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雨の一日、犬養万葉記念館主催の「万葉歌碑めぐり」に参加した。
講師が、私たちの敬愛する山内英正先生であり、2010年になって、
一度明日香村を「歩いて」みたくて、盟友の山寺さんも一緒に…。
晴女の私が、雨天決行の行事は久しぶりだったが、覚悟の上…。
なぜなら山内さんは「悪天候男!」で有名だからだ。
雨はもちろん、雷・台風・雪・おまけに停電など、過去の実績が
すべてを物語っている。(笑)
畝傍御陵前からスタートし、明日香村の犬養記念館までの6キロ
くらい。そろそろ飛散の花粉も雨でラッキー!
雨でけぶった景色が、かえって濃淡で美しく山並みが見える。
晴れた日を期待する学生たちに、犬養先生は「雨の日も万葉日和
なんだよ。」とおっしゃっていたことを思い出す。
山寺さんは、明日香村に来るのは「万葉うたがたりコンサート」の演奏で
来ているので、「歩く」ことはめずらしい体験だったと思う。
頭の中の知識と現地が少し結びついたことだろう。
私はもっと深呼吸のできるような気分を味わってほしかったけど…。
甘樫丘の犬養先生の歌碑と2ショット017.jpg

帰りは飛鳥駅前の夢市で、主婦の買い物。大根やブロッコリーやあすかルビーを
リュックにつめてっと! ホンマに帰りは買い出し部隊の様相でした。
明日香村の春にまた来ま~す! (下は山寺さんと「私」です!!!)

TSUBAICHIの新年の催事も第4金曜日のオカモゼミナールもはじまり、
通常のサロン行事が動き始めました。
オカモゼミも犬養先生の万葉かるたの話をしようと思っていたのですが、
次回の2月講座までに、恒例のMBS万葉ラジオウオークが行われますので、急遽変更!
鳩山総理のように前言を潔く撤回し、「平城京」に関する万葉歌をテーマに1月スタート
しました。
しかし、平城京は当時のテクノポリスというべきか、本当に国家としての「形」が明確な
すごい都ですが、しかも今、1300年前の日本の様子を推し量れるような古代ロマンが
まだまだあることが、古代史ファン、万葉ファンにはたまらない魅力ですね。
大極殿の再現もまた今後のシンボルとなるでしょうが、今年、私たちの出演も含めて
何度か平城京を訪れる機会がありますので、しっかり歴史の中に身をおいて学びを
深めたいと思いました。
しかし、古代国家の原点は、明日香。明日香を抜きに万葉集も語れません。
次回のオカモゼミでは大好きな明日香村で現地講座をする予定です。
春の飛鳥は発掘・発見の時。楽しみだ~。

当初の予定が「寒波」と「大雪」で、中止を余儀なくされたため、
自分の時間ができたので、気になっていた、明日香村の犬養万葉記念館で
開催されている、烏頭尾精画伯の「キトラ古墳壁画」の「四神展」に行ってきた。
烏頭尾先生は、壁画の情報公開の協力として、現物を見ながら、復元のスケッチ
を託された方で、初めて「朱雀」を拝見した時の感動は今も覚えている。
今回は四神すべてが、絵画として展示されており、先生のお人柄によるものも
あるだろうが、品格のある、しかしやさしい色合いに満ちた素晴らしい作品だった。
古代、葬られた「人物」への畏敬と、鎮魂と、追悼と、蘇生?を祈って描かれた
この四神の壁画に、時代を思い起こし、深い感慨を覚える…。
雪曇りが、雨になった。
今回の企画展示は、「飛鳥の万葉ー恋ものがたり」で、今回は少しコミカルに
万葉歌を取り上げて、若い人などへのアプローチがあり、いいと思った。
大津皇子と恋愛中の石川郎女がちょっと「悪女」風なのには、抵抗もあるが…。(笑)
図書館では、久しぶりに犬養先生の書物を探索して、いっぱいコピーを取ってきた。
貸出のシステムさえあれば、奈良女子大生などは、勉強しやすいと思うのに…。
近鉄電車も奈良交通のバスもなつかしい光景「日の丸」を掲げている。
