帰途の車を停めて、写真撮影しましたが、「月」はうまく写りません
でした。でも確かに運転席の正面から私に微笑んでくれました。
月はもちろん犬養先生に重なり、涙目になってしまいました。
今日は犬養先生の十年命日祭でした。亡くなられてもう十年?。
本当に信じがたい月日が流れたことになります。
犬養先生のお身内が少なくなってしまわれ、犬養万葉顕彰会で
追悼をさせて頂くことになり、責任ある準備ではありました。
でもこのたびも、犬養先生の天国からの演出がいくつかあり(笑)朝の禊の
大雨が一転、集合時には犬養高気圧が張り出し、快晴の天候に!
ご神事を執り行ってくださった田辺神官が、偶然にも明日香村の方だったこと。
ご命日もきょうの忌日も同じ仲秋の名月の時だったこと…などなど。
偲び草のDVDも、直会の犬養先生のお話の中身も、私が直接かかわらせて頂き、
やはり「こだわり」の部分を発揮させて頂けました。
そしてきょうもいくつか想定外のハプニングがあり、本当に疲れました(汗)。
でも私は、朝から犬養先生のお家へ「御霊さま」をお預かりしに伺いましたが、
たくさん積み込んだ荷物とは違い、大事に助手席に安置して出発しました。
「こうして犬養先生をお乗せすることも最後かな」と思うと、感慨があふれ
出てきて何故か泣けてしまいました。集合前からお化粧も台無し!
参加者のお顔ぶれをみても、語られる思い出を聞いても、私には十年の歳月が
愛しく思える、そんなひとときの一日でした。
犬養先生は万葉集の大家ではいらっしゃいますが、「博士の愛した万葉集」
ですね。私たちには偉大な教育者であり、偉大な父のような「人間」としての
魅力に惹かれたと思います。今日もそれぞれが、大いに人生の影響や生きる力を
与えて頂いた「教え子たち」の集いであったように思います。
きょうもスピーチの「人には誠を持って接する」ことや「常に前を向いて
がんばること」など、犬養ファミリーのみんなの人生訓でありましょう。
あらためて犬養先生の「すごさ」を実感し、私もその「先生」と出会え、大事に
接して頂いたことを心から感謝しています。今は「犬養先生の教え子」として
恥じないような生き方をしたいと思う日々です。
朝から何度も何度も涙腺がゆるみました。年のせい?
きょうは先生に喜んで頂けたでしょうか。私には亡くなられた時から
時間が止まったままでした。10年の月日を受け入れることは残酷ですが、
自分が年を重ねたことで納得もいきます。
そうそうきょうは私の誕生日でもあり…。人生の記念日に恩師の命日祭が
重なったことも私には意味あることだったのかもしれません…。
しかし、疲れました。ふーっ。明日は飯塚で講座です。
「女心と秋の空」のタイトルで、まさに気持の赴くまま???お話を
してきたいと思っています。では、おやすみなさい。
投稿
気になっていた犬養先生へのご報告をやっと果たすことができました。
昨年の100年祭の報告と感謝。多くの方々との再会や、新たな出会い。
犬養万葉顕彰会の役職の全う。私の近況や、語りかけたことはいっぱい。
そして、愚痴や甘えや私の独断と偏見をいろいろ聞いて頂きました。
お墓を管理してくださっている坂本家さんの奥様にも、昨秋の谷中墓前祭
のお礼を申し上げ、三月に逝去された犬養悦子さんをともに偲びました。
谷中でも、また代官山の東京展示でも特に昨年は、お目にかかる機会も
多かっただけに、納骨もすまされ、お墓にも名が刻まれていることが、
信じられなくて、不思議な気がしました。
関西なら、お盆の週で日曜日でもあり人出が多いはずですが、東京は
一月早い七月がお盆の行事なので、ほとんど人影もなく、ゆっくり過ごす
ことができました。また晴れ女の私にはめずらしい霧雨のそぼ降る墓参に
なり、寒~い一日。前日の大阪と段違い!なんだこれは!
