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2日前の明日香村とはうってかわって、天気予報通りの「雪」「雪」「雪」。
会場の明日香小学校の風景です。
阪神高速は結局終日封鎖でした。
私は「出演者本人」ですので、ともかく電車で明日香入り。車窓は、東大阪のあたりから、
銀世界で、子供のようにうっとりと窓辺を見行っていました。
橿原神宮駅もタクシーがいない! ようやくつかまえた1台に乗って会場へ。
舞台のテントの雪下ろしをされていました。(汗)
前日、うたがたり会で急遽の「雪」「交通路」対策について、検討し、相談の結果、
富山など雪の多い地方へ仕事に行かれる経験のある、トモちゃんのご主人に頼ることに…。
会社の雪対応の車を借りて頂き、お仕事の途中に私たちの楽器を積み込んで頂きました。
そして、私以外のメンバーは、その車で全員無事に送迎して頂いたのです。感謝!
私たちに限らず、出演者は、車から電車に乗り換えたり、アクシデントの中、予定通り
にはいきませんでした。仕方がない! 私たちもリハーサル時間には遅れてしまいましたが
雪と極寒の中で、衣装で出演しました。雪の舞う舞台でした。

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今回は、私たちの出演も間際にやっと決定した通り、開局毎日放送の60周年記念番組でも
あり、テレビの「ちちんぷいぷい」も同機して放送されました。ですからゲストも多彩で、
明日香小学校の私たちと、テレビは石舞台古墳の風舞台のイベントと2か所で行われ、
いつもと違って、規模も大きい上、雪のトラブルもあり、出演者も自分のことにしか
集中できない環境で、私は結局今回のラジオウオークの内容は把握できないままでした。
みなさんが、スタートされる時に「明日香風」をラジオで流して頂きましたが、あとは、
明日香小学校の体育館で14時15分のオフステージの出演まで待機でした。
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30回ということで、30周年と同じ衣装で出演致しました。続く…。

打ち合わせがあり、山寺さんとふたりで今年はじめての明日香村へ。
昨日の久しぶりの雨の余韻が残り、空も薄曇っていましたが、やはり村独特の静謐さに
あふれていました。
どこもまだ冬枯れの様子で、春の兆しは…というと、ありました!
昼食をした、石舞台古墳の近くの夢市茶屋のテーブルのお花に「お~っ!」

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ねこやなぎと紅梅です。色目と言い、やさしさと言い、気持ちがほっこりしました。
ねこやなぎも、やわらかい白い毛のものは知っていましたが、私たちの大好きな淡いピンク
のものは初めて見ました。
梅の花も、花びらや、花弁やがくや、花そのものが、細やかな細工の施されたまるで芸術品です。
食事は、名物「飛鳥鍋」御膳と、黒米カレーを頂きました。美味しい!
打ち合わせだけのはずが、帰りには夢市で、名物いちご「あすかルビー」や安くて新鮮な
野菜を買い込み、二人とも主婦としては大満足…。
大根70円、キャベツ1玉150円、ほうれん草1把100円…いかがでしょう!
11日には明日香村でラジオウオークがありますが、また買い物をしたくなりそうです。(汗)
しかし、11日はなぜか、雪予報が出ています。晴れ女の私たちに挑戦か!
「わが里に 大雪降れり 大原の…」の歌の如く、明日香の雪体験は、実は訪問者・旅人に
とっては大変魅力的ですので、雪景色にはちょっと期待もあって???
