9月19日にお目にかかって以来、再び高橋正樹新市長に再会させて頂きました。
高岡市の市民は幸せですね。私も思いがけず佐藤・橘・高橋三市長さまとご縁を
持つことになりましたが、みなさんキャリアも名実ともにハイレベルのエリート
政治家でいらっしゃるのは、いうまでもありません。加えてうらやましいのは、
地元出身者でおられることや、若くて、謙虚なお人柄で、常に市民目線であること
などなど…。
まだまだあるでしょうが、市民オンブズマンの母を持ち!?、時々市民派女性議員
さんの応援もしている私としては、48万人の「西宮市」は平成20年に中核都市と
なりましたが、目に見える変化や魅力のない旧態依然の市です…。(ためいき)
多選の山田市長も加齢で、白内障の手術をされてから、隔日勤務と聞き?リーダー
の資格もないですね。
高橋市長は、7月選任されたばかりで、開町400年記念、万葉朗唱の会20回…など、
大きな節目に直面され、その中でともかく日程・行事をこなされることで大変だった
と思います。万葉まつりの前夜祭でも、市長より行事に慣れ親しんだ常連の招待者に
細かいお心配りをされていて、本当に恐縮と頭の下がる思いでした。
「やっぱり!万葉朗唱のネクタイをしておられる!」と思いきや、(高岡市の地場産の
ネクタイはなかなか色柄やデザインも素敵で、かつ高岡市の行事や名所、景物などを
紹介してあるのがミゾ!)、市長は行動に伴って1日に何度もネクタイを取り換えられる
とか…。なんというサービス精神! 私も高岡市がテーマの種類はほとんど購入して、
父・弟・友人らがしっかり締めてくれています! サンクス!(笑)
この高岡万葉まつりの間でも盛りだくさんの行事に、本当にお疲れになったことと
思います。少しずつ慣れられて、今は「チェンジ」の時代! 大事なことの踏襲は
必要でしょうが、新たな時代を創っていかれることをお祈りしています。
古城公園でお別れのご挨拶ができ、リップサービスだと思いますが、私たちの
万葉SONGについて、エレクトーン譜のお尋ねがありました。
「歌いたい」という方がほとんどの中で、「演奏する」ことで、お尋ねがあったのは
初めてでした。高橋市長がエレクトーン奏者であることがわかりましたよ!!!
世代も近く、身近に感じられた瞬間でした。
前市長、橘慶一郎さんは逆風・激戦の中、7月に衆議院議員に転進され、このたびは
来賓として、自らが予算化された事業を確認するかのごとく、積極的に参加されて
いました。いつもながらの行き届いたご挨拶は、お人柄そのものです。
今年も大伴神社で顕彰祭が行われましたが、大伴家持卿顕彰会の会長は続けてくださる
そうで、うれしく思いました。
そして、初めて?顕彰祭に現役市長も参加される中(以前は代理)、「高岡市」につ
いて今年のにぎやかな節目に加え、来年の高岡市万葉歴史館の開館20周年についても言及
されたことには感心しましたが、家持卿のお見守りに感謝し、来年も佳き報告ができる
ことを祈り、誓われました。
また、今人気あるテレビ番組の「日めくり万葉集」の例を挙げられ、今日の高岡市が
あることに、犬養先生を忘れていけない…と、目先だけではない広い視野でのご挨拶で、
さすがに「市民としての」ご配慮ある橘さんのお言葉だと思いました。
私からも御礼を申し上げたいです。ありがとうございました。
そう思うと、今後の「高岡市」(富山県)を支えるにふさわしい国会議員として
これほど心強い人があっただろうかと思われます。よかったですね!
国会議事堂では小泉進一郎氏と並んで座っておられるとか。
これからテレビを意識して見ていま~す!
そして、最終日の10月4日の昼食時に、三の丸の「浪漫亭」というレストランで
佐藤孝志前々市長ご夫妻とばったりお出会いできました。ダンデイなお帽子姿で、
お元気そうでした。市長職を退かれてからも朗唱の会には参加しておられることを
存じておりましたが、お目にかかれて幸いでした。
高岡市市制100年を機に、今日の「万葉のふるさと創り」を行政で取り組み、成果を
あげて来られた功労者です。犬養先生を大事にしてくださり、犬養先生もその期待に
応えられました。一度激務から倒れられたこともありましたが、「私には17万市民の
命を預かっている!」と体調も節制してがんばられる姿に尊敬していました。
今では、客観的にいろんなことをいろんな思いで見ておられるこでしょう。
私たちも多くのご恩や、感謝を忘れることはありません。
また是非、高岡の地でお目にかかりたいです。
ああ、地元西宮でもこのような人間関係が築ければ、市政もスムーズに行くように
思いますね、一事が万事だと思いますもん!!!