さすがに名物の谷中のネコの姿も少なく、会いたい!
また、お墓で覚悟していた蝉しぐれもなく、上野公園の森でやっと
雨天決行の蝉の声が聞こえたくらいでした。
アブラゼミカルテット(雨天で小規模)に、ミンミンゼミソロが入ります。
東京のミンミンゼミは、だいたい5回鳴きます。犬養説は正しい!!!(笑)
(私はただいまレポートに追われて冷や汗の、坂本ゼミです! ハイ。)
来る、9月13日には、犬養先生が亡くなられて10年が経ち、西宮神社会館で
命日祭を行います。早い。もう10年なのですね。本当にあっという間でした。
でも、神様のご配慮もすごいです。犬養先生が亡くなられた通夜の日は、
仲秋の名月で明日香村では観月会が行われていました。10年目の命日祭も
偶然ですが、仲秋の名月の時期にあたり、翌日には明日香村をはじめ、
全国で観月会が催されるのですよね。
お月さまが大好きだった先生。「万葉の月」のお話が懐かしいです。
私も先生と万葉集のおかげで、「お月さま」は生活の一部になっています。
13日の命日祭に集った方々は、きっと犬養先生らしい、印象的な感慨深い
時間を過ごされることでしょう!
私も最後のお手伝いです。(私の記念日でもありますし…)
先生、また来ますね。犬養先生のたましひは、明日香村にあると思い、
でもいつも私の心の中に居てくださっています。
上野・谷中は? やはり犬養先生の原点の地であることが、私を引き寄せる
のだと思います。さあ、明日からがんばれそうです!
奈良女子大学で、坂本信幸先生に引率して頂いた初めての
万葉旅行。楽しみにしていた。
私は、今は車で脇の県道の169号線を走り、直接車谷の梅を見に行ったり、
通行は頻繁にしているのだが、三輪山の山裾を歩いたのは、2001年以来の
7年ぶり。坂本先生ご準備の詳細なテキストを頂いたが、密かに犬養先生の
「万葉の旅」と「山の辺の歌碑を訪ねて」の2冊も偲ばせ、出発した。
ゼミ旅行と思いきや、一般教養(講読)の2年生が8名と、4年ゼミ生が2人。
院生は私だけと言う、私にとっては意外なメンバー。
日頃、お忙しい坂本先生が時間を割いて終日「万葉現地講義」をされるのだから
ゼミ生や院生が中心だと思っていたし、個人の演習準備や、バイトやクラブで
欠席!と聞いて、理由はあるにせよ、大変失礼だと思った。
私は万葉風土と切り離せない「万葉集の楽しさ」を学び、今日に至って
いるが、私がこのたび奈良女子大学に入学できてうれしかったことは、
万葉に縁の深い、身近な「奈良」で学べる幸せだ。
初めて参加した、2年生の初々しい女子大生とも親しくなり話してみると
「山の辺の道は夢でした。」「もっといろいろ行ってみたいけど、機会が
なくて・・・」と今日の日を楽しみに参加しておられた姿を見て、救われた。
この感動が万葉の歌と連動して万葉人の豊かな感性に魅せられていくのだ。
(もちろん別れ際「また一緒に参加しようね!」と大いに呼びかけた。)
坂本先生は膝を痛めておられたので、気になっていたが、最後まで口にも
出されず、元気に歩いてくださった。いつもながらのダンデイぶりは言うまでも
なく、カッコイイ!可愛い?素敵です!!!(笑)
(これは現役女子大生が言うべき)オバサンが言うとアブナイ!