でも私たちの衣装も寒さと雪対策で、頭を悩ませています。
30回記念だし・・・。

娘の奨めと、遊劇体の村尾オサムさんが出演されることもあって、日本橋の
インデイペンデントシアターまで、芝居を見に出かけた。
日本橋はほとんど行ったことのない知らない地域で、家電などの電気街として、
独特の雰囲気の場所だった。秋葉原ともちょっと違うが、はやりのメイド喫茶も見つけた。
新聞にも話題作として、取り上げられていたこともあり、私も行きたいと思っていたので、
昨夜娘の方から「明日が千秋楽やけど、どうする?」と連絡があった。
明日香村の犬養万葉記念館のかるた会に行くのをやめて、芝居を見に出かけた。
娘から連絡があったのも、予約は満員だけれど、早めに行けばなんとかなるということで、
ずいぶん人気があるのだな、さすが話題の作品なのだ!と思っていたが、会場へ行ってみて
今回の様子がだんだんわかってきた。
1つは作、演出の大竹野正典氏の追悼公演だったこと。2つ目は、3作を追悼の演目として
去年の8月、10月に次ぐ、最後の機会だったこと。そのせいか、開場前から人があふれ、
会場の人の雰囲気がなんとなくあわただしく、熱い。消防法違反であろう人入りで、身動き
もできないほどの満員。そして観客の私は、芝居の前に大竹野氏の追悼の芝居であることを
初めて聞いた。
芝居は「山の声」と言う、実際の神戸のクライマー加藤文太郎氏を主人公とした山岳ドラマ
で、かつていくつも読んだ新田次郎さんの小説を思い起こすような、冬山の遭難の物語
だった。作者の大竹野さん自身が山登りをされる人でもあったことから、実際のモデルの
事件をベースに書かれたものであるが、登山の経験から描かれた部分もあったであろう。
2時間近い舞台は、遊劇体の村尾さんと、主役の戎家海老さんの二人芝居で、雪山が舞台
になっている。観客には、これから起こる「遭難」についてのドラマの行く先は見えるの
だけれど、その経過や、人間と自然が切なく、きびしく、悲しく重い。
私は今回、一般人が「山に登ること」の目的は、一体なんなのだろうと思った。
登山の途中や、達成した時の景観を見て、喜びや、自然に対する驚異と感動が生まれる。
その経験から、次は求めて目標や憧憬として、登山の目的になっていくのだろうと思う。
主人公の加藤氏だって、一人の「単独行」の寂しさや孤独感を感じながら、登山することの
無意味まで思いながら、登山していたなんて…。
加藤氏の劣等感や、集団に馴染めない逃避が、大自然の世界に向かわせたのか?
いつもなら、単独行で、自分を守るための周到な準備や読みが、親しい二人でパーテイーを
組んだ最後の時に遭難をしてしまう。それは、他人へのふとした甘えや、自信がスキと
なってしまうのか。あまりに皮肉である。
また大自然は、心を癒す魅力もあるだろうが、一瞬にして私たちを陥れる悪魔のような顔も
持っているのか。それとも残酷ではあるが、山を愛する人たちを山に神隠ししようとする
のか。
結果は「遭難死」という現実しか残らないが、愛する人や家族を残してまで、困難な山に
向かわせる「登山」の魅力は何なのだろうとあらためて考えた。
今日の芝居の主張で、社会で生きる「自分」の悩みや苦しみを癒してくれる行き先として
登山に向う加藤氏。そして費用がかかるので「単独行」にならざるを得ない現実。
登山の山中でいじめにも近い、マナーと言う名のリアルな人間関係。
単独行で得られなかった感動の共有の機会が、遭難に結びついた皮肉。
雪山で記憶が薄れていく時の幻想の世界が、本人にとって往生際の幸せであること。
それらの場面を見ながら、登山は健康的で男性的で、冒険心を満たすスポーツ的な印象を
持っていたが、きょうは「そんなにまでして、どうして登山するのやろ」と、登山者の心の
葛藤など、今まで考えたこともないような、登山の断面に触れ、これが、大竹野さんの
世界観なのかもしれないと思った。
大竹野さんは、2008年に、京都の日本海で水死と言う、不慮の事故で48歳の若さで
逝去された。娘も面識があったようで、期待される作家・演出家であったようだ。
その追悼が、大がかりに3つの作品の上演と言うことで、きょうが最後だった。
演劇界での高い評価と裏腹に、亡くなった時に、新聞の三面記事で単なる会社員の
水難事故死として扱われたことが、演劇関係者の中ではたまらなく悔しかったようだ。
インターネットを検索すると、後に毎日新聞が、劇作家・演出家として訃報記事として
訂正、あらためて掲載したことで、大竹野さんの尊厳を守られたことに関係者はとりあえず、
納得されたようだった。そんな有能な劇作家の作品上演だった。
永山則夫や、宮崎勤や、事件を素材にして戯曲を書かれるシリアスなタイプ。
今日観た「山の声」も、帰宅して家に入るまで、登場人物の中村さん、吉田さんのことを
考え続けた。友人の死を見届け、置き去りにしても前進する悲しさはなんなのだ。
山で語り合った本音の会話は、山の神が封印してしまうのだろうか。
「山」は、やさしいのか、冷たいのか。
そうそう、昨年テレビ録画した「剣」の映画があった。
「山の声」も剣岳が舞台だった。いよいよ見ようと思っている。

「私と娘」の共演が実現しました!!!
