帰途の車を停めて、写真撮影しましたが、「月」はうまく写りません
でした。でも確かに運転席の正面から私に微笑んでくれました。
月はもちろん犬養先生に重なり、涙目になってしまいました。
今日は犬養先生の十年命日祭でした。亡くなられてもう十年?。
本当に信じがたい月日が流れたことになります。
犬養先生のお身内が少なくなってしまわれ、犬養万葉顕彰会で
追悼をさせて頂くことになり、責任ある準備ではありました。
でもこのたびも、犬養先生の天国からの演出がいくつかあり(笑)朝の禊の
大雨が一転、集合時には犬養高気圧が張り出し、快晴の天候に!
ご神事を執り行ってくださった田辺神官が、偶然にも明日香村の方だったこと。
ご命日もきょうの忌日も同じ仲秋の名月の時だったこと…などなど。
偲び草のDVDも、直会の犬養先生のお話の中身も、私が直接かかわらせて頂き、
やはり「こだわり」の部分を発揮させて頂けました。
そしてきょうもいくつか想定外のハプニングがあり、本当に疲れました(汗)。
でも私は、朝から犬養先生のお家へ「御霊さま」をお預かりしに伺いましたが、
たくさん積み込んだ荷物とは違い、大事に助手席に安置して出発しました。
「こうして犬養先生をお乗せすることも最後かな」と思うと、感慨があふれ
出てきて何故か泣けてしまいました。集合前からお化粧も台無し!
参加者のお顔ぶれをみても、語られる思い出を聞いても、私には十年の歳月が
愛しく思える、そんなひとときの一日でした。
犬養先生は万葉集の大家ではいらっしゃいますが、「博士の愛した万葉集」
ですね。私たちには偉大な教育者であり、偉大な父のような「人間」としての
魅力に惹かれたと思います。今日もそれぞれが、大いに人生の影響や生きる力を
与えて頂いた「教え子たち」の集いであったように思います。
きょうもスピーチの「人には誠を持って接する」ことや「常に前を向いて
がんばること」など、犬養ファミリーのみんなの人生訓でありましょう。
あらためて犬養先生の「すごさ」を実感し、私もその「先生」と出会え、大事に
接して頂いたことを心から感謝しています。今は「犬養先生の教え子」として
恥じないような生き方をしたいと思う日々です。
朝から何度も何度も涙腺がゆるみました。年のせい?
きょうは先生に喜んで頂けたでしょうか。私には亡くなられた時から
時間が止まったままでした。10年の月日を受け入れることは残酷ですが、
自分が年を重ねたことで納得もいきます。
そうそうきょうは私の誕生日でもあり…。人生の記念日に恩師の命日祭が
重なったことも私には意味あることだったのかもしれません…。
しかし、疲れました。ふーっ。明日は飯塚で講座です。
「女心と秋の空」のタイトルで、まさに気持の赴くまま???お話を
してきたいと思っています。では、おやすみなさい。
投稿
朝晩本当にさわやかになりました。
私の外の活動も再開し、昨日は、滋賀県湖南市近江台へ行って
きました。3月のコンサートに来てくださった友人のご依頼で、
万葉うたがたり講話です。
快晴の秋空の中、車窓から近江平野の稲穂の実りを楽しみながら、
大津、草津を越え、お迎えの石部駅へ。
昼食から参加し、集まられた20名足らずの方々と和気藹藹と
親睦をしてからの開始だったので、とてもいい雰囲気でお話をさせて
頂けました。きょうは「重陽の節句」でもあったので、菊ならず、
飾られた秋の花を見ながら息災を願い、手作りのおはぎを食べながら
14日の仲秋の名月に心を馳せました。(天武忌でもありました。)
みなさん「万葉集」に楽しんでいただけましたか?