大神神社の「ささゆり園」では私が大好きな「ささゆり」が見頃だった。
しかし、少し花の色が浅く、「草深百合」の表現のように深い森の緑で
美しいピンクの花を見つけた感動を何回か経験しているは、心の中でみんなに
「笹百合はこんなもんじゃないのよ!もっともっと素敵!」と叫んでいた。
・万葉歌碑の探訪・うぐいすの伸びやかな声、ささゆりの花
・大神神社・つばいちや金屋の集落・初瀬川(国土交通省の表示では
大和川でした!)・三輪山・二上山・龍王山(引き手の山)などなど
山の辺の道は、古代の国道一号線ですから、古代経済流通地域として
注目すべき点の多い万葉故地なのだが、女子大生たちはきっと、通行人も
少ないこの道を歩いて、賑わいの古代がイメージできないギャップを
感じたことだろうと思った。
でも感性とは、それを埋める?想像する?心のひだだと思うので、
そのギャップが、かつての私も同様、万葉への扉の一つになるのだ。
若い感性に期待!万葉ファンが増えることに期待!!
犬養先生の天理の万葉歌碑ももちろん見学した。引き手の山を正面にした、
本当にいい場所だ。歌碑は136基となったが、3番目にできた立派な
文字、立派な石の歌碑。
「犬養先生、今春から坂本門下になり、新たな万葉旅行が始まりました。
私が犬養先生によって万葉集の魅力を受けて、生涯の糧となったように、
来年成人式を迎える彼女たちにとっても、この旅が一つのきっかけと
なりますように・・・」とお願いをして・・・。
ちょうどこの日、明日香村で「ほたるの鑑賞会」に呼ばれていたが、
遅くなったのと、何だか疲れて、帰途についた。
きっと今週の演習が気になっていたからかも・・・!?しかしバタンキュー!
<飯塚市歴史資料館で、嘉摩万葉講座があり、スケジュール的に躊躇
もあったが、東先生の「ますらおぶり」の明快な講話の大ファンなので、
思い切って夜行バスで出かけた。
また今回は、ご専門の「山上憶良」ではなく、「高市黒人」の歌がテーマだった
ことも魅力的だった。
旅の歌人!と思ってきたが、お話を聞くうちに、黒人が「孤愁の人」であり、
歌の中で「現実」を排除するかのごとく、静かな「光景画」の歌を詠んでいる
技巧派の歌人であることをあらためて感じた。
旅は「魂」が浮遊する時なのだ。自分への鎮魂歌なのか。なるほど・・・。
私は扇野聖史さんが作曲された「黒人流離」は、名曲だと敬服しているが、
講座を受けながら、しみじみとしたメロデイが蘇ってきた。
そして3月に除幕されたばかりの桂川町の犬養先生の歌碑を再訪問した。
福北ゆたか線の「桂川」の駅からの道も覚えておきたいと電車移動。
駅からは1キロもない。古墳の裏側に到着。
王塚装飾古墳館もあり、昭和9年に発見された「古墳」は、周辺が整備され、
敷地は色とりどりの草花に飾られ、公園もある。広大な素晴らしいエリアが
確保されている。歌碑も大きな石だが、違和感はない。恵まれた場所に
建立して頂き、本当にうれしい。
近くにベンチもあり、私も読書したり、お茶を飲んだり、ゆっくりできた。
古墳館で流しておられるビデオを見てびっくり。兄弟分の高松塚を紹介された映像で、
な、なんと犬養先生が、佐藤栄作ご夫妻を明日香村へ案内されているシーンが
映っている。開館時から放映されていたそうなので、「やっぱり犬養先生は
この地にご縁があったのだ!」と得心した。
風も心地よく、緑なす古墳の裾野には、ツバナがそよいでいた。
大宰府万葉の会を指導して来られた山内勇哲先生が亡くなられたと聞いた。
飯塚の「鮭神社」を案内してくださった中島忠雄先生も亡くなられた。
あちらの世界もずいぶんにぎやかになってきたようだ。
王塚古墳の地に居て、多くの人々の魂が「千の風になって」私のもとに
運ばれてきたような、悲しいのではなく、懐かしい気持ちになった。
また来ますね。今度は9月!犬養先生の十年命日祭の翌日だ。
先生の魂は疾風のごとく、全国を駆け巡る???(笑)
平成20年の新年度を迎えて、私の活動も始動しはじめました。
大学院生と言う新たな環境も増えましたが、あくまでも私の「万葉集」に
対する姿勢の一環ですし、犬養万葉顕彰会の会長も任期も終えましたので、
より自由によりプライベートに「作曲」や充電時間を捻出したいと望んでおります。
4月・5月は旅行の同行があり、私は万葉旅行の案内ができるほど、「地名」や
「コース」に精通していませんので、引率とは言えず、同行と申し上げていますが、
犬養万葉歌碑の場所についてのみ、やや自信はあり(笑)、勝手なものです。
そして、水無月の初日は昨年から因幡万葉歴史館で始まりました万葉講座が
再開し(年間2回)、きょうは1回目。主催者側の意向で「明日香村へ行こう!」
と言うタイトルで、お話をさせて頂きました。
普段はムクチ!?(六口)な私ですが、講座になると話はとりとめもなくなり、
♪♪♪どうにもとまらない!!!