天皇誕生日のきょう、久しぶりに明日香村で、半日過ごし、癒されました。
次回は自転車で走りたいな。
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高岡市の古城公園の本丸広場から撮った、仲秋の名月です。
月人壮士の犬養先生は、ちょっと恥ずかしげに雲間に入ったり、また
出たりと、気まぐれでしたので、見ている私はやきもきさせられました(笑)。
「光さし 走る列車を 導きつ 我に微笑む 窓辺の望月」
先ほど帰宅しました。今頃古城公園の水上舞台では、万葉まつりのフィナーレが
行われていることでしょう。
終始気持ちのやり場のない、やりきれない思いの高岡の旅でした。
20年という朗唱の会も、犬養先生が亡くなられた後、思いがけず「私」独りで、
半分以上の11回も万葉まつりのゲストとして大事にして頂けたことは幸せだったのだ
と思います。
佐藤孝志前々市長のもと、高岡市市制100年記念をきっかけに「万葉のふるさと」作りから
観光都市「高岡」を目指して、犬養先生の誠意・人気・集客力の協力を得て、多くの事業や
試みを重ねて来られ、押しも押されぬ万葉の故地のメッカと言われる名所となりました。
犬養先生の傍で、ずっと経過や発展を見てきた私にとっては、多くの方々のご苦労や
熱意や、深い郷土愛もしっかり理解できましたし、その間犬養先生も私も共に歩んできた
ような実感があります。でも年月は、残酷でもありますね。
手探りで不眠不休で始められた朗唱の会も、20年の間にシステム化し、運営側の市役所も
異動で担当者が交替しても、民間のお手伝いの方々も含め、時間も人間も運営も滞る
ことなくスムーズで、余裕ある運びにここ数年は、感心していました。
外来の私たちはそんな高岡を素晴らしく思い、みんなで高岡に足を運ぶことが犬養先生の
意志でもあり、最大の協力であると信じて今日までいろんな形でご紹介してきました。
個人的な素晴らしい出会いも数え切れないほどで、私自身も感謝の念が尽きません。
長い信頼が、暗黙で相互の関係を深めていったことを誇りに思っています。
その私が、どうしてこんなやりきれない思いをしなければならないのか…、今は
自分を責めたり一生懸命考えています。
今回の一連の行事を通して冷静に感じたことは、20年の間に「市民のための市民のお祭り」
に変わってしまっていたことかなと思いました。
それも「市民の手による」が抜け落ち、今の私は、昨年来都合のよいことだけに利用された
のだ…としか思えなくなりました。そして私だけではなく、共に協力された仲間の中には
高岡に不信感さえ持たれた方もあります。
今回も、お約束した招待朗唱や、また新市長様との懇談も期待しておりましたし、
尊敬する高岡市万葉歴史館のご依頼で、ミニコンサートをさせて頂く光栄もありましたので、
来越しました。
でも、偶然10月3日が犬養先生のご命日でしたので、絶対に古城公園で「観月したい」と
思っていましたので、土曜の夜はちょうど恒例の「故地交流会」が催されている時間ですし、
久しぶりにお目にかかりたい方もありましたが、出席する気持ちがまったくありません
でしたので、公園で月を見ながら、犬養先生に一方的に語りかけていました。
1昨年の犬養先生のご生誕100年祭の時は、朝、谷中の墓前祭をすませ、(佐藤前々市長も
ご参列くださいました。)私は、その足で東京から高岡へ移動して、交流会にぎりぎり
駆けつけ、いつまでも犬養先生や、我々を大事にしてくださる「高岡市」や橘市長に心から
感謝を申し上げたことをなつかしく思い出します。
犬養先生、高岡市の「万葉故地」としての存在感は、今や明日香村だけでなく奈良市も
圧倒されるくらいです。本当によかったと思う反面、時の移り行きも感じずにはおれません。
先生が恒に「初恋を思うべし」と教えて下さっていた「原点」の心から、残念ながら
