サロンのきょうの1日は、レンタルのために見学に来てくださる方があったり、
乾さんが、備品の補修に来てくださったり、お約束をしていた中で、午前中は、
高岡市の高橋正樹市長が、26日からの交流展を前に、大阪へ来られたついでにサロンに
お立ちより下さいました。お気遣いをくださることにかえって恐縮を致しました。
ホームページにもホットニュースということで、すぐにアップしましたが、
サロンでは、市長さんになられてからのご自身のご苦労やご努力や、思いなども聞かせて
頂き、明るく談笑されましたが、とっても細やかな配慮と思いやりのあるお人柄に
あらためて、尊敬致しました。そして、佐藤さん、橘さんもそうでしたが、高橋市長さんと
引き続き、毎回素晴らしい人材の高岡市を本当にうらやましく思いました。
たまたまサロンのエレクトーンを見つけられて、「僕は歌はだめですが、エレクトーンは
少し弾けるのですよ!」と、久しぶり…とおっしゃりながら、オルフェのサンバのフレーズを
奏でて下さいました。すごい!
私のこのエレクトーンをサロンで足も使って弾かれたのは高橋市長が初めてです!
貴重なショットをこっそり公開します!
お忙しい中、もっといて頂きたかったのですが、秘書課長さんとお二人で、次の場所へ。
おみやげに頂いたバッジです。
かわい~い! ありがとうございました!!!
高橋市長は、いらっしゃることを伺っていましたが、その後、味真野出身の片山さんが
ひょっこり来られ、63基の歌碑のその後を伺ったりしました。
そして夕方には、サロンから近い大阪で最も有名な高層ビルの梅田スカイビルの広場で
これからまさに出演される河内家菊水丸さんが、サロンに来られ、「ちょうど通りかかった
ので、先日のお礼を…」とまたまた几帳面なこと…。
お忙しい方が、わざわざお立ち寄りくださるなんて…。
ちょうどサロンの前では、結婚式の二次会が終わり、道端に多くの若者がいたのですが、
菊水丸さんの姿に半信半疑!!!(笑)
そうよね、こんな身近なところで出会えるなんて、信じられないですよね。
私たちも時間を合わせて、帰り道に菊水丸さんのやぐらを見て帰りました。
山寺さんと二人であらためて「幸せ感!」。サロンでのひとときは、観客が菊水丸さんの
「語る」河内音頭に聞き入りました。野外の河内音頭は、やはり踊りが主体です。
菊水丸さんの河内音頭で踊ることは、最高の楽しみなのでしょうが、私たちは、先日
河内音頭の「語り」「節回し」「太鼓の音色」「演奏者たちの阿吽の呼吸」「ルーツ」と
いろんな魅力を知ってしまいましたので、ひたすら踊り続ける人たちには「もったいない!」
と思いました。暑い最中、体に気をつけて頑張ってくださいね。
そして、サロンの最後のお客様は、明日香村の関村長です。
高岡市の交流展があることのお知らせをしていましたので、気にかけて下さり、何とご自身で
車を運転して来てくださいました。ありがたいことです。
私も常々、明日香村とも交流の発信をしたいと思っており、高岡市が先に実現しますが、
これを機会にと関村長には見て頂きたいと思っていました。
その前にまずサロンに…と来て下さりありがたいことでした。
こんなに次々と1日のうちに思いがけない方々のご訪問にまたまた
「いいことあるぞ!」
投稿
荒川さんからのプレゼント。20本以上あったので、昨日のオカモゼミに来て下さった方
みなさんにもらって頂きました。
大きいだけではなく、食感もよく、何もつけなくても美味しいです。ブラボー。
年中あるきゅうりですが、やはり、夏野菜。栄養も味も全然違います。
新鮮なので、明日香村から一緒にナメクジ君もついてきていました(笑)。
