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私たち万葉うたがたり会のスケジュールがきちんと決められているように、
朝、10時半から午後4時過ぎまでの長時間のラジオ番組は、細やかに台本に記された
予定に沿って、放送が進んでいきます。
今回は、毎日放送開局60周年とラジオウオークの30周年が重なり、テレビでも「ちちんぷいぷい」
で一部放送されました。
「ちちんぷいぷい」は、アナウンス部長!?(だったっけ)の、角淳一さんが、出演して
おられますが、角さんは、初代のラジオウオークの進行役のアナウンサーです。
ラジオウオークの第1回から関わられ、犬養先生が亡くなられた時は、スポンサーもなしで、
毎日放送のラジオウオークの方々が追悼番組を作ってくださいました。
角さんは、犬養先生や、クリエイト大阪の松田社長、そして扇野さんや私たちと今繋がる唯一の方です。
久し振りにお目にかかり、また30年続いたことを感慨深くお話ししました。
当日の参加の感想も、もっともしみじみと語ってくださいました。
イベント会場が、スタート・ゴール地点の明日香小学校と、風舞台とに分かれて進行したの
ですが、私たちと同じ明日香小学校組の控室は広々とした体育館で、数少ないストーブの
前に車座になり、毎年のお顔なじみの方もあり、和気藹々と過ごしました。
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こんにちはコンちゃんの近藤光史さん。柏木アナウンサーとのやり取りは絶妙です。
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ゲストのウオーキングドクターのデューク更家さんと。とてもフレンドリーなナイスミドル!
おしゃれで、スタイルもかっこいい! ウオークの実践も体験させて頂きました。
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ラジオウオークレポーターの井上政雄アナウンサーを見つけました。阪神ファンの私たちは、
MBSのタイガースナイターの実況放送担当者の井上さんに会えて、うれしくなりました。
前日沖縄キャンプの取材から帰宅したばかり・・・と日焼けで真っ黒でした。今年は優勝!
と言って下さり、みんなニンマリ!
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最終のステージでは、浜村淳さんも合流。グリーンのラジオウオークのコートは、浜村さんの
ファッションセンスに合わないとかで、毎年私服です。(笑)今年は、赤のコートにシャネルの
マフラー!かっこいいなあ。
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終日雪の降った、また足場の悪い行程を12000人の方が、歩いたそうです。
休憩する場所もなければ、寒さを凌ぐところもなく、みなさん本当に大変だったと思います。
打ち上げで、二人の卒業式がありました。
一人はメインで進行を務められた八木沙希アナウンサー。3月退社で、フリーアナウンサーの
道に進まれます。
ラジオウオークという大きなイベントに携わられた数年間は、自分の人生の中でもめったに
体験できない貴重な機会だったと述懐され、来年は1参加者として参加したいと涙ながらに
挨拶されました。美人だし、魅力的な方でした。
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そして、もう一人の卒業生は、解説者の青山茂先生。88才になっておられたのですね。
私もラジオウオークでは、長いお付き合いでした。犬養先生の晩年のように、青山先生も
健脚ですが、ご高齢になられてスタッフの配慮で、全行程を歩かれず、ショートカットで、
解説をされていました。先生自身で、30年を節目に勇退すると宣言されてのことだそうで、
現役の引き際は、むづかしいことから、惜しまれて去ることの美学を久しぶりに見ました。
ご挨拶で、人生の半分近くをラジオウオークで潤わせて頂いたと述べられ、本当にお幸せで
よかった!!!と思いました。青山先生、ご苦労さまでした。
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終わってみて、毎年とは違った疲れでしたが、ラジオウオークの仕掛け人、松田さんや、
企画の扇野さんや、出演の犬養先生も、こんなに長く続くとは夢にも思っておられなかった
ことと思います。その残党の一人として、今もなお出演させて頂く光栄に感謝しながら…、
また、30年間を見つめ続けたラジオウオーク史の証人として、私はここにいる!ことを
誇りに思いました。
30年を特集した冊子も作られ、なつかしく見ながら、人麻呂楽団での出演、犬養先生の
お供での参加。万葉うたがたり会の出演…と私の参加の形もいろいろ思い出があります。
途中で角さんが倒れられて、アナウンサー生命も危ぶまれたところから、完全復帰されて
30年にも参加されましたし、犬養先生や、松田さん、扇野さん、そして清原先生が亡く
なられた悲しみも超えての30年。さあ、来年はどうなることでしょう。
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ともかく30年、本当におめでとうございました。MBSラジオウオークバンザイ!

