TSUBAICHIを立ち上げて、満4年になりました。昨年は、開館記念イベントで行った
「山口ひとみさんのライブコンサート」が、偶然同じ4月7日に開催することになり、
うれしい限りです。
昨年は山口さんの20周年リサイタルを控えてのプレイベントと位置付けましたが、
今年は、彼女の選んだアーチストとの競演ということで、「春うららうららのコンサート」
というタイトルで歌とピアノとバイオリンの3者ががっちり4つに組んで、華麗な演奏を
聴かせ、魅せてくださいました。
ますます輝きを放つ山口さんに、目が離せません!(笑)


ということで、ダブルヘッダーの忙しい、でも有意義な春の1日を過ごしました。
いつもベストドレッサーの山口さんです!
投稿
4月の最初の日曜日に行われる今年は、4月7日。
珍しい雨の朝でした。明日香村の桜はどんなかな、石舞台のオカモ桜は?と楽しみに
出かけましたが、生憎の雨に加えて、寒くもあり、見ごろまでもう一息でした。
いつものように午前中は、犬養万葉記念館に有志が集まり、飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司に
ご神事をして頂きます。
天候が悪かったため、祭壇は記念館の中に設置。
「弥栄」「安泰」を願って頂き、いつもながらのいいお説教をしてくださいました。

全員が玉ぐし奉奠をさせて頂き、今年も記念写真です。森川村長になられてから、ご出席が
かなわないことがとても残念に思っています。参加者も年々少なくなり…。(ちょっとさびしい)

午後からは、場所を中央公民館に移し、記念講演会と万葉朗唱の会があります。
私は午後からTSUBAICHIで、山口ひとみさんのライブコンサートの予定と重なってしまった
ため、ご神事だけで、失礼しました。
犬養万葉記念館の庭の先生の歌碑が雨に濡れてかえって味わいがあり…。
また万葉歌碑の歌にもある、やまぶきの花の咲き初めにも出会い、ちょっとほっこり気分。


ネットでの情報ツールが多様化して、翻弄されている。
私もホームページ・ブログを最低限有効利用しようとしているのですが、
操作に弱いことに加え、時間がなくてつい滞りがち…。
そこに登場したツイッターとface bookは、写真と簡潔なコメントで発信できるので、
利用するようになりました。
ツイッターは今もよくわからないまま。本当に本音の「つぶやき」ツールで、大阪の
おばちゃんそのまま、「なんでやねん!」「ありえへん!」「やばい!」とか、誠に
一言ツールですので、私の身近な人にしか理解できない領域になっています。
しかしface bookのほうは、写真サイズの変換の手間もなく、手軽にアップできるので、
最新情報を発信できるものとして、忙しい私でも合間をぬって「TSUBAICHI」のサロン版と
岡本個人のページと二本立てで活用中。
サロンのイベント情報や、日常も気軽に見て頂けるようになりました。
個人ページは、また少し私の独断と偏見の部分が垣間見えるものですが、一方的に楽しく
発信しています。
またお友達リクエストで、ネットワークが広がっていくといいなと思います。
そこで、face bookに興味ない方には、ブログをそのような形に変えて、もう少し細やかに
オカモ日記を綴っていきたいと思いたちました。
まずは、因幡旅行の前に、久しぶりの親孝行の「お花見」に。
清明の4月5日のひととき。猪名川へドライブに。


face bookで久しぶりに両親の元気な姿にいろんな人から「いいね!」を頂戴しました。
帰宅してからは、母の丹精したベランダの「お花見」。なかなかの花盛りに感心しました。
両親とのひとときも大事な時間です。

何か大事なこと…と、思い出しました。
4月7日は、山口さんのライブと、明日香村の犬養万葉記念館の若菜祭とが重なってしまったので
私は朝からの記念館神事だけ参加させて頂きました。
犬養先生の記念日には珍しい曇ったような雨のぱらつく朝でした。
明日香村の桜はどうかな…と思いながら、やはりまだちらほら。
1週間ほどしたら満開かなと思わせる感じ。でも記念館の庭の犬養歌碑にある「山吹」が
咲き始めていました。


天候が悪かったので、飛鳥弘文さんの司式は屋内に準備された神棚の前で行われました。

残念だったのは、必ず参加してくださった明日香村村長が、関さんと交替されてからは、
一度も参加してくださっていません。(2回目)
やはり「犬養先生」とのご縁が薄いせいでしょうか、前村長のような思い入れが少ないのは
仕方がないことかもしれません。
でもあえて来て頂くことで、明日香村と犬養先生について意識を深めて頂きたいと切に
願っております。
飛鳥弘文宮司の心尽くしのお説教を頂き、いつもながら感謝です。
今年は犬養先生の15年命日祭の年でもあり、記念館の弥栄を心から祈りました。