帰途、連絡をし娘の仕事終りに夕食の約束をして、久しぶりに
本当に久しぶりに京都で食事をすることができました。
場所はもちろん、娘がバイトをしている「味 ほんざわ」です。
娘もお運びをしているので、「お客さんとしてメニューをゆっくり
賞味したい!」と常々申している、自慢のお店です。
京都駅からバスで京都府立医大病院行きの荒神口下車です。
交差点を鴨川の右岸方向へ入ったところにあります。
大将は食材にこだわりの人、そして、ランチなどリーズナブルなお値段も
ありがたく…。
紙面でも何度か掲載されていますので、自信のお店です。行ってみてね。
ジャーン!
美味しそうでしょ!(美味しかったですよ~ん。)
まつたけ・銀杏・クリ・はも(生まれたばかりらしい)秋の味覚満載です。
そのほか、ぐじや大根葉と菊のおひたしや、土瓶蒸しなど
「秋」を舌で満喫してきました。
おっと、目的は8月・9月の私たち親娘のそれぞれの誕生日の祝杯でした。
お店でゆっくり楽しく語らい、お互いの近況や元気な姿を確認して、
京都をあとにしました。
秋からの仕事のスタートの日は「いい日、旅立ち」。
次回は冬の味覚の時期に会いたいものです。(笑)
昨日、八尾プリズムホールで行われた「シャイン」コンサートの中で、
東大阪市の女声コーラス「華」のみなさんが、私の万葉曲を4つ
歌ってくださいました。
普段から私の活動を知っておられた、メンバーでもある堀中美知子さんが
私の曲をコーラスで歌ってみたいと打診があったことがきっかけでした。
私は「万葉うたがたり」のコンサート活動を行っておりますが、「万葉曲」を
聞いて頂いて初めて理解を得るもので、歌が下手でも自らのステージを
通して、万葉歌をメッセージする!ことが、私の目的でもあります。
でも「万葉集」が作者未詳の歌に見られるように「心の共有財産」である
ならば、私の歌も「いろんな人に歌って欲しい!」という気持ちも強く、
手軽なママさんコーラスを対象に砂原さん(甲南女の後輩の作曲家)に
アレンジをお願いして「女声三部合唱」の楽譜を過去、8曲作りました。
(在庫ばかりですが・・・。泣)でも、いいんだ!
以前3回くらいコーラスグループが歌ってくださいましたが、このたび
久しぶりに素敵な立花明子先生の率いられる門下のコンサートの中で、
歌って頂いたというわけです。
高岡旅情・万葉ジェルソミーナの歌・サンバDEツバキ・明日香春秋
の4曲でしたが、歌の前に万葉朗詠も添えてくださり、また、サンバには
楽しい振り付きで圧巻でした。みなさん楽しそうに歌ってくださいました。
私も楽しい!
私のメンバーですら、不安な「万葉歌ことば」を、完全暗譜して歌って
くださったこともすごいと思いました。
母と二人で行ったのですが、母が「親孝行やね。私は幸せ。」と喜んで
くれました。娘の隠れた才能?とそれを確認することができた喜びでしょうか。
はたまた、私をこの世に生み出した感慨でしょうか???。敬老の日の
プレゼントになったようです。(笑)
ただこの不安定な気候の続くこの頃で、晴天で上機嫌で出かけたところ、
1時間半ほどの間に到着した八尾では、天地を衝くような激しい雨に唖然。
劇的なコンサートの幕開けでした。
今、CDの制作準備中です。このコンサートを聞きながら「自覚」と「使命」を
促された気持になりました。ちょっと「追われ続けている」精神疲労の
毎日の中、ちょっと晴れ間が見えたかな…という感じです。
コーラス「華」の皆様、本当にありがとうございました。
これからも万葉歌をレパートリーにいれてくださいね!
