私が特にうれしかったのは、宝塚コープカルチャーでは年間2回の
万葉ウオークをしていますが、昨年5月にみなさんと大宇陀に行ってきました。
その時の思い出を歌にしてくださったこと。そして、かぎろひ賞ではなく、特に万葉歌人で
歌の聖と言われた「柿本人麻呂賞」だったということが、いいですよね。
私も自分ことのようにうれしいです!!!
実力や短歌歴などがおりだったかもしれませんが、きっとウオークの記念に何気なく
応募されたのだろうと思います。
その作品が、宝塚コープカルチャーの受講生みんなの共通の記念と誇りとなったことが
本当にうれしいことでした。
律儀に記念品のおすそ分けもして頂き…恐縮しています。
本当におめでとうございました!!!!!

ちょっと読めないですよね。
初夏(はつなつ)の 陽を総身に反しつつ
騎馬像人麻呂 遠きを望む 安原美智子 詠
ちなみに「かぎろひ賞」木下瑞子さん
晩秋の 阿騎野の里に 氷雨降り
人麻呂の像 濡れそぼち立つ
でした。私の私見は、万葉世界の「明るさのみなぎるスケール」の歌のほうが好きです!!!
毎日暗い話題ばかりの提供に自分でもうんざり…。
と言っている間にきょうは節分。恵方巻のあちことの大セールを見ると、まさにクリスマス
ケーキ並み…。
へそまがりの私は、余計に食べたくありません。
節分が終わると、明日は立春。
2月4日の春一番は、私の可愛い大好きな姪っ子のお誕生日です。
今年は年女ですからもう24歳になるのね。私から見るといつまでたっても「少女」のままの
面影です。
今春早稲田大学を卒業し、六本木の森ビルに本社のある企業のエリートOLとなりました。
高層ビルフェチの変わり者でもあります(笑)。
私の娘とよく似ていると言われていましたし、事実一人っ子の我が娘と甥と3人が兄弟の
ように仲良く、バーチャルな3人兄弟の社会が存在しているようです。
これも義妹の娘に対する配慮から育まれたもので、心から感謝しています。
その姪も、「ノリ」は私とテンションが近く、子供の頃から「ウマはあっていた」ように
思います。
ファッションやメイクなども話題が合い、今は「つけまつげ」の善し悪しなどの情報も
私が提供してもらっています。
せっかくなので、なつかしの写真をマル秘大公開!(本人が見ていないことを祈りつつ)
笑えますよね。ちょっとほっこり…。(特別出演に感謝???)
帝塚山中学・高校時代のひょうきんポーズ。なぜかかぶり物多し。
パンダ・たらこ・リラックマです。
おつきあいと言うことで、私もここで登場しておきます。ケロケロ???
>

- まあ、どっちもどっちと言う感じ。
さて、2月4日のしのぶのbirthdayのあとは、2月5日は弟夫婦の結婚記念日。そして、
2月6日は、10年前に亡くなった岡本家のおばあちゃんのご命日…とまさに岡本家の冠婚
葬祭祝日週間と言うわけです。
きょうは特に温暖な穏やかな日和でした。「春近し!」です。
冒険ではありましたが、「オルガンが弾けるかどうか!」逡巡しながら、仁川教会へ
行ってきました。
年初からの体調不振は本意ではなく、2月には気分一新がんばろう!と思っていましたら、
2月初日の1日が、カトリック教会の信心の初金ミサの日でもあり、これって私は神様に
見守られているのか、試されているのか。
ともかくミサに与ることを思い、オルガンが最後まで弾けるかどうか、とっても不安では
ありましたが、とりあえず奉仕は果たせました。
水浦神父様のお説教が、ちょうどキリシタン迫害の26聖人殉教の日(2月5日)が近いことも
あり、2月1日のきょう、佐賀県唐津あたりを通過している殉教者の中でも、最年少12歳の
ルドビコ茨木のお話をしてくださいました。
そうそう、2月5日は26聖人殉教の記念日の、その大阪カテドラル教会で、弟夫婦が結婚式を
あげた我が家の記念日でもありました。
いたいけな少年が殉教という、この世の命より永遠の命を選択した信仰の強さに驚かされ、
感銘を受けますが、そのお話を聞きながら、私は昨日結果報告の出た、大津市の中学生の
いじめ自殺事件をふと思いました。
少年が「死」に追い込まれていく経過を知り、途中でどうして救ってやることが
できなかったのかと、親、大人世代として本当に責任を感じました。
また残念ではありますが、ルドビコ少年のように、彼は現世ではなく永遠の命を求めたのだ
という思いにもかられました。
今はきっと天国の神様のもとで安らぎを得てくれていることでしょう。
「痛い」「つらい」「くやしい」毎日いろんなマイナスの気持ちが交差する中で、
大震災の中生かされたことや、今までが、心も体も順調に過ごすことができる日々だった
ことを思えば、こんなことくらいで弱音なんかはいている場合じゃないことを反省。
やっぱりミサに与ってよかったと思いました。
聖歌隊席の私のオルガンの横で見守ってくださっているコルベ神父様のお像です。
きょうのところは、「まあまあ、合格!」と言ってくださるかな…。
しかし、「痛い…」!!!!!


