5月から月2回(第2・第4週の日曜日の午後9時~10時まで)2月に開局しました大和高田市のFMヤマトからお声がけを頂きました。コロナ禍で通常のお仕事さえ、休止をせざるを得ないこの時期に、思いがけなくラジオで万葉集のお話をしてほしい・・・とのこと。びっくり致しました。私???
『万葉集』をテーマに「いにしへ人の心をメロディに乗せて」私の作曲した万葉歌の音曲を聴いていただきながら、万葉歌のご説明をしたり、万葉人の世界や真情をご紹介する番組です。番組は私の万葉うたがたりのテーマソングとしております「サンバDEツバキ」という曲で始まります。この歌が『万葉集』?と固定概念を覆すようなリズミカルで楽しく明るい曲なので、やっぱり今回もオープニング曲に決めました。
そして、FMヤマトのご案内には、次のように記していますので抜粋します。。
私は大学で万葉学者、故犬養孝先生と出会ったことがきっかけで、先生の語られる万葉集のお話が新鮮で楽しくてとても興味深い授業であったことから、以来『万葉集』が大好きになりました。「万葉風土学」として学問のジャンルにまで押し上げられた犬養先生と共に、大和はもちろん日本全国に広がる歌の故地を訪ねました。また、古代歌謡は謡われていたということで、先生と共に故地に立つと、犬養先生のオリジナルメロディ「犬養節」に唱和しながら、万葉歌をみんなで高らかに詠うことが「万葉を歌う」1つのスタイルとして定着していきました。
『万葉集』を楽しむ魅力の引き出しは様々あり、故地のウオークはもちろんのこと、写真を撮ったり、万葉の植物を育てたり、また書道の素材となったり、絵画に表現する等など個々に楽しみ方がいろいろある中で、私はオリジナルな作曲を通して万葉歌のドラマを作ることが楽しくなりました。独りよがりの楽しみが、みなさんに聞いていただくようになり、そして歌うときにきままなおしゃべりも添えて・・・というのが万葉うたがたりの出発でした。
ラジオで語るというのは、本当に初めての経験で、ラジオの向こうで「耳を傾けてくださる方々」にうまく思いをお伝えできるかどうかとても不安です。ただ、私自身は大好きな『万葉集』のお話をしているときはとっても楽しくて幸せなひとときですので、学生時代に受けたあの時の楽しさを一人でも多くの方にも体験して頂きたいのです。万葉の世界を知って頂きたい、万葉人の心に共感してほしい、日本人の心情に触れてほしいというのが私の思いです。番組では万葉歌と私のオリジナル曲のご紹介を中心に、雑談もあり(雑談の方が多いかも)どこかで本題から脱線することも多いのですが、それが岡本三千代の万葉うたがたりです。ぜひ楽しんで頂きたいです。5月から始まってはや8回終了。次回は9月12日です。スマホで聴いていただくには、全国ネットのFMプラプラのアプリを取り込んで頂き、そこからFMヤマトのサイトを選んでくださいね。時間は夜9時からで、スタジオの周辺の様子はよくわからないのですが、春には桜が見どころの高田川の傍です。
どうぞよろしくお願いいたします。

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去る令和2年11月21日土曜日、「勝負の3週間」と言われた3連休の初日に「岡本三千代万葉うたがたりコンサート」を開催しました。昨年の今日、1月15日に初めて日本でコロナ感染が発覚してから1年。元号が「令和」となり『万葉集』が注目を浴びて、まさに「万葉元年」となるべく1年が、まるで冷凍保存されたまま過ぎ去ってしまったような時の移り行きを私たちは体験しました。
その中で11月のコンサートは唯一残せた万葉うたがたりの足跡でした。コンサートのタイミングは、思いがけない母の帰天があり、またコロナの規制が少し緩和した時期でもあり、悲喜こもごもな中、まさに幸運な「奇跡のコンサート」だったとも思います。
今だから話せることは、
➀きっかけは、8月14日に高岡万葉まつりの動画制作のためにうたがたり会が久しぶりに明日香村へ集まって「万葉歌」を歌ったこと。「楽しい時間」であり、「歌う楽しさ」で気持ちが解放されたひとときだったこと。
➁世間では秋のイベントのキャンセルが相次ぎ、会場のフレンテホールや、西宮文化協会からコンサート開催について声をかけて頂いたことも追い風となり、8月14日の私の心に火がついた。しかし、8月末に11月のコンサート開催の日程を決めた無謀は、ま近すぎてメンバーたちも半信半疑だったと思う。
➂8月7日に母が緊急入院したが、まさか3か月後に亡くなるとは思ってもいなかったこと。