コンサートが終わってから、来場者のアンケートを拝見したり、人づてに当日の
感想や、エピソードや、後日談を聞いたり、私自身がコンサートテープを確認したり、
ブログと並行に、「12月4日」の記念日をしっかり胸に刻みつつあります。
会場も400名余の入場を賜わり、来れない方々の中には、祝電やお花を届けて下さり、
みなさまのお心遣いにも心から感謝いたしました。
大ホールなのですが、「大集会室」と言うネーミングに、来てびっくりされた方もあり、
「30周年」と言う規模を伝えきれていなかった面もあったようでした。
内容で消化不良な部分も残っており、終わってバンザイ!という気持ちにまだ、なれないのが、
正直なところです。個人の30周年ではあるけれど、万葉集に初めて触れる方に楽しんで
頂く為に・・・、また、プログラム曲も私の紹介したい曲にどこまでこだわれるか・・・などに
加えて、「万葉うたがたり」は、オカモのライブ感が魅力なのに、「日記」という形で
「読んだ」ことは、いかがなものか…といろんな意見を頂きました。
ただ、「普段とは違う舞台」でしたので、プロジェクトにおいては、時間の制約と、事前に
準備された内容が求められる整然とした流れを演出するためでしたので、また通常の
万葉うたがたりコンサートでは、臨場感あふれるライブ演奏をしていきます。それゆえ、
演出に苦しんだ分、今も私自身の中で、消化しきれていないのだと思います。
ただ、節目を越えた解放感はあり、次の万葉うたがたりコンサートをサロンでやる時の意欲や
構想など、新たな楽しみもできました。
仲間、人の運や、皆様のおかげで、30年も続けられたことが自分でも驚きでした。
総括はいろいろありますが、やっぱり『万葉集』のおかげで、恵まれた人生を過ごせたことに
感謝し、犬養先生、扇野さん、松田さんに今回のコンサートは、大成功だった!とご報告
することにします!
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憧れから、思い出となった大阪市中央公会堂です。

「私と娘」の共演が実現しました!!!
私と娘の親子関係をご存知の方々もたくさんおられますが、親子と言うよりは、まるで姉妹の
ような関係で過ごしてきましたので、世間の家庭の母子とは違っていたかもしれません。
娘は、舞台に立ち多くの人の前で「万葉」や「音楽」を披露する母親をごく当たり前のように
見て、育ってきたようですが、娘は娘で、音楽の環境よりも中学校から演劇部に入り、以来
「芝居」一筋でぶれることなく、我が道を歩いて行きました。そして入団した遊劇体も10年
選手になり、もう中堅女優となりました。私たちは、自分たちの個性や、形は違っても
「人に何かを伝える」表現者の道は同じと、お互いに尊重し合いながら過ごしてきましたが、
今回「岡本の30年」であるので、個人的な希望も叶えさせてもらってもいいのではないかと
娘との共演を希望し、実現したことは、先日ブログに書いたとおりです。
同志社大学在学の時からの京都暮らしで、親離れのできない私と違い、早々に一人で
生活をしていますので、顔を合わせるのも年に数えるほどでした。コンサートの朗読劇
のためにTSUBAICHIが練習場となり、11月になってから週に2度ほど団員が集まりましたので、
久しぶりに娘と顔を合わせる機会ともなり、コンサートが終わった今、遊劇体の練習が
なくなったことが、ちょっぴりさびしくなりました。
朗読劇の「万葉人生」の犬養先生に、ご存命の間は「つかさちゃん」と呼んで頂き、よく
かわいがって頂きました。6枚目のCDの富士山のジャケットに書かれた万葉歌は、つかさの
誕生の時に犬養先生が「つかさちゃんへ」…はカットしましたが、書いてくださった貴重な
書です。
ですから、劇団で唯一犬養先生を知っている者としての「思い」は強かったようでした。
舞台上で犬養節も披露し、恩師を娘がかわって顕彰し、追悼してくれたような気持です。
遊劇体の朗読劇は、犬養先生が大好きな明日香村村長には特に印象的だったようです。
数日前、明日香村の公社から、当日のテープを聞かせてほしいと連絡がありましたもん!