私と娘の親子関係をご存知の方々もたくさんおられますが、親子と言うよりは、まるで姉妹の
ような関係で過ごしてきましたので、世間の家庭の母子とは違っていたかもしれません。
娘は、舞台に立ち多くの人の前で「万葉」や「音楽」を披露する母親をごく当たり前のように
見て、育ってきたようですが、娘は娘で、音楽の環境よりも中学校から演劇部に入り、以来
「芝居」一筋でぶれることなく、我が道を歩いて行きました。そして入団した遊劇体も10年
選手になり、もう中堅女優となりました。私たちは、自分たちの個性や、形は違っても
「人に何かを伝える」表現者の道は同じと、お互いに尊重し合いながら過ごしてきましたが、
今回「岡本の30年」であるので、個人的な希望も叶えさせてもらってもいいのではないかと
娘との共演を希望し、実現したことは、先日ブログに書いたとおりです。
同志社大学在学の時からの京都暮らしで、親離れのできない私と違い、早々に一人で
生活をしていますので、顔を合わせるのも年に数えるほどでした。コンサートの朗読劇
のためにTSUBAICHIが練習場となり、11月になってから週に2度ほど団員が集まりましたので、
久しぶりに娘と顔を合わせる機会ともなり、コンサートが終わった今、遊劇体の練習が
なくなったことが、ちょっぴりさびしくなりました。
朗読劇の「万葉人生」の犬養先生に、ご存命の間は「つかさちゃん」と呼んで頂き、よく
かわいがって頂きました。6枚目のCDの富士山のジャケットに書かれた万葉歌は、つかさの
誕生の時に犬養先生が「つかさちゃんへ」…はカットしましたが、書いてくださった貴重な
書です。
ですから、劇団で唯一犬養先生を知っている者としての「思い」は強かったようでした。
舞台上で犬養節も披露し、恩師を娘がかわって顕彰し、追悼してくれたような気持です。
遊劇体の朗読劇は、犬養先生が大好きな明日香村村長には特に印象的だったようです。
数日前、明日香村の公社から、当日のテープを聞かせてほしいと連絡がありましたもん!
