サロンTSUBAICHIの立地している大阪市北区の大淀の界隈は、便利なところだが、
JR福島が最寄でもあり、「福島エリア」と言った方がわかりやすいかもしれない。
今福島というと「食べ物屋さんの激戦地区」として、テレビ、雑誌などをにぎわす
「安くて美味しい店」の代名詞的場所となっているようだ。
その中で、音楽サロンと言うのは、希少価値があるが、パッと見て様子がわかりづらい
こともあり、サロンも今春で満5年をむかえるが、入るのに少し敷居の高いところが
あったようだ。しかしようやくご近所に住まわれる方々にも認知されてきたようで、
私たちのカルチャーやイベントに参加される方が増えてきたことはうれしいことだ。
その中のお一人で、お子さんも結婚・独立され、今や悠々自適な生活の中で、
遺憾なくその能力を発揮されておられるご婦人がおられる。60の手習いとおっしゃったが、
着物をリメイクして新たに「洋服」として甦らせ楽しんでおられるのだ。
私も着物が好きで、母が嫁入りごしらえに人並みに準備してくれた着物も、なかなか着る
機会も少なく、母には事後承諾で、いくつかリフォームしてかつての着物を洋服として
楽しんでいるが、着る機会が増えたことで、今は母も納得してくれている。
絞りのコートをワンピースに、留袖をチュニックに…とお出かけ着として活用している。

そんな私に興味深いご趣味のご婦人と出会えたことで、話題が盛り上がっている。
先日はばったりお目にかかった時に素敵なワインカラーのリメイクのコートを着ておられ、
手作りの技とデザインやセンスとの良さを大いに感心した。私がまた作品を見せてください
な…とお願いしていたので、昨日、サロンに来られたついでに私に1つ作品を見せてくださった。
オカモカメラマン、撮影させて頂きました。
色合いも深い緑で渋く、絵柄も「和」のテイストなのだけれど、デザインが斬新。

ご本人の希望で、お洋服を中心にご紹介。袖口の模様は「散華」を写し取って描かれたもの。
「音声菩薩」も描かれていた。ボタンも生地に絵付けをしたクルミボタンである。凝ってます!

背中は、「風神・雷神」の二神。手拭いに描かれた絵を生地に描き写されたそうだ。
もはや着物のリメイクではなく、新たな生地素材になっている。すごい!
そして、ちゃんとリバーシブルになっていて、違った表情のコートに変身。
勝手ですが、素敵なご本人のお姿をご紹介させて頂く。中島さん、どうぞ!

この格子のような柄行もドルマン風スリーブのデザインで、袖口に向かって大きさが集約されて
いく感じがすごくお洒落で素敵です。オカモ大絶賛ゆえ、ブログに掲載させていただいた。
着物を着こなすのも素敵だが、こうして眠っている着物に新たに命を吹き込むことの技と
着る楽しさを教えられる。
ご自身で作られるだけではなく、依頼の製作も多いようで、うらやましく思いながら
拝見させて頂いたが、昨日はお手製の伊予柑ピールの蒸しパンの差し入れもあり…。
謙遜されるけれど、器用に多彩にご自身の時間を贅沢に楽しんでおられるのが素敵。
私はまた次の作品、楽しみにしておりま~す!
投稿
音楽サロンですが、時々「作品展」を開催させて頂きます。
写真展や、書道展や、絵画展など、ギャラリーTSUBAICHIに変身します。
オカモサロンと言うことで、今まで私が買い求めたものや、また頂戴した作品や
珍しいものなどをホームページで、「オカモの笑倉院」としてご紹介していましたが、
HPでの掲載は途中で滞ってしまったかわりに、サロンができましたので、季節や行事に
よって展示したり、飾ったり…と自らが密かに楽しんでいます。
また、TSUBAICHIに来て下さるお客様も多彩な方が多く、お親しくなるにつれて
いろんな「才能」を聞きだす?のは、私の特技かもしれません(笑)。
昨年からTSUBAICHIカルチャーに参加して下さるNさんが、ご趣味で「絵画」を
書いておられることを伺いました。
そして、複数描かれた作品が「富士山」と伺い、富士山大好き人間の私は見たくて
見たくて「是非一度見せてくださいませんか?」とお願いしておりました。
Nさんは、素人の作品なので…と固辞しておられたのですが、私の思いを聞き入れてか、
先週思いがけず持参して下さったのです。ラッキー!

