ホームページには、即日に写真を公開しましたが、1月24日(火)に明日香村にこの冬
初めての雪が降りました。
私は古都飛鳥保存財団へ伺う約束をしていたのですが、折からの天気予報で、奈良方面は
「雪模様」と聞き、車で行くはずでしたが、急遽近鉄電車で飛鳥へ向かいました。
1月29日に交野市のパナソニック松愛会という、「松下」に勤めておられたOBの方々の
新年懇親会があり、私がそこでお話をさせていただくことにな理ました。
私が、松下さんは明日香村とも縁の深い方ですし…とつい申し上げたばかりに、演題は、
「松下幸之助と万葉集」にすぐに決定!
私もエピソードはいくつか存じていますが、犬養先生のそばで見聞きした立場でしたので、
松下さんが初代理事長となられた古都飛鳥保存財団で、一度きちんとお話を伺っておくべき
と、財団事務局へかつての貴重な思い出の話を確かめに出かけました。
今年最初の雪の日に出会うなんて…と、ちょっとロマンチックな気分で、また「良いことの
しるしだ!」なんて思いながら…の明日香行でした。
駅前にある財団事務局の事務局長は、現在明日香村の前々村長の杉平さんのご子息でした。
こちらのほうから次々と質問させて頂きましたが、杉平さんも「久しぶりに財団の初期の頃や
松下さんや犬養先生のことを思い出させてもらいました。」と、なつかしげに貴重なお話を
してくださいました。
私が断片的に知っていたことが、確認できて、一つの線になりました。
犬養先生が、昭和天皇を甘樫丘に案内されておられる写真が残っていますが、私も何か
松下さんのことが記念に残されているものはありますか…と尋ねたところ、やはり昭和天皇を
松下さんが高松塚へご案しておられる写真を見せてくださいました。私はお願いをして、
ちゃっかりお借りしてきました。時が時ならば松下さん揮毫の歌碑の一つも建っていたかも
しれません。
私自身も再び古都飛鳥記念財団の歴史や、目的意識などを確認でき、納得がありましたが、
「明日香村」に魅力があり、大事な古代のふるさとであること以前に、特別に愛された、
恵まれた地域・村であることをつくづく感じました。
松下さんら財界人、犬養先生ら学者サイドから…、また明日香村を守る議員連盟など、
いろんな立場・分野の人たちから支えられてきたことで古代のロマンがいまだに紡がれて
いることの幸運をうれしく思いました。
そして、本日伺ったことの興奮をそのまま皆さんにお伝えしたいと思いました。
雪の1日でしたが、せっかく来たので、明日香村の野菜を買い込んで帰りました。
甘いいちご、あすかルビーも、焼き芋も。
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今年のクリスマスは、とても有意義に過ごせたような、忙しかったような…。
1、22日にうたがたり会で、ケーキで祝杯!