いろんな方をコンサートにお誘いしましたが、「わたしとつかさ」を知る方に、もっとも
見て頂きたかったので、私の両親をはじめ、それぞれの個性で親子が同じ舞台を務めた感慨を
共感して頂けたのではないかと自己満足しています。
コンサートをきっかけで、遊劇体のお仲間の方々とも親しくなれましたし、お世話になっている
主宰で、演出家のキタモトマサヤさんといろんなお話ができたことも有意義でした。
娘の世界は、私には計り知れない世界ですが、本人が夢と楽しさと甲斐を感じながら
頑張れる間は、応援していきたいと思います。自称、最大のサポーターですが、要するに
過保護な親ばかの母ですが、私もライフワークを持つ先輩として娘の目標にもなってくれます
ように精進あるのみ???です。
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いちょうがシンボルの東京大学。
黄葉はもう一息ですが、銀杏の実はたくさん落ちて独特のにおいが漂っていました。
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東大生の亀井君が、ピアノに限らずドラムやバンド活動も含めて音楽を続けていることに
かつてのピアノの先生として、敬服していましたが、今年もクラブの合唱の伴奏をすることに
なったようで、私が筑波山へ除幕式に上京していたこともあり、昨年に引き続き再び
レッスンが実現しました。教養部を終えて法学部へ進学した今年は、駒場キャンパスから、
本郷キャンパスへ移動です。
待ち合わせの赤門は、3月に甥の卒業式で感激した場所。再びこの場所に立てるとは
思ってもいませんでした。楽しい!
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大学生協の3階の学生会館のグランドピアノです。ほこりまみれ。
また広い部屋では、トランペットやクラリネットや、各楽器の練習で、騒音化していました。
負けずに練習した私たち!!!

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東京大学と言えば、犬養先生が東京帝国大学のご卒業ですが、東大合格の時にうれしくて
家族で合格記念のお祝いに食べようと、老舗の「ふじむら」の羊羹を買って帰られたところ、
明治人間のお父さんに「大学にはいったくらいで、そんなにうれしいのか。」と叱られて
お菓子を捨てられた…と言うエピソードが有名です。(東大入学なんて、すごいのに)
ミーハーな私たちはその「ふじむら」の羊羹を食べてみたい、ふじむらは本郷のどこに
あるのだろうとよく話題になっていました。でも見つけた!と言う人はいなかったようでした。
もう忘れかけていた昨日、偶然に見つけたのです。これも「縁」としか言う様がない
ように思います。閉まっていて、お店の様子はわからなかったけれど、これで満足です。
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人生いろいろ、毎日が楽しいですね。 ♪いいことあるぞ! ミスタードーナッツ♪

もう1週間が経ちました。急いで報告しなきゃ!!!