富獄36景の「赤富士」を思わせるシーン。
新幹線から見るなだらかな円錐形の形容ではなく、なかなか立体的でゴツゴツした感じ…
と思いきや、やはり山梨県側からみた富士山の姿を描かれたそうで印象がずいぶん違います。
「なまよみの甲斐の国…」の富士山です!
そして、遠慮がちに見せて下さったその他の作品。私のために持ってきてくださいました。
涼やかな上高地の橋のあたりからの有名ポイントの風景。

今は廃線となってしまった北海道の、愛国駅行きの「幸福駅」の駅舎。

絵画の背景はひたすら広がる大平原だそうです。さすが北海道! 山や海が迫った
場所ではないだけに、モノトーンの世界が寂しさも感じさせるよう…。
そして、いくつか描かれた「富士山」のもう1作です。

まさに、冠雪も陽光に包まれた、また風合いの違った「赤富士」です。青空からすれば、
夕陽かもしれません???
勝手な解釈でごめんなさいですが、ともかく「富士山」に出会えて幸せな私。
是非サロンに飾らせていただきたく、お願いして1作をお借りしてしまいました。
今サロンへ来て頂きましたら、メインの壁面に展示した「富士山」を見て頂けますよ!
Nさん、ありがとうございました。
いつか、TSUBAICHIでの個展を楽しみにしております!!!
つらつら椿株式会社で制作致しております、万葉花カレンダー「猪名川万葉植物園だより」
も今年で4刷目の2014年版ができあがりました。
このカレンダーの制作を思い立ったのは、それまで20余年の長きにわたってお親しく
して頂いていた、山口県下松市の万葉花写真家の岡田憲佳さんが、毎年素晴らしい
「万葉花カレンダー」を制作しておられました。
私もカレンダーに限らず、絵葉書や万葉花を網羅した文庫本や、岡田作品が大好きでした.
「岡本さん、万葉花の撮影は自然光で、朝にだけ撮影するのですよ。」と、自然に咲く
花の美しさや表情を、自然のままに撮り続けることにこだわっておられました。
そして私はいつものように、「岡田さん、今年のカレンダーはいつできあがりますか?」と
お尋ねしたのが3年前です。
お電話の向こうで「岡本さん、もう高齢になってしまって、今年から作るのをやめました。」
とのお返事にはしばし絶句しました。
その後、今年5月にご逝去の報が届き、何とも言えない寂しさがございました。
「万葉カレンダー」がもうないのだというショックと、私も毎年岡田作品を自分の作品の
ように自慢げにご紹介をしていましたので、それを楽しみにしてくださっている方々からの
お問い合わせもありました。
それが「TSUBAICHI猪名川万葉植物園だより」の制作を思い立ったきっかけです。
岡田憲佳さんのカレンダーは、もはや「芸術写真、作品」でしたが、私は恩師犬養孝先生の
ご功績のひとつである『万葉集』を身近に広めることが、万葉カレンダーの魅力、
発信力でもあったと思っておりましたので、なんとかならないものかと思いました。
幸運なことに、大先輩でいらっしゃいますが、同じ犬養先生の門下である、木田隆夫さんが、
定年退職されたのち、自宅の山林に万葉植物を植栽され、今では100種類以上の
万葉植物を愛情を注ぎながら育てておられますが、四季折々楽しめる万葉植物園として、
私たちにも公開してくださっていました。
ひょっとして万葉歌に関わる草木花を猪名川万葉植物園のご協力でご紹介できるのでは・・・と
私が手探りで制作をさせて頂いてからはや4年目となりました。
写真家でもあり、自ら印刷会社を経営しておられた岡田憲佳さんの「カレンダー」には
はるか及ばないものですが、万葉花を愛する私たちの思いを託した、また万葉歌で、
古代人が植物に寄せて詠った心情を少しでも理解して頂けるのではないかとこだわりを
持って作らせて頂いたカレンダーです。
岡田憲佳さんが亡くなられた今、「万葉発信」の遺志を引き継がせて頂いているという
自負を持って、あらためて感謝と追悼の意を申し述べたいと思います。
「岡田さん、ありがとうございました。」
そして一人でも多くの方々に一年を通じて楽しんで頂ける万葉グッズとして
お求め頂ければ、幸いに存じます。