いろんな方をコンサートにお誘いしましたが、「わたしとつかさ」を知る方に、もっとも
見て頂きたかったので、私の両親をはじめ、それぞれの個性で親子が同じ舞台を務めた感慨を
共感して頂けたのではないかと自己満足しています。
コンサートをきっかけで、遊劇体のお仲間の方々とも親しくなれましたし、お世話になっている
主宰で、演出家のキタモトマサヤさんといろんなお話ができたことも有意義でした。
娘の世界は、私には計り知れない世界ですが、本人が夢と楽しさと甲斐を感じながら
頑張れる間は、応援していきたいと思います。自称、最大のサポーターですが、要するに
過保護な親ばかの母ですが、私もライフワークを持つ先輩として娘の目標にもなってくれます
ように精進あるのみ???です。
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はじめがあれば、終わりがある…。
永遠に終わりがないことを祈り続けていても、容赦なく現実に向かい合わされることがある。
昨日、2010年9月25日(土)をもって犬養万葉顕彰会が解散をした。
その解散の総会は、犬養万葉の心の拠点でもある明日香村で行い、80名近くの会員が
参集してくださった。

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平成20年10月3日の犬養先生の命日祭を最後に、私が会長を務めた第5期は終了し、
山内英正さんを代表として「犬養万葉顕彰会」は休会した。第6期を引き継ぐための
世話役や、手だてをいろいろと摸索した後の「休会」だった。
その後、休会中の顕彰会について議論・検討した結果、権威ある会をあいまいな形で消滅させる
ことは犬養先生に対して申し訳ないことだと結論を出し、解散のための準備に入った。
そして、2年後の秋の昨日、その日を迎えたのだ。
多い時には1500名くらいの会員を擁したこの会も、犬養先生が亡くなられてから以後は、脱会
されたり、亡くなられたり…とずいぶん人数も減少したが、「顕彰会」の名の通り、犬養先生の
没後、新たに入会された方や、平成19年の犬養先生の生誕百年に賛同してくださった方も
準会員として包含したので、最終的に全国で約523名の方々が、会員として名を連ねて
くださっていた。委任状も含めて有効数を確保できたので、解散決議案を出席者にはかり
ご承認頂いた。終結に向けて、役員で、企業マンで経験豊富な城山さんが、社会的に理解され、
常識的な内容で総会が進められるようにお骨折り頂き、心から感謝している。
そして、会員への約束通り、山内さん監修の生誕100年祭総括の「犬養万葉は永遠に」という
記念冊子を作成し、皆さんへの餞(はなむけ)とした。
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会場となった「かんなびホール」は、明日香村の社会福祉センターで、「太子の湯」で親しまれている
所だ。犬養万葉記念館の設立時には、事業部長であった吉田さんが、偶然所長としておられ、
当日の便宜も図って頂いた上、既に18日から3日間で終わって、既にかたづけられていた
「光のイベント」のオブジェを顕彰会の総会の参加者のために、再び展示して下さったり、
総会にも参加して頂き、ご挨拶をしてくださった。明日香村としての厚意を代表して示して
くださったことを本当にありがたく思った。
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当日は、代表者山内さんの都合で、午後からの開会になったので、午前中は有志で
「明日香村散策」を計画し、元副会長の水本さんが、下見をし、資料を作り、案内してくださった。
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役員で、犬養先生の歌碑を見るコースや、象徴的な甘樫岡など、意見を交換した後、やはり
顕彰会ならではのウオークを…と普段あまり歩くことの少ない、飛鳥駅の反対側の
古墳コースを歩くことに決めた。その後タイムリーに、そのコース上の牽子塚古墳が、斎明陵で
あろうと発表されたので、このたびの参加者もこのコースは、思いがけず興味深い散策
だったと思う。すべて運のよい運びだった。
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常に「先生、これでいいのですよね」と問いかけながらの準備だったが、明るく前向きに
お別れをすることが、「言霊」の世界なのだと思う。
会の結成時から、最後まで見届けてきた私にとって、思いがけない終末を迎えたが、
犬養先生を通して、顕彰会でいろんな方に出会えたし、多くの方に支えても頂いたことの感謝。
ひとえに犬養先生の「人徳」の賜物であり、それぞれが人生の一幕に「犬養先生」との縁の
誇りを感じておられることを私も含めて確信している。
最後まで尽力くださった、7人の侍の役員諸氏(オカモ・水本・鈴木・橋本・澤田・城山・山内)に
深く御礼を申し上げ、よい結束で最後までがんばれたことも私の喜びである。みなさんお疲れ様でした。
切なくも、でも肩の荷を下ろした1日。犬養先生、これでいいのですよね?