そして、TSUBAICHIサロンへ移動したというわけでした。
大事なこと、書き忘れました。犬養先生ごめんなさい!(汗)
たまっていたサロンの社長業?!と、14日に控えたうたがたりの練習など、やっと日常を
取り戻しました。
4月7日は、TSUBAICHIで山口ひとみさんのライブコンサート。
ちょうど一年前に秋のリサイタルを踏まえて宮川真由美さんと初めて一緒に演奏の機会と
して行ったジャズライブも4月7日でした。
今回は宮川真由美さんと、山口リサイタルの時に音色の素晴らしさとパフォーマンスで
人気のあったバイオリニストの金関環さんに出演をお願いして、ボーカルは山口ひとみさん
の3人の「春うららうららのコンサート」を開催しました。
リサイタルを経て、もはや息の合った3人のステージは質が高いというか、サロン冥利に
尽きる素晴らしい音楽を堪能させて頂きました。

金関さんのバイオリン演奏をもっと聞きたいと言う私たちの希望で7月28日にサロンで
コンサート決定!とても」楽しみです。
1月17日のブログでも「追悼文」を書いた東祥高さんの追悼コンサートにでかけた。
ブログに書きながら、何のけじめもない、このままでお別れをしてしまうことの
理不尽に私の音楽サロンで是非追悼の機会を持ちたいと思い、ここ最近は、東さんと
音楽活動を一緒にしておられた篠笛の井上真美さんに連絡を取りたくて、ネット検索を
している時に、偶然「東祥高に捧ぐ~篠笛の響きコンサート」の予定記事を見つけた。
やっぱりあった…とすぐ連絡をとり、ともかく申し込んだ。
2月9日、西九条のクレオ大阪西は、TSUBAICHIサロンからも近く、東祥高さんの
スタジオからも同じような距離の身近な場所だった。
満員御礼で、申し込みを途中打ち切ったとも伺った。
やはり長い音楽活動を通じて、広い交際相手や、音楽ファンなど、私以上にショックを
受けて信じがたい思いで、コンサートに来られた方も多かったことだろう。
篠笛の演奏は、東さんのシンセサイザーによる録音音源が残されているので、本人が
おられないステージではあるけれど、シンセサイザーはセッティングされており、
後ろのスクリーンに東さんが、かつて演奏されている時の姿が映し出され、何とも不思議な
感覚で、篠笛と東さんの演奏の舞台に見入っていた。
「東」ワールドと言える、少し幻想的なメロディが特徴だが、オープニングに演奏された曲は
2010年の平城京1300年記念のイベントで行われた平成の歌垣の、うたがたり会の山口さんや
大岡さんが歌唱した「春日野に…」の曲と、舞姫が踊った光明皇后の歌のメロディが奏でられ
「東さんの曲が、歌垣で用いられていたのだ」ということを初めて知った。
また最初に演奏されたことが、私にとって印象的だったことと、曲名が「祈り」であった
ことも知り、一気に東さんの思い出を思い起こさせる象徴的な1曲だった。
コンサート後、井上さんと再会もでき、TSUBAICHIでの追悼コンサートの依頼もさせて
頂いた。
また、所帯感をまったく感じさせない東さんであったが、ご長男をご紹介頂き、家庭人で
あったことも初めて知った(笑)。
東さんにご紹介頂いた、制作会社の川上さんや、横道さんや、西村さんも来られており、
「平成の歌垣」の企画立案のお仲間として、何かとご縁を頂いてきた方々ともお目にかかった。
10月に亡くなられてからようやくの追悼の機会であったが、これで私も少し「現実」で
あることを意識できたような気がする。
東さんは、演奏の曲は多くても東さんの曲を歌ったグループは万葉うたがたり会だけ
かもしれない…と思い、私の曲をアレンジして、CDに遺して頂いた「かぎろひシンフォニー」
と共に、私のサロンで是非追悼の機会を持ちたいと思っている。
東さんのいやそうな表情が目に見えるようだ。しかし私はやるぞ!
阪神淡路大震災の18年目の今日、亡き人を思う。
同級生のお嬢さんは、娘と同じ年だった。ピアノの生徒さんのおばあちゃんや、
甲南女子大学の犬養ゼミのお仲間のご両親や、身近な「悲しみ」を私も間近で