人なのか、目的なのか、時間なのか、何かがずれてきてしまったみたいです。
先生は、高岡市の発信、発展、経済効果のための「万葉のふるさと創り」に共感されて
協力してこられたのですよね。
いろんな行事も、日本各地から、万葉ファンをはじめとして「高岡市」に足を運んで
もらうための企画でしたね。
今や全国的に当たり前となった「朗唱」も犬養先生の「犬養節」が受け入れられたから
ですよね。
犬養先生の宣伝効果で、「高岡市」が注目されるようになったのですよね。
犬養先生が亡くなられた後、「先生がおられないなら行く必要がなくなった」と言う人も
いました。そうではなくて、「僕はもういけなくなっちゃったけど、これからもみんなで
高岡市を大事にしてね。」とおっしゃる声が、私たちには聞こえるので、仲間たちは、
毎年心して出かけていました。
でもね、先生、犬養先生の記憶が年々薄れていく現実の中で仕方のないことですが、
「おもてなしの心」を自負される高岡の方々は、いまどなたに気配りをされているの
でしょうか。自治体同士の交流なのか、来賓への気配りなのか、自己満足のイベントへ
なのか、よくわかりません。
そして私のこと。
もちろん大したゲストではありませんが、以前は担当者がおられ連絡があったり、
私の動向の把握ぐらいはされていました。でも今回は極め付けで、もはや勝手に来て、
勝手に帰ったらいいだけの存在で、(自由ではありましたが…。)気にも留められない
程度の招待者だったのだ…と鈍い私は、ようやく気付きました。
アホですね。(笑)
先生とご一緒して伺った9年間、そして亡くなられてから11年間、ご招待頂き、
素敵な思い出をたくさん作らせて頂いた幸せを感謝しています。
でもさびしいですが、1つの時代が終わったことも実感しました。
個人的には、通い続けたい故地ですので、これからは気の向いた時や、季節に寄せて
心から楽しく訪ねることにしたいです。大好きな高岡市万葉歴史館で読書もしたいですし…。
これで「高岡」をきらいになってしまいたくありませんから…。
見上げれば 空の高みは 輝けり 我を励ます 十六夜の月 (おそ松くん!)

石舞台公園の桜です。満開の一歩手前くらいでした。
菜の花の黄色と、コケモモの紅色と、桜のピンク色が本当に
鮮やかな「春の景色」を演出していました。
それから、平成15年に植樹した「オカモ桜」も大きく育ち、きれいな
花をつけていました。ありがとうね。
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犬養万葉記念館は、犬養先生が亡くなられて2年後、平成12年の4月に
オープンしました。早くも今年で10年目を迎えます。
犬養先生のお誕生日が4月1日であることから、その時期に「若菜祭」と
言う行事として、飛鳥坐神社の飛鳥弘文宮司さんの司式のもと、記念館の
1年間の安泰といや栄を祈り、ご神事をすませたあと、きょうは和田翠先生の
記念講演、「万葉の歌音楽祭」の歴代大賞受賞者の演奏会、万葉朗唱の会と
盛りだくさんのプログラムで、10年目の佳き日をお祝いしました。
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私も久しぶりの明日香村訪問で、時間を惜しみました。
森林組合で頑張っておられる荒川さんからの情報を頂いていて、荒川さんに
ご案内を頂いて、「アントクの丘」へ登ってきました。桧隈の高松塚の犬養歌碑を
裏側から見る位置にあります。
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犬養先生の「万葉の旅」からの言葉が、木碑に書き記されていました。
吉本ご夫妻もご覧になり、また新たなスポットでのひとときを楽しんで
くださいました。
やはり心がなごむ明日香村の風景…。あり通ひ見む!