設定した時は、盛夏に万葉旅行なんて・・・と誰もが逡巡した昨日、
備前うたがたりの会の講座生の万葉旅行を実施した。
このたびは、
・人数を左右するバス旅行は避ける。
・JRの青春切符を利用したい。
・有志
以上、行動半径、JR利用、切符の有効期間という条件のもとで、
「難波宮跡と大阪市立歴史博物館+NHK大坂放送局の見学」コースを
計画し下見をしたが、博物館が休館日で「暑さ」を避ける場所がなく断念。
日程は変えられなかったので、お許しを頂き、「ミステリーツアー」
ということで、当日のお楽しみにさせて頂き、私はあれこれ悩む毎日!
そして、昨日「春日野散策と半日奈良女子大学生体験ツアー」を挙行!
気温も急激に涼しくなり、爽やかで、雨の予報にも傘要らずの最高の
コンデイション!なんと恵まれた私たち・・・。
備前うたがたりの方々は、午前6時28分現地発、私との合流は大阪駅9時。
おっと、まずのびっくりは23名の参加者。(数名?のつもりでした・・・)汗
20部の資料も足りず、急に責任の重さが迫ってきた!
そこから、大和路快速で奈良へ。バスで春日大社へ直行した。
春日野詣でのご挨拶に、本殿でおまいりしたあと、テーマは
「万葉旅行」(汗)なので、目的の一つ神苑(万葉植物園)へ。
うれしいことに「南蛮煙管の開花情報」が、出ていた!やった!
ナンバンギセルとは、万葉集中一首だけの「思ひ草」。
イネ科の薄などに寄生して咲くキセルの形をした、可憐な花です。
萩や女郎花、桔梗(容花)なども咲き、初秋の風情を味わえた。
奈良公園を通り、奈良県現国司の荒井知事公邸を見、奈良女子大学へ。
これは私自身ヒット!だと思ったが、人数も未定で、食事の好みも各自に
任せられる「女子大食堂」でランチタイム。現代大学事情も見て頂けたし、
もちろん食後は全員で「奈良漬アイス」を試食して頂き、地場産業の宣伝も
抜け目なく・・・!(笑)
そして午後からは、坂本先生にお願いして重要文化財の記念館を見学させて
頂いた。100年前に製造された優美な山葉(ヤマハ)グランドピアノを演奏
させて頂いたり、全員で「学生時代」や「四季の歌」など数曲を合唱し、
タイムスリップして、「昔奈良女子大生」のひとときも過ごした。
岡山県の方々にも年配の方々にもやはり「奈良女子高等師範」の
ネームバリューが大きいことを実感した。よかった!
岡本トラベルの最大の義務は、皆さんを予定の時間にお帰しすること。
大阪駅17時に無事帰着し、解散。
新たな「万葉旅行」のスタイルが生まれた。青春切符で次回は難波宮跡に
リトライすることになりそうだ。
頼りない引率でしたが、皆様と楽しい一日を過ごせたことを感謝申し上げます。
恒例の夏季万葉セミナーの受講に富山県高岡市万葉歴史館まで
出かけてきました。
急に涼しくなり、今まで経験したことのない快適な2日間でした。
講師席の横に置かれた、七草の生花。いい感じです。
「万葉の女性歌人」というテーマで5人の先生方が講義を
してくださいましたが、著書や書物で知る先生方の「生の姿や声」
を知ることもでき、内容に加えて貴重な機会です。
「万葉集」においては、「女性歌人」と「性」を特化することより、
「この歌を詠んだのが、たまたま女性だった」という見方であったり
また、万葉集の中に編纂された、たとえば人麻呂歌集の歌の
中にも「女歌」の形で詠まれているものがあり、今の時代に
ふさわしく!?男女同等に歌人として女性を捉える方向にあることや
表現法として「女歌」を考えることなどは、新鮮な印象を受けました。
今回うれしかったのは、奈良女の院生の明日佳さんと、三年生の
真璃子さんが参加されたこと。ご指導の坂本信幸先生が、万葉の
いろんな学会の役員でいらっしゃったり、各地の故地での協力や、
大和路を歩く会の万葉旅行の講師など、大学に留まらぬご活躍
をなさっているので、先生の後ろから門下生は、いろんな場面を
経験させて頂くことが可能な、恵まれた環境にあります。
山の辺の道万葉旅行もそうでしたが、机上の学問では得られない
「万葉集の魅力ある世界」が経験できるのですもん!