体験してきた。つくづく私や、家族が幸運にも生かされたことの「重み」と感謝を
思わずにはいられない。
その今日、私が昨年あとから訃報を知り、思いがけないお別れをしてしまったお二人の
ことを記しておきたいと思う。
お1人は、作曲家で、シンセサイザー奏者の東祥高さん。ご本人の意思ですぐに世間には
公開しないとして、新聞の訃報欄では亡くなれて2ヶ月経った12月に公表された。
東さんは、かぎろひの里、大宇陀のご出身で、平成8年の「かぎろひを観る会」でお親しく
なった。それまでも文書やお手紙で『万葉集』についてのお尋ねや、私たちの活動を
聞いてこられたり、やりとりはあったので、存じ上げていた。
私もかつてフォークバンド「5つの赤い風船」のメンバーだった東さんが、脱退・独立
してシンセサイザー音楽をやっておられることを知っていたが、ご縁ができるなんて、
夢にも思っていなかった。
平成8年は、「かぎろひを観る会」に、私たちはゲスト出演させて頂いたおかげで
東さんやスタッフの方々と一緒に食事をしたり、地元のペンションで仮眠するまで
ゆっくり過ごさせて頂いたので、東さんの人となりを知ることができたように思う。
その頃も、ヘビースモーカーで、食事は好き嫌いが激しくて、お酒はとても好きな人
であることはよくわかった(笑)。
そのことが直接のきっかけとなり、東さんが地元の依頼を受けてCD「かぎろひシンフォニー」
を制作される時に、私の「阿騎野寒暁」の歌も挿入したいということで、東さんが編曲され
た。
それを万葉うたがたり会が歌唱するということで伺った、東さんの音楽スタジオが
なんと今のTSUBAICHIの大淀南の町内のマンションだった。
まさかその近くに今私たちがサロンを構えようなんてつゆ知らず…の頃。
東さんは、犬養先生のイベントで大阪城ホールで行われた「一万人の万葉衆」の
オープニングで演奏されたり、私も何度か大きなイベントでもご一緒させて頂いている。
そして、2010年の平城京遷都1300年記念イベントで、「平成の歌垣」という歌垣を
ベースにした音楽劇があり、私も歌博士という役で1週間出演させて頂いたが、
企画からシナリオをおこす前から、シナリオ作家と演出するイベント会社と東さんが私の
サロンに何度か足を運んでくださり、「万葉歌」の選定と、曲想などについての相談に
私も関わらせて頂いた。
そして遷都祭のオープニングイベントとして行われた「平成の歌垣」は、大好評だったが、
音楽担当でもあり、全部の作曲を手がけられた東さんは、何と「意に沿わない」仕事と
公言し、終始私にも不機嫌だったし、特に私の出演に関しては、素人のくせに…と
いやだったようだ。でももがんばりましたよ!
そして昨秋、思いがけなく平城京の天平祭で、2年ぶりに再演された「平成の歌垣」。
私の再出演が決まり、1回目の顔合わせの10月に、1週間前に亡くなられたばかり・・と
東さんの訃報を知った。信じられなかった。
2年後の「平成の歌垣」の再演が決まったことで、私はまた東さんに辛口で皮肉なイヤミを
いっぱい言われるだろうな…と思っていたが、反対に、この時期に再演のこの機会が
めぐってきた事の偶然に本当に驚いた。
結果はブログで記したとおり、当日は、めずらしい大雨で、結局出演者のラインナップ程度の
「中止」状況だった。
残念だったが、東さんの涙雨なのか、全力でイベントを阻止されたのかよくわからない。
しかし、確実に亡くなられたばかりの東さんを偲ぶ大きな機会であった。
東さんは『万葉集』を素材に歌う人が増えていく中で、私を評価してくださっていたようで、
いつも本当に辛口ではあったが、細々と個人で万葉活動をする私を信頼してくださっていた。
本当に思いがけないお別れに、切なさがこみ上げてくる。
12月29日の早朝、大宇陀では41回目のかぎろひを観る会があった。
いつもロングコート姿で、かっこよく参加される東さんの姿はもう見られない。
新春のTSUBAICHIでは、東さんとの思い出の多い、「かぎろひ」の写真を飾った。