高岡市民がうらやまし!?
投稿
菜の花の黄色と、コケモモの紅色と、桜のピンク色が本当に
鮮やかな「春の景色」を演出していました。
それから、平成15年に植樹した「オカモ桜」も大きく育ち、きれいな
花をつけていました。ありがとうね。
犬養万葉記念館は、犬養先生が亡くなられて2年後、平成12年の4月に
オープンしました。早くも今年で10年目を迎えます。
犬養先生のお誕生日が4月1日であることから、その時期に「若菜祭」と
言う行事として、飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司さんの司式のもと、記念館の
1年間の安泰といや栄を祈り、ご神事をすませたあと、きょうは和田翠先生の
記念講演、「万葉の歌音楽祭」の歴代大賞受賞者の演奏会、万葉朗唱の会と
盛りだくさんのプログラムで、10年目の佳き日をお祝いしました。
私も久しぶりの明日香村訪問で、時間を惜しみました。
森林組合で頑張っておられる荒川さんからの情報を頂いていて、荒川さんに
ご案内を頂いて、「アントクの丘」へ登ってきました。桧隈の高松塚の犬養歌碑を
裏側から見る位置にあります。
犬養先生の「万葉の旅」からの言葉が、木碑に書き記されていました。
吉本ご夫妻もご覧になり、また新たなスポットでのひとときを楽しんで
くださいました。
やはり心がなごむ明日香村の風景…。あり通ひ見む!
658年、11月11日に和歌山県海南市の藤白坂で最期を遂げられた有間皇子。
きょうで、満1350年が経ったわけだ。
さる3月に岩代、紀伊田辺を中心に紀伊ネットワークによる万葉ウオーク
があったが、今年は悲劇のプリンスの「有間皇子」を偲び、藤白神社で
毎年11月に行っておられる「有間皇子まつり」の時期に合わせて、第3回
紀伊万葉ウオークが行われた。
11月8日(土)は、和歌浦を起点に、周辺の古代の玉津島山をめぐった。
玉津島神社には犬養先生の歌碑があり、境内から奠供山に上り和歌の浦を
臨んだ。あいにくの時雨交じりの空だったが、秋にふさわしく静かな
落着きを湛えていた。村瀬先生が紹介してくださった万葉歌
潮満たば いかにせむとか 海神の 神が手渡る 海人娘子ども(7-1216)
片男波の浜を「神の手」のような砂州と例えた万葉人に感動した。
雑賀崎に移動し、天候不順で心配された光景も、晴れてこそいないだけで、
海は澄み渡り、前方は開け、遠く淡路島まで臨むことができる。
さすがに防備見張りの番所にふさわしい。今は番所庭園があり、夏は
浜木綿の花が美しいが、今はつわぶきの花があちことに咲き乱れていた。
宿泊は、この左手島の名のつく双子島荘。右手は男島です。
翌日、海南市へ移動。朝のウオークのあと、藤白神社でいよいよ行われる
有間皇子まつりに行事は移り、私はご神事の後の万葉朗唱の会の司会進行の
大役を仰せつかっていたので、スタンバイ。底冷えのする寒いスタートだった。
境内では、犬養先生の揮毫書が飾られ、お祭りにふさわしく地元の方々の
協力によるおもてなしのコーナーもあり、また七五三で訪れる方もあり、
賑わいの中で、村瀬先生のお話のあと、朗唱の会が始まった。
ロックミュージカル「有間皇子」からのバレエの場面のオープニングが
あり、15組くらいの出場者があったが、それぞれに有間皇子の歌、海南の歌
紀の国の歌と「地元」ならではの選択が多かったことに感心した。
また朗唱だけでなく、コーラスあり、詩吟あり、「有間皇子」の演歌あり…と
楽しい!