➃規制緩和したといえ、コンサートについてはソフトもハードも背水の陣で準備を進めるたが、私は最悪「中止」は避けたかったので無観客も覚悟の上でコンサートを「DVD」に残すことはその時に決めた。(私でも最悪の場合を考えるのに、政府はコロナ危機の最悪の場合のシナリオは考えられないことが不思議だ。)余談。
➄企画は映像を最大限に使った舞台づくりとし、実際に歌の練習が始まるころには、母の様態が悪化していき、メンバーの知るところ、心配をかけるところとなった。
➅母の様子を気にかけながらの練習はメンバーに大いに気遣いをさせてしまった。そして、ひょっとして「XDAY」が重なれば最後にみんなに迷惑をかけてしまう。それを母が気遣ったかのように最後の全員練習を終えた日の夜、母が帰天した。私のコンサートを前に時間を残して母は逝った。
そんな中で、開催した万葉うたがたりコンサート「40周年記念」のステージは、無観客ではなく100名の定員で、ご来場くださった勇気あるお客様に心から感謝いたしました。そして終わってみて「どのような舞台だったのだろう」と当事者の私が観客として楽しみにしていたコンサート映像がようやく完成しました。
今回のすべてに準備不足の舞台でしたが、40年のキャリアはメンバーの実力と結束で記憶に残るステージとなりました。役者の娘たちの出演協力や、講談で「犬養孝ものがたり」を聞いていただきました。個性あふれるメンバーのソロステージの圧巻。そしてマンネリが怖かった万葉うたがたりなど、「令和2年」の唯一のステージであり、40周年の機会を映像に残せて本当によかったと思っています。
そして、コンサートにこれなかった方のためにブルーレイで映像を販売させていただきます。よろしければ岡本までお申し込みください。「万葉は楽しい!!!」このことに尽きます。われら「万葉衆!!!」
富山県高岡市は『万葉集』で越中歌壇と呼ばれる万葉故地の1つです。犬養孝先生が全国の万葉故地を歩かれ、執筆や万葉旅行によって多くの万葉ファンが「万葉の高岡」を知るところとなりました。
また、時の高岡市長の佐藤孝志氏(故人)が、犬養先生の協力を仰ぎ、自治体として平成元年より「万葉のふるさとづくり」に着手され、朝日新聞社の第1回「ふるさと大賞」も受賞されました。その間、万葉まつりも規模が大きくなり、三日三晩と言う『万葉集全20巻朗唱の会』という、とてつもないイベントが始まったり、日本で初めての『万葉集』に特化した研究博物館「高岡市万葉歴史館」が完成し、犬養先生のそばで私も当初から拝見したり、関わってきました。そして令和でにぎわった昨年は万葉朗唱の会の30回目、そして今年は高岡市万葉歴史館ができてから30年という節目の年となりました。昨年来の「令和」という万葉ブームの再来?や、次代への期待が高まる中、早々から思いがけなく「コロナ禍」に巻き込まれ、日本中、いや世界中の歯車が狂ってしまうという大変な年となりました。
万葉うたがたりの私個人も、また犬養万葉記念館と言う公共施設も日常を余儀なくされていますが、そのなかで、8月に高岡市万葉歴史館で「30周年記念展~犬養先生の思い出」として、初代名誉館長犬養先生を顕彰して特別展を開催してくださいました。私は行くことができなかったのですが、講座やSNSでご案内をしたところ、「行ってきました」とご婦人が写真をくださいました。おー、うれしい。
また、30年以上続いた「万葉朗唱の会」はいよいよ31回目と言う3巡目のスタートに、新たなスタイルで朗唱の会を実施されることになりました。「動画でつなぐ万葉朗唱」です。企画を聞いた時から現地に行くことができない残念さはありましたが、ポジティブな私は「チャンス!」と思いました。私たち万葉うたがたり会はもちろん、犬養万葉ネットワークで広がった全国の万葉故地の方々や、万葉愛好家の方々をお誘いし、「現地に行けなくても、出演時間にこだわらず、好きな時間、好きな歌の朗唱ができることの身近さ」や「私たちの自慢の万葉パフォーマンスができる機会です!」とお声をかけました。それぞれ時間的に追われて、また暑い時期に衣装を着ることも大変でしたが、いよいよ配信、放映される本番の10月2日が近づくにつれ「朗唱数珠つなぎ!?」への興味は高まり、とても楽しみです。そして、きっとこのスタイルはこれからも残るのではないかと思います。だって、このあわただしさの中で撮られた動画を経験して「次回は!」と反省や新たな意慾から、やる気になられた方々も多いと思います。時間的に余裕のなかった私たち万葉うたがたり会がそうですもん・・・。1発どりだった私たちこそ、反省しきりです。(笑)

