昨年は、プレ行事として、行われた西宮まちたび博。
観光行政のスタートとして、「西宮」の再発見、西宮市民への認識を深めるために
行われたいくつかのプログラムの中に「万葉」も滑り込み、セーフ。
そしていよいよ、本番の2012年にしのみや町たび博が、今も行われています…が、
私の担当した「西宮まんにょう」も再び企画して頂き、昨年を踏まえて相談した結果、
歩くコースは半分にして、西田公園の万葉植物苑をメインに「万葉」に親しんで頂こうと
いうことにしました。
出発も上り坂ではない、阪急苦楽園口を出発し、南へ下りながら、ウオークしました。
(もちろん名次神社は重点ポイントで最初の見学場所でした!)
30分ほどのウオークで、西田公園に到着し、私たちが図ったのは、「万葉人」体験です。
明日香村から衣装を借りて、ほぼ全員の方に試着体験をして頂き、犬養先生の万葉歌碑の
前で記念写真を写しました。サプライズ企画はいかがでしたか!!!
万葉植物園では、今年も万葉うたがたり会の協力でともちゃんと美佐ちゃんに出演して
もらい、「西宮慕情」や「秋の七草」などを歌唱してもらいました。
そして西宮万葉から、植物園の「万葉植物」にちなんだ万葉のお話などもできたので、
西田公園が「万葉植物苑」であったことを初めて知られた方もおられたので、
いい意味で地元万葉施設のPRになったことをうれしく思いました。
万葉植物苑が作られた当初から、現在まで20数年間万葉植物の種類は「72種類」と謳われて
いますが、私たちはまちあるきで昨年、今年と「73番目」の植物を確認しています。
それは「思ひ草」です。ナンバンギゼルと呼ばれる「恋い慕うように首をうなだれる」姿の
その花を全員で鑑賞することができました。
よかったあ。

このまちたび博は、2012年の年度末まで続きますが、万葉うたがたり会の出番もなくちゃと
来年2月、西宮市の恒例の万葉セミナーで、山内さんの講演会に割り込み、講演とコンサート
の2本立てで楽しんで頂くことになりました。
2月17日(日)、2月19日(火)の2回出演チャンスがあります。
どうぞまたお申込みいただき、夙川公民館へ来て頂きたいと願っております。
投稿
10月22日~23日の1泊2日で「万葉旅行」が行われました。
犬養先生がご存命の頃は、犬養先生がご案内をされて、行われていた万葉旅行ですが、
今は坂本信幸先生が代表でいらっしゃるので、坂本先生が万葉の大和路を歩く会の講師でも
いらっしゃるように、積極的に万葉旅行の引率をなさっておられることも幸いして、昨年と
言い、今年もなかなか貴重なコースを組んでくださっていました。
例年なら、万葉研究者の方々も学会が終わると早々に帰られる先生方が多かったそうですが、
今年は旅行希望の申し込み者が多く、すぐに締め切られたとか。
万葉旅行「通」の私が、万障繰り合わせて来たかったくらいですから…(笑)
22日
浜田駅ー伊甘神社ー下府廃寺跡ー石見畳が浦ー石見国分寺跡ー大崎鼻(辛の崎)沢瀉歌碑ー
都野津柿本神社・犬養歌碑ー島の星山人丸神社・高木歌碑ー島の星山頂上・坂本歌碑ー
静の窟ー鴨山(斉藤茂吉記念館)茂吉歌碑ー益田着(泊)
23日
高津柿本神社ー県立万葉公園ー戸田柿本神社ー長門市、金子みすず記念館ー角島ー新山口着
という行程でした。
ホームページにも帰宅直後にご紹介した、真島海岸。
♪石見の海 角の浦廻を 浦なしと人こそ見らめ 潟なしと人こそ見らめ…
お天気も素晴らしく、また特別に灯台に上り見た最高の光景。

萬葉学会設立の初代代表の沢瀉久貴先生の万葉歌碑が、辛の崎にあります。
断崖のそばですが、美しい海を臨んだいい場所に建立されていました。

そして、都野津の柿本神社には、犬養先生の大きな立派な歌碑が…。
141基の歌碑の甘樫丘に次ぐ2番目の歌碑です。かつての人麻呂の松は枯れてしまいましたが、
きれいに公園整備がされていました。