ラジオウオーク無事に終了しました。渡しましたよ!
菊水丸さんから、ちゃっかりオタメを頂いてしまいました。恐縮(照)!
21000人の参加。予報と正反対で、夕方から好天に。
私たちも藤原宮のスタート地点で、オープンリハーサル。
そして、明日香村の万葉文化館で、イベントコンサート。
私たちは、万葉文化館では、ここのこけら落しコンサート以来です。
昨年、犬養先生の100年祭展示でお世話になった、部課長の方々、
守衛さんにご挨拶をし、あでやかな?姿を見て頂きました。
昨年からのイメージアップになったかしら。
いよいよ来年の平城京遷都1300年に向けた、序章のような今回のウオークは、
それなりに1年の変化も感じました。
講師の青山茂さん、猪熊兼勝さんもお年を重ねて来られたせいでしょうか。
主催者のご配慮でしょうか、歩くコースが短くなられました。
その分、猪熊さんは、文献上の遷都前夜のお話をもっとしたかったのに…と
残念がっておられました。
中村鋭一さんの「唱歌」を伴奏させて頂きましたが、黛まどかさんの合唱が
お上手で、感心。お若くて美人で、感性豊かな俳人…で歌もお上手!!!
神様は不公平ですよね。(笑)
黛さんは華奢なお見かけにかかわらず、よく歩かれますし、昨年から朝の
ジョギングを始めたとおっしゃっていました。
「五感で感じる」ままを「俳句」に…。素晴らしいと思います。
浜村淳さんの「浜村劇場」は圧巻でした。大津皇子と石川郎女の相聞歌、
そう私の「つれなく作りの歌」物語です。浜村さんは現代の稗田阿礼と言われて
おられるとか・・・なるほど、納得でした。
そして、菊水丸さんのこと。ラジオオウークは今回が最後だそうです。残念!
新聞紙上でも発表されたように、「新聞詠み」を卒業され今後「伝統河内音頭
継承者」としての道を歩まれることになられました。ラジオ放送も決着するとか。
室町時代発祥とされる河内音頭の歴史を大学で講義されながら、徐々に伝統河内
音頭の保存と次代に伝える活動への使命を強く感じられたようでした。
これからは、芸能から伝統芸術への大きな挑戦になられることと思います。
でも、絶頂の売れっ子の時にあってこそ、「原点」「初心」「自己」「使命」
などを考えられる菊水丸さんや、ちゃらんぽらんの大西さんや、健全な精神を
もって人生を歩まれる方に私は大変強く共感するのです。
そして、犬養先生がそうであったように、「実るほど頭を垂れる稲穂」のように
謙虚であり続けることは、人間として、もっともむづかしいことかもしれませんが、
それぞれにかわらない今のままのお人柄でいて頂きたいと思います。
話はもどって、スタートとゴール地点の私のご挨拶が短い…とあとで言われました。
やっぱり…と思いますが、私の前の方々がしっかり話される度にデイレクターの
「まき」の指図がでるので、それだけで素人の私はプレッシャーになります。
「早く終わらなければ…」という焦りが、大変簡潔なご挨拶になってしまったのですねえ。
皆様、失礼いたしました。
当日、その足でCDの録音スタジオへ。10時までがんばったあと帰宅したので、
お疲れの極み…。夕食をしたあと記憶がなく眠っていました。
でもひと山越えて、また越えて…。

今夜はクリスマス・イブ。
「救い主」キリスト生誕を待ち望む前夜の日です。不況・不安の年末に
唯一「夢」を与えてくれる、クリスマスツリーや、街中の電飾に、
やはり心が和みますね。
あちこちで「クリスマス」を名目に、クリスマス会・忘年会など、みんなで
1年を労い、集う機会が、行われていますが、私も今年はめずらしく!何回か
楽しい、また印象深い時を送ることができました~。
まずは、万葉うたがたり会の忘年会から始まり…! 有名な梅田のスカイビルの
ドイツクリスマスの風景を観賞してから…。空中庭園から下へ光の階が広がり、
まるで星の王子様が私たちの所へ?降りて来られるかのようでした(笑)。ドキドキ!