高岡万葉まつりには毎年「万葉歌手」として、ご招待を頂いていました。オープニングで
「高岡旅情」を婦人会の方々と共に合唱させて頂き、開会式ではテープカットをし、
引き続き「招待朗唱」者として、来賓扱いを受けるのですが、毎年毎年同じパターンで、
決まった箇所の同じような万葉歌しか朗唱できないので、「万葉を歌う」私としては、
果たしてこれでいいのだろうか…と、その他に個人でノミネートをして、夜中に歌ったり
早朝に出演したり…と別に出演もさせて頂いていました。
また、高岡では招待者としての束縛もあり、久しぶりに出会った方々とゆっくり過ごすことも
できなかったので、朗唱の会も21回目を迎えましたので、今回から私も参加の形を変えることに
しました。
そして、犬養先生との「僕がいなくても僕のかわりにみんなを高岡へ連れて行ってね!」との
約束通り、サロンのオカモゼミや、宝塚のコープカルチャーの生徒さんをはじめ、はじめて
万葉の高岡へ行かれる方もありましたので、私も終始同行して旅を致しました。
バス参加者にゆっくりお食事をして頂こうと、夕食会は古城公園の三の丸茶屋の浪漫亭で、
イタメシのコース料理でした。何と途中で、高橋正樹市長が、隣の体育館で行われていた故地交流会の
最中にもかかわらず、わざわざご挨拶に来て下さり、大変恐縮いたしました。
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食事の後、翌朝朗唱する古城公園を散策したり、朗唱の舞台を見学したり、個々に楽しんで
過ごして頂きました。行きのバスの中で振り分けた「万葉歌」ですので、急遽ホテルで練習
された方もあったと思います。
3日(日)の朗唱時間は8時20分~。
衣装の着替えや、写真を写したりで、出演前から大騒ぎ!これが楽しいのです。(笑)
私は、奈良で平城京1300年遷都祭で、天平采女の姿を経験させて頂いたこともあり、今回は
パフォーマンスとして、自前の衣装+ヘアースタイルで勝負!!!
(しかし、早くから時間もかかりましたし、ひっつめのムースで後が大変でした・・・)。
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オカモとともちゃんは、巻16でしたので「荒雄物語」を歌い、山寺さんは「しただみわらべ唄」
を詠いました。なかなか楽しそうでしょ!
バスのお仲間は、半分以上が「初めての経験!」と言いながら、なかなかの芸達者ぶり。
圧倒されました。思い切り案ずるよりは産むが易し!でした。
みんなで最後に「高岡旅情」を歌えて私はとっても満足です。
しかし、予定の時間を大幅に過ぎて、思い切り舞台ジャックしてしまったようでした。
ごめんなさい。でもみんなとても楽しかったようで…よかった!
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何と、高岡市万葉歴史館の関さんが、いつもながらのお心遣いで、私たちが出演したほやほやの
録画をすぐに下さいましたので帰りのバスが盛り上がったこと!!! 大受けでした!!。
朗唱のあとは、すぐに着替えてバス旅行の続きです。いよいよ万葉の故地「伏木」から氷見へ。
続きはフォトギャラリーで報告いたします。

はじめがあれば、終わりがある…。
永遠に終わりがないことを祈り続けていても、容赦なく現実に向かい合わされることがある。
昨日、2010年9月25日(土)をもって犬養万葉顕彰会が解散をした。
その解散の総会は、犬養万葉の心の拠点でもある明日香村で行い、80名近くの会員が
参集してくださった。

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平成20年10月3日の犬養先生の命日祭を最後に、私が会長を務めた第5期は終了し、
山内英正さんを代表として「犬養万葉顕彰会」は休会した。第6期を引き継ぐための
世話役や、手だてをいろいろと摸索した後の「休会」だった。
その後、休会中の顕彰会について議論・検討した結果、権威ある会をあいまいな形で消滅させる
ことは犬養先生に対して申し訳ないことだと結論を出し、解散のための準備に入った。
そして、2年後の秋の昨日、その日を迎えたのだ。
多い時には1500名くらいの会員を擁したこの会も、犬養先生が亡くなられてから以後は、脱会
されたり、亡くなられたり…とずいぶん人数も減少したが、「顕彰会」の名の通り、犬養先生の
没後、新たに入会された方や、平成19年の犬養先生の生誕百年に賛同してくださった方も