常々もったいない!と思っていました。
私はうれしくて、思い切り高岡自慢してしまいました!
そして、万葉まつりも来ようねって・・・!!!
「真夏の昼下がり」のきょう、娘のお誕生日です。
大台の節目を迎えました。「おめでとう!」
私の頃と違い、結婚も選択肢で、今は「芝居」一筋の生活。
でも「若い!」というのは素晴らしい。
私自身、娘時代から精神的に意識せず今日まで来てしまい
精神構造(年齢)は膠着していますが!?、肉体は確実に疲弊し
下っていくことが悔しいです。「若さ!」が、つくづくまぶしい!
娘を思うとき、私もまた神様から与えられた今後の時間を
落ち着いて、先を見ながら過ごしていきたいとあらたまる日
でもあります。
気になっていた犬養先生へのご報告をやっと果たすことができました。
昨年の100年祭の報告と感謝。多くの方々との再会や、新たな出会い。
犬養万葉顕彰会の役職の全う。私の近況や、語りかけたことはいっぱい。
そして、愚痴や甘えや私の独断と偏見をいろいろ聞いて頂きました。
お墓を管理してくださっている坂本家さんの奥様にも、昨秋の谷中墓前祭
のお礼を申し上げ、三月に逝去された犬養悦子さんをともに偲びました。
谷中でも、また代官山の東京展示でも特に昨年は、お目にかかる機会も
多かっただけに、納骨もすまされ、お墓にも名が刻まれていることが、
信じられなくて、不思議な気がしました。
関西なら、お盆の週で日曜日でもあり人出が多いはずですが、東京は
一月早い七月がお盆の行事なので、ほとんど人影もなく、ゆっくり過ごす
ことができました。また晴れ女の私にはめずらしい霧雨のそぼ降る墓参に
なり、寒~い一日。前日の大阪と段違い!なんだこれは!
さすがに名物の谷中のネコの姿も少なく、会いたい!
また、お墓で覚悟していた蝉しぐれもなく、上野公園の森でやっと
雨天決行の蝉の声が聞こえたくらいでした。
アブラゼミカルテット(雨天で小規模)に、ミンミンゼミソロが入ります。
東京のミンミンゼミは、だいたい5回鳴きます。犬養説は正しい!!!(笑)
(私はただいまレポートに追われて冷や汗の、坂本ゼミです! ハイ。)
来る、9月13日には、犬養先生が亡くなられて10年が経ち、西宮神社会館で
命日祭を行います。早い。もう10年なのですね。本当にあっという間でした。
でも、神様のご配慮もすごいです。犬養先生が亡くなられた通夜の日は、
仲秋の名月で明日香村では観月会が行われていました。10年目の命日祭も
偶然ですが、仲秋の名月の時期にあたり、翌日には明日香村をはじめ、
全国で観月会が催されるのですよね。
お月さまが大好きだった先生。「万葉の月」のお話が懐かしいです。
私も先生と万葉集のおかげで、「お月さま」は生活の一部になっています。
13日の命日祭に集った方々は、きっと犬養先生らしい、印象的な感慨深い
時間を過ごされることでしょう!
私も最後のお手伝いです。(私の記念日でもありますし…)
先生、また来ますね。犬養先生のたましひは、明日香村にあると思い、
でもいつも私の心の中に居てくださっています。
上野・谷中は? やはり犬養先生の原点の地であることが、私を引き寄せる
のだと思います。さあ、明日からがんばれそうです!
インターネットで、漫画家赤塚不二夫氏の訃報を知った!
とうとうさよなら。晩年は、ガンに加えて、脳疾患に、アル中にと体を
蝕まれても、変わらぬ気ままな人生を貫いた人だった!
菊千代という、牛のように大きな猫を飼っていた。
淋しい。悲しい。さよなら。ありがとう!