島の宮か! 蘇我氏と草壁皇子の魂がこもった土地で育ったきゅうりなのだ。
明日香パワーのきゅうり、きょうも頂きま~す。
昨日終えた「半畳亭」と銘打った初めての落語会は、案内でもご紹介していた通り、うたがたり会
のメンバーの木原三知子さんのケーナの生徒さんでもあることから、桂春若さんとの出会いを
頂きました。私と1つ違いのベテラン落語家です。昨日の出し物は「京の茶漬け」でした。
この写真で見て頂く限り、寄席そのものの雰囲気だと思いますが、私たちも「落語会」の
ための準備にいろいろ工夫をしました。

たとえば、落語家さんの前にある、見台、膝隠し、拍子木…などの小道具。そして落語家さんの
左側に見える「めくり台」などが必要と言われ、かさ高く、費用も…と思案していた時に、
素人で折りたたみのセットを作られる方を紹介して頂き、特注しました。
「折りたたみ」で、コンパクトにかたづけられるなんてびっくりしました。
この素晴らしい「中入」など、めくり用のタイトルは、パソコン勘亭流の文字でともちゃんが
作ってくれました。いい感じです。
そうそう、お座布団は、備前の妙圀寺からお借りした婚礼用のもの。めでたし。
今回、私たちがうれしかったのは、落語会ではありましたが、やはり音楽サロンということで、
木原さんと春若さんのケーナ演奏があったことでした。やはり基本のコンセプトは音楽です。
練習不足?と謙遜されながらも、ケーナ・サンポーニャを師弟共演で聞かせて頂き、余技の
技にも感心致しました。
もっともうれしく、落語会の間際になって、思いがけず胸打ったことがあります。それは、
明日香村森林組合でお仕事に関わっておられる荒川さんの思いやりでした。
サロンは天井も高く、雰囲気的に「畳敷き」の客席よりは、椅子席の会場の方がよいでしょうと
いうことで、高さ1メートルの高座を準備することになりました。
山寺さんもあれこれ頭を悩まして、いろんな方法を提示、私と検討を重ねました。
サロンを設計して下さった建築士の吉田さんにもご相談してみました。
長机の積み重ね、ビール瓶のケースの組み立て、サロンのテーブル使用、平台のレンタルなど
方法はいろいろありましたが、今後サロンで収納できることや条件もあります。
以前サロンの看板について相談をした時に、「サイズさえわかれば、いつでも作ってあげま
す!」と言って下さったことを思い出し、日程も迫ってきていましたが、「こんな形を
作りたいのですが…」と、相談しました。
そこからです。荒川さんの方にも1つの思いが加わったようでした。
そして、用意して頂いたのが、前日ホームページでご紹介した、すばらしい舞台です。
公演終了後、山寺さんの方から、私たちの喜びを知ってほしくて、この高座についての
「いわく・説明」をしてもらいました。
お客様が高座の下にもぐったり、さわったりして感心して見学してくださいました。
昨日は高座でしたが、次回からは平台の舞台として使用できます。
万葉にこだわる私たちに明日香村の入谷の杉の木、岡寺のひのきで作って下さったこの舞台は
古代からの明日香村の魂が宿っているもの。このサロンに、明日香村の息吹を注ぎ込んで
もらいました。万葉うたがたりコンサートもこれからはこの舞台の上で、披露してほしいとも
言ってくださいました。木の香りが漂い、明日香の森が身近に感じられました。
何と言う感激! これ以上の喜びはありません。荒川さん、ありがとうございました。
観客には、山口ひとみさんがお母さんを誘って来てくれました。音響の富岡さんも。
楽しく、賑わいのうちに終えた半畳亭。雨もあがり、客足が途絶えてから…いよいよ舞台の