3年ぶりに「昼下がり通信」を出した。思えば、「万葉うたがたり」って何? オカモは忙しそうだけど、何をしているの?と私の「多忙」の謎と、活動を発信していくことの使命を自覚してから、「昼下がり通信」を発行し始めた。第1号は平成9年(1997年)の9月1日発行であるので、今回の令和2年(2020年)5月15日発行の27号まで、約24年間続けてきたことになる。新たに受け取られた方はプライベートな紙面に戸惑われる方もおられるが、当初からのコンセプトは変わらず、➀1年に1度は発行する。➁今日までの私、家族、娘を支えてきてくださったコミュニティへの近況報告(教会であったり、友人であったり、家族であったり…)➂万葉うたがたり活動を通して、万葉歌、故地、行事の紹介など、柱は変わっていない。それで改めて私の一面を知って頂ければ幸いである。ただ、「昼下がり通信」に限らず、年々時間的な余裕と、体力・気力の衰えもあって、用事を先送りしてしまうことが多くなり、気になりながらも今回の通信は3年ぶりとなった。この時期の3年のブランクは残酷で、投函した便りの中に戻ってきたものもあり、亡くなられたことを知ったり、知らずに転居されていて音信が途切れたり、自らの不沙汰を後悔している。
そもそも私は「文章を書くこと」はそんなに嫌いではない。小学生の頃から作文をたびたび先生に披露して頂いたり、文集にも載せて頂いたり、思い返せば「書くこと」の経験は長い。我が家は、父はあまり文学的ではないが、母は読書家で高齢となった今も「読書」が最大の趣味である。お抱えの本屋さんから「新刊書」が出ると電話案内が届く御贔屓さんだ。母は書くことも達者で、私、弟(なかなか文章がうまい)、娘(機会があればきちんと自分の言葉で表現できる)が文章を「書く」ことの抵抗が少ないのは、母のDNAなのだろうと思っている。ほぼ娘の子育てをしてくれた母の「孫、つかさ」に対する文章をまとめた最初の冊子は、今から31年前に作った。娘が生まれた時刻が8月のお昼であったことから「真夏の昼下がり」というタイトルとなった。私の「昼下がり通信」のネーミングもそれから拝借した。
その後も60歳から10年間続けた兵庫県の市民オンブズマン活動をまとめた「夕映えの時」、そして趣味の短歌をまとめた「思い出のアルバム」。そして母がこれが最後と私に手渡した原稿は、3年前「結婚66周年を迎えて~老いの徒然に」という自分史だった。私にパソコンの打ち込みと冊子の制作を頼まれていたが、忙しさに紛れてまさに先送りしていた。ところが昨年の2月に盲腸癌になり手術をした。高齢でもあるので、それを機に私のギアが入り、結局少し時間はかかってしまったが昨年ようやく完成した。母に手渡した時はタイトルは66周年から68周年に変わっていた。(笑) 父も黙って読んでいた。この自分史の巻頭に掲げた母のポエム「待ち合わせ」がいつも切ない。幸い今は両親ともに元気でいてくれているが、日々の「老い」を止めることができないことが悔しい。この写真は3年前西宮の名次神社の前で撮ったが、今は母は車椅子、父は押し車がないと歩けない。
それぞれに別れの日を覚悟しながら一緒にいる両親の今を大事にしないといけないと思いつつ、悶々とする私がいる。昨年写真に使ったマンションのカサブランカが今、満開である。母が大好きなカサブランカを今年も見ることができた。再び冊子を手にしながら、両親の純愛を見届けていきたい・・・。

第39回MBSラジオウオークは、コロナ感染不安で、初めてのスタジオ発信となり、アナウンサーの現地リポートで、スタジオからは猪熊先生、上野先生、西山先生のトークが交わされました。イベント中止と聞いていたので、気にも留めずいたところが、ラジオでの放送はあると知り、慌てて告知をしたり、私もパソコンを開いて(ラジコ)聞く準備をしました。コーナーに分けられていた第4部は「今までのラジオウオークを振り返る」というテーマだったので、「犬養孝先生」が話題になるだろうと楽しみにしていました。期待通り初回のオープニングや先生の朗唱、「一日の終わり」など、犬養先生のお人柄を思い起こす場面の切り取りに胸を熱くしながら聞き入りました。