こだわりの「椿」の表紙は、友人の朝熊純一さんが書いて下さいました。
多くの方々のご協力、愛情のつまった作品ができあがりました。
9月28日に西宮神社で犬養孝先生の15年命日祭を終えたことは、HPのトップページでも
ご報告した通りです。
そして、ちょうど10月に東京大学で萬葉学会が予定されていましたので、上京の折に
谷中の墓参を楽しみにしていました。
平成10年10月3日がご命日ですので、タイムリーでもありました。
私にとっては上野駅からもはや歩きなれた道です。

ちょうど3連休ということで、墓地内の各所で「谷中まつり」が行われており、お花見と言い
物見遊山のスポットでもある「谷中墓地」の微笑ましく庶民的な様子を改めて実感しました。
帰りは日暮里から駒込経由、東大前へ。谷中墓地から紅葉坂を下って…。

東大というのは、4年前に甥の卒業式で、さも親のような顔をして参列しましたが、その時も
犬養先生の「学び舎」を追憶したくて、赤門をくぐったことを思い出します。
昨年2013年の萬葉学会が、東京大学で行われる予定を聞いた時、「萬葉」が東大で語られる
機会が訪れたことと、母校でもないのに懐かしい気持ちがしました(笑)。
ピアノのレッスンで2回東大に来たことも理由のひとつですが…。

東京大学文学部棟。広い構内で会場にたどり着くまでに、もう銀杏の落ちている銀杏並木を
抜けたり、初代学長の石造の前を通ったり、また、大学の新たな施設建設のために、発掘
調査をされているところもありました。

レンガの積まれたあとや、井戸など、歴史的遺物のようです。東大は関東大震災でもその後の
火災等で、図書館の書物が焼けてしまったり、資料が消滅してしまったり…と痛手も多かった
そうですが、偶然に持ち出されて唯一残っていた校本萬葉集」の版に用いたと思われるゴム印を
学会当日、特別に公開してくださいました。
会場校としてご挨拶をしてくださった月本雅幸先生が、以上のような話題や、大学図書館の
震災などを経て歩んできた歴史や、残存の貴重な資料のお話など、大変矯味深いお話を流暢に
してくださり、とても印象的でした。

私は亀井君(東大法学部卒)の大学で合唱の伴奏をするのに、ピアノのレッスンに2度伺い
ましたが、学生会館には、複数のグランドピアノがあり、その時に音大でもないのにすごいと
思いましたが、なんと文学部の教室にもやはりヤマハのグランドピアノが置いてありました。
品田先生の駒場にはパイプオルガンもあるとか。とても贅沢な設備がうらやましい。

懇親会で、月本先生もドイツで10年ほどピアノレッスンをされたと伺い尊敬してしまいましたが、
東大の男子学生の二人に一人はピアノ経験がある…と聞き、勉学と両立する優秀な子どもたちの
現実?に、改めて東大生は教育環境の恵まれたこどもたちでもあることに羨望がありました。
肝心の学会の内容については…、またあらためて感想を書くつもりです。
谷中で犬養先生と再会することから始まった東京の旅は、帰りの新幹線に乗車する前に親友とも
再会できました。
昨年還暦旅行で帰りに撮った「東京駅」。やはりライティングされて、きれいでした。
私のようなオノボリさんは写真を盛んに撮っていました。もちろん私も!