撤去です。偶然東京から西本君が来てくれて、山寺さんと3人で、またまた悩みながら
解体作業。汗だくになり、パズルを解くかのように考えながらのばらしです。
10時半ごろようやく終了。西本君ありがとうございました。
本当にたくさんの「賜物」にあやかって「落語会」を終えることができたのです。
落語も面白かったけど、やっぱり私は「ついています」ね!!! 感謝。
昨冬の雪害など、時々大きな天候災害に遭遇する地域なので、何事もなければいいが…と
気になっている。
1週間前の6月4日は、梅雨間であったが、大変恵まれたよいお天気で、堺の除幕式と重ならない
ことで、前日から福岡県の飯塚市へ出かけた。
目的は、尊敬する万葉学者の大久保廣行先生の講演会があることを知り、是非聞きたかったのだ。
大久保先生は、山上憶良のご研究に深いことから、平成17年の嘉摩万葉フォーラムで、多岐に
わたりご指導やご協力を頂いたご恩もあるが、昨年の12月の中之島のコンサートのDVD を
見て下さり、その後ご丁寧なお頼りと共に、私が舞台で紹介した「熊凝」や、大伴旅人の
讃酒歌について大久保先生が書かれた論文をわざわざ同封して下さったり、いつもながら本当
に誠実で、温かいお人柄に、こうしてご縁を頂いていることを恐縮にまた光栄に存じている。
講演会は、「旅人の想い―最期にまつわる花、梅と萩と」という興味深いタイトルで、もちろん
「梅花の宴」の梅、萩を意識しながら亡くなった旅人を思い、どのような内容だろうかと
楽しみに聞いたが、さすが、大久保先生らしい時代背景や、旅人を中心とした人間関係の
紹介や、太宰府や憶良との出会いなど、丁寧に説明があり、その上で、大久保先生が、近年の
テーマの1つとして研究されてきた、旅人・憶良の老境や病・死に対する二人の文学上で
読み取れる生き方、今回は特に旅人の最期について、「萩」は心のふるさと、明日香への回帰
であったことを学び、望郷は奈良ではなく、たましひの安住の地は「明日香村」であったのか!
とあらためて考えさせられた。昨近、90才を過ぎた認知症の大叔母が、名前を問われて
家族みんなが忘れていた、嫁ぐ前の「旧姓」のフルネームで答えるというのを聞いた。
無意識になっても「私」は、なつかしい子供の時の世界に立ち帰るのだろうかと思ったばかり
だったせいもあり、旅人の話に、妙に現実的な臨場感を覚えた。
「恋」もしかり、学生のときには『万葉集』で、犬養先生のお話を頭で理解することはできても
ピンとこなかった「心情」の部分が、今、「老い」についても、自分が年を重ねることで、
新たな理解ができるようになる。『万葉集』は読み手によって違う輝きを放つ、不思議な書物だ。
大久保先生ありがとうございました。時間的に忙しかったけど、行ってよかった!!
気持ちの良い朝、講演会の前に、遠賀川周辺を散歩をした。土手には「ツバナ」がいっぱい
そよいでいた。万葉の「浅茅」「茅花」である。ここは特徴的だ。
国土交通省の河川工事で、整備とともに建立された万葉歌碑2基。芳雄橋をはさんで旅人と
憶良の歌碑が建てられたことから、歌碑の近い方に「憶良口」(上)、「旅人口」(下)と
名づけられていた。
橋から望んだかつてのボタ山も、年数が経ち、緑が定着した普通の「山」になって、新緑が
美しかった。
遠賀川も大規模な河川工事を経て、静かで美しいたたずまいをみせている。
川のほとりにはベンチがあったり、ゆったり流れる時間を感じるスペースになっている。
飯塚市のイラストマップがあった。
これはマンホール。万華鏡の模様のように色がきれい。このモチーフは市の花「コスモス」と
関係ありか???