島の星山のふもとには高木市之助博士の歌碑が…。味のある文字です。

そして、9月1日に除幕されたばかりの坂本信幸先生の歌碑。流麗な文字は変わりませんが、
1字が大きな彫りの立派な歌碑が建立されており、感激。
坂本先生は島根県のアドバイザーでもいらっしゃるので、一番いい場所の歌碑建立は
きっとご褒美???だったかもしれません。

そして、お昼ごはんを食べる時に、ヒトマロさんとヨサミちゃんの大歓迎を受けました。

食後には、石見相聞歌をもとに、墨絵で作られた紙芝居を上演してくださいました。
このようにボランティアの方々で、工夫をして、地元のよさみ姫の悲恋を語り継いで
おられました。
ゆるきゃら大好きな私は、またまた仲良しに…。
午後からは、阪大万葉旅行でもなつかしい鴨山に向かいました。
あわただしく9月が過ぎていきます。
ブログ更新もままならないまま、バタンキューの毎日。反省の日々です。
さて、今回で3回目?かなと思いますが、高岡市万葉歴史館館長の坂本信幸先生が
中心となられて、友人でもいらっしゃる龍短歌会の歌人、小見山輝氏の協力を得て、
古代からの交通路として重要な役割を担っていた「瀬戸内海」について、海洋学者、
万葉学者、歌人、郷土史家、各地の万葉愛好グループなど、各分野の方々が一堂に会し、
瀬戸内海の文化の歴史を学んだり、魅力を再確認する「勉強会」を起ち上げられました。
今年は、広島県の呉市の大和ミュージアムを会場に、
九州大学応用力学研究所教授の柳哲雄先生「」と

明治大学大学院特任教授、神野志隆光先生「神武天皇東征路としての瀬戸内海」の
お二人の基調講演と、

引き続き、パネルディスカッションが行われました。

そして、長時間のシンポジウムの、気分転換にと万葉うたがたりのミニコンサートの出演依頼
を頂いていましたので、当日の最後のプログラムとして出場させて頂きました。

呉市には、偶然坂本先生と親しいご友人が住んでおられ、そのご長男が、雅楽演奏家(篳篥)
でおられることから、コラボ演奏をしては…との提案で、事前打ち合わせはしておりましたが、
当日リハ、そして本番…という大胆なコラボ演奏をさせて頂きました。
篳篥奏者は三浦元則さんとおっしゃる20代の青年です。お若くても実力者として、多くの
舞台経験をしておられました。大河ドラマの平清盛にも出演されていたそうです。
「篳篥」という楽器でもあるので、私も格調を感じる曲をと「大和し美し」を選曲しました。
大岡美佐ちゃんの歌唱とも違和感なく、初めて聞かれた方にもみなさまには「作品」として、
しっかり聴いて頂けたことと思います。

(初めてユーチューブに載せてもらいました。また見てくださいね!)
http://www.youtube.com/watch?v=lqI2ZIlxnGc&feature=channel&list=UL
呉は過去、犬養先生の倉橋島の万葉歌碑を訪ねた時に訪れた場所。音戸の瀬戸を通って、
車を走らせた思い出が記憶に残っています。
今は、NHKの大河ドラマ「平清盛」の効果大で、「瀬戸内海」の各所が平家物語の
関連故地ということで、いろんなところで「清盛」ツアーの案内を目にしますが、
呉市もまた、「大河ドラマ史上最大の海上ロケを敢行した場所」として、巨大帆船のロケ船
を桟橋に展示してあったり、清盛が沈む夕陽を扇で招き返し、1日で切り開いたと言われる
「音戸の瀬戸」には、ドラマ館ができていて、ロケで使用された和船、衣装・小道具なども
展示されているそうで、びっくり!
(そういえば、7月の香川県坂出市の時は、悲運の崇徳上皇の流され、亡くなられた土地と
して、ゆかりの土地めぐりのコースがありました。ふむ。)
私の実家のあった「神戸市」はもちろんのことで、福原や、須磨、大和田、行政、鉄道会社、
船会社、旅行会社、いろんな団体がツアーや、イベントの企画に熱心なのは肌で感じて
いましたが、この度も瀬戸内沿いに移動するたび、「清盛」を本当によく目にしました。
「瀬戸内海」を熟知していたはずの平氏が、結果的に源氏に敗れたことは、まさに自然界で
起こった「時の運」が、まさに源氏にあった…ということを柳先生も述べられましたが、
これは目からうろこの「納得できる」一節でした。
最後に、開始前の昼食会場が、大和ミュージアムに隣接した中央桟橋にある「椿庵」という
レストラン。
呉市の「花」が椿だそうです。それを聞いて呉市が大好きになっちゃいました。
ついでの話。料理の「肉じゃが」は海軍の厨房が発祥のだそうです。ほんと?
若い美佐ちゃんは、戦艦大和の歴史に涙し、広島の平和記念館に立ち寄って帰りました。
私と山寺は、翌日のクルージングツアーで「古代の瀬戸内海航路」を体験。
それぞれが、充実したよい「旅」機会でした。(続く)