2、23日に美佐ちゃんと村田さんの演奏を聞きながらクリスマス・デイナー。
3、24日は、明日香村の犬養万葉記念館訪問ができたこと。
クリスマスプレゼントは、春日大社の犬養先生歌碑除幕式ですね。
そして25日は、父と一緒に甲子園教会へ。私は普段仁川カトリック教会所属ですし、
オルガン担当もあり、甲子園へ転宅したあとも、いまだ以前の地区の教会へ行っていますが、
父は毎週のミサに通うために、転居に伴い、近所の甲子園教会へ転籍しました。
同家族でありながら、それぞれ違う教会に所属をしているのです。
今年は日曜日とクリスマスが重なったため、クリスマスのオルガン当番がなかったので、
久しぶりに父と一緒にクリスマスミサに与りました。
寒い寒い朝、さすがの父も行くのに逡巡したくらいでした。
阪神淡路大震災までは、家族そろって甲子園教会に所属していたこともあり、私も聖歌隊の
指導をさせて頂いたり、娘もここで洗礼を授けて頂き、日曜学校に参加していたことなど
甲子園教会には、私たち家族の思い出や、歴史がたくさん残っている教会でもあるので、
奇しくも再び甲子園へ転居することになった時は、繋がれた縁を感じました。
ただ、私もオルガン当番のメンバーだったり、娘も大学生の時から京都へ出ていることもあり、
今すぐに甲子園教会へ移ることにこだわりがなかったので、老いた父のみが積極的に転籍を
望んだくらいでした。
父が甲子園教会に行くようになってから私に「甲子園カムバック!」のエールを頂きますので、
少し心苦しい状況ではあります(笑)。
なつかしいお顔触れや、お互いに年を重ねた再会は感慨がありました。
思いがけない方の訃報を聞いたり、親しい方が、老人ホームで過ごされていることや、
日曜学校の娘の友人たちが、次の親となって、子供さんと一緒にミサに来られていたり、
時の流れをしみじみ感じました。
ひとしきりご挨拶や、立ち話をしたあと、一緒にいた父は「おまえはここでも有名人やなあ…」
と冷やかしましたが、皆さんが覚えていてくださることに感謝です。
主任司祭のラファエル 松本武三神父さまもいち早く私を見つけてくださり、ご挨拶をして
くださいました。「またオルガン弾きに来てね」って。
はい、また甲子園教会に伺いますね!
おまけは、明日香で買った「お正月用葉ボタン」の写真です!?
東京へ行く用事があれば、必ず立ち寄るのが「谷中」です。
犬養先生の御魂が、本当に谷中の墓地に眠っておられるのか…と考えれば、私の中では
犬養先生の「たましひ」は、常に万葉の故地を彷徨っておられ、特に明日香村では、今も
留まっておられるのではないかと思うのですが、「谷中」は犬養先生のふるさと「上野」の
近くでもあり、私はついつい行きたくなってしまうのです。
何度も、またいろんな方向から向いますので、上野からも日暮里からも、西日暮里からも、
行けるようになりました。おのぼりさんの私が…です(笑)。
前日のしのぶのダンス発表のあと、埼玉に宿泊したので、今回は地下鉄千代田線の西日暮里から
行きました。
このコースには、坂道を登りきったところに「富士見坂」という場所があり、ビルの狭間から
富士山の見えるスポットがあります。
さて今回は、季節がら冠雪した富士山でしたので、新幹線でも鮮明に姿を確認することが
できましたので、期待して通りかかりました。「やったあ!!!」
携帯写真なので、わかりにくいのですが、正面に富士山がはっきり確かめられました。
「♪何か、いいことありそう♪」本当にそんな気分でした。
そして犬養先生のお墓参りに…。
年末でもあり、お墓の掃除に来ておられる家族連れも多く見かけました。
いっぱい報告がありました。
プライベートなこと、明日の山内さんの祝賀会のこと、春日大社の新碑除幕のこと、
そしていつも守られている感謝と、御礼を申し上げました。
谷中の空は、12月とは思えないまさに犬養高気圧の青空。犬養先生が私に微笑んでくださって
いるかのようで、ひとときお墓の前でぼんやりしていました。
「また来ますね!」と約束をして、上野方向へ。
犬養先生の住んでおられたと言う、上野桜木町は、いまはパンダのいる動物園のあたりだ
そうです。娘にパンダのおみくじなどを購入しながら、恩賜公園である上野の森を歩きました。
本当に暖かい日で、人出もそこそこあり、まだ公園の紅葉が楽しめました。
この日のうちに帰宅しないといけなかったのですが、久しぶりに親友のたけもと銀座でランチ。
ちょっとセレブ感覚で、それぞれの近況を話したり、クリスマスバーゲンの商品を見たり
貴重な時間を過ごしました。東京はやはり大阪と違う楽しさがあります。
姪や甥に感化されてきたかも。(汗)
まあ、日常から解放されるということだけの楽しさだけかも知れませんが…。
あわただしい東京行きでしたが、有意義な時間でもありました。
行きの新幹線、東武鉄道、谷中、帰りの新幹線…と大好きな富士山を何度も見られて幸せでした。
やっぱり富士山は、「見るものだ!」
ホームページのトップには、当日報告として既にご紹介はしたのですが、去る11月25日の
金曜日に、山の辺の道を歩きました。
宝塚コープカルチャーをはじめて、5月の明日香村に引き続き、今年二度目の万葉旅行ですが、
「山の辺の道」は、みなさんの憧れのコースの1つのようで、希望も多く、定員の20名を
越える人気で、とてもうれしいことでした。また現地からも三輪にお住まいの小西さん
ご夫妻も加わってくださり、晩秋の古道を楽しみました。
梅田9時出発…10時40分頃、近鉄朝倉駅からスタートしました。
普段歩きなれた方もあれば、初めて遠出された方もあり、10月に下見をしましたが、
桜井から北上して行けるところまで行く!ということで、スタートしました。
もちろんテーマは「三輪山」ですが、私たちのサロンの屋号にもなっている「海石榴市」は
特に力を入れてお話しました!