「KITTE]という旧東京丸の内郵便局をリニューアルした商業施設で食事をして、つもる話を
しましたが、時間切れ…。また来るね!と約束をして帰途に…。彼女のお誕生日の前日でもあり、
少しでも会えてよかった。
再び東京駅での記念写真です。充実した1泊2日の東京。翌日の臨地研修はキャンセルして、
翌日のTSUBAICHIでのサロンコンサートの準備のため帰宅しましたが、楽しかった!!!


4年目となった、中西久幸さんの「和歌世界の散策シリーズ」と銘打った、この文学講座も
毎年世相や、歴史の注目度に呼応して、タイムリーな話題を提供して下っているが、今年は
NHKの大河ドラマが、「八重の桜」という新島八重を取り上げていることもあり、人物について
の学びもあったが、特に「和歌世界のさくら」についてお話をして頂いている。
今回は「桜シリーズ」の3回目で、今回は特に季節も合わないことに中西さんはひたすら
恐縮されたが、私たちは、最終回を楽しみにしている。
資料では1、「春雨と菜種梅雨」2、万葉集の「春雨」3、勅撰和歌集の「春雨」
そして、4、「さくらこ」伝説等、お話をして頂くことになっている。
また、おまけに、先日話題に上った「君が代」についても和歌の見地から解釈をしてくださる
そうで、私は講座後の議論が今から楽しみでもある。
TSUBAICHIの誇る文学カルチャーに、ぜひお越しくださいませ。
両親が高齢になるにつ入れて、もっと向き合う時間を作らなければ…と意識しているのと
裏腹に、多忙で自分自身の時間すらなかなか捻出できないことにいらだちを感じるこの頃…。
久しぶりにサロンの連休が取れたので、「お盆にはお墓詣りをしたい!」と言っていた両親に、
時期が1か月早くなってしまったが、急遽一緒に出掛けることにした。
「暑い!」と覚悟していたが、午後からは雨模様の予報もあり、湿気はあったが、日差しは
さほど強くなかったので、幸運だった。明石海峡大橋を臨む舞子墓地に「岡本家」のお墓が
あるが、祖父が次男であるので、菩提寺の姫路市実法寺のお墓から、祖父の両親のたましひを
納めた祖父の建立したお墓だ。
ご先祖と共に眠るのは、平成14年に亡くなった祖母と、平成18年に亡くなった祖父の二人で、
浄土真宗の檀家として作ったはずのお墓に、祖父母ともカトリック教徒として帰正して
ヨゼフ・マリアとして刻まれている。最近、祖父の菩提寺の実法寺の真光寺さんにいろいろ
ご縁ができて、万葉うたがたりコンサートなどもさせて頂いているが、そのあたりの岡本家の
宗教改革などに少し意識もしながら、「千の風になって」ではないが、たましひは「墓」に
留まることなく、私たちを見守っているのだから、私はあまり「お墓」にこだわっていない。
両親はなぜか(世代の違いなのか)、定期的に訪れたいようで、その季節になると「一緒に
行ってくれないか」と打診がある。
しかし、このたびも何気なく撮った写真だったが、二人ともが杖をもって支えて立っている姿を
見て思わず涙した。親子の年の差は永遠に縮まらず、親子関係は変わらなくても、目前で
現実に老人となっている両親の姿を見て、両親の年齢を実感した。ごめんね。
もう少し、両親との時間も作らなくては…、私が後悔するもん。
母が「ここへ来る、来れるのが、もう最後かなと思ってる」と言った。
先日TSUBAICHIから「歌バス」で寄った、菖蒲園永澤寺で、自宅へおみやげに買った
「お墓詣りセット」が今回ようやく役立ちました。なかなかよろし!