犬養先生の出演は平成9年が最後となられましたが、実はその日に脳梗塞の症状が出ておられました。平成10年も出演のオファーがありましたが、犬養先生が弱っておられたので「ラジオウオークは中止になりました」とうそをついて出演を止めました。でも犬養先生はその時期が近くなると、気配を感じられたのか「ラジオウオークに行かなくてもいいの?」とお尋ねがあり、再び「中止になりました!」と言ったもののドキドキしたものでした。犬養先生のお気持ちも察して、3月になってから、「先生、明日香村へ行きましょう!」と私と二人きりで、愛子さんにお弁当を作って頂き、車いすを押して明日香村へ行ったことが、先生の明日香行の最後となられました。この日のことは私も何度か文章にも書いていますが、この写真がそのときのものです。出会ったのはお訪ねした関村長と川原寺の先代の扇谷夫人。誰がシャッターを押してくださったか記憶にないのですが、この写真は川原寺の犬養万葉歌碑です。背景が橘寺。今は周辺の木も伐採されてこの風情はすっかり変わりました。貴重な原風景(平成10年の)になりました。来年は第40回。15回の打ち上げを終えた時に「今回が最後と聞いてましたが、なんだか来年もあるみたいですね。」と先生と共に笑ったことが思い出されます。犬養先生がご存命の時はすべて私も参加させていただきました。付き添いが主でしたが、何度か「万葉うたがたり」で出演もさせて頂きました。放送を聞きながら、時の流れを感慨深く思い起こしています。
週末の9月28日土曜日にいよいよ西宮市の私立の武庫川学院のキャンパスに万葉歌碑が建立されます。その除幕の佳き日に、万葉うたがたりコンサートでお祝いさせて頂くことになりました。
私の母校、甲南女子学園もすでに創立90周年を経ましたが、同じく阪神間で女子教育の一貫校として、名高い武庫川女子学院が今年創立80周年を迎えられました。特に大学の充実が素晴らしく、女子大ではありますが、総合大学と言っても過言ではない文系・薬学・建築などの理科系、工学系、また音楽・体育・家政など多様な女子専門教育の府で、私の母校の教育の混迷ぶりを見ていますとうらやましい限りです。犬養孝先生の風土文芸学の後継者として清原和義先生が教鞭をとっておられましたので、私たちも武庫川女子大学の方々とも長くご縁ができ、いまなお「万葉風土研究会」という清原ゼミOBの会の方々ともよいお付き合いをしています。今は影山尚之教授が万葉ゼミで学生を指導、育成なさっておられます。
「えにし」とは不思議なもので、現在の武庫川女子大学の副学長山﨑彰さんがなんと大阪大学で犬養先生に万葉集を学ばれ、私とも同世代ですので、万葉旅行もご一緒に参加していた仲間と言えます。80周年記念事業として企画されていた碑建立についても、学院の名である地元「武庫川」を意識した万葉歌を碑面に・・・と1年以上前から決定していましたが、思いがけず新たな御代が令和となり、(万葉集に脚光が浴びたことはいまや周知のことですが、)80周年の記念の碑が万葉歌碑であったことが、私をはじめ思いがけない慶びでした。
そして、その大事な機会に万葉うたがたりの機会をくださいまして、お祝いの演奏を刺せていただきますことは、ほんとうにありがたいことと思っております。もちろん除幕式に合わせて記念の歌もご披露いたします。みなさまにどのように聴いていただけますか不安ではありますが、メンバーで練習を重ねるうちに大好きな曲となりました。
西宮市にとっても石柱のような碑がありますが、犬養先生の西田公園の揮毫歌碑に次ぐ貴重な万葉歌碑です。建立された後は、武庫川学院のキャンパスも今後はあらたな万葉故地としてまた旅人が訪ねてこられることでしょう。
除幕式も講演、コンサートも自由参加だそうです。コンサート会場も400名と伺いました。どうぞみなさんご参集くださいまして、令和を祝し、西宮市の新たな万葉歌碑の誕生にお立会いくださいませんか。みなさまのご来場をお待ちしております。
前回は、記紀万葉イベントで、阪神沿線の大学会場として中西進さんら研究者のご講演、そして岡本三千代と万葉うたがたり会も出演させて頂きました。以来の機会です。

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浩宮徳仁皇太子が即位され、きょうから令和の天皇の世紀、新しい御代がスタートしました。日本中で祝福ムードが盛り上がり、いろんな記念行事が行われたり、5月1日は特別な日となりましたが、私にとっても忘れられない日となりました。
今日は姫路市の亀山御坊の1つ、浄福寺さんの「仏教婦人会の40周年」の総会が行われ、万葉うたがたり会が記念行事にとお招きを頂き、コンサートをさせていただきました。
今回もミラクルがありこのコンサートのオファーは1年以上も前に頂いていたこと。その後、天皇即位の日程が決定し、5月1日の前後が10連休になったこと。また、4月には『万葉集』からの典拠という新元号が発表されたました。