散歩の最後に寄ったのが、「スーパーASO」。そう、ここは麻生元総理大臣の故郷であり、
「麻生」関連の名のつく事業も多い。病院もあるし、スーパーの買い物ぶくろに明記してあるか
どうかなと、とりあえず買ったのが対馬の藻塩。目的の「袋」にASOの印字が…(笑)
いつもながらに好奇心満々のオカモです。
おまけは、久しぶりの博多駅。九州新幹線の開通後、初めて到着。新幹線の掲示板に見覚えの
ない「さくら」や「つばめ」の表示が…。おー、感動!次回は鹿児島までのってみたいものだ。
大久保先生の講演を拝聴したあと、篠原さんご夫妻のご厚意に甘え、一緒に歌碑散策へ。
飯塚・稲築・桂川町から大宰府の坂本先生の新歌碑探しまで、限られた時間だったが、
おつきあい頂いた。次はそのご報告です。
ホームページのトップでもご紹介しましたが、澤田さんの個展の最終日にも大きな
サプライズ訪問がありました。
たまたま朝日放送の「映画のアナ」の取材で、道向かいの居酒屋「市丸」さんにクルーと
共に来ておられたのです。
沢田さんの妹さんが、朝日放送のリスナーだったことで親しく会話されて、急遽サロンも
のぞいてくださったというわけです。
三代沢さんは、明日香村の棚田オーナーとして、ご家族で稲作にも参加してくださっており、
また、奥様はかつて私が「おはよう朝日です。」に出演した時のアシスタントを務めて
おられた方です。勝手に私たちが親しく感じていた方でしたので、本当にみんな喜びました。
お忙しいにもかかわらず沢田さんのご説明をきちんと聞いて下さり、サロンもしっかり
認識して帰られたことと(期待しています。)三代沢さん、本当にありがとうございました。
「どっきり、はっきり、万葉集! 三代沢康司です!」
5日間に亘った作品展には100人以上の、本当に多くの方々に来て頂きました。
作品を製作された澤田さんはもとより、TSUBAICHIのギャラリーとしても、みなさんにご満足
頂けたかどうか、気になるところです。
でも展示も準備もお接待も私たちなりに楽しく過ごさせて頂きましたので、ありがたく思って
おります。心残りは澤田さんのご主人さまや筑波のご子息のご家族に見て頂けなかったこと
が唯一、残念に思いました。
沢田さんの最新作?「やかたのおおきみ」はうれしいことに私にプレゼントして頂きました。
また宝物が増えました。写真は多くありますが、肖像画は初めてです。
上品にやさしく描いて下さり光栄の砌です。
最終日も終日にぎわい、閉じるのがもったいなく思いました。
早々に片付け、引き取りの車が来るまでのわずかな時間でしたが、簡単な打ち上げをしました。
「澤田さん、おめでとうございました。そしてお疲れ様でした!」
私が昔戦ったわけではありませんが、昨日、子供の頃から親しんできた場所「明石」で、
全国万葉協会の総会があり、久しぶりに散策にも参加しました。
いまや、私たちの子供の頃の「明石」は、神戸市西区として統合、変更された地域もあり、
ずいぶん地図も塗り替わりました。
明石公園は、JR・山陽電車の駅前にあり、小学生の頃から、遠足や写生大会、毎年の菊人形を
見物しに、「垂水」が実家でしたので、私もよくやってきた場所であり、大変懐かしかった
です。広大できれいに整備された公園に本当に驚き、感心しました。
電車から時々見ていた明石城にも久しぶりに登り、「今浦島」を痛感しました。(笑)
高台からよく見えていた海が、今は海岸が埋め立てられ、高い建物が林立し、美しい景色が
ほとんど見えなくなりました。明石海峡大橋も後方にまぎれてしまっています。
私の知る明石は、人丸神社と月照寺、また東経135度の子午線の通っている明石天文台でしたが、
今回は、その他明石市立文化博物館の立派な建物も初見、明石神社や、本松寺、妙見社、亀の水、
初めて行ったところもあり、意外な散策スポットであることに感心しました。人丸神社は、
正しくは柿本神社でした。山陽電車の最寄駅も「人丸前」ですので、地元の私たちには「人丸」
が身近なネーミングです。
境内には、有名な歌碑が並んでいます。
左は、「天さかる 鄙の長道ゆ 恋ひくれば 明石の門より 大和島見ゆ」の万葉歌碑。
真ん中は、「大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほりせるかも」と、さすがに
人麻呂オンパレードで、右は、百人一首の柿本人麻呂の歌。
お隣の月照寺にも、「ともしびの 明石大門に 入らむ日や…」の碑がありました。
明石スカイツリーではありません???(笑)。明石市立天文科学館の建物と、1直線になった
場所で写した子午線標準線の標柱のショットです。わかるかな。
春爛漫は、平戸つつじも、もう盛りを過ぎていましたが、月照寺で目をひいた接ぎ木の芍薬。
グラデーションとなって咲いた花色がきれいでした。
全国万葉協会の総会日だけあって、各地から多くの方々が参集されていました。
役員の中には、明日香村稲淵の小倉さんも…。「古代の時」を楽しく学んでおられました。
さわやかな5月の1日。被災地からは、報告と感謝のご挨拶に茨城県から大木さんも参加して
くださいました。あまりの平和?生活の温度差にかえって切なくなられたかも知れません。
元気パワーを持ちかえって頂ければ幸いです!