準会員として包含したので、最終的に全国で約523名の方々が、会員として名を連ねて
くださっていた。委任状も含めて有効数を確保できたので、解散決議案を出席者にはかり
ご承認頂いた。終結に向けて、役員で、企業マンで経験豊富な城山さんが、社会的に理解され、
常識的な内容で総会が進められるようにお骨折り頂き、心から感謝している。
そして、会員への約束通り、山内さん監修の生誕100年祭総括の「犬養万葉は永遠に」という
記念冊子を作成し、皆さんへの餞(はなむけ)とした。
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会場となった「かんなびホール」は、明日香村の社会福祉センターで、「太子の湯」で親しまれている
所だ。犬養万葉記念館の設立時には、事業部長であった吉田さんが、偶然所長としておられ、
当日の便宜も図って頂いた上、既に18日から3日間で終わって、既にかたづけられていた
「光のイベント」のオブジェを顕彰会の総会の参加者のために、再び展示して下さったり、
総会にも参加して頂き、ご挨拶をしてくださった。明日香村としての厚意を代表して示して
くださったことを本当にありがたく思った。
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当日は、代表者山内さんの都合で、午後からの開会になったので、午前中は有志で
「明日香村散策」を計画し、元副会長の水本さんが、下見をし、資料を作り、案内してくださった。
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役員で、犬養先生の歌碑を見るコースや、象徴的な甘樫岡など、意見を交換した後、やはり
顕彰会ならではのウオークを…と普段あまり歩くことの少ない、飛鳥駅の反対側の
古墳コースを歩くことに決めた。その後タイムリーに、そのコース上の牽子塚古墳が、斎明陵で
あろうと発表されたので、このたびの参加者もこのコースは、思いがけず興味深い散策
だったと思う。すべて運のよい運びだった。
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常に「先生、これでいいのですよね」と問いかけながらの準備だったが、明るく前向きに
お別れをすることが、「言霊」の世界なのだと思う。
会の結成時から、最後まで見届けてきた私にとって、思いがけない終末を迎えたが、
犬養先生を通して、顕彰会でいろんな方に出会えたし、多くの方に支えても頂いたことの感謝。
ひとえに犬養先生の「人徳」の賜物であり、それぞれが人生の一幕に「犬養先生」との縁の
誇りを感じておられることを私も含めて確信している。
最後まで尽力くださった、7人の侍の役員諸氏(オカモ・水本・鈴木・橋本・澤田・城山・山内)に
深く御礼を申し上げ、よい結束で最後までがんばれたことも私の喜びである。みなさんお疲れ様でした。
切なくも、でも肩の荷を下ろした1日。犬養先生、これでいいのですよね?
犬養先生、犬養万葉は永遠に…。

エコカー減税のタイミングの購入、また4日に納車でしたので、補助金の申請は
何とか間に合った(7日締め切られたので、ギリギリセーフ!)私の新車! 幸運でした。
もちろん日常の仕事や、移動ですでに乗車していますが、スポンサーでもある両親をまだ
乗せて出かけることがなかったので、お彼岸でもあり、(うちはクリスチャンホームなので、
関係はないのですが・・・)実家のあった、神戸市垂水区の舞子墓園にドライブしてきました。
3連休だったので、行きも帰りもコースを変えたり、高速だったり一般道だったり
意識して走りましたが、どこも渋滞で、ずいぶん時間を取られてしまいました。
でも母も乗り心地はよかったようで、安心しました。
やはり両親を乗せて移動することも目的の一つなので、条件のひとつでしたもの・・・。
8月は祖父の命日でもあり、久しぶりにお参りした感じです。
密着して過ごした介護の3年間でしたが、今思うと短いようなあっけなかったような
心が少し切ない思い出です。
晩年の犬養先生、祖母、祖父と「老人と向き合う」ことから学んだことはとても大きく
貴重な経験でした。両親も高齢化し、気になるところですが、反対に距離が近すぎて
なかなか親子としてのコミュニケーションもうまくとれず、反省の日々ですが、何とか
このまま二人そろって仲良く元気でいてほしいと思います。
明日はこの車で月1回のかかりつけのお医者さんの検診に行ってきます!