そしてもうお1人のさようなら…は、万葉スケッチ画家の冨田利雄さん。
奥様からの喪中はがきで知った。
油絵の前衛的な画風から一転、万葉故地の繊細なスケッチ画で、冨田さんの万葉故地世界を
作り出された。
私も万葉歌のCD制作で、最初の「恋歌vol1は、冨田さんの「二上山」のスケッチ画で…と
こだわり、冨田さんの個展で購入した「絵」をもとにジャケットに使わせていただいた。
その後も犬養万葉顕彰会で、テレホンカードを作成させて頂いたり、「万葉の仲間」として
長いお付き合いだった。
お目にかかる機会も少なくなり、時々「お元気かな…」と思い出してはいたが…。

お二人にこれまでのご縁とご厚情に感謝しつつ、サロンで私の追悼をさせて頂いている。
ありがとうございました。またお目にかかるまで…。
私には、CDでお二人の音楽と絵が残りました。永遠に。

昨年は、万葉うたがたり会の活動が外部での機会が多く、サロンでは2回しか
コンサートを行えませんでした。
今年は、活動拠点TSUBAICHIという、原点に戻って「万葉うたがたり」に
取り組みたいと思っていた矢先、年初の「万葉うたがり」の機会を頂きました。
時期的に思案しましたが、仲間の快い協力を得て、出演することに…。
出演を了承してくれた、美佐ちゃんと山寺さん。
山寺さんの男装は初公開かも???
なかなかよく似合っていました。これからもいいかも。

なんと私と同じ「還暦を迎える中学校の新年同窓会」からのオファーでしたが、窓口は
昨年5月にコンサートをさせて頂いた浄福寺さんのご住職でした。
あれ~、私と同じ年だったのだ???とびっくり。(笑)← お若く見えます。
新春・還暦・宴…と祝賀の席ですので、意識したプログラムに。もちろん、「姫路」と言う
故地についてもふれ、都太の細江や、絶等寸など、万葉の故地名もご紹介しました。
還暦の私が、還暦の会で歌わせて頂く偶然を愉快に思いながら、また新年早々、山寺さんや
美佐ちゃんと「万葉を歌う」感慨や、ひとときお正月気分から抜け出した時間でした。
わざわざお花もご用意くださり、さっそく食卓へ。

そして、美佐ちゃんは、先輩のコンサートを聴きに西宮芸術文化ホールへ。山寺さんは
次男を連れて九州のご実家へと次の予定地へ。
私は今、ようやくおちついて昨年来のかたづけものに精を出しています。

11月25日の山口ひとみさんのリサイタルからもう1か月です。
なかなか仲間内での打ち上げも時間的にままならず、何となく打診して決めた
クリスマス会。
TSUBAICHIを支えてくださるボランティアスタッフの男性陣は残念ながら全員アウト!
…ということもあって、思いがけず水入らずの万葉うたがたり会のクリスマス会が
はじめて実現しました。
今はTSUBAICHIフェイスブックというツールで、すでに楽しい状況をすぐにお伝え
したのですが、ブログ報告もしておきたいと思いました。
サロンに備えてあった「たこ焼きセット」があったので、今回は「たこ焼きパーティ」と
なりました。
さすがに宴会担当のともちゃん、アッコちゃんの「一工夫」で、たこ焼きもトッピングを
毎回変えて、和風からイタリアン、そしてデザートたこ焼きまで、どうよ!って感じ。
よく食べ、よく笑い、よく喋り、本当に楽しいひとときでした。
メインは、山口さん、お疲れ様でした!ということですが、メンバーそれぞれに「今年の
総括」と「来年の抱負」などを聞き、2012年をしみじみ振り返りました。
私もこの仲間たちに「還暦」のサプライズパーティを開いてもらいましたが、山口さん
リサイタルに向けて、結束し、協力し、達成した私たちの絆が、より一層私たちの
信頼関係を強いものにしてくれたような気がしました。
万葉うたがたり会も「演奏集団」の仲間としての交際範囲で、プライベートな交流は
以前ほとんどなかったのですが、ここ数年、公私にわたった付き合いができるようになりました。
個人的な相談事や、話題の共有や、それぞれの立場で年齢差の学びなど、いろんな人間
関係が紡げるようになりました。
「音楽家」は孤独な一匹オオカミが多い中、私はみんなのつながりを目指してきたので、
今のサロンDEうたがたり会は、とっても満足です。
さて、次はいつ? パーティではなく(汗)、万葉うたがたりコンサートです。
1月に…と言っていたのですが、2月に西宮や明日香村でコンサートがありますので、
すこし先送りとなりました。
でもTSUBAICHI4周年目の記念日には、活動拠点であるサロンから万葉うたがたり発信を
する予定です。どうぞ4月14日(日)をお楽しみに…。
私たちの23日の大盛り上がりのクリスマス会に、肝心の24日・25日は、クリスマスの
実感なし!と全員声をそろえて言いました(笑)。アハハ! よかった!
また来年も集まれるといいな。記念写真です。娘も最後に間に合いました。