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そして、奈良女子大の坂本研究室でゼミの時にお祝いした時のクリスマスケーキ!
さすが、情報通の女子大生!奈良で一番美味しいと評判の西大寺の前のケーキ屋さん
(店名忘れた!)から入手。このあと、クリスマスコンパに移動しました!
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反対に、クリスマスコンサートで演奏に忙しい私の仲間たち。
私はお客様として優雅に、お食事や演奏を楽しませてもらいました!
山口さん、村田さん、衣装も演奏の姿も素敵でした!!!
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海遊館の前館長の三宅さん(阪大卒業生)にご招待頂いていたので、犬養先生との
思い出を胸に、クリスマス・デートスポットと化していた海遊館へ。
こんなに夜景がきれいだとは知りませんでした。
これは、海遊館前の広場の様子ですが、海の夜景も静かに私に語りかけてくれ、涙が
出そうでした。
アサヒクリスマス 027.jpgアサヒクリスマス 038.jpg
一昨日、はな・ひなが喜ぶかな・・・と弟夫婦がクリスマスケーキを差し入れ!
もちろん喜んで食べましたが、あとのクリームを双方からなめなめ、よーいどん!
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私は、今から明日香村の会議があり(泣)クリスマスのミサは明日です。
来年は人生の転換を控えているので、キリストと共に私も新たに生まれ変わる
ことを意識してミサに与りたいと思っています。メリークリスマス!!!

昨日、大学院で演習発表した家持の歌の中で表現された語句です。
週末、明日香村で犬養万葉記念館に協力する会の会議があり、久々に
出席しました。私は1年以上ぶりです。
と言うのは、昨年は犬養先生の生誕百年祭の真っ只中で、明日香村には
「通った」と言っても過言ではないほど、行き来しました。
ただ、昨年は犬養万葉顕彰会に専念したかったので、一切の公務!?は
パスしていましたので、今回も敷居の高い出席でありましたが・・・。
昨年の秋は、県立万葉文化館で、1ヶ月に亘る記念展示の時期で、
明日香村の「秋」を日々体感できたことは、思いがけず貴重な経験でした。
その期間中に、展示物の見守りボランテイアとして、偏にお世話様になった
のが、明日香村の山口佳世子さんです。少し前までは、犬養万葉記念館で
受付嬢!?として、協力してくださっていました。
普段から、仕事に加えて、明日香村の行事で「食育活動」や「南無手踊り」
など活躍されておられるのは存じておりましたが、昨年明日香村の文化祭で
「編み物」の作品を出品展示されているのを拝見し、その多彩で器用さに
あらためて感心していたところ、なんとこのたび私に「作品」をプレゼント
してくださったのです。
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大好きなピンクに、なんとネコが「二匹」です!!! すごい偶然!
帰宅するなりの試着!ネコ自慢にふんぞり返りすぎてお腹が出てますが(泣)。
本当にうれしいです。お忙しい中、ありがとうございました。
昨年のうちに早々に作り上げてくださっていたそうです。
内緒、内緒のはずでしたが、公開せずにはいられません!お許しを!
