きょうは、10月9日。
はや、高岡万葉まつりの最終日となりました。
坂本先生と私は「高岡」に心を残しながら、昨日より尼崎の園田女子学園大学で開催
されている萬葉学会に出席しております。
高岡万葉歴史館からも垣見研究員が、今年度の萬葉学会奨励賞を受賞され、急遽の
来阪ともなられました。しかし、おめでとうございます!
今朝、私が万葉まつりでオープニングで参加した、「高岡旅情」披露の時の記念写真が
届きましたので、さっそくアップしました。
こうして、開幕、閉幕で毎年歌って頂けることは、本当に幸せなことです。
そうそう、8月に高岡万葉セミナーで伺ったときから1カ月ちょっとですが、JR高岡駅が
リニューアルオープンしていました。
数年前から少しずつの変化に、楽しみにしていましたが、今回いよいよ改札口が新たに
なりました。南口は瑞龍寺口、北口は古城公園口と象徴的な表示です。
すごい。到着するなり記念写真を撮りました。
ただ、荷物が多いとエレベーター移動はずいぶん遠回りになり、切符の購入後、再び
時間待ちに街へ出るには、コインロッカーも、お土産購入もまだまだ不便ですので、
次回伺った時のの変化・進歩に期待したいと思います。
しかし、完成の暁にはホームの長さが大阪駅以上の長い100メートルくらいになるそうです。
もうひとつ、夏に伺った時は万葉歴史館のひおうぎが満開でした。ぬばたまの「実」が
顔を出し始めていました。
また、ススキの根元に「思い草」が…。
おおっttとうれしかったのですが、またまたすごい数の花々にびっくり。
今年は特別多くの「なんばんぎせる」が咲いたそうです。
歴史館に訪れる人の「思い」を寄せる象徴かもしれません。
昨夜、萬葉学会の懇親会で、万葉うたがたりコンサートをさせて頂くという、光栄な機会を
得ました。演奏時間がちょうど故地交流会と同じ時間帯でしたので、高岡は1日だけで
帰阪しましたが、ご盛会だったとご報告も頂き、とっても嬉しいです。
来年はまた、バスで多くの方々を引率して参加したいものです。
では、今日は萬葉学会の研究者の発表日です。
気候もちょうどよく、勉学にいそしむ秋! 楽しく拝聴してきます。行ってきま~す!
ベランダの桔梗は「秋の花」であることを主張しながら、まだ頑張って咲いてくれています。
なんと、昨日咲いた花をよくみると、白地に紫の模様があります。
白と紫と1本ずつの花に何か変化があったのでしょうか!!!
子供が生まれたような気分で、気持ちがほっこり…。
兵庫県でも有数の観光地である西宮市は、毎年1200万人の観光客が訪れるそうだが、
甲子園球場への観客が多くを占めていて、あとはえべっさん、酒蔵関連…とスポット的に
訪れるという観光状況から、西宮市はこのプレイベントから観光元年と位置づけ、
来年度に「西宮・まちを旅する博覧会」の実施を予定し、昨日プレイベントの開幕式が
行われた。
オープニングセレモニーには、今朝の朝刊に150名が参加と書いてあったが、私も
関係者として参加していた。
観光客を呼び込む前に、まず西宮市民が「西宮市」を理解し、歴史・文化・産業・特性を
知った上で、町ぐるみのおもてなしをするために…と企画されたもので、プレイベントでは、
まずは市民対象にまち歩きコース20、まちなか体験21の、41のプログラムで西宮のまちを
旅する。
私はまちあるき20番目の(すべりこみかも?)西宮に万葉の足跡を訪ねる「西宮まちたび
まんにょう」(オカモ独白…なぜ、まんようではないのか、確信犯的キャッチだ!)