いつもは夕方の御ミサですが、久しぶりに日曜日の9時のミサに与り、オルガン奉仕を
してきました。練習不足で、神様ごめんなさいです。
このところ、私にはモヤモヤすることばかりの中、アシジのフランシスコの平和の祈りを
しながら、少し落ち着きを取り戻せました。
「……慰められるより、慰めることを、理解されるよりは、理解することを。
愛されるより、愛することを…」と唱えながら、人生を深く生きることは、それだけ
深い問題のため息となるのだ…と感じます。
昨日、2か月ぶりに平城京へ行ってきました。あれ、富山県の予定が何もないやん?
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さすがに、宮跡を吹き抜ける風は、秋の風情を感じます。
ただ、日陰や、日差しを凌ぐ建物が少ないので、会場自体は閑散としていました。
28日から3が日、富山県の日?で、県の展示や万葉まつりの朗唱パフォーマンスがあると
言うことで、サロンのTUBAICHIも28日の案内もかねて休館し、協力体制で臨んだはずが、
日程は、29日から3日間でしたし、私も「8月の富山県の日に協力をお願い!」と言われて
気にかけていたことでしたが、結論から言えば、正式な内容案内すら頂いていないことで、
私が何の配慮も必要なかった・・・という自己嫌悪でした。
昨年の「下向の旅」以来、反省して、今年の万葉まつりもご招待を辞退し、新たな
「高岡市」とのお付き合いを考えました。犬養先生がこよなく大事にされ、私たちを
導いてくださった「高岡市」の魅力を私たちも継承して行こうと微力ながら応援して
参りましたし、思いがけず、前橘市長さんから長年の協力を「特別感謝状」と言う形で
認めて頂き、大変光栄だったことも合わせて、「高岡」に対する印象を否定したくないと、
私が新たなお付き合いをすればいいのだと自覚した矢先のがっかりでもありました。
今日から、交流館で犬養先生の「かたかご」の書や、実物大の越中国分寺址の碑などが
中心に展示されているそうです。まほろばステージでは朗唱が午前と午後で行われた
はずです。なんだか、とっても寂しい気持ちです。でも私がお節介だったのだと
自己反省しました。ただ昨日午後からなら女子大学で、若手支援のための研究会が
開催され、とても有意義な時間を過ごしました。久しぶりに「万葉集」研究の楽しさを
感じました。それで、気分転換が出来た事が幸いでした。
つづく・・・。

今年も「万葉セミナー」に行ってきました。開館20周年を記念して、セミナーも
原点へ…と「大伴家持研究の最前線」ということで、大伴家持を歴史上から、また家持の
中国文学の教養と影響を、そして万葉集の編纂の手法、人間「家持」の歌人論、今後の家持研究の
研究課題など…テーマの角度を変えて、万葉研究の著名な先生方が5人講義をされました。
「最前線」と言うタイトルに、越中万葉歌壇を作り上げた「大伴家持」を顕彰し、町を
あげて「万葉集」でふるさと作りを続けてこられた高岡市ならではの、大伴家持研究の
拠点としての自信と誇りのようなものを感じました。
私は開館の時から初代の名誉館長となられた犬養先生と足を運んでいましたので、はや
20年も経ったことに驚きと感慨を覚えます。万葉集を中心とした上代文学関連の書物や
論文の充実した図書館は、いつ伺っても、何時間でもゆっくりここにいたいと思わせる
魅力的な場所です。
私がいる時も、ちょうどあいの風のボランテイアの方が、司書の梶さんに「説明」を
聞いておられるところでした。ガイドをしながら、知識でわからないこと丁寧に教えて
もらえる市民にもやさしい図書館だと思いました。
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そうそう、JR高岡駅がいよいよ改装がすすみ、駅の様子がかわりました。
もちろんエスカレーターやエレベーターが付き、大きい荷物をふうふういいながら階段を
昇り降りしていましたが、もう大丈夫!ご年配や障害のある方も利用しやすくなりました。
ただ、デパート直行の出口がなくなり、(デパートの賑わいが少なくなるかも)一瞬
新しい出口に戸惑いました。このような変化を見届けることができたのも長年通い続けて
きたおかげ!?ですね。
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わずかな時間、あまりにいいお天気なので、美しい海、空を見たくて雨晴海岸に行きました。
渋谷の 庭よくあらし 車並めて いざうち行かな 見つつしのばむ (れれ持)
思わず「きれい!」とうっとりした、その写真です。
海風も心地よくさわやか、鰯雲?も広がり、大阪より涼しい!「今はもう秋」の風情。
やっぱり高岡はいいですねえ。
次回は10月2日に、わがサロンから「高岡市万葉まつり」にバス旅行で訪問します。
一人でも多くの方に高岡を好きになってほしいですものねえ。自慢の万葉故地にお連れしなきゃ!
