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マンションの夏椿、「沙羅」が咲き始めました。足元にはくちなしも・・・。令和2年ももう半分が過ぎようとしています。
昨年の6月は娘の東京での「二人芝居」公演があり、応援方々観に行きました。初めての単独東京公演だという時期に、娘が体調を崩していたこともあり、気になっていたことも事実です。何事もなく無事に終えられて本当にうれしかったです。また、犬養万葉記念館では、犬養先生を支えて後継者とも目されておられた清原和義先生の命日月である6月を選んで23回忌の記念同窓会を開催させて頂き、武庫川女子大学の卒業生の方々とも交流を深められる機会ともなりました。そして、月末には壱岐島へ行くきっかけとなったクラブツーリズムのお誘いで、テレビ東京の「旅するお疲れさま」と言う旅番組の案内人にも加えて頂き、「足柄峠」へ行きました。
令和元年の6月・・・。まさに新たな時代の始動が感じられる毎日だったように思います。容赦ない時の流れを目の当たりにしながら、この「6月」からはきっと新たな展開があることでしょう。「新しい生活スタイル」というよな表現が多いですが、私は時を取り戻せたステイホームには感謝しています。スローライフは私たちが忘れかけていた?無理やり避けていた「家族」などの人間関係を見直してくれました。日々の生活の「不要不急」を精査してくれました。「日常のあたりまえのありがたさ」をより強く感じさせてくれました。原点に返ったところから、加速度を付けてダッシュですね。まさに「初恋を思うべし」
コロナウイルスを克服して前進あるのみだ!!!

犬養万葉記念館も6月1日から通常開館となりました。犬養孝特別展示へのいざない、またあざさをはじめ、ささやかな館庭の初夏の風情を求めてご来館を楽しみにしています。ただ、まだ県外移動は自粛中ですので、今は奈良県内の方々中心のご案内となりますが・・・。若菜祭で断念した令和記念講演会をぜひ実現させたく、再度猪熊兼勝先生にお願いをいたしました。6月20日(土)に開催いたします。ただ、記念館は三密を避けるには会場が小さく集客が限られますので、記念館の定員と同じ40名収容の会場として、明日香村の社会福祉センター内(太子の湯と同所)のかんなびホールを使用させていただきます。ご理解頂いた教育委員会には感謝です。参加希望の方は、(感染経路確保のため)必ずお申し込みをお願いします。
おかも個人も6月からは講座が再開します。各グループの世話役の方々が、会場確保や、会場使用の試行錯誤に追われておられ、本当にありがたく、また再開の期待への責任も感じるところです。肝心の私はステイホーム中、自宅にどっぷり缶詰で過ごしたというより、コロナ以前も以後も変わらぬ実家と明日香村との行き来と、昼下がり通信の作業でそれなりに時間に追われましたので、そこからいよいよ「日常に向けて」の生活に、私自身のモチベーションを高めなければと焦り始めているところです。公私ともにブランクを経ましたが、それが新たなステップになることは間違いなく、(コロナ感染をいかに克服しながらということが最も大事ですが)O型おかも!いつもながら「前進あるのみ!」の能天気で日常へと突破していきたいと思います。

令和2年の5月1日は世界ウイルス戦争の戒厳令下のゴールデンウイークの1日となりました。毎日のメデイアの報道にはもううんざりしていますが、ひたすら自己責任を自覚しながら国民としても誠実に生活することを肝に銘じて過ごす毎日です。犬養万葉記念館の休館や、担当している万葉講座の機会が中断していることは大変残念ですが、私自身にとっては「生まれた時間」は大変貴重で、人間が平等に与えられている1日「24時間」を中途半端に過ごしていた生活の修正を補うべく、日々ありがたく過ごしております。ただ実家と仕事場を行き来することの状況は変わらないので、「ウイルスを運ぶ」「人にうつす」ことがないようにと、呵責と緊張感を感じながらの移動は少し重いです。
講座の教材に制作している「万葉花カレンダー」4月の「しの」は越前市万葉館の故地交流展を開催中の味真野苑の写真でした。現地でも4月の交流展がはじまるなり休館を余儀なくされておられましたが、5月19日より開館決定となり、期間も延長して交流展を再開して頂く旨のご連絡を頂きうれしいことです。味真野苑ではこの季節はまさに百花繚乱の「越路の春」。もうすぐ「梅花藻」の便りも聞けそうです。
さて、5月の万葉歌は大伴旅人の「3並び」の「和菓子」の歌。(と覚えてください。笑)
浅茅原 つばらつばらに 物思へば 古りにし里し 思ほゆるかも  〈巻3-333)
『万葉集』を知らなくてもデパートにも店舗がある鶴屋吉信の「つばらつばら」は知っている人が多い人気の和菓子。お菓子のしおりにもこの万葉歌が記されています。「しみじみ、心ゆくまで」と説明されています。その「つばら」という言葉は「浅茅原」という枕詞に導かれていますが、浅茅はちばな、ちがやと言う草のことです。今ごろ道路沿いなどに白い穂花がそよぐ光景を無意識に見ておられることでしょう。「子どもの頃はしがんだことがある」とおっしゃる方も多いです。つばな→つばらという語感の楽しさを感じさせますが、「つばらつばら」と言う名前と共にいち早く万葉ゆかりの和菓子として有名になりました。この頃は袋パッケージも季節によってさくら、もみじなど趣向を凝らしておられ、なんといっても小豆が好きな方にはたまらない人気菓子です。今でこそ「万葉歌」をテーマにネーミングされたお菓子は多くなりましたが、「つばらつばら」は先見性があったと言えますね。
333番歌は、明日香で生まれ育った大伴旅人が、晩年に故郷を懐かしんで詠った歌の1首ですが、来月には「明日香を愛する」皆さま方にも明日香村へ来て頂ける状況になっていればと思います。記念館では三宅町の花「あざさ」も咲き始めました。
実は1つだけ、今年の万葉花カレンダーのミス(記載漏れ)がありました。この「ちばな」のページです。写真が明日香村岡のエビノコ宮跡の広場で撮ったこと・・・ということを。