学生時代に犬養万葉を聞かれてから、「万葉活動」が人生のライフワークになれらた
方は少なくありません。
このたび、『万葉歌みじかものがたり』を出版された中村博さんも、お仕事の第1線を
退かれた後に、心に残る万葉の灯を再び燃やされたおひとり。その延長線上の偉業です。
犬養先生の名著『万葉の旅全3巻』に登場する「万葉故地」309か所をまわられ、先生の
写された写真の場面、故地を追われるうちに『万葉の旅今昔』として全国掲載されたすべての
写真を検証してみようとすべての比較の写真を撮られました。
その達成感と共なる虚脱感から、次に山内英正さんの『犬養孝の万葉歌碑』の本に触発されて、
全国にあるすべての犬養万葉歌碑を訪ねられて、写真に収められました。
その達成感と再びの虚脱感…から、ついに大阪弁で万葉集を訳してみようということに。
それは、『万葉集』の注釈書が万葉歌に忠実なあまり、肝心の「歌心」が伝わらないのでは
…と常々思っておられたことと、若い世代に身近に受け入れられるための手段として、挑戦
されたというのは、万葉の魅力を若い人たちに「音楽」を通して伝えたいという私も同じ、
共通の思いです。
出版社が決まるまでに時間がかかられたようですが、「訳」はできているそうなので、
今回8月に2冊目が出版され、第10巻まで2~3か月に1冊の割合で、出版されて店頭に
並んでいくそうです。すごい!
私たち犬養万葉門下として、是非お祝いを兼ねた記念会をしおようと言うことで、サロンを
会場にすることもあり、私が代表世話人ということで、出版記念会を開催させて頂きました。
一部は、中村さんの「万葉人生」ともいうべき、今日までの道のりなどを講演していただき
ました。

2部の祝賀会では、中村さんに「生きがい」を与えた『犬養孝の万葉歌碑』の著者、山内
英正さんはじめ、親しい方々のお祝辞など、食事をしながら和気藹々と楽しく集いました。
中村さんが阪大の混声合唱団出身とはつゆ知らず、犬養先生の甘樫丘の1号歌碑建立の時に
中村さんはOBで、山内英正さんは新入生で一緒に黛敏郎さんの「万葉歌碑の歌」を合唱
されたとわかり、中村さん、山内さんを中心に全員で「万葉歌碑の歌」を合唱しました。
いや~、思いがけない混声合唱団の先輩後輩でした。

おっとりとされた奥様の内助の功、お嬢様の作られたクッキーの引き出物など、中村家の
様子もよくわかり、出版にあたってみなさんの理解があって、中村さんの夢が果たせること
をうらやましく思いました。
10巻まで楽しみです。
中村さんのおだやかなお人柄と、情熱あふれる偉業に心からエールを送りながら、
私も「元気」を頂きました。犬養パワーのせいかもですね。
おめでとうございました!!!