山口ひとみリサイタルから、はや1週間です。本当にはやい!
つらつら椿株式会社は動いていますので、達成感や感動の余韻にずっと浸っていたい気持ち
ですが現実はそうもいかず、日常が開始しています。
26日も「休み」と公言していたにもかかわらず、私も山寺もそれぞれに出勤し、気になった
後片付けに勤しみました(笑)。
さて、リサイタルについて、もっとも感謝したいのは、チームTSUBAICHIの協力・尽力でした。
今回は特に1つの舞台に頼もしい仲間が多く関わって、華やかなステージを支えることが
できたことを本当に誇りに思います。長年の人脈と、信頼と、絆と、そして山口さんへの
親愛があり、まさに「時は来にけり」だったのです。
今回ライブステージという会場で、もっとも腐心したのは、座席の決め方と指定です。
「上席」は、お客様の印象であって、私たちも決め難い会場の配列に悩みました。
それを一手に引き受けて、順調に配分してくれた愛ちゃんと受付チームです。

そして物販には乾さん、西本君の男性にも協力を仰ぎました。
受付のチケット確認とプログラムを配布する「関所」には、砂原由季子、あっこちゃん、
ともちゃんに…。
お3人には、打ち上げもすべて任せて準備、接待から楽しいひとときを演出してくださり。
いい仲間です。まさにうたがたりファミリーでした。


会場に関する司令塔は、仕事が「男前」の山下さんです。彼女がいるだけで安心の存在でした。

また、このたび私の「山口リサイタル」のテクニカルな演出助手は、山本拓平さん。
リサイタル前に入院騒ぎもあり、はらはらしました。
でも当日はやはり演劇人だけあって、限られたリハーサルの時間の中で、舞台の流れを
音響・照明にもしっかり指示してくれましたので、映像的にも美しい舞台でした。
でも当日最後まで緊張がほぐれなかったのは、私たち二人だったと思います(笑)。

そして貴重な楽屋写真です。山口さんのヘアメイクをしてくださった美容師さんと、
チラシ、ポスター、当日のお花の頭飾り、ブレスレットを作ってくださった西堀さん。
私の思いを具体的に実現してくださってありがとうございました。
1部では、清楚なスカーレットオハラのイメージで…、2部はショータイムにふさわしい
大人の女性のイメージで…と、山口さんにはドレスの色まで指定させてもらいました。
わがまま言わせてもらったけど、新たな魅力が引き出せたと私は自負しています!



いかがでしょうか。本当に華のある山口ひとみさんに同じ女性でありながら羨望と憧憬の思いでした。
そして、今回は会場的に目立たぬ二人でしたが、坂本さんと冨岡さんがビデオ班で
参加して頂きました。なんかかっこいい余裕のショットです。

神様って本当にいろんなチャンスをくださいますね。何十年ぶりで再会した犬養ゼミの
千代晴江さんがアートフラワーの先生で、先日もサロンでクリスマスの飾りを製作させて
頂きましたが、私の「閃き」はいったいどこまで…(笑)
悩んでいた、ビルボードの舞台の演出に一役買ってもらいました。
お気づきになりましたか。「カルメン山口」に合わせて別注のバラの花でできた額です。
本当にいろんな方に助けて頂きました。ありがとうございました。

そして、最後にハードの責任者である山寺さんは、本当にあれこれと細かいことまで
よくやってくれました。私と山寺さんとの山口さんに対する思いが共通であるからこそ
ここまでやってこれたと思います。とても楽しかったですし…。
でも当日はちょっと許せん!
リハーサルを重ねるごとに楽しかった私。当日が勝負の私と反対に当日は自ら観客に徹した
という彼女。
2部が始まってすぐに予定時間が押していたので、対処に動き回っていた時に、カウンター席で
山口さんの歌に感動して涙していました!
…という役割分担でしたね。でも本当にやり甲斐のあった舞台でした。
私って案外プロデユース業に向いているかも???(笑)

山口ひとみさん、本当におめでとうございました。感動をありがとうございました。
5年後くらいには、またビルボードで、いや、それ以上のステージでまた花を咲かせましょう!
みんなが楽しみにしていますよ。チームTSUBAICHIにも心から感謝しています!