私も各地へ行って思うことだが、本当に「歌う側」は、きちんと準備をして
自信を持って歌われる。暗記されている方が多くなったことに驚いている。
犬養先生の朗唱スタイルが、いろんな形で実践され、万葉歌が単なる「机上」
のものでなくなり、それぞれの方にそれぞれの歌が残ることは本当に
素晴らしいことだ。
私たちも万葉うたがたりコンサートをさせて頂き、「歌」を通して1350年遠忌に
奉納させて頂いた。紅葉の始まった藤白の森に漂う有間皇子の御霊に届いた
だろうか。
紀伊万葉ネットワークは、和歌山県のそれぞれの万葉故地の愛好の方々が
地元に留まらず、協力して「紀の国万葉」として全体の発信をしていこうと
立ち上げられた民間のグループだ。県を動かし、素敵なガイドブックもできて
いるが、地元だけでもお忙しい中、本当に前向きに頑張っておられる姿に
敬服する。また村瀬憲夫先生という万葉学者の支えも強力だ。
「海のない」大和の万葉人が深く憧れた「紀の国」。
旅人の道を通して詠われた数々の名歌のふるさとを大事に残し、発信して
いこうと今後もいろんな計画に余念がない。こんな方々を見ると「私も協力
した~い!」と黒潮激つ…じゃなかった、オカモの血も騒ぐのだ(笑)。
今回はお天気だけが、参加者に申し訳なかったですが、これも万葉日和と。
ちなみに今年から、11月11日は、全国的に「介護の日」となったそうで???
個人情報流出お許しを・・・。11回皆勤で参加の奈良県の荒川晴男さんです。
昨年の朗唱の会は、10回と言う節目の会であったことと、犬養先生の生誕100年が
重なり、私たちも協賛行事として、犬養万葉顕彰会も協力させて頂きました。
あれから、もはや1年??? 時の流れは早いですね。
来年2009年が、大伴家持の最後の歌(759年)を詠んでから「1250年」と言う
またまた記念すべき年でもあるので、来年は恒例の朗唱の会の前日に「因幡万葉
フォーラム」という行事を企画しておられます。ですから今年は主催者側も
参加の私たちも加速度をつけたいプレ行事的な思いで臨んだように思います。
開会式は思いがけず鳥取県の平井伸治県知事と鳥取市長の竹内功氏のお二人が
ご臨席くださり、祝辞を述べてくださいました。
いつもに増して会にはくがついたこと!!!本当にありがとうございました。
そして、壇上で来年に向けて惜しみない協力を約束してくださり、私はうれしくて、
すぐに名刺を持って着替え室に!?ご挨拶に走りました。
毎年同じ時期ですが、今年の雲ひとつないskyblueの空、夏のような陽射し、
吹き抜ける風に、因幡万葉歴史館を訪れた人たちは、心も晴れやかに過ごされた
ことと思いました。朗唱について高岡市とまた違って私が感心したことは、出演の
幼稚園児、小学生たちは全員、朗唱歌を暗記していたことでした。意味はわからなくても
この日のために一生懸命練習して覚えている!・・・取り組みの姿勢に感動しました。
またお茶席では、数年前から中学生がお手前もお運びも中心でやっておられますが、
今年は田中君と言う男の子のお手前でお抹茶を頂きました。女子の多いクラブで、
なかなか画期的でした。そうそう、朗唱の司会も今年は、男女の高校生が初めて
務めてくださったのですが、放送部なのかしら?なかなかきちんと進行ができ、
初々しさも加わり、いい試みだと思いました。朗唱の会が、若い人たちの参加・協力
を得て、徐々に世代交代もうまくできれば、いいですね。
私は犬養節の朗唱と、最後にうたがたり会でミニコンサートをさせて頂きました。
伝承館の解放感ある舞台で、のびのびと歌わせて頂き、感謝しております。
目前に広がる青い空、緑の山、万葉歴史館の建物を肌で感じながら「国府町は本当に
素晴らしいところやん・・・」と思いながら歌っておりました。
来年、万葉フォーラムで全国から久々に参集して頂き、新年に祈りを込めて言祝いだ
「いや重け吉事」の万葉歌を通して、大伴家持の憂いや国府での思いを偲び、平成の
「万葉故地」としての発信など、学んだり共感したりできる機会を持てるのだ!と
期待に胸を脹らませながら・・・。
すみません。実は、撮影禁止でしたが・・・。
先月ブログでも予告した「立体ちぎり絵」の特別展示です。
これは一部ですが、圧巻の700本もの彼岸花の群落!の迫力はすごかったです。
その他万葉植物や、季節の草花が、文字通り百花繚乱でした。
「万葉朗唱の会」の国府町の「宴」は終わりました。かたづけとともにいつもの
静寂が戻ってきました。そしてまだ午後6時だというのに田畑に囲まれた歴史館
周辺は「ぬばたまの闇!」。長い一日でした。