善は急げ?とばかり、スケジュールの隙間をぬって、7月の末日に
1泊2日の旅をした。
昨年6月に久しぶりに飯塚市を訪れ、嘉麻万葉を学ぶ会の講座に参加したが、
大久保廣行先生のお話を聞くのが精一杯で、ゆっくりできなかったので、桂川町の
犬養先生の歌碑まで足を伸ばすことができず、気になっていた。
(大宰府の坂本先生の新碑は、篠原夫妻のご案内で確認してきた!)
九州地方は梅雨前後からひどい雨が続き、大分県や宮崎県の惨状を見て、直前まで
行き先の変更も検討したが、北九州は大丈夫ということで、出発した。
コースは、博多を拠点に、志賀島ー大宰府ー桂川町ー飯塚市ー嘉麻市ー大野市・・・と
レンタカーで動いた。
桂川町の歌碑は、犬養先生の生誕100年の時期に合わせて、嘉麻万葉を学ぶ会が中心と
なって、王塚装飾古墳館の前庭に、
「道の辺の 草深百合の 花笑みに 笑みしがからに 妻と言ふべしや」の碑。
山内英正さんの次女が誕生された時に、犬養先生が御祝に贈られた「百合」の色紙から
文字をおこされた「万葉歌」が選ばれた。
白いきれいな歌碑だったが、平成20年の建立から4年半。
やはり雨風のせいで、少しずつ石の風格がでてきた。
王塚装飾古墳館では、平時観覧できるビデオニュースがあるが、「高松塚発掘」の
ニュースの中に犬養先生の映像があるので、歌碑が建つ前から古墳館で「縁」を
感じられた方があったかもしれない。
また、入り口では、生誕100年祭の時に川波さんが中心となって、飯塚市歴史資料館でも
展示された「犬養先生の紹介パネル」が今もなお、ここの歌碑の揮毫者と言うことで、
引き続き展示されている。ありがたいことだ。
古墳館のキャラクター「古代くん」と一緒に記念写真!

飯塚市の歴史館は展示替えで休館中だったが、飯塚市ではじめて誕生した憶良の歌碑、健在なり。
後ろの育った木々も盛夏にちょうどいい木陰を提供し、静かな里にはセミの声が響いている。
「本当によかった!いい碑ができて…」。再び納得!

周辺の犬養歌碑はきちんと訪ねようと、車を走らせたが、やはり大雨の傷跡が目立ち、
川の堤防が壊れていたり、橋が修復中であったり、「水の勢い」を実感する場面が何箇所か
見られた。
稲築公園は、万葉歌碑のコーナーを中心に、花壇の手入れや整備がますます施されて、
皆さんが大事に世話をされている様子が気持ち良い。
この暑い盛りにこれだけたくさんの満開の花が咲いていた…。心豊かなひととき。

夏女の私であり、実際に気温も日差しも暑いが、それを上回る「気持ちよさ」がある。
公園の高台の広場には、野外舞台もあり、誰もいなかったので久しぶりにクラシックバレエ!

そして、「いなつきの、なつきちゃん」という河童の家族にお邪魔虫。

大宰府は、初日に中西久幸さんのミッションで、移転の「万葉歌碑」の確認取材をしたが、
私は、「霧立ちわたる」大野山にのぼろう!と言うことで、四苦八苦しながら道を探し、
もちろん展望の高所と、野外研修場となっている山中まで何とか行くことができた。
森の「涼しさ」は夏の避暑地であることを実感。ひぐらしの声を聞くこともできた。
空と森のシンプルな景色に大感激! 大地から、自然に飲み込まれたいような気分!

2日ですっかり日焼けしてしまったが、夏ですもの、平気、平気???。
やはり「万葉故地」は古代のエネルギー、パワーがあふれている。
明日からまたがんばれそう!!!と夜半帰宅。
翌日は8月のサロンのオカモゼミで、何食わぬ顔で、日常に戻ったところが切ないなあ。
8月7日は、仙台などではこの日に「七夕祭り」が行われる、旧暦の七夕の日です。
先月は、交野市の中で神社や七夕に関わる名所旧跡で、いろんな「七夕行事」が行われました。
ご案内を頂き、TSUBAICHIからもオカモゼミ有志で参加し、地元で活躍中の毛利さんに
終始引率して頂いたことは、すでにブログにも書いた通りです。
さて、1ヶ月後の8/7は、交野市の市民対象の七夕まつりが行われ、天野川に沿った緑地公園で
各地区でそれぞれに競うように、「七夕」「地元」「光」をテーマに、会場を演出しておられました。
また特設野外舞台では、パフォーマンスをしたり、芸能を発表する場所も作られていました。
またお祭りに欠かせない多くの屋台が賑わい、手作り雑貨のバザールなど、普段は静かな
天野川の周辺が、盛夏の猛暑にもめげず、人があふれ、交野市民がここに全員集合したのではと
思えるほど、熱気にあふれて、活気づいていました。
私たちは「光」のオブジェ見学が1つの目的でしたので、夕方をめざして出かけました。
少し秋風?も吹き、落ち着いた風情になっていて、ラッキー。

行った時と帰りの風情がこれだけ違います。モデルは中西久幸さん!