その5月1日は水曜日ですので、犬養万葉記念館の通常の休館日でもあり、先方にもその期間でも5月1日には記念行事をなさることを確認し、私は万葉うたがたりの予定を優先することにしました。その後「5月1日」はやはり明日香村の施設として何か発信すべきということで、私が不在であることを公認して頂いた上で、衆目監視、新聞社の取材の中で、万葉書道家の鈴木葩光さんが新元号「令和」の文字をお書きになりました。(明日記念館で確認します。)
そして私は、自らはそんなに意識していなかったのですが、令和元年の初日に長年のライフワークの万葉うたがたりステージに臨めることの幸運や、感謝を強く実感しながら1日を過ごしました。
私は手にしていなかったのですが、到着と同時に門前のこの立派なポスターを初めてみて驚きました。プロフィールと写真がほしいといわれて気軽に送ったままでしたが、こんなに素晴らしい告知をしてくださっていたなんて・・・。最後のミラクルは、昨日打診があったという神戸新聞社の取材で、再会したのが平松正子記者。長年、私のうたがたり、犬養万葉記念館の完成、万葉協会の設立、指定管理者としての紹介など私の節目節目につきあってくださった敏腕の女性記者です。「なぜここに?」「4月から姫路本局に異動しました。」ということで、この機会を知ってきてくださったようでした。本当にうれしい偶然! また、万葉うたがたりのプログラムも、4月以降に内容を変え、新元号ゆかりの梅花の宴のお話も含めて「梅の園」も歌唱いたしました。7年ぶりに私たちに出演依頼をくださった浄福寺の加古さんに心からの御礼を申し上げるとともに、今回は私たちに「仏縁」と神様のお恵みを頂いたことが本当にうれしいことでした。幸運はまだ続きます。毎年平城京でおこなわれる天平祭で、令和最初の5月3日の機会に朱雀門広場で万葉うたがたり会が出演させて頂きます。私のうたがたりも昭和から平成、そして令和へとこの5月から39年目を迎えます。仲間たちと感慨をともにしながら、舞台にあがりたいと思っております。
五島市(長崎県)三井楽町で毎年行われている「三井楽万葉まつり」が、今年は特別イベントとして「全国万葉フォーラム」inみいらく2018が開催されました。私は万葉うたがたりコンサートの出演依頼を頂き、出演者として演奏のための個人的な「旅」が許されていましたので、宿は何度もお世話様になっている定宿の三井楽町の五島サンセットユースホステルにお願いしました。

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何度もお世話になっておりながら、夕食前に周辺を散歩をして発見。久保勘一氏の碑と対面。参議院議員から長崎県知事に転進された政治家クボカンは、三井楽町のご出身。当時の首相が佐藤栄作氏という頃なので、明日香村の特別故地保存法に東奔西走されていた犬養先生もクボカン氏をご存じだったことと思う。この銅像のすぐ後ろに多目的ホールが建てられているが、今のサンセットユースホステルも、福江島にユースホステルの誘致をされた時に、決まりかけていた福江ではなく、出身地の三井楽に!というクボカン氏の鶴の一声があったようだ。今更に三井楽町の誇るべき政治家のことを学び、ユースホステルの歴史を偲んだ。
今ユースホステルは、松本正樹さんの娘さんご夫婦が管理、運営されているが、オーナーの松本さんこそ、かげに日向にお客様を大歓迎してくださる「三井楽愛」にあふれた方だ。限られた時間を過ごす旅人のために、時間を惜しみ自らの車で三井楽町の魅力あふれる箇所に案内してくださる、本当に頭が下がる民間大使だ。故人となられた高岡市の尾竹睦子さんと重ね合わさった。行政力だけでは町つくりや地元発信は無理だ。おらが故郷を心から愛し、誇り、その姿が私たち旅人に納得と共感を呼ぶのだ。
今回は、出演準備で私は会場に残ったが、うたがたり会の仲間たちが飛び出して行き、松本さんのおかげで有意義な散策をさせていただいた。柏崎の遣唐使の母の歌の歌碑を見て、臨場感にうたれ、うたがたりコンサートで歌う前に現地で涙が出たという未歩ちゃん。何よりの体験だったと思う。

ユースホステルでは、初日に五島牛のバーベキューを賞味したり五島うどんを味わったり、そして2日間我が家のように楽しく過ごさせていただいた。ホストペアレンツの裕貴さん、チノくん、本当にありがとうございました。松本さん、またきっと来ますね。

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フォーラムの翌日、三井楽町の浜窄小学校では、来年三井楽小学校に統合前の5人だけの小学生の最後の運動会。私たちを福江港に見送ってくださったあと、大急ぎで最後の機会を見に行かれたという。松本さん、お疲れさまでした!