山そのものがご神体である、大和の国の一の宮、大神神社へ詣で、みんなでご挨拶。
みなさんは、傍の「巳の神杉」の卵のお供えを見て、民間信仰も実感。
お昼御飯は、遠足気分で、お弁当を持参して頂き、狭井神社の万葉展望台で会食。
太陽の微笑みで、晩秋の野外でしたが、背中がぽかぽかしながらでホッとしました。
私たちは本当に幸運です。ここからは大和の国原が一望できる場所で、大和三山が
臨めます。(わかるかな?)
昨年、NHKテレビ出演で、「朗唱」した場所でもありました。
お天気も良く、暖かい日差しの中、紅葉や、柿やミカンの実りを見ながら、和気藹藹と
歩きました。今回の絶景はやはり井寺池からの「三輪山」でしょう!
みなさん感動の声があがりました。
三輪山の美しい姿を臨める場所で、人工池ですが、風のない日でしたので、静かな水面に
鴨や水鳥が遊び、青空の中に映える光景が、圧巻でした。
川端康成さんの歌碑の存在価値を深く認めたひとときでした。
景行く天皇のご陵の手前で、本日のウオークは終了。JRの巻向駅から帰路につきましたが、
「もっと歩きたかった!」との思いの皆様方。それでも8キロ近く歩いて頂きました。
みなさん、楽しかったですね。またこの続きも歩きたいし、また天理から南下するコースも
歩きたいです。またの期待を楽しみに、来年の講座も頑張ります!
橋本徹氏が、大阪府知事から鞍替えで市長戦に出馬表明をした。
私は大いに橋本氏に期待をしている。
「独裁」という言葉にマスコミも平松氏も敏感に拒否反応を示しているが、そんな言葉の
情緒にこだわることが不思議だ。
この閉塞した世の中で実際に成果をあげている橋本氏。
大阪府の財政の立て直しにも取り組み、赤字財政を単年度黒字にまでにした。
私も音楽・芸術に関わる身の上。劇場・ホールの閉鎖や、補助金カットなど、実際に身近な
人たちの悲鳴も聞いたが、万民が納得し、喝采できるようなまつりごとはできるはずない。
どこかで必ず「ひずみ」がある。
建物の「税金」のむだ遣い、公務員の人件費、大阪の二重行政も昔から言われてきたことだ。
誰もが手をつけられないことに挑戦しようという勇気と、やはり将来に対するビジョンを
持っていることは素晴らしいことだ。
失敗するか、うまくいくかどころか、まず、独裁政治を行いたくても(笑)その前の
「抵抗勢力」のすさまじさを私たちは強く強く目にすることだろう。
そんな現実を見て、今日にまで至った府政・市政に対して私たちはきちんと判断をしないと
いけない。
平松さんは、前回民主党の支持を得て、市長に当選した。
今回はオール与党的に、自公の支持を得て、また市役所の人たちをバックに選挙戦を戦う。
なんだか「大阪市」をいかに考えるかではなく、「大阪市」維持の意地・沽券で対決して
いるかのようにしか見えない。
前回の平松支持母体の民主党は、独自候補を探すべく、郷原信郎氏に打診をしている。
野田内閣にも期待はしているが、リーダー、カリスマの出現は必要であろう。
今の日本には、今後歴史に刻まれていくような人物が排出されないことの不幸を思う。
私は、橋本氏の手腕を見たいという気持ちが強い。
昨日、明日香村の村長選挙が行われ、森川さんとおっしゃる明日香村出身(と聞いた)
50代の若き村長が誕生した。
明日香村も関村長のやり方から、また変化していくに違いない。
混迷期の日本。地方の時代と言われて久しい。今こそ地方の在り方が問われている。
兵庫県でも有数の観光地である西宮市は、毎年1200万人の観光客が訪れるそうだが、