もうすぐ名物の春日大社の中元の燈火会や、京都の大文字焼に象徴されるように、夜の
「暗闇」に映える「光」の価値は、今や「光の芸術」と化して、いろんなところで、
いろんな時期に「光の回廊」やオブジェや、灯篭など、イベントの1つとして体験することが
大変多くなりました。
教会に籍を置く私としては、「光は私たちの足元を照らす神の導き」と感じる貴重な
「ともしび」としての思いがあるが、夜に「光」の美しさや暖かさで人に感動を与えると言う
ことは、やはり、人の心に染みいる、それに通じるものがあるのだと思います。
近年のブームで、光の芸術のレベルは目を見張るものがありますが、交野市の点灯は、
市民の参加と、協力と、結束を象徴した素朴な作品群で、地域社会のコミュニテイの崩壊が
嘆かれる中で、今日めずらしい、またうらやましいような地域性を感じました。
「音楽」も流れるユニークな手彫り作品

私の選んだショット!ねっ。

私と山寺です…。

昨秋緑地にできた万葉歌碑の前にも…

秀逸だったのは、人を集めて七夕伝説を語られるオジサンが、話に合わせて手作りの
糸釣り人形で、クライマックスにするするとカーテンを引くように糸を手繰ると、離れて
いた牽牛、織女の人形が、しっかり「ハグ、ハグ!」
「合体というと下品なので…」と笑いを誘っておられたが、なんて楽しい!
見にくいですが1枚!

交野市と「逢合橋」歌碑で、ご縁ができましたが、おかげでいろんな行事にお誘い頂き、
楽しませて頂けることに心から感謝です。
「交野市」が大きな市ではないだけに、かえってまとまりがあり、市民に対する目も行き届くのでしょうね。
自治体の在り方や、町作りに対する民間との関わりなど行政の姿勢も見えるし、また住宅地の
ブロック毎の結束や協力体制には、敬意を感じました。
私たちも、「災害や孤独な生活」などに不可欠なコミュニテイの必要性、重要性も見据えて、
しっかり見習いたいものです。
毛利さん、このたびもいろいろお気遣いを頂き、ありがとうございました。

昨年の12月から、三輪山のふもとに住まれる方々を対象として、2か月に1度の万葉講座が
始まりました。7月なのにもう境内には「萩の花」が…。

大和の一の宮の大神神社は、桜井市、あるいは山の辺の道などで、歴史的にも特別に有名な
神社ですが、近くにある、昔は摂社であったといわれる「三輪恵比須神社」は時代とともに
経済的にも地元の活力が落ちたり、高齢化が進むとともに、氏子を中心としたコミュニテイが
揺いでいき、この地域社会を何とかしたいという方々の熱意を汲んで、「住んでおられる
その場所の重要さや、結束を取り戻す手立ての一つとして、『万葉集』に詠まれた故地である
ことから学びましょう…」と言うことで、講師を引き受けたのがそもそもでした。
2か月に1度の機会ももう4回目となり、うれしいことに少しずつ受講生も定着してきました。

寺子屋ならぬ宮小屋ですね。
畳の和室なので、足の悪い方は苦痛かもしれませんが、神社の60畳ほどの集会所で、
楽しく『万葉集』をお話させて頂いています。
鏡女王の万葉歌碑のある桜井市の忍坂からも来てくださっており、近所からだけではなく
わざわざ来てくださる方も増えてきました。
この講義風景の写真を写してくださったのは、明日香村森林組合で活躍中の荒川さん。
前回の講座のあと、三輪恵比須神社の憩いのスペースが必要…とお願いし、すぐに作って
寄付してくださったベンチ。わたしも設置されてから、初めて見ました。
近所の老人が腰かけたり、昼食を食べていく人もあるとか…。よかったあ。