歴史館職員の小椋さんと、お母様には本当にお世話様になりました。
お疲れ様でしたね。ありがとうございました。
おかげさまで、バラエテイに富んだ毎日ですが、昨日は今年度2回目の
因幡万葉歴史館での「万葉うたがたり講座」に出かけてきました。
こちらへも、来月10月19日の第11回「万葉朗唱の会」に参加致しますが、
講座は、歴史館の行事と私のスケジュールと相談して決めますので、
早くから決まっていましたが、今9月を省みますと、忙しい毎日を過ごしました。
9月になってからは、天候も不安定で、なかなかすっきりとした秋空が
臨めませんが、昨日も台風到来の影響もあり、どんより曇った肌寒い
一日でした。
でも歴史館のお庭は、犬養先生の歌碑を囲んで、コスモス・茗荷の花が満開で、
また、満天星つつじの葉が紅葉?し始めていました。大きなイタチ君がその中を
何度も走り抜けて行ったのがユーモラスでした。(笑)
6月の講座以来の再会でしたが、歴史館の方々、また講座生の方々に温かく迎えて
頂き、単純な私はそれだけでもうれしくなってしまいます。
ちょうどフロアーの入口に因州和紙でつくられた「お花」が展示してあり、
豪華絢爛のカサブランカから、素朴なクローバー、たんぽぽまで…。
10月3日から26日までの特別巡回展の「立体ちぎり絵の世界」のご案内でも
ありました。私は朗唱の会の日に見られますので、とっても楽しみです。
圧巻の「彼岸花畑」も出現するとか・・・。和紙の風合いはお花の優しさを
醸し出してくれるようです。
歴史館のコスモスと和紙のコスモスです。
時間の都合もあり、今回は久しぶりにバス」で往復したのですが、
道中の群落の彼岸花の美しいこと。因幡へ向かう季節にこのような光景を
見たのは初めてで、微妙な季節の移り行きやズレで、まったく土地に対する
印象や表情が違うことが驚きでした。そして、帰りは…
今回、万葉講座では季節柄「万葉の月」についてお話をし、「暗闇の夜ほど
月明かりが貴重で待ち遠しいものだ」と力説したのですが、なんと鳥取からの
帰りのバス道は、まだ午後6時半だというのに「ぬばたまの闇」で、ひたすら
走るバス道の不安なこと(汗)。雨も降ってきましたし、なんとなく肌寒く
月を求めると共に、いや~「ぬくもり」を求めてしまいました!(笑)
国府町の万葉歴史館を発信基地として、来年は万葉集の最後の家持の歌が
詠まれてから1250年でもあり(姫路ー鳥取間に道路が開通し、時間短縮して
鳥取へ行けるようにもなりますので)「因幡の祭典」という行事の1つとして
万葉フェステイバルの準備が行われております。
上野誠氏の基調講演や、私たちうたがたり会の出演も決定していますので、
今年の朗唱の会を加速度として、来年に向けて期待されるところです。
高岡も因幡もイベントで「家持くん・家持さん」はモテモテです。
私の敬愛する「額田王」さまのイベントはありませんか???
自宅までの道々「出た出た月が…♪」とか、月の歌の万葉朗唱をしながら
月明かりに導かれながら帰宅した。満たされた気分。
すれ違ったり、追い抜いて行った人は私を「アブナイ人!」だと思ったこと
だろう。(笑)
1年ぶりに福岡県の飯塚市歴史博物館で嘉摩万葉を学ぶ会の万葉講座だった。
3月に桂川町に犬養先生の歌碑が除幕されて以来の筑豊だ。
車中からの風景は秋の実りの田んぼとなり、歴史館の庭は、「萩」の花が
こぼれんばかりにちょうど満開の時期を迎えていた。

前日に稲築町で憶良まつり短歌会もあり、三連休の最中参加者が心配されたが、
たくさん集まってくださり、ありがたいことだった。また、
うれしかったのは、前日の憶良まつり短歌会で、私の作曲した「高岡旅情」と
「別れたくないタンゴ」の2曲で、社交ダンスが披露された…と聞いたこと。
見たかったなあ。作曲者冥利です。
飯塚市は、時の総理候補、麻生太郎さんの地盤で、歴史館の向かいにある
1万坪以上のお屋敷の森ではまだセミの声が聞こえていた。
今の時期、きっと盛り上がって、町はどんな雰囲気かな…と興味深かった
が、地元はそれなりに慎重だ。総理となってもこの不安定な政局の嵐の中を船出
していく「麻生さん」の今後のことも心配なのだろう。ふるさとの思いやりを
感じる。
11日、12日の坂本万葉ゼミ旅行が、「九州」だったので、昨日の1日をおいてまた
九州へ移動したわけだが、こうしてスケジュール通りに動けるのは、まず健康に
恵まれていることだ。明日は高岡から奈良へ2グループが来られるので、お接待役を
仰せつかっている。激動の「あれやこれや」はもう少し続きます。
試供品でもらった「コラーゲンEXエンリッチド」を飲んで、頑張るぞ???