毛糸の暖かさに加えて、手作りの温情に私はポカポカです。
こうして明日香村の方々とのふれあいが深まることは、私にとって何よりの
ことです。私たちも大好きな明日香村にますます同化していきたいと願って
います。「明日香村」の魅力にますます惹かれながら・・・。
帰宅後のはな・ひなは、リラックスモード。
だいぶ個性も出てきました。箱入り娘のはな。束縛がきらいなひな。
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奈良県の明日香村でもなく、河内飛鳥でもありません。
でも、高松塚の壁画がある、ここは摂津国吹田市にある関西大学の
キャンパスです。
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平成20年3月、高松塚古墳の発掘調査で壁画を確認された網干善教教授と
橿考研の先陣、末永政雄名誉教授の功労を讃え、学生の研究と教育の進展のため
陶板の高松塚石室の再現展示室を設置されたというわけです。
ずっと見たかったのですが、やっと実現しました。
それよりも関西大学の校舎・施設のきれいになっていること!!!!!
時間と引き換えに大学はどこも建て替えの時期を迎えて、リニューアル
されていっていますが、今の「大学生」の環境は、ハイテクで本当に
恵まれていると思います。
分別も付きそうな大学生が、安易に「大麻」なんてとんでもないですね。
ここでは、寝そべったり、ボール遊びをしたり、ほんと別天地でした。
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時折の時雨に、公園の桜の葉の紅が増えてきたように思います。
何だかメランコリックです。
毎日ニュースで、解散総選挙の時期や、株価の急下落、資産の目減り、
世界恐慌の不安、それによる急な就職難、食品の不安、救急病院の深刻な
現状、悲惨なひき逃げ事故…と連日ためいきをつくようなことばかりです。

地球温暖化や、世界的な自然災害などによって、確実に人間が淘汰されて
いっている哀しさの上に、政治などのビジョンのなさや、人間の誇りや責任や
自覚の箍がはずれてしまっているとしか思えないような今日、埒の明かない
国民年金の不明瞭や不正、税金の無駄遣い、勝ち組と負け組を作ってしまうような
世の中はもはや人災に侵されているのだと思います。
悔しいし、残念なことです。
私たちが路傍の砂のような小さな存在であることからすれば、地球スパンでは、
きっと地球の一時代を終える時期が迫ってきているのだと思えて仕方がありません。
だってまさに末法世相ですから・・・。私たちが絶えた後、地球はどうなるので
しょうね。火星人の時代かも???
かたや、6月に引き続き、先日は明日香村の石神遺跡から歌木簡が発見されました。
これこそ、家持が万葉集を編纂する60年くらい前から、広くこのような「万葉歌」が
歌われていたということになり、万葉集の成立過程についてまた新たに問題を
提起してくれました。まさに歴史は作られていくことの実感です。
こうした古代ロマンに出会うことの幸せを感じながら、古代から「日本」の
国作りをし、国家として治め、「日本人」を築きあげてきた年月の重みと
史実を振り返るとき、幕末の志士達のように、本当に今、日本の将来を見据えて
考えている人はいるのだろうか…と他人事のように思えます。
アメリカ大統領選も世界の大きな転機でしょうし、衆議院選挙で、私は自民党は
一度は下野するべきだとい思っています。また、身近では来月には西宮市長選挙が
あります。今年中核都市になったものの、西宮の再開発地域の話題が先行するだけで、
行政的には活気も魅力も何も見えません。また、鳴り物入りで上位当選した新進気鋭の
西宮市会議員が、女子高生にハレンチ事件を起こし、即刻辞職、やはり来月に市議の
補選があります。
多額の税金を使って選挙をするのに、国民・市民の関心も薄く、投票率も低い。
そして、投票が過半数に満たない当選なんて、私は信任もされていないと思うので、
選挙は無効だ!と思いますが…。(笑)
なんだか、お先真っ暗状態です。ふーっ。
でも私はその中にあっても「自分にできること」はやっていきたいと思っています。
私個人のことだけに感けるのではなく、社会へも視野を広げられる、そんな余裕を
もっていたいものですし、他人の痛みを自分の痛みとして受け止められることが、
「人として生きる」ことの義務であるような気がします…。
秋深し オカモは 愚痴を言う人ぞ!!!
「まだまだ言いたらん。泰葉」