で、案内人として参加させて頂く。(ホームページの予定表に記しています)
さて、昨日のオープニングセレモニーについて、
よくあるゆるきゃらの登場、デザイナーの紹介、ネーミングの発表。
「みやたん」だそうだ。私はブログを書くときも名前を思い出せなかった(汗)。
西宮は入り口に立っていた「えべっさん」の方が、よっぽどキャラとしてはインパクトがあると思う。
私が幸運だったのは、昨日午後からサロンで、「思い出のアルバム」という子供の歌
をみんなで歌い、側面から時代を検証するイベントを企画していたのだが、担当の
大岡美佐さんが、ゲスト歌唱曲として山田耕筰の「からたちの花・この道・赤とんぼ」
を準備していた。そして山田耕筰の資料の中に、「西宮市歌」を作曲していたことを
発見したのだが、なんとプロローグで西宮少年合唱団によって、しょっぱなに「西宮市歌」が
歌われたのだ。聞きたかっただけに、このタイミング!神様に感謝でした。
♪松の緑の西宮…♪ 美しい歌だった。西宮市民として私も歌っておこうと思った次第。
また、西宮消防音楽隊が、プロローグと、セレモニーの間のBGM担当で、りりしい制服姿で、
協力されていた。消防署だけに赤と白のユニフォーム。
演奏を聞きながら、このごろ火事だけではなく、災害の多いことが思い出され、命をかけて
仕事に邁進する方々の側面で「音楽」があることは、なんて素敵なんだろうと思えた。
このセレモニーのように、西宮市の行事や式典などに協力される機会が多いのだろう、
演奏曲も、元気あふれるAKBやみんながよく知っているアイドル曲などで、指揮者が
「勇気100パーセント」を楽しそうに歌いながら指揮されていたのは、印象的だった。
消防隊の方々のご活躍を祈りつつ、また「音楽」での気分転換や、練習・演奏できる平和な
時間の捻出を心から願った。
西宮市の河野市長をはじめてまじかで拝見した。私は自治体の公式行事の参加は、犬養先生
の傍で、また高岡市や明日香村で…など経験は多いのだが、西宮市のセレモニーは
そう言えば、ほとんど縁がない。そんなこともしみじみ思いながら「西宮市」の様子を
客観的にみることもできた。やはり「形」にこだわって、台本通りに粛々とすすめられた
感がある。
観光大使に、現西宮市民の西田ひかるさんが選ばれたが、宝塚?永田町?ばりの階段の
赤じゅうたんが、彼女のためにはしっかり演出された…と言う感じだった。
「登場者」は、あのドアから出演してもよかったのに…と思う。芸能人を守る対策かな?
私は終わるなり、最初のプログラムが出発するまでに会場を出た。
「思い出のアルバム」の初日に向けて…。
そうそう、阪神西宮駅では、10月1日と2日は酒蔵ルネッサンスというイベントがあり、
西宮の名酒が象徴的に置かれていた。灘5郷、宮水ですもんね。
1月以来の上京です。
3月11日に東日本大震災がおこってから、今までのように気軽に「東京へ行く」ことが、
躊躇されるような、そんな気持がありましたし、実際に被災のあと、放射線被害の影響が続く
関東方面の報道を見ていると、物見遊山的な移動は、自ら慎むべしと思ってしまいます。
ただ、そのせいで上京ができず、ずっと気になっていた用事もあります。
今回は、秋のスケジュールが始動する前に…と思いきって出かけました。
また、震災から半年以上経った様子を知りたい気持ちもありました。
「節電」は、切実な東京でしたが、うわさ通り、「駅」が暗いと感じました。
工事中なのかと思うくらい?、新幹線の乗り換え通路や、構内は、確実に暗いです。
天井を見ると照明を3分の1以上、間引いて点灯しているのがわかります。
でも、今までが明るすぎたのかもしれません。友人が、私の感想を聞いて「もう慣れて暗いと
思わないわ」と言っていましたから…。
今回のオカモの初体験!は、「つけめん」です。
ラーメン文化で、今でこそ全国的に広がっているようですが、関東から始まった「つけめん」
ラーメン。
ざるソバじゃあるまいし、なんでラーメンを「たれにつけて」食べるの?と思っていました
ので、私はあえて食べたいと思っていませんでした。
ちょうど東池袋の大勝軒のチェーン店を通りかかり、経験することに…。
やはり経験してみるものですね。これはハーフサイズ。
そばちょこではなく、ラーメンスープの入ったお鉢と太麺のお鉢。
スープには、沈んでいて見えませんが、ゆで卵・チャーシュー・なると・のりなど、具が入って
いて、そこに麺をつけて食べるので、「食べにくい!」
麺は、ゆがいて冷めたものと、熱いものと選択できます。
やっぱり「アツアツ」が普通じゃない???