甲子園球場への観客が多くを占めていて、あとはえべっさん、酒蔵関連…とスポット的に
訪れるという観光状況から、西宮市はこのプレイベントから観光元年と位置づけ、
来年度に「西宮・まちを旅する博覧会」の実施を予定し、昨日プレイベントの開幕式が
行われた。
オープニングセレモニーには、今朝の朝刊に150名が参加と書いてあったが、私も
関係者として参加していた。
観光客を呼び込む前に、まず西宮市民が「西宮市」を理解し、歴史・文化・産業・特性を
知った上で、町ぐるみのおもてなしをするために…と企画されたもので、プレイベントでは、
まずは市民対象にまち歩きコース20、まちなか体験21の、41のプログラムで西宮のまちを
旅する。
私はまちあるき20番目の(すべりこみかも?)西宮に万葉の足跡を訪ねる「西宮まちたび
まんにょう」(オカモ独白…なぜ、まんようではないのか、確信犯的キャッチだ!)
で、案内人として参加させて頂く。(ホームページの予定表に記しています)
さて、昨日のオープニングセレモニーについて、
よくあるゆるきゃらの登場、デザイナーの紹介、ネーミングの発表。
「みやたん」だそうだ。私はブログを書くときも名前を思い出せなかった(汗)。
西宮は入り口に立っていた「えべっさん」の方が、よっぽどキャラとしてはインパクトがあると思う。
私が幸運だったのは、昨日午後からサロンで、「思い出のアルバム」という子供の歌
をみんなで歌い、側面から時代を検証するイベントを企画していたのだが、担当の
大岡美佐さんが、ゲスト歌唱曲として山田耕筰の「からたちの花・この道・赤とんぼ」
を準備していた。そして山田耕筰の資料の中に、「西宮市歌」を作曲していたことを
発見したのだが、なんとプロローグで西宮少年合唱団によって、しょっぱなに「西宮市歌」が
歌われたのだ。聞きたかっただけに、このタイミング!神様に感謝でした。
♪松の緑の西宮…♪ 美しい歌だった。西宮市民として私も歌っておこうと思った次第。
また、西宮消防音楽隊が、プロローグと、セレモニーの間のBGM担当で、りりしい制服姿で、
協力されていた。消防署だけに赤と白のユニフォーム。
演奏を聞きながら、このごろ火事だけではなく、災害の多いことが思い出され、命をかけて
仕事に邁進する方々の側面で「音楽」があることは、なんて素敵なんだろうと思えた。
このセレモニーのように、西宮市の行事や式典などに協力される機会が多いのだろう、
演奏曲も、元気あふれるAKBやみんながよく知っているアイドル曲などで、指揮者が
「勇気100パーセント」を楽しそうに歌いながら指揮されていたのは、印象的だった。
消防隊の方々のご活躍を祈りつつ、また「音楽」での気分転換や、練習・演奏できる平和な
時間の捻出を心から願った。
西宮市の河野市長をはじめてまじかで拝見した。私は自治体の公式行事の参加は、犬養先生
の傍で、また高岡市や明日香村で…など経験は多いのだが、西宮市のセレモニーは
そう言えば、ほとんど縁がない。そんなこともしみじみ思いながら「西宮市」の様子を
客観的にみることもできた。やはり「形」にこだわって、台本通りに粛々とすすめられた
感がある。
観光大使に、現西宮市民の西田ひかるさんが選ばれたが、宝塚?永田町?ばりの階段の
赤じゅうたんが、彼女のためにはしっかり演出された…と言う感じだった。
「登場者」は、あのドアから出演してもよかったのに…と思う。芸能人を守る対策かな?