犬養先生、犬養万葉は永遠に…。

犬養節、万葉朗唱から万葉歌唱へ…と、私が市民権を頂いた犬養万葉記念館主催の
「万葉の歌音楽祭」も今年で8回目を迎えました。
「万葉うたがたり」の経験と実績から、内容の審査委員長として第1回の予選から
関わってきました。
残念ながら、本選を「明日香村で月を観る会」と日程を重ねてあるため、昨年と一昨年は
高岡市の万葉まつりと重なり、本選は出席がかなわず審査ができなかったので、万葉うたがたり会の
山寺さんに代わりに出席してもらったり・・・と今年は3年ぶりの本選を拝聴する機会となりました。
全国から参加者を募り、本選では、明日香村の石舞台公園の風舞台で演奏をして頂きます。
私たちがそこで万葉うたがたりコンサートを何度かさせて頂いたことがありますが、
「風舞台で歌う」ことが何とも心地よく、明日香村空間に歌がこだまする実感を得られる
幸せは、この音楽祭に出られる方々にとってもみなさん同じ思いだと思います。
まさしく、歌えることに意義がある!!!
私は審査の立場で、いろんな方が「万葉集」をいろんな音楽で歌われることの興味と
私自身への刺激ともなる良い機会です。
今年は、昨年に引き続き犬養先生とお親しかったペギー葉山さんが、ゲストで参加して
くださいました。音楽祭にも審査員として加わって下さり、細かくメモをとりながら
見て聴いて下さいました。
私も久しぶりにご挨拶をさせて頂いたのですが、赤い素敵なドレス姿に「この服は
犬養先生がいい色だね!といつもほめてくださった服なので、きょうも着てきました。」
とお話し下さいました。まさに「犬養先生と魂の通う」お洋服なのでした。そのお気持ちが
うれしい!
さて、音楽祭の結果は、今年は際立って目立つ作品がなく、接戦となりました。
その中で、6年間試行錯誤しながら完成にこぎつけた「富士山」を歌った小林さんが、
記念館賞を、また選歌がよかった遣唐使の母の長・反歌を作曲された川野さんが、2度目の村長賞を。
そして、大賞は昨年に引き続き2度目の出場の若い女性、安田さんの手に! すこし一青窈風の
歌曲で、一般審査員の最高票で選ばれました。
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ペギー葉山さんが、ゲスト出演で万葉歌原曲の「なでしこの花」を歌われたのですが、
1980年に発表された?なんて、信じられない! 新鮮で明るくて爽やかな私たちのナツメロ
(犬養先生が特に大好きな曲でした。)を楽しく聞かせて頂きました。
百聞は一見に如かず・・・出場者も「万葉を歌う」魅力を再認識されたのではないでしょうか。
ペギー葉山さんの衣装も素敵だし、存在感はすごいです。熟女の魅力ですね!
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私も12月のコンサートに向けて新曲を準備しつつあります。
万葉を歌うパイオニア?として、私も初心にもどって「万葉人」の歌をしっかり伝えて
行きたい、ふさわしい音曲をもっと作り出したいと思いました。
雨はあがりましたが、明日香村での仲秋の十六夜の月は、雲が深くて見えませんでした。
でも帰宅途中、西の方面は晴れていて、高速道路の途中から美しい姿を見せながら、私が
車で帰り着くまでしっかり道を照らして見守ってもらいました。お月さまありがとう!
お月見での講演で、満ち欠けする月は、人の生死の輪廻と同じであるとか・・・。神秘的な
存在である「月」に、つい私はお月見の大好きだった犬養先生を思い出すので、今日を
明日香村で過ごせたことをとてもうれしく思いました。
しかし、1日のことで、寒かったです。秋の草花の風情も楽しめました。
フォトギャラリーにご紹介します。

美味しそうなトマトでしょう!
