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「遊劇体」という劇団員としての活動や、他の演劇に参加させていただく客演や、年齢と経験と共に女優としていろんな機会に恵まれてきた娘。

それなりに喜び以上にいろんな思いや、悩みもしながら過ごしてきたことだろう。
同じ劇団で仲良くもあり、長年、切磋琢磨過ごしてきたこやまあいさんが、出産・東京転勤ということで劇団を離れてから5年? その間二人の間で漠然と芽生えていた夢が実現した。
私もチラシができて、それでも二人の現実的距離感にピンときていなかった。あいちゃんが、6月に大阪へ移動、連日本格的に練習を開始したと聞き、「二人芝居」「新ユニット活動」「デビュー」であることを理解した。
あとは、いつもながら芝居を観る私のスケジュール調整と、告知協力で、本番当日までを楽しみに過ごした。
孫の動静が気になる私の両親と相談して、出発の門出に「お花」を送ることにした。また、音楽サロンTSUBAICHIの時から引き続き仕事面で公私にわたりお世話になっているあいちゃんには、犬養万葉記念館から・・・ということで祝福の「お花」をプレゼントした。二人とも喜んでくれて何より。今回がスタート、そして今後も頑張れのエールだ!

また、今回の二人のために遊劇体の主宰者キタモトマサヤさんが、「ほたる」というオリジナル作品を書いてくださった。私は最終日の観劇となったが、オープニングの

キタモトマサヤ氏自身が今回の作品についての試みを話されたが、とても興味深い内容だった。ずっと娘を通して私はキタモト氏の演劇を見てきたわけだが、泉南の地元を背景に

書き下ろしてこられた「ツダシリーズ」や、また泉鏡花の全戯曲の舞台化を目指して続けられている芝居など、内容は深刻で深く、しかし舞台上はシンプルでむだがなく、

役者の立ち居振る舞いは姿勢よく美しい足運びで、遊劇体の芝居の形、カラーというものはキタモト演劇の目指されるところなのだと思っている。

加えて今回「そもそも演劇とは何か」という原点に回帰し、特別な「説明」的要素のない、役者だけで成立する芝居に挑戦されたことを聞いた。

もちろんこのたびの二人の事情もあったのだと思うが、近年、キタモトさんは、泉鏡花芝居に示されるように「原作」をそのまま演じることの「時代の共通性」や、

「朗読会」「リーデディング」などの機会を作り、朗読が「演劇」として一人であっても表現できることの確認をしておられたように思う。そして今回、会場・照明・音響その他、通常の準備から解放された役者だけの舞台での芝居を試みられたのだ。古代ローマのコロッセウムで始まった芝居の原点に立ち戻ることの挑戦。前回は、舞台上には役者がおらず、2階での会話として声だけで展開された芝居もあった。(のたりのたり)非常に思い切った演出であると思うけれど、観客の私たちは演出者の思惑通り、舞台上に人がいなくても、音響や舞台セットがなくてもその世界にひきずりこまれていくキタモトマジックは、本当に素晴らしいと思う。

そして今回は特に、そんな演出者の試みに応じて使える役者に娘も成長したのかなと思うと、親として芝居を続ける娘の姿に、継続の力と真摯に臨んできたことに感心するし、

今後も活動を容認せざるを得ないようだ。
あいちゃんと息のあった二人。新ユニット誕生とデビュー!。キタモトさんはじめ遊劇体のメンバーの方々の大いなる協力!は感謝せずにはいられない。