私は終わるなり、最初のプログラムが出発するまでに会場を出た。
「思い出のアルバム」の初日に向けて…。
そうそう、阪神西宮駅では、10月1日と2日は酒蔵ルネッサンスというイベントがあり、
西宮の名酒が象徴的に置かれていた。灘5郷、宮水ですもんね。
暦では、きょう9月12日の満月が、「仲秋の名月」に当たります。
昨日は日曜日ということもあり、1日早く、明日香村の石舞台古墳の前で、第44回の
万葉の明日香路に月を観る会が行われました。
44回というのは、犬養先生が中心となってはじめられた、甘樫丘の観月会からの回数です。
その間、観月会の場所も明日香村の中で数か所変わりました。
最近では、石舞台公園の広場には、「風舞台」という、多目的に使えるステージがあり、
舞台を利用して、講演と、イベントを演出しながら、「月を待つ」「月夜を楽しむ」会
になっていました。
しかし、場所が広大であることや、無料のイベントでもあるため、人数把握がむずかしく、
また、そのための丸抱えの予算措置も大変だったと思います。
そこで今年は、趣向をかえてみようということで、場所も石舞台古墳の前で、
有料の申込制とし(人数も限られてくるので)、観月会の前には、明日香村の遺蹟を散策
するハイキング付きで、催されました。
私は「万葉の歌音楽祭」…後日ブログ報告します。
終了して、関係者と解散したのち、山寺さんと二人で、観月会に参加しました。
ちょうど西の景色が素晴らしく…。犬養先生がお月見で講演されている間に、付き人の私は
いつも石舞台へ登ってこの夕陽を眺めていたことを懐かしく思い出します。
6時頃に石舞台へ入園すると、古墳の前にステージと客席が設けられていました。
関村長のご挨拶の時は、まだこんなに明るく、しかしこの背景の素晴らしさにまずうっとり
しました。
そして、明日香村の文化財課の相原さんの散策の最後の個所として、石舞台に関連した
お話をしてくださいました。その時に、月が顔をだしましたよ!
そして八雲琴の演奏は、若い伝承者とベテランの奏者との大所帯の演奏ですが、単一旋律
がよく揃い、所作も揃ってまるで振りつけられているかのごときでした。
今まで、何度もいろんな機会で聞かせて頂く、八雲琴ですが、やはりこのような静かな
明日香村の自然の中での響きは格別に感じました。ピンクの衣装が華やかで素敵でした。
そしてメインイベントは最後に 橿考研の菅谷文則先生のご講演でした。
いつもながらの軽妙な表現と自然体のお話しぶりは健在でした。(笑)少し息遣いが
荒い?のには、心配致しましたが…。
タイトルは「月には人がいるか?兎がいるか?」
宇宙衛星からかぐや姫まで、また中国の地域性による伝説の違いなどを伺い、興味深く
聞き入りました。「竹」についても詳しくなりました!!!
菅谷先生と「月」です。
写真は下手ですが、ここでの「月」の演出力はすごいです。ましてや本物だし…。
お昼は、また暑さがぶり返し、真夏のような日差しとなり再び日焼けした人も多かったよう
ですが、さすがに日が落ちると、わずかな時間の間に、しんしんと冷え込み、山寺さんは
座った時は「暑い」と言ってたはずが、「寒~い!」って。
そういえば、朝準備の時の芝生がびしょぬれでしたが、「朝露」と聞きました。
朝晩と日中では、それくらい温度差があるんだ!