私も久しぶりの「古戦場」を、懐かしく、いや反対に興味深く楽しんだ一日でした。
「つきの木」です。
2011年の2月11日に毎日放送の万葉ラジオウオークが30周年という記念の節目を
迎えたことを記念して、この記念植樹が行われました。

第1回から企画や、準備に携わってこられた太田兼三郎さん(元毎日放送アナウンサー)が、
ご挨拶で、30年間に亘ってずっと関わってこられて、古代や万葉時代のラジオウオークの
コースは奈良県を中心に各所尽きないけれど、何といっても「明日香」の地は特別で、古代の
万博会場と言える魅力的な場所だったのではないかと述べられました。
飛鳥寺をはじめとする寺院などのパビリオン、古代の宮に見られる池、庭。謎の石造物は
水の流れるエンターテーメント、そして中大兄・鎌足の出会ったつきの木広場…と例えられ
太田さんのこだわりの中で、万博ならば「太陽の塔」にかわるシンボルとして、そびえたつ
大きなものが欲しい…、とそれが今回の「つきの木」の植樹となったことを伺いました。
何と楽しく、遊び心満載の洒落た発想だろうと感心しました。
そもそも30年前のラジオウオークが始まる時の会議に私も参加していましたが、クリエイト
大阪社長の松田一二さんが、ソニーのウオークマンを聞きながら「故地を歩く」発想と、
福徳相互銀行重役の扇野聖史さんが自らの足で歩かれて書かれた「万葉の道」と言う本を
売り出す方法として、両者が結び付いて生まれた企画でした。それを毎日放送のラジオ局局長
の郡庸一郎さんがラジオ番組の企画として、「ラジオカルチャー」「ラジオウオーク」という
ジャンル、機会を作ってくださったことが、今日に続いているのです。
そして、われらが犬養孝先生の監修と協力なしにはできないので相談しながらスタートした
イベントでした。30年も続いたのですね。すごい!
犬養先生は、第16回まで参加されました。17回は、気にしておられたのですが、私たちで
体調を思い、無理やり出演を取りやめて頂いたので、犬養先生が気にされて、気にされて
とうとう私が、その後1週間あまり経った、2月19日に二人で明日香村へ行ったのです。
その機会が犬養先生が明日香村へ行かれた最後になりました。(追悼文『明日香風とともに』
に寄稿しています。)
飛鳥寺の西門近くのつきの木広場を再現したい…目的でもあるので、このたびの植樹の儀式は
飛鳥寺の上島副住職の読経の中、行われました。
昨日の雨以上に、豪雨の中西宮から出てきましたが、何と植樹のセレモニーの間は雨もやみ、
私たちは何と幸運なのでしょうか。青山・猪熊・上野先生ら出演者をはじめ、毎日放送、
毎日新聞社、明日香村村長・教育長など・・・スコップでつきのきに土をかけて…。
これは、「木」に添えられた副碑です。このたびの「思い」がつづられています。
ラジオウオークでおなじみの柏木宏之アナウンサーが司会・進行で取り仕切ってくださいました。
上島飛鳥寺副住職の「飛鳥は聖地である。日本の「聖地」である意識が、京として古代から
今の遺跡に至るまで続いているのだ。」と力強く述べられました。
ふむ、「日本の聖地」か!
そして、毎日放送のラジオ局の局長が、1400年の飛鳥の長い歴史に、古代を彷彿とさせる
「つきの木」のあらたな歴史が、新たに加わったことの意義を述べられました。
松田さん、扇野さん、お元気だったらこのような企画はお二人がなさったことでしょう!
良かったですね。我ら万葉衆はいまも健在です。
私も「万葉」の世界を率先して楽しむ一人として、「遊び心」に満ちた楽習を続けますね。
最後に、私も横に立ち、植樹のつきの木の「大きさ」はこれくらいです。
そうそう万葉時代のつきの木は、今の「けやき」のことです。
ラジオウオーク30回おめでとうございます。31回目のコースはさて、どこだ!