そしてまた是非このような機会が訪れることを楽しみにしたいと思った。

みんな「新たに前へ!」

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中谷
直接訃報をお聞きしていなかったので、この場を借りてお悔やみ申し上げたいと思います。大阪高等学校の時の教え子として、犬養先生とは長いお付き合いでした。旧制高校の名物「寮歌」がお好きで、万葉旅行中でも犬養先生もご一緒に歌われましたので、犬養先生の母校熊本五高の「武夫原頭に草萌えて」や、「大阪高等学校全寮歌」は今でも私は何となく歌えます。これは中谷先生のご参加の賜物と思います。眼科の専門でいらっしゃいましたので、犬養先生が80歳前後でご高齢でしたが「白内障」の手術を受けられました。その時の執刀医でもいらっしゃいました。犬養先生が大好きで、大好きで、ご自身の亡くなられる直前まで、お年始・奥様のご命日には訪問されていました。もちろん先生が亡くなられてからは、先生のご命日にも必ずお参りくださっていました。何か思われるところがあるのか、犬養先生以外の方の主催の会や除幕式・旅行には犬養先生が同行されても一切参加されず、阪大関係のみのお付き合いでした。また、犬養万葉顕彰会の2代目会長、扇野聖史さんが任期半ばで逝去された後、尾木さんの指名で中谷先生が3代目の会長となられました。その間、犬養先生のXdayや犬養万葉記念館の建設計画の再浮上したむずかしい時期を迎えられ、中谷先生と顕彰会の役員との協議がうまくいかないことがたびたびあり、早々に辞められました。その後を引き継いだのが第4代の女性会長の私ということになります。今、思い返しても「犬養先生との絆」は太く強いものだったと思いますが、みんなで交わって犬養先生を盛り立てていくタイプではなく、個人でずっと慕い続けてこられたそのスタイルこそが、中谷先生のお人柄だったのではと思います。医師の参加で、犬養先生も頼っておられたと思いますし、万葉旅行はとても安心でした。ビールが大好きで、潮岬で万葉旅行の世話役委員との交流会では浴びるほど飲まれる豪傑でした。亡くなられたのは残念ですが、大好きな犬養先生のもとへまた一人旅立っていかれました。私は、学生時代からのご縁でしたが、顕彰会での確執から、その後、犬養万葉記念館行事や、生誕100年祭や、命日祭など行事には一切参加してくださいませんでしたので、ずっと心に曇りを持ったままのお別れとなりました。仕方がないかな。ご冥福をお祈り申し上げます。

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新年早々、明日香村の犬養万葉記念館勤務でスタートいたしました。

指定管理者となって、3年目に入りました。ラストイヤーにふさわしく?、犬養先生の生誕110年の節目となり、犬養万葉顕彰会で私が会長を務めているときに1年がかりで100年祭を行いましたが、それからもう10年です。そして明日香村をこよなく愛される犬養先生が甘樫丘に登って「お月見」をされるようになってから、万葉の明日香路に月を観る会として、1つの風物詩として続けられてきたお月見の会が今年で50回目となり、半世紀の歴史を刻みました。今年の中秋の名月は10月4日のようです。前日が犬養先生のご命日にもあたりますが、先生が亡くなられた平成10年の中秋の名月が10月5日でした。その日がお通夜でしたが、葬儀会館へ行かずに明日香村へ足を運び、犬養先生を偲ばれたかたが何人かあったことを知っております。先生のたましひはいつも飛鳥にある。そして大好きな明日香村でのお月見の時にはたましひもそこにあり・・・。犬養先生と心を共有したいという思いに打たれました。奇しくも中秋の名月の時期が非常に似通っているので、私も意識するところです。「オカモちゃん、第50回はお月さまが僕だと思ってね」とおっしゃっているような気がします。そして今年の国民文化祭の開催県が奈良県で、ちょうど秋ごろに行事が集中しますので犬養万葉記念館としても、お月見の会を中心に、万葉の歌音楽祭や、光の回廊参加など、特色あるイベントを定着させるべく、「勝負の年」と発言しております。ことだまにあやかって「いや重け吉事」。私たちにも皆様方にもいいことがいっぱいありますように・・・。

毎月の定期講座に加えて、「文化の秋」「イベントシーズン」ということで、新たに講座の機会などを頂きます。12日(土)には、明日香村の祝戸荘で「あすか塾」の講師として、準備をしております。月1回のこの講座も何と、私が268回目ということですから、長く続けられた貴重な機会なのだとわかりました。講師の方々も考古学をはじめ、塾の名にふさわしい「明日香」をテーマに専門的なお話をなさっていますので、私の登場は躊躇するものでありますが、今は犬養万葉記念館館長として、明日香村の施設で頑張っていますので、明日香村に従事する一員ということで顔見世興行ということでしょうか。笑。「万葉うたがたり」では明日香の歌をまとめたCDも制作していますので、それらの歌などを聴いていただきながらお話ししようと思います。
この講座の特徴は「ランチ」を挟んで前後講義があること。そのランチも祝戸荘名物「古代食ランチ」ですので、受講の皆さんと親睦をしながらお食事もするなんて、初めての経験です。
そして、翌日13日は、奈良県三郷町で万葉歌碑の除幕式があり、うたがたり会も出演をさせて頂きます。鞆の浦に引き続き、「歌碑」の歌を新曲としてご披露します。機会があって「曲作りをする」ことは、継続的で自発的な創作活動ではないので本意ではありませんが、雑用に追われてなかなか落ち着いて本来のライフワークに取り組めていない私にとっては、グッドタイミングなのでしょう。
出来栄えはわかりませんが、うたがたり会で楽しく練習しました。「桜」3部作となったことに私は気に入っております。
14日は三輪恵比須の講座の日。実は明日はコープカルチャーの定期講座日で、4日続けての「万葉世界」。資料を作るのは時間もいりますが、楽しくもあり・・・。頑張りま~す!