そして、宮司の竹内さんと話すうちに、えびす神は「商売の神様」。そしてここ山の辺の道の
三輪恵比須神社は、古代「海石榴市」の商売繁盛の神様???ということで、
ピーン!!!ときた私たちは、大阪福島のTSUBAICHIを地元でTSUBAICHI市を開催する
許可を頂き、ただ今、内容の検討中です。しかし時は9月1日(土)もうすぐです!
でも考えるうちにまた、だんだん楽しくなってきて、当日何が起こるか「つらつらら…」♪
気分が良くなり、遠回りして、帰りは明日香村経由で帰宅しました。
稲淵からの棚田風景は、100選に入る通り、「美しい!」

遠方まで、半日仕事にはなりますが、やはり万葉故地に訪れる楽しさや、気分転換とともに
自然の風景から、季節の風物詩から、パワーや元気を持ち帰れるので、私には大事な機会です。
講座が出発点ですが、「遊び心」を加えて、地元の賑わいを少しでも取り戻すお手伝いが
できたら何よりだと思っています。
観光都市「西宮市」としての発信を、遅まきながら、ようやく行政の主事業として
取り上げた西宮市。
昨年はプレイベントとして行われた「西宮まちたび博」は、発信の前にまず西宮市民に
知識や、理解を求めて、市民への内なるイベントでしたが、今年は本番行事ということで、
昨年の経験を踏まえて、ただ今は今年のまちたび博のコース設定や、プログラムの決定に
余念のない時期です。
昨年以上に、今年こそは西宮市の内外に、より多くの西宮の魅力を発信してほしいと、
西宮市民である私も願っております。
そして、私も昨年同様「万葉のふるさと、西宮」をアピールしたいということで、ご協力を
させて頂くことになりました。
10首の万葉歌に歌われた「万葉故地」や、西田町の万葉植物園と銘打った名所を除くと、
明日香村のようにそんなに多くのポイント地点があるわけではないので、みなさんを
どのようにご案内すべきか、私としては悩ましいところです。
西宮市観光振興課…と部署も改まった担当者の菅梅さんから「今年のコース」についての
お尋ねもあり、3連休中の15日に、わが家から近い場所ですが、貴重な西宮の万葉歌碑の
ある鳴尾浜へ行ってきました。

久しぶりに歩いたこの地は、平成7年の阪神淡路大震災の後、犬養先生が一時的に避難して
おられた武庫川団地の周辺で、私も何度も行き来した場所でしたが、一時はあふれんばかり
だったこの新興団地のにぎわいも、今は時が過ぎ、人も減り、3つあった小学校も統合
されてとうとう1つになっていました。
歌碑は、高須東小学校前にあったのですが、その目印となる「小学校がない!」
なんと平成20年に統合、閉鎖され、建物だけが敷地にあり、私は標示を頼りに探していたので、
この碑に久しぶり…の対面を果たしました。(汗)
近くにもう一つ

西宮の「武庫」を詠んだ遣新羅使人の歌2首の歌碑です。
歌が刻んであるだけの石柱で、誰が作ったとも、いつできたとも何も表示がありません。
久しぶりに暑い日中を歩き、変化のある土地の様子を思い遣りながら、
うーん、この中途半端なこの存在を何とかしてやりたい…。そんな気持ちで帰宅しました。
2つの歌碑は遠くからだとこんな感じです。住人にどれだけ意識があるでしょうか。


昨年の七夕前夜に、オカモの書かせて頂いた万葉歌碑ができましたので、サロンの
オカモゼミや、カルチャーの方に声をかけ、総勢9名で、交野市の七夕の1日を楽しみました。
ご参加くださった日生中央のカルチャーのみなさん。

まずは、織姫がご祭神である、機物(はたもの)神社へ。
前日の断続的な大雨で、境内もたなばたの飾り付けも、お祭りの露店も、すべて朝から
仕切り直し!という感じで、何だか落ち着かない感じ。
でも五色の短冊が、風になびいて、素朴な賑わいを感じさせます。
では、わたくしも記念写真。