昨日、CD「恋歌 VOL9」~メッセージ~が完成。私の手元にようやく届きました。うれしさと、ほっとした気持ちです。このCDについては、2年前から取り組んでおり、録音も1年以上前から始めていました。私自身がまとまった時間がとれなかったことと、また時間がかかった分だけ私の思いや優先順位が変更し、当初の予定収録曲と少し変わりましたが、引き続き「音源化」ということで、作品を形にして残していきたいと思っております。
前回のVOL6は、サロンTSUBAICHIのオープンした2009年でした。その時も本当にうれしかったですが、はや9年です。(VOL7は平城京遷都1300年記念版、VOL8は明日香ベストセレクション)現在、犬養万葉記念館でおこなわれている「万葉の歌音楽祭」について、年を重ねるたびに定着し、レベルアップし、とてもユニークな万葉イベントとしてようやく一目置かれるようになりました。この機会も万葉うたがたりのコンサートを聴いて下さった故和田嘉寿男先生が、記念館会議で「岡本さんのような・・・」と公募の音楽祭の発案をしてくださったことがきっかけです。私が「万葉歌」を作曲することの先駆者として継続していくことは当然のことですが、私自身『万葉集』を広く身近な歌集として啓蒙していく上での「音楽」なので、今回もサブタイトルは「メッセージ」としました。みなさんに1曲でも印象に残る音曲があればいいなと思います。さあがんばって紹介していきたいと思います!!!

8月1日を迎えました。いよいよ告知を開始することにしました!
予定よりは1年近く遅れてしまいましたが、久しぶりに万葉うたがたり活動の作品CDをリリースいたします。
途中、「高岡旅情完成版」や「明日香ピックアップバージョン版」や、時に応じた制作もいたしましたが、フルスタイルのCDは、2009年の富士山ジャケットの「万葉のこころを歌う」以来、なんと9年ぶりになります。1年近く遅れた結果、収録曲も二転三転し、録音してくれたメンバーも戸惑ったことと思いますが、今の私の「テーマ」優先としました。「メッセージ」というタイトルをつけた通り、「万葉歌を通して、訴えたかった思い」です。没後20年を迎える犬養先生のみずみずしい万葉歌の魅力。東北大震災の津波で壊滅的な打撃を受けられた多賀城を訪れ、多賀城万葉の会のかたに、来年こそはこの地でともに「桜」を見ましょうと応援歌として歌わせていただいた「櫻花」。万葉の母、尾竹睦子さんへの思い出と追悼にささげた歌。「始めに言葉ありき・・・」とヨハネの福音書にもあるように、言葉の持つ力、霊力、言霊(ことだま)への信頼により、よきことを願う、幸はふ国へと歌うのは、まさに現代を生きる私たちが日本の未来に対して心から願うことでもあります。交野市の逢合橋で私が万葉歌を書かせていただいた歌碑ができましたが、今後も地元のシンボルとして発信し続けたい万葉歌碑であり、もちろんテーマソングも作りました。などなど・・・。
制作が遅れたのは、雑用により集中した時間がとれなかったことが原因ですが、このたび収録できなかったものもあり、また、私自身が万葉うたがたりの歩みを確認したかったこともあり、作品の「音源化」は今後も引き続きすすめていく予定です。
『万葉集』って楽しい♪・・・気持ちになってくだされば幸いです。