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音楽サロンTSUBAICHIで出会った優れたアーチストは、私の自慢でもあり、誇りでもあります。私のスタンスは万葉でも、何でもいつも同じ。「喜びや幸せはみんなで共有したい」ということです。

犬養万葉記念館でようやく実現した奈良県主催のムジークフェストという音楽祭に、私自身が大好きになったサウンドのサックスアンサンブルコンサートを開催することができました。大阪でのファンやお客様を呼ぶことより、まず記念館で演奏してほしいということで、地元対象のムジークフェストの機会に、岩本君の参加しているトゥジュール・サクソフォンアンサンブルの出演をお願いしました。

定員40名に何と78名のお客様の入場。心から感謝申し上げます。立ち見でも・・・と記念館の廊下に並ばれた方々の列を見て、普段と違った光景に一瞬信じられない思いでした。

うれしかったのは、岩本君のご配慮で、プログラムの中に「万葉・5楽章」があったこと。この曲は知る人ぞ知る、櫛田朕之扶氏作曲のサクスフォーン4重奏のための曲を演奏してくださったことでした。

志貴皇子ー大伴家持ー大伴旅人ー柿本人麻呂ー駿河采女の万葉歌をモチーフに作曲されていました。岩本君が私の出番を作ってくださり、曲の前に私が簡単な説明と朗唱をさせて頂き、みなさんに聴いていただきましたので、犬養万葉記念館ならではの演目となり、本当に感激と感謝でした。また、のちの記念館で特筆すべき出来事となりました。犬養先生も天上で喜んでくださったことと思います・・・。

定員の倍近いお客様も、当初はご不満もあったようですが、コンサート終了後はみなさん本当に「来てよかった。聴いてよかった。」と喜んで頂き、ほっと致しました。また次回に期待して、トゥジュールの方々の益々のご活躍と音楽での交流を楽しみにしています。岩本君、辻本先生、森下さん、山添さんありがとうございました。
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自分のホームページがもっとも後回しになってしまい、自ら敷居を高くしてしまいました。

昨年10月末をもって、サロンTSUBAICHIを閉じました。また、万葉うたがたりの活動の35年目という時期でもあったので、記念行事を行うこととも重なり、心身ともにエネルギーの必要な時期を過ごしました。楽しかった6年半の思い出と35周年記念コンサートと引き換えに「時間」と「自由」を得るつもりだったのですが、半年以上たった今もまだ従来と変わらない「忙しさ?」「あわただしさ?」「落ち着かなさ?」の毎日に、もう少し自分の生活を見つめなおしたいと思っております。

コンサートのご案内や近況報告も含めて2月初めに2年ぶりの「昼下がり通信」を出しました。ご覧くださった方もそうでない方も「私の日常」には興味や関心もないことと思いますが、私の立場からすれば、「発信すること」あ一つの命題でもあり、公私の生活や活動を通してきままにつぶやくなんちゃって日記ですが、それなりに意外な箇所に反応してくださる方があることが、うれしいことです。

現在は万葉うたがたり活動以上に、南都明日香ふれあいセンター犬養万葉記念館の館長業務が目先の責務です。西宮と大阪周辺と橿原を行き来しながら、「人生」の変化をしみじみ実感しております。

今後はもう少しこのブログで自分をみつめていけたら・・・と思います。

立ちて思ひ 居てもそ念ふ くれなゐの 赤裳裾引き 去にし姿を
(巻11の2550/作者未詳)

4qn03c0b阪神淡路大震災から早くも20年を経た2015年。震災のあった1995年1月17日の翌日に明日香村で除幕式の行われた万葉歌碑がこれである。当時のふれこみでは100基目という記念すべき節目の歌碑と言うことだったが、後に104期目であることがわかった。

除幕式は予定どおり現地で行われることを確認された山内英正さんが、地震でご自宅が全壊し、放心状態でいらっしゃった犬養先生のもとに背広姿で現れた。ちょうど先生の安否を確認に来ていた私と出くわし、反対する私と家人を押し切って、しぶる犬養先生を連れ出し、除幕式に出かけられたが、除幕式は終わったあとだった。あとの祝賀会には間に合われて、無事を祝し大歓迎を受けられたが、あとで先生に伺うと、当日のことは全く記憶に残っておられなかった。