両親とともに私も年をとっているのだが、自分の自覚がないだけに、ちょっと鈍感な私。
もう少し、二人元気で頑張ってくださいね。

5月19日(日)は、美佐ちゃんの友人で、お母様とも宝塚のコープカルチャーでお知り合いに
なった白石優子さんのリサイタル鑑賞を当初、予定していました。
残念ながら、TSUBAICHIのイベント依頼が入ったため、「仕事優先」で、リサイタルは断念。
奈良市の「ならまち」にある音声館を会場に日豪の短歌朗読の会を請け負わせて頂きました。
ところが、イベントや集会に時期が都合よいのか、「桜井の文化を守る会」の方から
年1度の総会のあと、私に「講演」をしてほしいと、ご依頼を頂きました。
残念ながらと、先約の「仕事」があることを述べ、お断りさせていただいたのですが、
その後、私の都合に時間を合わせて「午後」の総会を「午前」に振り替えて・・・という
仕切りなおして再びご依頼を受けました。そして、結局スケジュールは埋まりました。
当日の朝は、JR桜井駅に直行、講演「ふるさとの誇り」をお話して、そしてすぐにJR桜井駅
からJR奈良駅へ移動し、音声館へ。「社長業」にシフトチェンジです。

実は、翌日には2ヶ月に1度の三輪恵比須神社の万葉講座の予定日でもあり、桜井へ連日
来たことになります。
でも万葉の故地に行くことは幸せ。毎日でも、疲れてても楽しいです。
翌日も元気に、額田王の歌と、5月5日のくすり狩りのお話などをしました。

終わってみて、忙しいと言うより、長い1日でした。
「短歌とTANKA」という日本とオーストラリアのキャンベラの両国から寄せられた短歌を
日本語と英訳で朗読をし、味わって頂く趣向でしたが、実は日本語朗読も社長自らが?
出演し・・・とまあバラエティに富んだ一日でした。
疲れました!
犬養先生の揮毫された歌碑のある、島根県邑南町の志都岩屋神社。
建立者の竹内正幸さんの出身地、ふるさとであるが、建立されてから5年ごとに歌碑への表敬
訪問をなさっておられる。
5年に1度と言うと、ずいぶん時間の流れを感じるが、実は私はお誘い頂いてから毎回
参加しており、今回で4回目の旅となった。
さすがに竹内さんも年を重ねられて、今回の旅はTSUBAICHIで企画してくれないかという
ご依頼を頂き、「島根・江津の旅~人麻呂を訪ねて~」として志都岩屋神社を訪れることを
メインに呼びかけた。
初めて参加される方のために、「石見万葉」の旅としてあらたな部分もコースにいれたり、
竹内さんに時間的な妥協を求めた。
大阪集合解散ではなく、広島を起点とすることなど、了解を頂きながら計画し、時期は
4月29日、30日とゴールデンウイークのはじめとなった。しかしこれも「八重桜」の開花時期を
考慮してのものだった。
10時に広島駅集合、人はバスに乗り込み一路、かつての島根県瑞穂町(邑南郡邑南町岩屋)
を目指した。

5年ぶりの訪問に、犬養先生も喜ばれたことだろう。
副碑は、竹内さんの奥様、書家の美代子さんが書かれたもの。5年前の訪問は、前年奥様を
亡くされたばかりだったので、追悼の旅でもあった。それもきっかけとなり、昨年私たちの
TSUBAICHIで、竹内美代子さんの作品展をさせて頂いたことの感慨があった。

そして、八重桜の碑。その後清原和義先生が来られた時にお手植えされたと言われる
「清原桜」。
過去15年前から参加している私だが、山ふところの桜故、咲いていたことがなかったのだ。
それで思案した決定した「旅行予定日」。
昨年は遅い桜だったので…のはずが、今年は寒さに反比例して町は早々に咲いてしまい、
私たちは不安を残しながらの出発だったが、「バンザ~イ!」咲いていました。
たわわな満開の八重桜が。
これも私にとってはこだわりポイントだったので、本当にうれしいことだった。
清原先生の奥様も「清原桜」目的の旅を気にかけての毎回参加だと思っていたので、
私も肩の荷が降りた気持ちだった。
「さくら君、やっと咲いているところを見てあげられたね!」


感激したのが、地元の方々が心をこめて作って下さった山菜中心のお弁当。
じっと見ているだけでもなつかしさがこみ上げてくる。ありがとうございました。

竹内さんの故郷を今も守ってくださる方々が迎えてくださった。
町会議員さん、神社総代、区長、そして歌碑が建立されたときに生まれた日高理沙ちゃん。
限界集落と言われるこの地を代表する人々だ。
みなさん、ご丁寧なおもてなしを頂き、本当にありがとうございました。