明日香村の夢耕社で販売しているとれたてのトマトです。
今日は、久しぶりに公務で明日香村へ行って来ました。
犬養万葉記念館主催の「万葉の歌音楽祭」の第1次審査です。
ありがたいことに「万葉うたがたり」に敬意を表して頂き、審査委員長?的に
扱って頂いています。
本選は、今年の明日香村の観月会の日、9月23日です。仲秋の名月を今年は私も
明日香村で迎えられそうです。
そして、犬養万葉記念館で少しお勉強しよう!などと思っていたのですが、運悪く
休館日。残念でした。そして帰りがけに明日香村の地場産業品の購買所「夢耕社」に寄った
というわけです。
明日香村のトマトは土臭くて、夏の香りがするので、大好きです。
それで、以前、明日香村の宅配「采女の宅配便」でトマトを購入したのですが、やはり
箱で買うと早摘みで熟したトマトではないので、あの独特のうまみがありません。
それで明日香村へ来た時はもぎたてのトマトをい買うことに…。
もう季節も終わりに近くなりましたが…。
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ついでにお野菜も購入。生産者の名前がある「顔の見える」商品なので安心です。
明日香村はいろんな種類の野菜が栽培されていますが、高温・多雨で野菜の値段が
高騰している時に、このお安さ!!!!!
しめて980円でした。主婦としてはお得感あり!でした。
ということで、明日香村の1日を過ごし…。
実はマイカーを買い替えることになり、9月には新車となります。
おそらくこの車で明日香村へは最後の機会かなと思いながら走りました。
スピード違反で捕まった思い出! いつも二上山の夕陽を見ながら帰宅する感慨などなど…。
愛車とは明日香村での思い出が一杯あります。車と別れがたい思いを抱きながら過ごした
1日でもありました。

4月4日(日)は犬養万葉記念館の10回めの誕生日を迎え、恒例の「若菜祭」が
行われました。
犬養先生が4月1日生まれということと、記念館が春に開館されたので、島崎藤村の詩歌が
お好きだったことにちなんで「若菜」をネーミングに用いた会館イベントです。
と言っても10年間で、1パターン化してしまった感がありますが、講演と、明日香村の
万葉朗唱の会の方々と共に一般の参加も得て「万葉朗唱の会」が行われます。
私は、まず午前中に行われた「若菜祭ご神事」に参列しました。
飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司にまず御祓いをして頂いてから、記念館の安泰と弥栄を祈って
頂きました。そして参加者で玉串を奉奠し、宮司さんのお話や、関村長のご挨拶を伺い
新年度がまた、スタートしました。
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午後からの講演会までに、遷都1300年記念スタンプラリー「藤原・飛鳥コース」を
車で回り、見事11基をクリアー!、ご褒美にクリアーファイルを頂きました。
そして、講演会はちょっとだけ聞いて(ごめんなさい)、桜や菜の花がきれいであまりに
暖かく気持ちの良い日だったので、中央公民館前で、休憩タイムと洒落込みました。
看板が目に付いて、入ったお店でしたが、何とアットホームで、自然体な方々…。
「黒米たこ焼き」にひかれて、注文しましたが、まず明日香村産の「たけのこ」を
直焼きされたものを、私たちにご馳走してくださいました。「美味しい!!!」
筍を焼いて食べる…という素朴さに「ふるさと」ならではの贅沢を感じました。
黒米のたこ焼きもやわらかくしっとりと美味しい!!!
調子に乗ってみたらしだんごや、草餅まで…。食べ過ぎやん!
それどころか、お店の中は、お客もみんなファミリーで、きんかんやチーズケーキまで
自由に食べてもOKと、食べ物に弱い私は感激と恐縮で、心から感謝でした。
明日香村の人とのふれあいのひととき、楽しかったなあ。
お店の方々です。
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ごちそうさまでした。また、みなさんありがとうございました!
店の屋号は「おもろ屋」??? ほんとかな?
看板の「太子焼き」というのは、橘寺から名前を譲り受けられた「タコ焼き」のタコが
「こんにゃく」というたこ焼だそうです。ヘルシーなそれも食べてみたいな。
明日香村の散策途中にこんな茶店があったら本当にうれしいです。是非また行きますね!