高松塚の壁画ではないが、女人像を思わせる赤い裳裾姿の娘子への思いを詠ったこの万葉歌。タイミングよく、つい先日「万葉のあかり」で地元の活性化に尽力しておられる岡大字の方から、犬養万葉記念館に提供して頂いた立派な万葉灯篭に書かれていた歌が偶然この歌だった。灯篭を見ながら、20年前のあの日のことを思い出さずにはいられない。

 

クリスマス1

2014年も大晦日を迎えました。
新年のご挨拶に「昼下がり通信」を準備し始めて1カ月・・・。まだ書き上がっておりません(泣)。
犬養先生に始まり、犬養先生で終わったこの1年、私の人生で特筆すべき年だったのか、第二の展開の幕開けなのか、まだわかりませんが、とにかく新しいステージが始まったことは事実です。
29日まで犬養万葉記念館で観光客の憩いの場を提供し、1月3日から開館の予定ですが、年末ようやく11月にリニューアルオープンしてから改築に当たり、分散して無造作にまとめられていた記念館の資産や資料、蔵書の大整理にとりかかりました。新年早々引き続きかたづけが残っていますが手掛かりが見えてきましたので、ほっとしています。
開館後、いろんな試行錯誤をしながら今後指定管理者としての3年間の役目を全うしたいと思いますが、私個人の思いのために、多くの人を巻き込み、ご迷惑をかけていることに、申し訳なく思っています。
2015年は万葉うたがたり活動も35周年となりますので、こちらも節目の時を過ごせますように気持ちを新たにしています。

クリスマス2

12月25日に犬養記念館でクリスマス会を行いました。
クリスマスソングを少人数で歌いましたが、やはり楽しいひとときでした。
2015年も「音楽」と「万葉」と「明日香」をキーワードとして、羊のようにおだやかな???年を過ごせますように心から祈っております。
皆さまも「いや重け吉事!」

カット11月1日のリニューアルオープンに先駆けて、前日竣工式が行われました。
リニューアルした館を祝してのセレモニーです。

明日香村の記念館であり、村の政策の一環としての館のリニューアルですので、まず森川裕一村長のご説明があり、
ご来賓の祝辞を頂いた後、直轄の部署である明日香村教育委員会の田中教育長から、館長として私、そして名誉館長の脇田宗孝先生のご紹介をして頂きました。
緊張の面持ちで就任のご挨拶をさせて頂きました。

そののち、テープカットが行われましたが、もちろん犬養先生の朗唱が合図です。

ともちゃん内輪のセレモニーではありましたが、何かアトラクションを・・・と言うことで、会場の杮落しもかねて、万葉うたがたり会のともちゃんが代表して歌ってくれました。
明日香の曲を3曲と、今、小・中学校の課題曲ともなっている「ふるさと」を熱唱してくれましたが、村長は「ふるさと」が一番良かった!との感想だと聞き、あかんやん、それ!・・・でした(笑)。

 

 

 

愛子さん

犬養先生のご家族を代表して、吉本昌裕さんと愛子さんが出席してくださいました。年を重ねられてもいまだに犬養先生の後見人です。
いつも行事にはかかわって頂き、本当にありがたいことです。図書室の壁がなくなり、犬養蔵書がよく見えるようになった廊下で、記念撮影です。

いよいよ11月1日から連休でもあり、リニューアルオープンの特別開館日と言うことで、新しい空間の利用を実感して頂けるようなイベントを致しました。

次回は、初日の犬養先生のDVD講演会を報告します。

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縁あって、今もなお大好きな犬養孝先生の犬養万葉記念館の指定管理者として、10月1日付けで、私が関わることに決まりました。

この年齢で?、今の生活環境で?、「引き受けたところで、どうやってやっていくの」と、私を知る方々のすべてのご心配の中、船出を始めました。

要請をくださった明日香村も、村の施設として存続を危ぶまれる中、私への期待もきっと不可能だった選択肢だったと思います。

明日香村もまさに「博打」気分かもしれません(笑)。再始動に向けて、建物もリニューアルしてくださり、11月1日オープンに向けて、明日香村教育委員会と一体になって準備を進めております。

ともかく手探りのスタートとなりますが、みなさんの協力なしには、私一人でとても運営していけません。どうぞ皆さまのご支援、よろしくお願い申し上げます。

とりあえずの11月1日から3日のオープニングイベント予定を掲載します。
準備でき次第、「昼下がり通信」や、「ご案内」をお手元に届けたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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