私は小学生のころから「おそ松くん」のファンで、その後も赤塚氏の
漫画のキャラクターが大好きで、いまだにれれれのおじさんは皆さんの知る
ところであるが、だよ~んのおじさんも、私のロゴマークのように書き
添えているのもご承知のとおり…。
作家生活40周年の記念展も行ったし、青梅の記念館も行った。
ギャグと底抜けに明るくて憎めないキャラクターが、大好きだった。
お宝はいっぱいあります。
額から、Tシャツから、花札から、アクセサリーまで…。いろいろ。
下の写真は、「古典入門」の本ですが、なんとまんがの万葉集。
わかりにくいでしょうが、高橋虫麻呂は、れれれのおじさんが
モデルになってます!?いやいや、れれれのおじさんが、高橋虫麻呂の
キャラクターで登場しています。どうちがどっち???
これもお宝のひとつでしょう。
赤塚不二夫ワールドは、私の一部だったかも。また1つの灯が消えました。
昨年は、犬養先生の生誕百年を記念して、いつもの万葉故地旅行に
犬養先生の原点である「阿蘇の噴煙」を求めて、熊本の地を加え、
赤レンガの建物の残る、旧制第五高等学校や阿蘇山なども訪れました。
今年の三月末で、私が会長を務めていた顕彰会の第五期が終わりました。
ただ、07年間で行った長期旅行の万葉エリアが、1箇所残っていましたので、
旧役員有志で行うことを決め、山内英正さんを顕彰会の代表、そして講師として
今年度も「浜松万葉旅行」を行いました。
厳密に言うと、浜松、浜北、浅羽町の三箇所をコースとしましたが、平成の
大合併により、浜松と浜北が1つの浜松市となり、今回見学の犬養歌碑は
浜松市の行政区だけで7基(浅羽町→袋井市で2基)という、一つの万葉
エリアとなりました。
ここ数日、猛暑日が続いており、この季節の旅行に不安も抱きましたが、
やはり万葉ファンは普段から「万葉熱中症」ですので、免疫があるのか!?
ハードな旅でしたが、一人の体調不良者を出すことなく終えることができた
ことにほっとしています。
しかし犬養高気圧もますますボルテージを上げていましたね(笑)。
浜名湖の湖北の猪鼻湖の西方にある「乎那の峯」の砂洲は、今はホテルが
建っていますが、峰がやがてひじ(砂洲)となるまで、寿命が続いて欲しい・・・と
詠う、祝賀の歌の故地。そこには犬養先生の136基ある歌碑の4番目に建立
された歌碑があり、コースはそこからスタートしました。
次に、引佐細江の澪つくし(模型)を見、吾跡川柳を見て、宿泊の舘山寺温泉へ。
今年はこの時期に花火大会がなく、団体の宿泊が可能となりました。ラッキー!
到着して食べた「いちごのかき氷」が美味しかったこと。
そして、すぐに汗を流したくて、露天風呂に入りましたが、よく晴れた空、
広がる浜名湖を見ていると明るさと暑さで、まるでプールで泳いでいるような気分
になりました。(汗)
もちろん、一品は鰻の蒲焼が入ったお食事に、舌鼓を打ちながら、大宴会。
自己紹介などをしながら楽しくひとときを過ごしました。
各地から、各世代の方々がご参加くださり、また犬養先生や、万葉集との
いろんな関わりなどを知ることができ、有意義な交流会でした。
翌日は、露天風呂で日の出を見た人も多かったようですが、早朝から快晴!