準備してきた、5月10日がやってきた。
昨日の天気予報は、降水率80パーセント、そして台風1号の接近などで、絶望的!
ともかく午前中だけでもなんとか、もってほしいと祈るような気持ちで目覚めた今朝は
既に雨が降っていた…。ショック!
楽しみにされていた皆さんの顔を思うと、「ズバリ雨の日」というのが、申し訳なく、
重い足取りで家を出た。万葉旅行で、私が自宅から長い柄の傘をさして出かけることが、
はじめてではないかと思えるくらい、めずらしい雨のスタートとなった。(泣)
ところが、ところが、近鉄電車に乗ったとたん、雨から光も射してきて、「晴れてる!」
私だけではなく、「テルテル姫」と言われる北辻さんをはじめ、晴女の威力があったかも。
たいへん蒸し暑かったが、台風のおかげ?で、風も強く、救われた。
甘樫丘→水落遺跡→飛鳥坐神社→小原→奈良県立万葉文化館→明日香民俗資料館→
石舞台公園(夢市茶屋で、昼食)→石舞台→橘寺→川原寺→伝飛鳥板蓋宮跡→犬養万葉記念館
のコースを歩き、万歩計で計測したところ、約8キロ歩いた。
初めての明日香散策で「そんなに長い距離は無理…」と言われていた方もあったとか…。
でも楽しく、鳥の声を聞き、咲いている草木花を楽しみながら、ゆるやかに歩いたので、
みなさん気がつかないうちに全行程を踏破。やったあ!。ご協力ありがとうございました。
また参加者の中に、鳥博士、植物博士!?がおられ、私のためにメモして頂きました。
またブログ報告をしたいので、後日記録を発表させて頂くので、光っご期待!!!
100パーセント雨を覚悟の万葉旅行だったが、本当に奇跡のよう、青空での記念写真です。
神様、ありがとうございました。
5月に行うコープカルチャーの明日香散策の下見に出かけました。
朝、甲子園出発時は雨模様→明日香村は晴天→帰宅時の甲子園は雨???でした。
要するに恵まれたことに、明日香村では心地よく歩けたわけです。(笑)
空気が澄んでいて、気持ちよく…。まずの甘樫丘で、深呼吸しながら展望台へ。
犬養先生の歌碑の前の「乙女椿」です。途中でユヅリハも見つけました。
甘樫丘の入り口には、しゃが?の花がいっぱい咲き乱れていました。かわいい。
飛鳥坐神社の正真正銘の桜です。同枝に紅白の花をつけ…。味真野は桃判定でしたね(笑)。
おっと、境内に春の風物詩が…。
大伴夫人のお墓へ、すぐ隣には菜の花が広がっていました。
ちょっと寄り道した奈良県立万葉文化館で、もくれんとかえでの花です。
カフェでお茶でもと思ったのですが、入り口を覗くと明日香村の関村長と目が合い…。
私は、お忍びで?歩いていたので、あきらめて出ました。
明日香民俗資料館…真神荘の塀きわの美しい芍薬。華やかです。
遠方からでも目をひく鮮やかさ。石舞台古墳にあるキクモモです。すごい。
久しぶりに訪れた橘寺。往生院の天井絵の素晴らしいこと。まさに百花繚乱でした。
お庭には、このてがしわの花がもう咲き始めていました。
そして、スイセンと女王然とした芍薬がここにも!
でもきょうもっとも私が感激したのは、久しぶりに見たあちこちのれんげの花。
畑に戻ってきました。一時はまったく姿を消していました。
大学生の時、明日香村では必ずピンクの華やかなれんげ畑の中で写真を撮ったものです。
気がつけば万歩計は12キロ。当日は初心者のため5~6キロコースと言ってあります(汗)。
自然の営みに導かれるままついつい歩かされました。
明日香村はいつ訪れてもやっぱり魅力的ですね。また本番が楽しみです。ルンルン。
成12年に建立された明日香村の犬養万葉記念館も、犬養先生のお誕生日にあやかり4月に
オープンされたので、毎年「若菜祭」として、記念行事を行っている。
「若菜」は、犬養先生の阪大万葉旅行の最後に行われた木曾藤村旅行で、学生をグループ分け
した、「わかな組」・「さわらび組」の名称の名残である。
もちろん「春の若菜」…は「こもよ、みこみち…」の万葉集巻頭の歌を連想するが、犬養先生の
大好きな藤村の詩集「若菜集」からとられたものだろう。
平成13年に第1回の若菜祭が行われてから10年後の今日は、11回目かな?