ご来場の皆様、ご清聴誠にありがとうございました。
思いがけず、「犬養万葉今昔」の偉業を達成された、堺市の中村博さん
ご家族が講座に来て下さっており、うれしい応援団でした。
また、国府町の万葉ファン代表の小椋つる枝さんには、自然の恵みを私にと
地元で摘んでこられた山蕗を佃煮にしてくださり、破竹の煮物と共に
私に持たせてくださいました。里帰りして、母から持たせてもらったような
あったかい気分です。ありがとうございました。
また、元新聞記者で、今やキャリアウーマンとして忙しい、川下浩美さんと
久しぶりの再会もでき、意義ある素敵な一日を送ることができました。
幸せ・・・。
実は、今週の水曜にもここへ訪れ、2009年開催予定の因幡万葉フォーラムの
会議に参加させて頂いており、1週間のうちに2度もこちらへ伺ったことになります。
でもそのたびに、犬養歌碑に出会い、因幡の国庁の地の自然を味わい、
古代の風に吹かれ、気持ちが安らぎます。毎日でも来たいくらい!
ただ、28日は、天候もすぐれず、懸念することもあり、ちょっとテンションが
低めの1日でしたが、きょうは気分も晴天!
そうそう、学芸員の鎌澤さんが来週結婚されます。ジューンブライド
おめでとう!やはり、歴史館の伝承館で万葉衣装のパフォーマンス披露宴
をやってほしいなあ!なにはともあれ、お幸せにね!
今朝、通りがかった街路樹に、平戸つつじのつぼみがふくらみ始め、
5月の連休頃には、ピンクの濃淡の色合いの見事なつつじロードが
楽しめそうです。そして甲子園の桜もとうとう葉桜となりました。
「さくら」への思い、こだわりの季節が終わろうとしています。
今春から始まったNHKの朝の連続ドラマ「きらり!」の主人公の
名前が「桜子」です。テレビから聞こえる「さくらこ」という響きは、
やさしさがあって、私は大好きです。
万葉集の巻16-3786の切ない「桜児伝説」をふと思い出しました。
春さらば 挿頭にせむと わが思ひし
桜の花は 散りにけるかも(巻16-3786)
妹が名に 懸けたる桜 花咲かば
常にや恋ひむ いや毎年に(巻16-3787)
おまけですが・・・このドラマの主題歌を聞いてなつかしい気持ちに
なりました。作曲者を確認して、「やっぱり!」
平成12年のNHKの朝の連続ドラマで「明日香村」フィーバーを
起こした「あすか」。その音楽を作曲された大島ミチルさんの
音楽でした。
彼女の「メロデイーライン」は美しい上に、私たちのヤマハの先輩
としての音楽旋法が、しっかりあらわれています。
朝のあわただしいひとときですが、この半年間、耳からの
心地よさに和みそうです。
私の叔父は女子ゴルフの「横峯さくら」にゾッコン、入れ込んで
いますが、横手の峯に明るく咲き誇る「桜樹」・・・いい名前ですね。
名前には「魂」が宿りますから、きっと心に残る選手になるでしょう。
恋多き作家、「宇野千代」のさくらブランドは有名です。
私も「着物・バッグ・ハンカチ・ひざ掛け」と品物が増えました。
私と同じ姓の「岡本かの子」は「桜」と題した歌を1924年に
193首、一挙に発表した、その冒頭の1首に心を衝かれました。
桜ばな いのち一杯に 咲くからに
生命をかけて わが眺めたり
日本人は「桜」に対して、いろんな思いを寄せ、託してきました。
万葉集の中では「萩」「梅」に次ぎ、最多の花の歌ではないけれど、