楽しい2日間でした。

今日は敗戦記念日。昨日帰宅前の東京でものものしい現場に遭遇しました。
行先は永田町。
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一度行ってみたかった国立国会図書館。
「永田町」の国会議事堂の傍…と地図で見ていましたが、本当だ、あった!
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これは図書館の敷地からの光景です。
東京で過ごす時間は、私の勝手な予定に従ったものなので、連日粛々とこなしていきました。
最終、東京からの帰り際に国立国会図書館へ行って、見学と登録をしてきたいと思い…、
地下鉄半蔵門線の永田町駅から地上へあがってみると「敗戦記念日」の前日と言うこと?か、
右翼の街宣車が、口汚いべらんめえ調で、大きな騒音公害となって、まあうるさいこと。
ちょうどま上を走る高速道も、わざと徐行した街宣車が連なり、走行しているのが見えて、
そこからもマイクでがなりたてており、ひょっとして、歩いている私が狙い撃ちされるの
ではないか…とビビるほど、多くの右翼団体が終結していました。またそれに対抗するために
多くの警察官が、各交差点ごとに道路閉鎖をして、警備を行っている!
私もはじめは「何があるのだろう!」と理解できなかったのですが、そうか、明日の敗戦記念日を迎える
前夜祭みたいなものだ…とわかり、前日でもこのように大騒動となる永田町周辺を興味深く
観察、体験できました。
近くには靖国神社もあるし、お盆で永田町そのものの行政府は夏休みですが、自民党や
民主党本部もあり、政治家の靖国参拝問題にみられるように「敗戦記念日」を考える、象徴的な
場所であるのかも…。ともかく図書館に入館するまで、警察官に見守られての「おかもの
ご来館」「ご入館」となりました。えらいこっちゃ!
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図書館は耐震工事中で、大規模ですが、そうでなくても古く殺風景といってもいい建物でした。
通常の図書館とは違い、研究のため?資料入手のため?の人が多いが、要するに必要な
ものの「請求」をして図書を得るので、書架や、現物の書物が見当たりません。
閲覧場所・手続きの場所・規模も大きくて、小1時間かけて見学したつもりでしたが、よく
理解できませんでした(汗)。ただ、遠隔からも利用できるように登録しておきたかった
ので、目的はまあ達しました。
帰路もまた人がたまったり、警備中の警察官の前をすりぬけて、地下鉄へ。
まあ、気分はスリリングなひとときでした。
でも前には国立劇場もあり、ここらは「国立」の施設が集まっている場所なのですねえ。
などなど、予定通りの懸案の用事をこなして、夏休み「東京行き」は無事終了。
もちろん、谷中の犬養先生には、一番にご挨拶に行ってきました。
お墓でもっとゆっくりしたかったのですが、蚊がすごくて早々に退散。ごめんなさい。
谷中墓地の名物のネコたちも暑いせいか、あまり出会えず残念でした。
仕方がないので!?自宅の優雅なはなちゃんです。
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このくそ暑いときに、よう出かけるわ!…と上から目線でした。