4月1日からの福井県越前市「万葉の里」の越前市万葉館の交流展展示のために、前日から北陸路へ。桜の季節の移動は、明日香村から快適なドライブとなりました。越前市の万葉故地は平成17年の市町村合併までは、武生市でした。犬養先生は万葉風土研究で何度も現地を訪れておられ、著書『万葉の旅』でも紹介しておられますが、味真野地区は『万葉集』巻15の中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌63首によって、注目される場所となりました。昭和55年には当時の笠原武生市長の要請で、味真野苑という庭園整備と共に、小高い比翼の丘を作り、その頂上にお互いが向き合う形で、2基の万葉歌碑が建立されました。地元貢献の恩人である犬養孝先生が宅守、娘子の代表的な歌を揮毫され、庭園のシンボルとして各地からも万葉ファンが訪れる名所となりました。昨年の4月1日は新元号「令和」の発表があり、取材攻勢のスタート日でしたが、4月1日が犬養孝先生のお誕生日でもあるので、今年は偶然犬養先生が大事にされた味真野での第3回万葉故地交流展のスタート日となったことをうれしく思いました。

せっかくなので、比翼の丘に登り、歌碑に向かって「ハッピーバースデーdear 先生!」と大きな声で歌ってきました。先生に聞こえたかな?

日当たりのよい娘子の碑の周りには、おー、つくしがいっぱい生えていました。

宅守の歌碑のそばには満開の桜が美しく、この季節ならではの光景に感動しました。

犬養先生のご意向の「連理の松」の池には早くもシャクナゲが咲き、折しも大事に植栽されている水芭蕉も満開でした。なんとそばにかたかごの花も・・・。
味真野では初めて見ました。
 

越の国の春を満喫して帰宅しました。
不安定な情勢ですが、越前市万葉館は開館中です。交流展のテーマは「万葉の植物を味わう」ですが、皆さんが楽しんでくださり、越前の里、万葉の里の自然により親しんで頂ければ幸いです。

2019年が暮れようとしています。明日香村の犬養万葉記念館も仕事納めとなった12月28日の今日、朝日新聞の夕刊に犬養孝先生の記事が掲載されました。平成の御代から新たな時代となった「令和」は、犬養先生が亡くなられて20年以上も経っており、犬養先生の没後建設された犬養万葉記念館も時を経て、「レジェンドの万葉学者、犬養孝」を伝えるために今はやむなく?!私が指定管理者として関わることとなった経緯もありますが、学習院の学生時代に修学旅行で飛鳥を訪問された浩宮徳仁皇太子を犬養先生がご案内されたことは有名ですが、その浩宮さまが新たな天皇として即位された新元号が『万葉集』から選ばれたこと、発表が4月1日の犬養先生のお誕生日だったこと、昭和39年発行の『万葉の旅』全3巻の下巻九州編の「梅花の宴」の1ページにまとめられたエッセイにはすでに「初春令月 気淑風和」の抜粋があり・・・と関連の連鎖が続きました。その後、5月からの令和時代となって「万葉ブーム」がおこり、『万葉集』に注目が集まりました。取材で犬養万葉記念館や館長の岡本が紹介されましたので、私もいくつかお話をさせて頂く機会を頂きました。しかし、秋には平凡社からの依頼で、「犬養孝と歩く万葉の旅」という新たな本が出版され、西宮市からは「レジェンドの万葉学者犬養孝を語る」というラジオ番組(さくらFM)で犬養先生を取り上げて頂きました。そして思いがけなく1月3日には全国放送のTBSラジオの朝の番組で壇れいさんのコーナーで犬養先生を紹介してくださるということで、打ち合わせも終わった年末、朝日新聞のスクープ記事です。犬養先生のたましひは不滅であることをまさに実感させられた思いです。(12月28日記)

 

 

早くも令和元年の大晦日。あせりが先行しますが、開き直りの年越し!