しかし、私は万葉人がもっとも愛した花は「さくら」ではないか・・・
と密かに思っています。さくら散る・・・。
今週は明日香村散策ではじまり、因幡国庁跡に立ち、
昨日、裏磐梯の紅葉を見て帰宅しました。
明日23日は、万葉の「猪名野」でうたがたりです。
「自然と文化の森協会」という環境の保護と育成に携わる市民団体
が中心となって、「尼崎:園田地区」の町作りをされておられます。
その地域の歴史的文化財の1つとして、猪名寺の法園寺には白鳳時代の
七堂伽藍の寺の礎石が残っており、猪名寺廃寺という旧跡があります。
秋の夜長?ではなく、風情の中で、地元でも白鳳時代=万葉ロマンに
浸ってみようと・・・企画されたコンサートです。
私もうたがたりコンサートIN西宮で、地元へ万葉の誘いをしている
ように、お隣の尼崎での依頼と言うこともあり、喜んでお引き受け
しました。予算の都合で演奏メンバーは3人ですが(汗)、万葉集の
魅力を少しでもお伝えできれば・・・と思います。
近松だけではないぞ!
春にはJRの悲惨な事故があり、今年はすべての行事が自粛されて
しまい、かえって元気や生命力を取り戻したい尼崎の方々にとっては、
複雑な思いで過されてきました。
それだけにささやかな地元行事ではありますが、心温まる機会に
したい・・・と準備に余念がありません。
私もちょっと「声」に疲れが出てきているのですが、気力と
迫力でがんばります!
「万葉」は素晴らしい!ですもん。
午後から、地元の方々の出演も含めて「万葉の宴」です。
これを見てから?どうぞお越しくださいませ!
わが敬愛する恩師、犬養孝先生のご命日に近いこともあり、
大和路を歩く会というグループで橿原・明日香を万葉旅行で
歩いてきました。
昨日の大雨とはうって変わった晴天に恵まれました。
秋の心地よい風の中、親しい仲間たちと、通いなれた飛鳥の道を
行きます。稲刈りが始まっており、田畑は活気がありました。
元薬師寺の傍の、ホテイアオイの花が一面満開の畑を見て、思わず
歓声をあげました。
なぜか、ピイヒャララと雲雀が元気に囀っていました。
香具山の中腹の「万葉の旅」の原風景の場所にたち、うまし国ぞ
蜻蛉島 大和の国は・・・と全員で国見をしました。
犬養節で朗唱をし、また先生のお好きだった愛唱歌を合唱したり、
終日過した明日香村で、犬養先生を偲び、万葉の明日香を深く満喫でき
たことは幸せでした。きっと犬養先生の御霊も一緒に過してくださった
から・・・でしょうね。
7年前の犬養先生が亡くなられた平成10年10月3日は、満月の日でした。
それ以来「月」を見ると犬養先生が重ね合わさります。
仲秋の名月だったのでしょうか?定かではありませんが、ご葬儀に参列
せず、わざわざ明日香村の観月会に行かれて犬養先生とお別れをなさった
方もありました。
帰宅途中、甲子園の駅を降りて、ふと見上げると皓皓と照る満月に、
思わず立ち止まって見入ってしまいました。犬養先生が「オカモチャン、
きょうは楽しかったね。相変わらず勉強しないで、みんなと話ばっかり
してたね。でも明日香村はいいでしょう?たくさんの人が参加して
くださってよかったね・・・。」と話しかけてくださったのが聞こえた
ような気がしました。
月を見るたびに・・・月に重ねて思う・・・。
ひょっとして 月人壮士は犬養先生だったかも???