もちろんお味は「美味しい」ものでしたが、私はやっぱり普通のタイプのラーメンがいいな。
しかし、テレビでよく見るように大勝軒の人気ぶりはすごいです。
東京へ来た、記念のランチでもありました。
東京メトロを乗り換えて、目的の友人宅を訪問しましたが、東京の交通網は面白いですね。
タコ足?あみだくじ?のように、どこかがつながっていて、いろんなルートを使って移動
できることが私は楽しいです。
もう少しゆっくりしたいところですが、明日は午後からサロン出勤です。帰らなくちゃ。(泣)
しかし、見つけました! 出会ったというべきかな。猫グッズのお店と…。
北千住の、それも2日前にオープンしたばかり…という「ねこだん」というお店。
やはり私を呼んでいるのね。ねこだん→猫団という意味だそうです。
またまた買っちゃいました…。幸せ…。また来たいな。にゃ~ん。
阪神・阪急系のコンビニ、AZUNASUでゲット。
このメーカーからすれば、きっと前々からあったんだろうなあ。
しかし、出会いは佳き日。
また、ココアのクッキーというのは、やはりチョコミントが原点かと…。
頂きま~す。
きょう、娘から遅ればせでしたが、プレゼントが届きました。
13日の当日に、「たんおめ」メールは貰いましたが、プレゼントまで準備していて
くれたのは、感激です。
パンダ好きの娘から、ネコ好きの私へ、にゃぁ~んと鳴く、貯金箱です。
おやおや、かくれていて、どこからか現れる「方式」で、このように出現します!
アハハ、かわいいやん。遊びながらお金をためるというのもいいかも。
それなら、やはり10円玉ではなく、500円玉でがんばらねば…。(笑)
ありがとうね。
「小さくて判りづらいけど、細いのが東京タワーで、その左側の黒っぽいのが富士山です!」
ほんと、わかりづらいけど…ありがとうございます(笑)。
我が家のベランダには、いまだ頑張って連日、桔梗が咲いています。
そもそも2本の桔梗だったのに、枝葉が増えて、お花も複数咲くようになり、この夏
私の話し相手となって楽しませてくれました。
生田神社では、ソメイヨシノが狂い咲きをし、萩の花の開花と共に新聞記事で「小さな秋と
春が来た!」と、紹介されていました。
季節を告げる草花も、この気候に戸惑いながら咲いていることでしょうね。
福島では、放射能除染のためによいと、実験的にまかれたひまわり畑の観測結果が、発表
されていました。あまり期待されるような結果ではなかったようで、残念…というところ
でしょうが、ヒマワリと言うと、マルチェロ・マストロヤンニとソフィアローレンの映画
「ひまわり」が名曲とともに思い出されます。
広大なひまわりの畑の場面も、ソ連(ロシア)の映画だけに、チェルノブイリのことも
連想されたりして、なんだか「ひまわり」の印象が違ってきました。
放射能除染によい植物として、「ひまわり」が取り上げられてからは、地元でも「種子」の
値段が10倍以上になって、引っ張りだこで市場からもなくなってしまったそうです。
でも除染のために植えられたとしたら、咲き誇る畑のひまわりの花が、誰かに愛でられる
ことはあるのでしょうか。その花々は果たして出荷できるでしょうか。
なんか、切なくないですか。
「花」で覆われても、大臣の不適切発言がありましたが、今やはり事故後の荒れ果てた
跡になっていることには、間違いありません。
健気に咲いている「ひまわりの花」を称えつつ、やはり異常な状況を憂います。
小河スミ子さんのご葬儀で、オルガン奏楽をさせて頂きました。
昭和5年生まれで、81歳になっておられました。
国立姫路看護学校の第1期生で、看護婦として活躍された後、60歳で、
老人介護の時代の要請があることの先見性から、改めて福祉や介護の
勉強をしなおして、最後まで、姫路福祉保育学校の講師として、ヘルパー
の養成や指導にあたられ、生涯「職業婦人」として活躍された方でした。
棺の小河さんは、ご本人の遺志で、白衣・ナースキャップという誇り高い姿でした。
りりしくてかっこよすぎました。
私とは甲子園教会でのご縁で、お嬢様の結婚式でもオルガンを弾かせて頂きましたし、
音楽が好きで、うたがたりのコンサートにもよく来てくださいました。
私と最後のご縁は、2年前私が内緒で入院生活を送っていた時、同じ病院に入院して
おられたのです。特別に私に、病院のご好意で、憩いのフロアに寄贈されているピアノを
弾いてもいい…と許可をくださり、退院まぎわに気分転換…で何回か弾かせて頂き
ました。ピアノの音を聞いてつられるように、病室から老人や、車いすの方などが
出てこられ、喜んで聞いてくださいました。
その時に背後から「岡本さんじゃない?」と声をかけられたのです。
入院はオフレコ、化粧気もなく、寝間着姿で、ピアノを弾いている私に一体誰が声を