MHKの教育テレビでは「おかあさんといっしょ」を放送中。60周年を記念した特別番組で、子育ての頃に親子して楽しんだことを思い出しました。そして今や不惑の年を超えた娘が大好きだった「じゃじゃまる」も登場。なつかしい! この出会いが今娘が役者をしている原点ではないかと母は思います。もちろん「にこにこぷん」の絵本も買い求め、私が楽しみながら読み聞かせをした記憶はありますが、2歳過ぎで、その絵本を「声色」を登場者のたびにすべて変え、何度も表情豊かに私たちにも聞かせてくれていました。我が子ながら器用な面白い子どもだと思っていましたが、今から思うと現在の「片鱗」だったかもしれません。ちなみに1歳2か月でよちよち歩きをし始めて、テレビの西城秀樹のYMCAを真似している写真も残っていますが、「歌って踊って、演じて・・・」と本当にユニークな娘です。

2020年新春には「落語」の舞台から仕事始めのよう。まあなんでも「やる気、本気!」の娘を見ていて、母は楽しませてもらっておりますが・・・。余談ですが私も甲南女子高校で有志が盛り上がり「落語研究会」(落研)の立ち上げを画策しましたが、あえなく却下されたことを思い出しました。その時は私は「じゅげむ」がレパートリーでした。やはり血は争えないかも???

と思いつつ、来年も元気で「役者稼業」に精を出してほしいです。母はいやがられても最強のサポーターとして追っかけるぞ!!!

 

週末の9月28日土曜日にいよいよ西宮市の私立の武庫川学院のキャンパスに万葉歌碑が建立されます。その除幕の佳き日に、万葉うたがたりコンサートでお祝いさせて頂くことになりました。

私の母校、甲南女子学園もすでに創立90周年を経ましたが、同じく阪神間で女子教育の一貫校として、名高い武庫川女子学院が今年創立80周年を迎えられました。特に大学の充実が素晴らしく、女子大ではありますが、総合大学と言っても過言ではない文系・薬学・建築などの理科系、工学系、また音楽・体育・家政など多様な女子専門教育の府で、私の母校の教育の混迷ぶりを見ていますとうらやましい限りです。犬養孝先生の風土文芸学の後継者として清原和義先生が教鞭をとっておられましたので、私たちも武庫川女子大学の方々とも長くご縁ができ、いまなお「万葉風土研究会」という清原ゼミOBの会の方々ともよいお付き合いをしています。今は影山尚之教授が万葉ゼミで学生を指導、育成なさっておられます。

「えにし」とは不思議なもので、現在の武庫川女子大学の副学長山﨑彰さんがなんと大阪大学で犬養先生に万葉集を学ばれ、私とも同世代ですので、万葉旅行もご一緒に参加していた仲間と言えます。80周年記念事業として企画されていた碑建立についても、学院の名である地元「武庫川」を意識した万葉歌を碑面に・・・と1年以上前から決定していましたが、思いがけず新たな御代が令和となり、(万葉集に脚光が浴びたことはいまや周知のことですが、)80周年の記念の碑が万葉歌碑であったことが、私をはじめ思いがけない慶びでした。

そして、その大事な機会に万葉うたがたりの機会をくださいまして、お祝いの演奏を刺せていただきますことは、ほんとうにありがたいことと思っております。もちろん除幕式に合わせて記念の歌もご披露いたします。みなさまにどのように聴いていただけますか不安ではありますが、メンバーで練習を重ねるうちに大好きな曲となりました。

西宮市にとっても石柱のような碑がありますが、犬養先生の西田公園の揮毫歌碑に次ぐ貴重な万葉歌碑です。建立された後は、武庫川学院のキャンパスも今後はあらたな万葉故地としてまた旅人が訪ねてこられることでしょう。

除幕式も講演、コンサートも自由参加だそうです。コンサート会場も400名と伺いました。どうぞみなさんご参集くださいまして、令和を祝し、西宮市の新たな万葉歌碑の誕生にお立会いくださいませんか。みなさまのご来場をお待ちしております。