桜はもちろん美しく…。でも目にも鮮やかな菜の花の畑には圧倒されました。
翌日には、TSUBAICHIバスツアーがあるので、申し訳なかったのですが、
朗唱の会は拝見せずに帰宅しました。
やはり「花よりだんごだ! たこ焼きだ!」

ホームページのトップに「トピックス」で掲げましたが、
3月19日(金)に、念願の「現地講座」を開催いたしました。
今年は平城京遷都1300年を記念して、「奈良の都」がどうしても
クローズアップされてしまいますが、万葉集を学ぶ私たちの原点は
やはり明日香村から…ということで、車2台、9人で出かけました。
スタートはHPに書いたとおりです。
明日香村の旅も、初めての方もいらっしゃるので、テーマは明日香村の
雰囲気、風、空気、景色、自然、そして季節を体感して頂くことでした。
そして年配の方が多いので、ゆるやかな旅を目指し大阪スタートは10時です。
玉列神社→石舞台古墳(昼食)→稲渕(棚田・飛鳥川)→栢森→伝板蓋宮跡
→甘樫丘→犬養万葉記念館→夢市のコースでした。
私は何度来ても懐かしい思いで、ほっとしますが、初めての皆さんの「目」には
どのように映ったでしょうか。
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石舞台の桜は、もうちょっと。でもつぼみが今にも開きそうでした。
夢市茶屋での昼食は古代米御膳。次は一度「飛鳥鍋」を賞味してほしいです。
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棚田は菜の花が満開で、黄色の絨毯でした。平日にもかかわらず、カメラマンが
いっぱい。写真スポットの人気ぶりを垣間見ました。
明日香村には五穀豊穣の実りを願う、「おんだ祭り」と言う男女の儀礼がありますが、
飛鳥川にも男女をシンボル化した注連縄がかけられており、新年の1月に架け
替えられたばかりなので、真新しい風変わりな注連縄にみなさん感心されたようでした!
そして、飛鳥川の「飛び石」に行き、石橋を通りましたが、水量が多かったのか、
石が平板になっていたのか、ちょっと躊躇しましたが、濡れながら渡りました。
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ただ、ひなびたマニアックなスポットだったのが、田んぼの畝も小道に整備され、
(歩きやすいのですが…)私はちょっと興ざめの気分になりました。
犬養先生の歌碑が目立たないことが残念だったのかなあ。(我が意を分析中です。)
栢森まで足を伸ばし、飛鳥川の上流をご案内したのですが、「ふむ?」
飛鳥川の川幅を広げる工事中で、「何で???」とびっくりしました。
赤米・黒米などの田が潰されて、造成中の河川の様子はまさに環境破壊じゃないか!
次は「宮」ということで、舒明天皇の頃から天武天皇まで何度か同じところに作られた
板蓋宮跡に立ちました。昨年3月に建てられた平山郁夫氏の万葉歌碑の拓本を
とっておられる古老がおられたり、横浜からという私語もしないで熱心に見学する
「賢そうな」小学生の修学旅行の団体に出会ったり、私の予想以上の「飛鳥」らしい
光景に出会えてうれしかったです。
そして「国見」の甘樫丘へ…。工事中で通行止めでしたが、強行突破!
ゆるやかな坂道を「みんなで歩けば怖くない!」で、登りました。弁解しておきますが、
年配で足の悪い方もおられ、この坂道があるあらこそ登れるのです。なのに、
工事中とは言え、この行楽シーズンに「通行止め」とは、配慮がないと思いました。
「来た限りには登るぞ!」。360度の光景は、「明日香村へ来た!」と実感する
瞬間です。春霞もなく、生駒・二上・葛城・金剛の山々もよく見えました。
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明日香村の村並を取り囲む緑の木々が明るめの「春の色」になっていました。
ここの展望台の「桜」が満開の時にあた来たいな…と思います。
さて、帰りも同じ道をと思いましたが、うれしいことに全員「犬養歌碑」見たいと
言ってくださり、階段の道を下り歌碑前に…。
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椿の花と馬酔木が咲き、犬養先生の歌碑は私たちを優しく迎えてくださいました。
「采女の 風吹き返す 明日香風 京を遠み いたづらに吹く」を全員で朗唱し、
皆さんをお連れできたことは自己満足ですが、感慨深いです。
最後は、犬養万葉記念館でお茶タイム…と入館したところ「4時で喫茶は終了しました」
と素っ気無い返事。まだ1時間開館してるのに…。商売気もないし、お役所仕事?