8時に出発し、浜北へ。南陽公民館、浅羽の八幡神社、浅羽図書館、そして、
お昼は浜北万葉の森公園に行き、犬養歌碑の見学を中心に、防人の歌の
ふるさとを偲びました。昼食は今回の旅の目玉とも言うべき、「古代食」を
経験しました。
地元の「月草の会」のご婦人たちが、資料をもとに再現されたり、
また古代から今もある植物を、食せるように工夫を重ねて、新たな献立を
加えてくださった・・・などご説明も聞きながら、興味深く美味しく頂きました。
「月草(つゆくさ)」の天ぷらは、初めての体験でした。夏の献立で、
鰻の蒲焼(語源はがまの穂)は、武串に上手に形作られて、感心しました。
予約制で(食材の準備が大変!)いつでも食べることができるので、是非
浜北万葉の森公園へ行かれて、種類も充実して、よく手入れされた万葉植物を見て
犬養歌碑や桜井満氏の歌碑を味わい、古代の食事・・・とできるだけ多くの人に
足を運んで頂きたいものです。
植物は夏場で、限られていましたが、浜木綿、蓮、ひおうぎ、そして秋の七草の
女郎花、撫子、桔梗、めずらしいところではピンクではなく紫の山ぢさが
咲いていました。
少しあわただしかったですが、次の若倭神社、麁玉(あらたま)公民館、
浜北文化センターと、きょう一日で8基の見学を達成しました。それぞれに
個性があり、石の種類や、建立地のこだわり、地域性を感じる建立スタイルや、
歌碑の意義の現状などを確認することができ、本当に密度の濃い旅となりました。
参加者のみなさんとも名残は尽きず、またの再会を願いました。
今日(28日)は、昨日と一転して全国的に天候不順で、近畿は雷雨、洪水警報の
出る大荒れの天候となりました。金澤の浅野川は氾濫、敦賀では竜巻や突風が吹き、
山内情報では、浜北(静岡)も風が吹き荒れたということだそうで、びっくりしました。
やはり私たちの旅は犬養先生に守られていたのですね。
昨日の浜松は、37.7度と全国で2番目に暑かったそうで、私は先週の岡山も
日本で2番目の暑さと言われましたので、わざわざ選んで行っているのか・・・と
思うくらい!?(笑)。でも家で過ごしている方が、よっぽど暑く感じます。
そうそう、張り切って(いや、ドキドキしながら)出かけた前期試験は、
警報発令のため延期となり、教室の「急告」張り紙を見て、がび~ん!
試験勉強の時間を稼げたと思うべきか、ドサクサで終えたかったという本音か、
微妙なところですが(汗)、自然の変化には逆らえません。
犬養万葉顕彰会での旅は一段落しますが、犬養先生との心の旅は永遠に続きます。
参加者のみなさん、ゆっくり疲れをとってくださいね!!!
いつも夏にプライベート万葉旅行に出かけるが、今回は海の日の連休を
利用して、犬養先生が亡くなられてから建立された、岡山県津山市久米南町の
笛吹川歌碑公園にある額田王の「あかねさす・・・」の歌が揮毫された歌碑を
訪ねてきた。
犬養歌碑は、今春で現在136基となったが、額田王の歌は近江の市神神社の
境内にある歌は残念ながら、有名な蒲生野の歌ではない。
万葉集の中から一人歩きしていると言っても過言ではない、この名歌
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
数ある犬養先生の歌碑で没後に建立されたことが、不思議なくらいだ。
法然上人生誕のゆかりの地「誕生寺」を目印に岡山駅からレンタカーで出発。
立派なお寺で、法然上人の産湯の井戸があり、ご両親の霊廟もある。
今はさびれているが、正面の参道沿いには家屋の名残などもある。
「晴れの国岡山」は、この日日本で2番目に暑い日だったそうだが、快晴の
青空とみどり深い古刹の森でのひとときは、空間を独り占めしているような
気がした。
残念ながら、誕生寺と歌碑公園との関係が薄いのか、寺からは案内板も無く、
遠回りして、歌碑公園を探した。
なんと、持参した資料のイメージとは面変わりしており、歌碑がいっぱい!!!
犬養歌碑はどこだ!