第90回の全国高校野球選手権記念大会が始まった。
甲子園球場のそばに住んでいるので、準備が始まっていた気配は
感じていたが、日常に追われていて、今朝、テレビで開会式を知った。(汗)
先日、浜松万葉旅行で、参加された茨城県の大木さんとは、応援される常総学院
の出場を祝って握手を交わした。また富山県は、私の第二のふるさと高岡市の
高岡商業が出場する。また驚いたのは、福岡県はなんと飯塚高校が初出場し、
私たちとご縁のある!?嘉穂高校ではなかったけれど、「飯塚」という地名が
全国にアピールされるチャンスが到来した!
駒大岩見沢も「岩見沢万葉朗唱の会」を思い出させるし、常葉菊川には、
阪大万葉旅行の旧委員の常田さん(旧制福井さん)が務めておられる高校
らしい。自分勝手にいろんな思いにふけりながら、これからの17日間を
過ごすことになりそうだ。
甲子園筋を走る全国区のバス。ちょうどなつかしい「シカマーク」の
奈良交通のバスとすれ違った! また、赤や紫のTシャツのひとかたまりに
なった団体がひっきりなしに通って行く。応援も大変。がんばれ!
私も車では動きにくいので、この時期はもっぱら自転車移動だ。
ひとこと
「群馬の桐生第一高校の不祥事」
なんとなく釈然としない。これは野球部部員の不祥事ではなく性犯罪だ。
世間でいう、「出場をする選手とはなんの関係もなく、連帯責任は
かわいそう…」ということで、本日、結局出場を果たした。
私の偏見からすれば、甲子園に出場する選手は、野球部ピラミッドの
一角で、野球部を代表して出場する選手たちだ。ちやほやされる一軍選手
もいれば、水面下で、ボール拾いや世話係、応援団や、名門野球部にいても
卒業するまで日の目をみない選手のほうが多いかもしれない。そのような
大所帯の状況で、全員を包括、教育できない管理責任者=大人の責任は
言うまでもない。また、「1球」に野球部全員の魂がこもっているのならば、
普段からの仲間同士の思いやりや、理解に欠けていたと思わないのだろうか。
私は野球部の選手同士の連帯責任はあるのではないかと思う。
たまたま高校野球を夢見て、身近に野球留学した高校生の話を聞いた。
地元からは鳴り物入りで入学した名門校には、全国から同じような子供
が集まっていて、実力が発揮できなかったのか、早々にやめたり、
選手ではなく、裏方のスタッフを命じられた子供の話を聞いたばかりだ。
夢を持って野球に励む。才能や努力によって開花時期はいろいろだ。
でも1軍メンバーに入れない子供の気持ちや存在にもみんなが、配慮しながら
楽しむクラブ活動であるべきだ。
私だけが過激でしょうか???
1年に1度の総会・懇親会にご招待頂き、うたがたりの機会を
頂戴しました。
遠くふるさとを離れて近畿地方で生活基盤を構え、ご活躍
なさっている方々には、「万葉って?」「うたがたりって?」と
郷里「高岡」がどのような変化を遂げ、発展した今日があるの
だろうと私たちの姿を興味深くご覧頂けたのでは・・・と思いました。
会を閉める最後のエールでは、高岡商業高の甲子園出場祈願
や、地元産業の恒例の大阪ドーム観戦希望などなど???
やはり、同郷のみなさまが心一つに集える機会の交歓が
ありましたが、私もちゃっかり「10月の高岡万葉まつりの
会場で再びお目にかかりましょう!」とエールを送りました!
だって、私も高岡の「万葉朗唱に誘う会」の唯一の関西支部長
ですもん!(笑)
コンサート活動は、これで秋まで夏休みに入ります。
秋の舞台までに作曲したい課題がいくつかあり・・・
オカモマシンのハードとソフトは常に稼動中です!!!