これは参加者で唯一、裏山の頂上まで登った西本君の「証拠写真」。
私も登ってこの景色も見たかったなあ。「忘れがたき…ふるさと」♪ですね。

心を残し、見送られながら、斎藤茂吉の執念の「人麻呂終焉の地へ」。
次は「鴨山」をアップします。
4月23日、24日と、久しぶりに高岡へ行きました。
昨秋の万葉まつりでは、バス旅行の経過地になってしまい、ゆっくりできなかったので、
高岡の「母」と呼ぶ尾竹さんに会いたかったことと、3月にTSUBAICHIでも開催した
入江泰吉展が巡回し、ちょうど高岡で行われていたこともあり、スケジュールの合間を縫って
出かけました。
車で出かけたのですが、なな、なんと、行く手にくっきり見えるは立山連峰!!!
こんな機会はめったになく、興奮と感動で、予定そっちのけで「立山」の見える場所を
探し、ともかくたくさん写真を撮りました(笑)。

幾度となく訪れてもめったに見ることのできない光景でした!ラッキー!

雨晴海岸では、尾竹さんと一緒に。ここは毎回訪れる最高のスポットです。

尾竹さんを車に残し、久しぶりに越中の「二上山」を登山。
頂上で証拠写真です。ふたなみ273メートルがいつの間にか1メートル高くなったらしい?

うれしかったのは、4月の終わりにもかかわらず、町の桜は終わっていましたが、二上山の
桜はこれからでした。めずらしい黄色の桜!!!

そして、勝興寺の万葉歌碑のところにも、二上山の大伴家持像のところにも、古城公園の
中にもまだ「かたかご」が咲いていたことは思いがけない喜びでした。
私のために、待っていてくれたのね!

高岡市万葉歴史館での入江展は、さすがに赴きと落ち着きがあり、作品もより格調高く
展示されていました。私がうらやましかったのはこのコーナー。
やはり入江さんの「仏像写真」は魅力的です。
是非、TSUBAICHIでも今度は「大和路の仏像展」をさせて頂きたいとあらためて思いました。
尾竹さんともゆっくり過ごし、大好きな高岡市万葉歴史館でもゆっくり過ごし、この機会に
「立山」の光景を満喫できたことに心から感謝です。
やっぱり個人的な旅が自由でもっともリフレッシュできるひとときです。
2009年4月8日、プレオープン。
4月10日に開業した音楽サロンTSUBAICHIもはや、4年が過ぎ、地域や空間利用に
少しずつ定着してきた感がありますが、おかげで、「社長業」について、ようやく
怖さや責任感が生まれてきました。今後も試される日々でしょう(汗)。
4月14日(日)
4周年記念のイベントは「私たちで勝負!」と昨年6月以来の「万葉うたがたり」コンサート
を開催することで、今後も気持ちをより新たに臨む思いで、テーマもズバリ「恋歌」の
コンサートを行いました。
せっかくの機会なので、初めて昼夜?(夕方)の2回公演制で構成。
へそまがりな私は、やるからには「同じことはしない!」信念で、かたかごの部と夜桜の部とし、
万葉うたがたりファンの方には2部通しでご来場して頂こうと企画しました。

みなさま、ようこそお越しくださいました。ヤカタノオオキミです!

今回の舞台はこの向きで。スクリーンも使用し、「4周年の歩み」も振り返りました。
よざくらの部では、「なんちゃって万葉」をご披露。編曲や合唱譜などの協力をして
くださる、砂原由季子さんも特別出演。オカモ万葉ジャズアレンジを自らのピアノ伴奏で
参加。オカモの甲南女子校の後輩であることもご披露しました。

そして、ソロボーカルの我らがともちゃんは、「女装???」の大変身!なかなかの貫録でした。

おかげさまで、満員御礼!
ありがとうございました。
そして、うれしい時は必ず…全員で「乾杯!」
今回も城山さん(自称非正規雇用社員)笑、の音頭で、TSUBAICHIの発展を皆さんと共に
願ったことでした。