「万葉の歌音楽祭」というイベントを終えて、ほっとした気持ちも手伝ったでしょうが、
このこじんまりとした石舞台での共有時間は、すごく密度の濃い、「明日香の月夜」を
独り占めしている気持になりました。
月が出た時から、私は「月」イコール犬養先生との会話が始まりました。
「先生素晴らしい十五夜になりましたね。明日香村でこの夜を迎えられたことは幸せです。」
草の匂いがなつかしく、虫の声だけが響き、月の後に満天の星が…。
そして余計な光がないので、美しい緑の里は漆黒の闇に包まれましたが、「月の光」だけが
鮮明で、明るく感じます。
そこに照らし出された蘇我馬子の墓!!! めちゃドラマチックでした!
今回は何か、お月見の原点に戻れたような…。シンプルイズベスト、大成功です。
きょうは、自宅から観る満月。仕事の帰り道に見えるかな。自宅からはベランダで
おだんごでも食べようかな…。
平成10年の犬養先生のご葬儀の日は、仲秋の名月でした。ご葬儀には行かず、明日香村の
観月会で「月」を観て先生を偲ばれた方が何人かいらっしゃったことを思い出します。
先生、いいお月さまですね。「旅の秋」か、「手慣れの小琴」歌いましょうか。
先週のサロンDEうたがたり、万葉うたがたりコンサートから1週間が経ちました。
金・土・そして今日は、台風12号の影響で、いまだ激動の日本列島ですが、私の住む西宮は
世間の皆様に本当に申し訳ないほど、平穏な普通の雨模様程度の状況です。
洗濯物もひさしのあるベランダに干せますし、交通の影響もなければ、生活もまったく
変りなく過ごせております。
テレビ報道で、和歌山のかつらぎ町や、田辺、奈良県の十津川村、天川村・・・などなど
私たちの万葉仲間の木村千鶴子さんや、妹背山の近くに住まわれる方々など、知人のことが
思い浮かび、大変気にはなっていつのですが・・・。
犬養先生と何度も訪れた、田辺市本宮町の湯の峰温泉「あづまや」など、どうなっている
ことか、心がもめます。
震災復興も未だ解決できないまま、重ねてこうした天災による日本国家の衰頽ぶりには、
もはや、全世界で地球規模の末法時代に入っていることを思わせるかのような状況です。
明日は我が身、どんなことが待ち受けているのか暗澹とした気持ちになります。
どうぞ、みなさま、ご無事でありますように…。
さて、台風到来でも、地域のギャップが多い中、私はちゃっかり???甲子園球場の
歴史博物館に行ってきました。
阪神・横浜の甲子園3連戦ももちろん中止ですが、西宮周辺は穏やかなので、やはり連日
観戦客が来ているのです。(遠隔地など、交通網の危険が理由で中止だったと思います。)
たまたま家族と共に、散歩がてら入った歴史博物館では、ちょうど球場ツアーが始まる時
だったので、そのまま合流して、50分の球場内見学をしてきました。
ブルペンをのぞかせてもらったり、関係者通路から入り、監督がインタビューを受ける
場所で記念写真を撮ったり、選手のロッカールームの横を通り、3塁側のベンチへ。
建物の床はどこもスパイクのあとで傷だらけでした。ベンチは思ったより低い位置で、
グラウンドへの目線がずいぶん高いです。控え選手の気分になりながら…。
急遽訪れたので、カメラは携帯で、1シーンをご披露。
「ネクストバッターサークルで、4番、岡本三千代選手が、素振りをしています!」
曇りの中で静寂の甲子園球場でしたが、観客席ではなく、グラウンドから見る景色や雰囲気
にやはり聖なる野球の殿堂であることを再確認しました。バックスクリーンにも降り立ち、
本当に貴重な体験ツアーに大興奮しました(笑)。また行くぞ!!!