記念講演とイベントの前に、毎年、記念館の庭で飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司によって、
1年間の庇護と弥栄を祈祷して頂き、有志がその行事に参加している。
昨日はうららかな春の訪れだったのに、一転。今朝は明日香村は雪の舞う寒い幕開けとなった。
みんなびっくり! 毎年の内には、こんな日もあるのね(笑)。
午後からは村瀬憲夫先生の「万葉集の成立について」。
村瀬先生は、和歌山の景観訴訟の頃から犬養先生と親しかった万葉学者で、穏やかで
礼儀正しく優しい先生である。和歌山大学、近畿大学で教鞭をとられたことから、和歌山
に住居も構えておられ、紀伊万葉にも力を注いでおられるので、紀伊万葉ネットワークの
副会長でもある。今は万葉の老舗の学会、美夫君志会の会長でもいらっしゃる。
講演が、昼食後の眠気を誘う時間帯に始まったが、普段歌人や作品論や、故地の話を多く聞く
方々にとっては、「万葉集の成立論」と言う違った切り口に大いに興味を持って耳を傾け
られた方も多いことだろう。一緒に行っていた、吉本昌裕さんもあとで「衝撃的だった!」
と感想を述べられた。聴衆は『万葉集』の研究の幅広さをあらためて感心したようだった。
村瀬先生ありがとうございました。
その後のアトラクションは、「みんなで朗唱」、犬養ファンが集まっているという大前提
なのだろうが、10年もたてば初めての人も参加しておられるはず。なぜ「朗唱」なのか
なぜ「若菜祭」にやるのか、なぜ続けているのか…という「原点」を抜きに続けている
ような印象があるように思う。一般の人に知らしめるためにも、朗唱を理解してもらう
ために、もう少しキメ細やかな情報が必要ではないのかな…。
終わるなり、昨年とても楽しく過ごした明日香村中央公民館の前の「たこ焼き屋」さんへ。
今回も「太子焼き」→タコヤキと読む!という、新たな講釈を聞き、納得!(笑)
あるじの島田さんは明るくて楽しい方で、お店の雰囲気についつい乗せられてしまった。
もちろん、タコヤキを食べに行ったのだが、昨年遷都記念に制作したCDに依頼されて
作曲した「太子のテーマ」を聞いて頂きたくて、訪ねたということもあり…。
17条憲法を元に歌っている歌なので、太子焼きのこのお店から「橘寺」まで「タイシクン」
のエリアが賑わえばいいな…と楽しみにしている!
「島田さん、ホンマに、ちゃんと聞いてくださいよ!」
それから、明日香村の発信に制作中の「商品」を頂戴した。
明日香の黒米で作られた「黒米うどん」!
麺類の大好きな私には、興味津々。明日香のお米の宣伝と、古代米をうどんに…という
発想は、今までありそうでなかったのかな。
既に栢森にできたレストラン「さらら」で、メニューにあるとか。
キャッチコピーは、つけ麺、かけ麺、パスタ風とあるが、やはりざるうどんのような
うどんの風味を味わえる食べ方がおススメとか! ありがとうございました。
モニター隊のオカモとしては、価格・味・見た目しっかりリサーチしま~す。
明日香村の桜花も三分咲き。桃の美しさが際立って美しかった。甘樫丘のふもとの菜の花畑
の黄色。商工会館の雪柳の白色。桜?と思った稲淵の姫こぶしのピンク色。きれい!
夕方まで、空は曇っていたが、明日香村には春の色がいっぱい。
大きな真っ赤な夕陽を見ながら、西へ西へ。
この時間の夕陽なら、4/9のクルージングで設定の「明石大門の夕日」は、絶好の時間!
いろんなことを思いながら、楽しい1日を終えた。