私たちだったら、コーヒー代×人数で、今日あと○円収入が可能なのに…と思ってしまい
ますが、これは品格がないですか???
結局近所でペットのジュースを買い、コップは借りて「お茶」しました。
これで予定は終了したのですが、おまけコースが「夢市」。
近鉄飛鳥駅、駅前の「夢市」は、明日香村のお米・野菜・果物などが、多種、新鮮で
お安く購入でき、私のお勧め「主婦スポット」です。
ここも4時59分に着き、ほぼ店が閉じられていたのですが、大阪のオバチャンパワー
で開けてもらいました。ありがとうございました。
あすかルビーや、采女とうふ、小芋などを買ってきました。
行く場所ごとにゆっくり過ごしすぎて、帰りは予定より遅れましたが、
第1回のオカモゼミ野外編はまず成功かな!と思います。
うぐいす、菜の花、れんげ、こぶし、雪柳、馬酔木、椿などなど、春はもう
来ていました。
暖かで晴天の一日は犬養高気圧に守られたからでしょうね。先生に感謝。
そして参加してくださった講座生に感謝!、そしてサポートの山寺さんに感謝!!

石走る 垂水のそばの ふきのとう 萌え出づる春に なりにけるかも
…と勝手に「歌」を思いました。
私のサロンで「阿騎野寒暁」や「つらつら椿」など、自ら描かれた貴重な絵画を
提供してくださる竹内正幸さんの最新の作品です。
5日から3日間行われた東大阪市市民祭に出品されたことを伺っていたので、
拝見しに出かけてきました。
春の兆しを感じ、清冽な水の風景が心休まるおだやかな作品でした。
2年前に最愛の奥様を見送られてから、何となくお力落としの竹内さんで、
早く元気になって頂きたいな…と願いつつ、TSUBAICHIの行事に強引にお誘いして!?
参加して頂いたりしています。絵を拝見して、ほっとしたりして…。
ずっと以前に、「岡本さんの好きなつらつら椿を描きました。」と、絵を頂き、
サロンオープンの時から飾らせて頂いていましたが、昨秋はオカモゼミのテーマに
あわせて「かぎろひ」の絵を、またお正月には雪の中から咲き始めた「椿」の絵を
ご提供くださいました。オカモゼミの雰囲気作りの絶好の演出となりました。
本当にありがたかったです。
竹内さんは、犬養先生の顕彰会の方で、出身が島根県の「志都の岩屋神社」がある
ところで、「万葉故地」としては「志都の岩屋」は諸説ありますが、犬養先生の
揮毫歌碑の建立に尽力され、見事に故郷に錦を飾られました。
そのおかげで、私たちは犬養先生の歌碑を訪ねますし、また、山陰の万葉旅行では
多くの人が必ず立ち寄るようになり、まさに「地域活性」に貢献しておられます。
犬養先生の生誕100年祭の明日香村での記念展示の時に、歌碑の揮毫原本を
お借りしました。覚えておられる方もあると思います。
竹内さんの絵画だけでなく、市民文化祭とも言うべき大発表会は、作品展示だけで
なく、舞台発表も多く、「市民芸術家」はこんなに多いのだ!と感心するくらい
レベルも半端じゃないですし、多彩な芸術作品にたくさん感動をしてきました。
竹内さんの二胡の演奏は聞くことができませんでしたが、またの機会に…。
絵画も次の作品に期待しま~す!
「祝花」竹内2.jpg