芝生の緑も美しく、やっぱり甲子園球場は素晴らしい!
ツアーのあとは、博物館見学。「阪神タイガース」関連展示と、「高校野球」のメモリアル
スタジアムとして、意義あるものです。ふらりと…なんと2時間以上も楽しみました。
しかし、先週は前日に大雨が降りましたが、翌日なんとかコンサートが開催でき感謝。
そして、来週は、明日香村でつらつら椿株式会社が初プロデユースする「第9回 万葉の歌
音楽祭」があります。
イベントは、中身も大事ですが、お客様に来て頂いてこその開演であり、この土日に予定
されていた行事はどこも大変だっただろうな…と思いました。今のところ、恵まれている
私たち。次の予定に向けて、「楽しいひととき」も織り交ぜながら…前進中です。
しかし私、1昨日、「曜日」を勘違いして、月2回の教会のオルガン当番をうっかり、
すっぽかしてしまったのです(泣)! 神様ごめんなさいです。
何で???と自分でも責めながら・・・。私の責任感の欠如だと思いました。
どこかで集中力も欠けているのですね。大反省です。
年齢のせいにもしたくないし、本当に気持ちの入れ替えをして、しっかりしなきゃ!
いますが、やはり残念ながら、閑散期ではあるようです。
でもね、空はあくまでも青く、雲は白く、山々の緑は映えて本当に静かで美しい風景です。
久しぶりに訪れて、やっぱり何だかほっとしました。
しまった!カメラを持ってくるべきでした。
明日香村のいいところは『万葉集』と同じ、農村的風景ではありますが、健康的で明るく、
清潔感が感じられるところですね。
きょうも、来てよかった!と思いました。
犬養万葉記念館の庭の先生の歌碑にご挨拶。庭の象徴的なさるすべりの木の花が満開でした。
帰りは、近鉄飛鳥駅そばの夢市でもちろんお買いもの。
珍しい蓮のつぼみとガマの穂を買ってきました。小倉茂次さん提供の商品でした!
さっそく、サロンに生けて見ました。咲くかしらん???。楽しみです。

1つの夢がまた実現しました。
サロンTSUBAICHIは、平成の海石榴市を目指して名づけましたが、犬養先生から
頂いた万葉の故地とのご縁を大事にし、万葉うたがたりの活動の中で、私の方から、故地
交流や発信協力をしていきたい、またそれができる拠点でありたいと立ち上げました。
ですから、TSUBAICHIが時々「ある日」日本の中の特定の地域の空間としてみなさまに
情報を提供したり、楽しんで頂く事ができる場所として、展開したいと思っていました。
そして、私にとって長いお付き合いで、思い入れも深い「高岡市」の交流展が、最初に
実現したことが、本当に夢のようです。
特に、高岡市万葉歴史館行事として、高岡市の予算事業の中で行って頂いたことは、本当に
光栄であり、高橋市長をはじめ、歴史館の方々にあらためて篤くお礼を申し上げます。
ホームページに記しましたように、高橋市長と明日香村の関村長からの心尽くしのお花が、
個性的で好対照ですが、とても素敵です。ありがとうございました。
初日の今日が平日でしたので、オープンの時の参加者が心配でしたが、北日本新聞の記者も
来て下さり、今日の記事が早速明日の地元の朝刊にでるそうです。
どんな風に紹介されているか、早く見たいなあ。
また、歴史館の新谷さんや垣見さんは、大阪でお仕事、高野副館長は、万葉を愛する会の
秋の「和歌山」旅行の下見に…とそれぞれにあわただしく次の場所へ動いて行かれました。
せっかくでしたので、出発される前にとりあえずの記念写真です。
では、高岡市の「宝物」確かにお預かりいたしました!