そしてメイン地の逢合橋へ。ホームページのトップでご紹介したように、前日に準備した
TSUBAICHIの笹飾りは、みなさんが見てくださる時には、私たちが飾り付けたものと
まったく違ったものになってしまい…あまりのこと。(泣)
無情の雨でした。
幻の場面となったこの写真は、貴重です。
昼食をすませて、星田妙見宮へ。午後2時からの「湯立て神楽」を初めて拝見しました。
奉納神楽は、最後に巫女さんが、酒・米・塩の入った聖なる湯を枝葉で振りかざし、周辺に
湯を撒くクライマックスがありました。私も湯しぶきを浴びて、きっとご利益があるのだ!
と嬉しくなりました。

次は、昨秋、できたばかりの天の川緑地の歌碑を見学して、水辺プラザへ。
静かで美しい川の合流地点に作られた公園は、背景の緑も鮮やかで、絶好の場所。
そして、帰路には、交野から枚方の香里団地へ。枚方・交野の万葉歌碑のきっかけとなった
牽牛石のある場所に立ち寄りました。牽牛の像と、ハート型の万葉歌碑。
私が「七夕の歌」でも歌っている、山上憶良の短歌が1首揮毫されています。
そこも地元の方が、七夕飾りをされて、華やかに…。そういえば、交野市の織姫ちゃんと
いうキャラクターに合わせて、枚方では、本日彦星ちゃんがデビューしました。
両市とも「天野川」の流れる地域ですので、競うように「七夕」での街づくりを積極的に
すすめておられます。協力というより、もはや、ライバルかも。

私は、逢合橋でイベント出演があったので、ここでみなさんと解散しましたが、盛りだくさんに
七夕の風景や、私の歌碑も含めて見て頂けましたし、それに付随して作られた看板の設置なども
しっかり確認でき、本当に短期間によくここまでがんばられたなあ…と心から感心しました。
逢合橋も天の川を渡りますが、実はなんの変哲もない橋です。でもこうして橋桁に皆さんが
それぞれに七夕の飾りをつけられて装い、またともに竹で細工された、やわらかい灯の灯篭が宵闇を照らし、幻想的でした。
きょうは、長い一日でしたが、この夜景を見てほっとしました。

1日、案内と終始お気遣いくださった毛利さんに深謝です。
次は旧暦の七夕の日、市民のおまつりでもある賑わいに来たいと思っています。
「七夕」は、ロマンチックな天上ファンタジー。でも私はすっかり童心に戻れて、幸せ。
7月1日は、香川県坂出市市制70周年事業の1つとして、万葉の故地「狭岑島」を
大事に守っておられる、坂出万葉の会(細川勝信代表)の後押しもあって、万葉
うたがたりコンサートをさせて頂きました。
準備の都合上、前日に現地へ…ということで、ともちゃんの車に同乗させてもらい、
4時間ほどかけて、岡山・瀬戸大橋を通って、坂出へ。
7月1日の当日は記念式典があるので、機材を前日に運び込み、設置するので、私たちは
夕方には会場へ到着の予定で出かけました。
ぎりぎりの時間でしたが、「是非、歌の背景の沙弥島へ行きたい」といううたがたりの仲間の
声にうれしく思いながら、瀬戸大橋の下をまた北上して、ナカンダの浜、オソゴエの浜
まで、散策しました。
立派な万葉歌碑に、みんな感心。揮毫の文字を追いながら「狭岑島挽歌」を歌いました。

海岸からは、正面に見える島々や、瀬戸大橋の架橋が続き、私たちは、海を隔てた「島」の
先端に立っているという実感が、ひしひしとあり、漂流してくる船や人も想像できる
ような気がしました。あちことに打ち寄せられた青々としたワカメが印象的でした。

地元出身の中河与一が記念に建てたという、象徴的な「人麻呂岩」。
ひなびた海岸ですが、明日を控えて故地で全員が一瞬タイムスリップできたことは、
とても貴重な体験でした。
久しぶりにもう休校となった沙弥小学校・中学校の前を通り、一路会場に向かいました。
細川さんをはじめ、坂出市の文化振興課の方々、市民ホールのスタッフの方が総出で、
お出迎えくださいました。遅くなってごめんなさい。でも最高の下見でした!