公園の前の川(片目川→笛吹川)は整備され、ホタルの里の保護地域になっている。
その川を挟んで、個人の「歌碑」が周囲にたくさん建立され、数えてみると
90近くあった。(86基?)あまりに多すぎて正直な感想は「墓地」のようだ。
その中で、犬養歌碑だけ副版も作られていたので、中心部で見つけることが
できたが、地元の方々の「歌碑」は今後、まだまだ増え続けるように思われる。
希少価値の額田王の歌碑であり、私は感慨も一入だったが、余計に「この地に
先生の歌碑のあること」の意味を考えさせられた。
果たして犬養先生の「万葉故地、景観保護、ふるさと活性・・・」の意向にかなって
いるのものであろうか。犬養先生が亡くなられてから・・・の建立は、地元民にも
揮毫者の印象が薄いはずだったであろうし、この奥深い岡山の地の活性化を
図るための手段であれば、誕生寺を含めて、表示・案内・地元協力の形が示されて
もよいと思われる。
そして、地元のための歌碑公園として、今後も規模が大きくなっていくことは、
それはそれで大事であり、公園のアピールを積極的になさるべきだと、エールを
送りたい。
私としては、歌碑は犬養先生の化身のような感覚があり、どの歌碑を訪ねても
犬養先生が、しっかりと「その大地」に魂を根ざし、踏ん張っておられる
姿に見えるのだ。今回は、林立した歌碑群に犬養歌碑も埋もれて、まるで人質に
取られたような気持ちさえして、「オカモちゃん、よく来てくれたね!」と
さびしがっておられた先生をやっとお訪ねできたような気がした。
また、帰る時には、後ろ髪をひかれるような、切ない心残りを感じながら、
「先生、また来ますね!」とお約束をして歌碑を離れた。
建立してくださった方々には、感謝の気持ちであるが、こんなに
歌碑との対面で思い乱れたことはなかった。
犬養先生が亡くなられて10年。「歌碑」が先生が揮毫されたことの意義を
語り、理解せしめるものとして、単なる名所・旧跡の記念碑となっていくこと
のないように、教え子としてしっかり見守っていきたい・・・。
大学院に通うようになって、今一番のお気に入りは、車窓から見える
平城宮跡の広大な空間である。
今までは、近鉄奈良線に乗車していてもそれほど気に留めることも
なかったが、大学との往復に「古京」をもっとも実感できる場所だから
だろうか。合格発表の日の一面の雪景色も圧巻だったが、今は鮮やかな緑の
絨毯が眩しく、美しい。朝夕の背景も情緒があって、いい感じ。
今は、地道な考証や分析の万葉を学んでいるので、余計に古代の息吹で
深呼吸をしたい気持ちにかられている。
9日には、安堂の大和川沿いにある高橋虫麻呂の長歌の歌碑を見てきた。
河内の大橋の娘子の歌だ。今年初めて、蝉の声を聞き、夏を実感。
週末の12日には、上野城へ行った折に、久しぶりに名張の夏見廃寺跡の
犬養先生の歌碑も訪ねることができた。
今、6枚目のCDを制作中だが、私のこだわりで、「二上エレジー」を
ボーナストラックとして入れる予定で、この曲を最初に録音した。
「先生、やっぱり私の原点はこの歌ですね! 次のCDも悩みながら
作っていますが、応援していて下さいね。」と報告した。
ここで、平成8年に国有地では私たちが初めてと言う、記念すべき夏見廃寺
コンサートをさせて頂いてから「名張」とはご縁ができた。その後、青山町でも
2回もコンサートをさせて頂き、万葉集の直接の故地でなくても、私たちの
うたがたりと町づくりのテーマさえ合えば、万葉集は引き出しの多い万能選手
として活躍する!
実は、来週の連休を利用して、私、岡山県の笛吹川の犬養歌碑を訪ねる
予定でして・・・。だって、私の憧れ、額田王さまの歌ですもの!!!
七夕よろしく「オオキミ様にあやかれますように・・・」ってお願いしてきま~す!
やっとこさ、ブログ報告が追いついてきました! ほっ。
あれやこれや、忙しい3週間でした!(汗)
