ツイッター

ともかくツイッターに参入して、3ヶ月あまり。
ツイッターの目的や、利点はあまりよく理解できていないのだが、3月11日の東日本
大震災の時、現地ではなく、東京にいる姪や甥や大事な人たちとの連絡が、携帯電話でも
まったく通じず、娘から、ツイッターで「本人」が無事を知らせていると聞き、ともかく
安堵したものの、自分が知りたい「相手の情報」をとれるということや、娘が「ママが
自分の思ったことをそのままつぶやいたらいいねん」という、よくわからないツールである
こと?に興味をもち、ともかく登録し、開始した。
ブログとちがって、まあ、思ったことをすぐさま「つぶやく」いや、「言いたがる」
大阪のおばちゃんの私には最適かもしれない。
リツイートといって、仲間が「これぞ!」といった情報を自分の仲間に提供することが
できるが、それも私を中心にした、話題の接点でつながった人たちから寄せられるので、
結構、レベルの高い情報や、意外な有名人たちの「つぶやき」を確認することができ、
面白い。
しかし、私自身「携帯電話」やパソコンで一日中縛られるような生活は、できるだけ、
したくないという気持ちもあり、せっせと入力される情報を見るたびに、今の社会の
情報公開や、提供のあり方に少し考えさせられることもしばしばだ。
ネット社会はもう後戻りできないのだと思うが、便利さと反対に失うものの大きさが
見えないことが不気味かも。
しかし、「つぶやき」は、どこか、誰にも見られていない「人格」的なところもあって、
ハクション大魔王の「壺」の中なのかも。
ただいま、私は原発関連のツイッターを読み漁っております。