前回は、記紀万葉イベントで、阪神沿線の大学会場として中西進さんら研究者のご講演、そして岡本三千代と万葉うたがたり会も出演させて頂きました。以来の機会です。

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8月18日は30数回目となった「大学百合まつり」が開催された。明治時代の詩人堀口大学が等彌神社に「高砂百合」の種を寄付されたのがきっかけとなり、爾来花が咲き、定着していったことから「等彌神社の花」として大事に育て、神に祀る「百合まつり」がご神事として行われてきた。私も2013年に初めて参列して以来、できるだけ参加させていただいている。来賓として大学氏の令嬢、すみれ子さんが参列されるが、
今年は、もうおひとり、神社の中にも大学と友情文学碑のある文豪佐藤春夫氏の孫娘であられる桃子さんが、初めて参列され、思いがけず堀口大学、佐藤春夫両氏の文学者の交流のなつかしい思い出話をいろいろ聞かせていただく機会ともなった。佐藤宮司の司式によって厳かに捧げられたお祀りは、談山雅楽会の本格的な雅楽の流れる中、めずらしい「かけ玉串」奉奠をしたり、儀式ののちは、拝殿前で、桜井市混声合唱団の奉納合唱があったり、残暑の厳しい時間ではあったが、境内を吹き抜ける風は心地よく、良い時間を過ごさせていただいた。直会にはもちろん「三輪そうめん」の振る舞いがあり、新たな地元発信の物品を目指す、香り高い桃のビールで乾杯した。初めて参列された桃子さんは、厳かで盛りだくさんで、盛大なご神事に大変感激されたご様子だった。
私は、桜井市混声合唱団の演奏が楽しみで、特に「桜井市歌」を誇り高く歌われる姿に羨望と敬意で聴かせていただいている。今年も暑い中、素敵な歌声が境内に響いていた。
等彌神社は、「令和」で注目を集めた大伴家の管轄の荘園地にあり、大伴邸の1の門の礎石が、神社の鳥居の基礎になっているという。森深い境内には、大伴坂上郎女の歌碑や、「鳥見山」の万葉歌碑もあり、大学・春夫の碑など、文化遺産も豊かで私は大好きな場所だ。次は紅葉のライトアップの時期に皆さんを誘いたい。

浩宮徳仁皇太子が即位され、きょうから令和の天皇の世紀、新しい御代がスタートしました。日本中で祝福ムードが盛り上がり、いろんな記念行事が行われたり、5月1日は特別な日となりましたが、私にとっても忘れられない日となりました。
今日は姫路市の亀山御坊の1つ、浄福寺さんの「仏教婦人会の40周年」の総会が行われ、万葉うたがたり会が記念行事にとお招きを頂き、コンサートをさせていただきました。
今回もミラクルがありこのコンサートのオファーは1年以上も前に頂いていたこと。その後、天皇即位の日程が決定し、5月1日の前後が10連休になったこと。また、4月には『万葉集』からの典拠という新元号が発表されたました。
その5月1日は水曜日ですので、犬養万葉記念館の通常の休館日でもあり、先方にもその期間でも5月1日には記念行事をなさることを確認し、私は万葉うたがたりの予定を優先することにしました。その後「5月1日」はやはり明日香村の施設として何か発信すべきということで、私が不在であることを公認して頂いた上で、衆目監視、新聞社の取材の中で、万葉書道家の鈴木葩光さんが新元号「令和」の文字をお書きになりました。(明日記念館で確認します。)
そして私は、自らはそんなに意識していなかったのですが、令和元年の初日に長年のライフワークの万葉うたがたりステージに臨めることの幸運や、感謝を強く実感しながら1日を過ごしました。
私は手にしていなかったのですが、到着と同時に門前のこの立派なポスターを初めてみて驚きました。プロフィールと写真がほしいといわれて気軽に送ったままでしたが、こんなに素晴らしい告知をしてくださっていたなんて・・・。最後のミラクルは、昨日打診があったという神戸新聞社の取材で、再会したのが平松正子記者。長年、私のうたがたり、犬養万葉記念館の完成、万葉協会の設立、指定管理者としての紹介など私の節目節目につきあってくださった敏腕の女性記者です。「なぜここに?」「4月から姫路本局に異動しました。」ということで、この機会を知ってきてくださったようでした。本当にうれしい偶然! また、万葉うたがたりのプログラムも、4月以降に内容を変え、新元号ゆかりの梅花の宴のお話も含めて「梅の園」も歌唱いたしました。7年ぶりに私たちに出演依頼をくださった浄福寺の加古さんに心からの御礼を申し上げるとともに、今回は私たちに「仏縁」と神様のお恵みを頂いたことが本当にうれしいことでした。幸運はまだ続きます。毎年平城京でおこなわれる天平祭で、令和最初の5月3日の機会に朱雀門広場で万葉うたがたり会が出演させて頂きます。私のうたがたりも昭和から平成、そして令和へとこの5月から39年目を迎えます。仲間たちと感慨をともにしながら、舞台にあがりたいと思っております。