どうぞ、ご無事で…。
国内観測史上最大の地震が起こった。マグニチュード8.8.
昨日、宝塚のコープカルチャーを終え、めずらしくそのまま帰宅したその5時頃、
まず、特別報道のテレビ放映に驚いた矢先、娘からの従兄弟たちの安否を確認する電話が
入り、はじめて事の深刻さを知った。
また大阪も留守番部隊でサロンにいた山寺さんが、経験をしたことのないような長い
横揺れに、船酔い状態になり、気持ちが悪くなって、思わず外に出た…ということを聞き、
関東の地震が大阪でもかなり大きい影響をもたらしていた。
娘からは、「ツイッター」というツールのつぶやきで、従妹の様子を知ったらしく、
その後の詳細を尋ねてきたが、携帯電話も、携帯メールも繋がらず、なかなか情報を
確認できるまで時間がかかり、もどかしい思いだった。
地震・雷・火事・おやじというように、トップに挙げられる「地震」の怖さを再び思い
知らされた。今回は「津波」による甚大な被害に、2日目の朝の今、まだまだ被害状況も
はっきりしていないが、「水」による集落・住居・人命の一挙の神隠しに、ただただ
戸惑い、信じがたい悪夢としか言いようのない悲しさがある。
阪神淡路大震災や、クライストチャーチの地震のように、がれきに埋まる恐怖もある地震
だが、今回の恐怖は、コンビナートなどの大規模火災や、前々から言われていた、日本の
海の傍にある原発施設の二次災害など、まだまだ危険が続く。
余震の続く今、まだ地震がおさまったと言えない状況下で、復旧や救助も目処が立たない
ことだろう。
東京の友人や、万葉故地の知人の方に電話をしてみてももちろん繋がらない。
かつての私たちがそうであったように、無事を祈るのみだ…。
先日、大阪公演中帰宅していた娘と偶然16年前の震災の話になった。
メデイア、中でもテレビの報道について、目を皿のようにして、自分の関係者が映るかも
と心配しながら全国の人が、見ているのだから、たった1つのチャンネルでもいいから
病院も含めて避難の人たちを「映して」、私は生きてます!ということをメッセージ
できる機会を作ることが報道の本当の使命ではないか!と言ったが、本当にその通りだと
実感した。
どの局も「報道」?というより、選挙番組や夕方のワイドショーと錯覚するような同じ
切り口、中身、レポートで、本当に私たちが知りたいことが放送されていないような気が
する。それでも昨夜から24時間つけっぱなしで、状況を見守っている。
ここ西宮では、いつもとかわらぬ朝を迎えた。ベランダで洗濯物を干していると
道行く中学生の笑い声が響く。犬の散歩をするおばさん。ジョギングのおじさん。
いつもの営みが行われている。
いつも娘と話すことは、喉元過ぎて熱さを忘れる私たちが、それでも現実の被災者として
経験をしたことが、「恐怖・悲しさ・教訓・痛み」を分かち合えるのではないかと思える
ことが救いやね…と。
神様の警告でもある、天変地異。これ以上の被害がおきませんように…。