かけてきたのか、本当にぎょっとしました。
小河さんはリュウマチの悪化で、手足も不自由で、かつてのバリバリとしっかり者の
ご様子はすっかり失せ、まったくの病人のご様子で、私はそれもショックでした。
老人の入院の規則で3カ月で転院なので、ずっと入院ということではないようでした。
私のほうが退院が決まり、リリースしたばかりのCDを枕元にお届けし、お別れしてから
2年後の訃報でした。
お嬢様から、連絡とオルガンの依頼を受け、私がよくこの日、この時間があいていたと
思います。しかし、私のために時間の融通ができる日であったように思います。
なぜなら、実は私は、9月2日の初金曜日のオルガン当番をすっかり忘れてしまい、
すっぽかしてしまいました。
交通違反をしたり、すっぽかしたり、忙しいとはいえ、何か落ち着かない私に神様が
神様のところへ行く、チャンスをくださったように思いました。
そして、長年親しく、私が唯一入院していたことを知られた方でもあった小河さんをお見送り
できたことは本当に納得がいきました。
2日続きでしたが、JR線で瀬戸内海のおだやかな青い海を見ながら、しみじみ心を
休ませる時間を持てたこともありがたいことでした。
しかし、練習不足のオルガニストで、反省もしきりでした。

さようなら、小河さん。
おりました。
加古川を超え、姫路から夢前川、市川、千種川…と報道で警戒水域に達した危険な「川」の
様子は、何事もなかったように、いつものように穏やかに静かに流れていました。
周辺の稲穂も倒れることもなく、被害を感じるような痕跡がなかったことが救いでした。
よかったぁ。
また、この数日は暑さがぶり返し、いまだにエアコンなしでは寝られない熱帯夜が
続いていますが、備前に到着したのがお昼前でしたが、風が吹き抜け、青空には白雲が
湧きあがり、「秋の風情」満載でした。ふむ。やっぱり違う。
降り立つ西片上の駅の花壇は「ひがんばな」が一輪…。
普通の日より、「お誕生日」の日に「万葉講座」があったことが、私はうれしくて…。
仲秋の名月のことや、天武忌のこと、28日のうたがたりコンサートのことなどもお話
させて頂きました。
10年以上になる備前でのご縁は、私に万葉講座の道を拓いてくださった機会でもあり、
受講生のご婦人は、それぞれお名前も覚えている家族のような親しさです。
「先生に会いに来たんよ!」とか、「昨日、ギブスはずして、初めて外へ出た!」とか
伺うと、本当にありがたく、うれしくなります。
お世話役の方々は、私のバースデーを祝って、お茶タイムに特別に「ケーキ」も付けて
下さいました。ごちそうさまでした…。
こんなに居心地のいい「万葉講座」の備前うたがたりの会の方々に、もっともっと『万葉集』
を楽しんで頂こうと、来年の2月には「万葉かるた会」をすることを決めてきました。
早いっ!
ずっとスケジュールが立て込んでいて、正直には「お疲れモード」で出かけた講座でしたが、
備前についた時からの「空気」「深呼吸」で、元気が出てきました。
そして、みなさんに『万葉集』を語ったり、私の歌を聞いて頂いたりすることで、自分自身が
楽しい時間を過ごしていることに、あることを思い出しました。
犬養先生が大阪産経学園のカルチャーには、ずっと私が随行していましたが、時々、持病の
神経痛がひどくなることがあり、自宅へお迎えにあがった時からすでに「痛い!痛い!」と
先生が悲鳴をあげておられることがありました。
「今日はお休みしましょう!」と申し上げても、「みんなが待っているから…」とか、
「行かなきゃ!」とおっしゃって、「おかもちゃん、会場に着くまで、痛いといわせてね。
でも着いたら絶対に言わないから…」とおっしゃって出発しました。
そして、会場について、控室でも「うんうん」我慢しながら、いよいよ講座が始まると
その苦痛をみじんも感じないほど、お元気に楽しくいつもの講座をなさいました。
一緒にいて、終始ハラハラしている私でしたが、2時間の講座が終わって、「先生、大丈夫
ですか?」と尋ねると、「不思議だね。万葉集を話していると、ちっとも痛くないんだ!」
とおっしゃいます。そんなことが2度3度ありました。
「痛み」を超える、万葉集のパワーに満たされる犬養先生!
朝からの大騒ぎから、こうして驚かされたこの体験は、私しか知らないことだと思います(笑)。
でも私も疲れの極みで、前日までテンションも下がり気味で「頑張らなきゃ」と気合いを
入れて出かけましたが、万葉集の時間空間に過ごし、言えば、自己満足の世界にはまって
いたのかもしれませんが、ひたすら楽しく、元気になりました。
やっぱり『万葉集』には、大きなパワーが潜んでいるのですね。
アラカンに近づく最後のお誕生日。いろんなお恵みに与った一日でもありました。

