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先月に引き続き、7月8日は今年2回目の備前の万葉講座。
早朝、めずらしく轟く雷鳴と集中雨で、出鼻が挫かれた・・・?かと
思いきや、出発の9時頃には、晴天となり「晴れ女」の面目躍如!!!
7月なので、うなぎの話?七夕の話?秋の七草の話?とテーマに悩みながら
レジメを準備したが、結局8月に万葉旅行をする「万葉の難波」になった。
でも昨日が七夕だったので、それに触れないことはあり得ない。
山上憶良の七夕歌の「短歌」で作曲した「七夕の歌」をご紹介しつつ
万葉時代は、7月1日から万葉の「秋」の季節になることや、昨日の
機物神社のおみやげ話をしながら、中国の伝説と日本人に受け入れられる
土壌となる「通い婚」や「待つ」ことの共感などを話すこともできた。
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前回は「あさざ」の花の感動があったが、今回もまた、サプライズ!
万葉時代の短冊「かじの葉」を講座生の武本さんが、わざわざ、今日の私の
講座のために玉の浦から取り寄せてくださったのだ。感激!
万葉時代の「葉書き」である。古代は棒で書いたと言われている。
実は、かつて備前の講座が始まって後、2000年7月8日に名張市で大伯皇女
1300年遠忌記念うたがたりコンサートを行ったが、前々日くらいに備前で
講座があり、その時はじめて武本さんがご持参くださり、うれしくて
コンサート会場でご披露していおり、そのビデオも残っている。(未だ販売中)
私が犬養先生によって、万葉集の楽しみが机上だけの学問でなくなったが、以来
「自分の目」で古代の歴史や故地や現象や文化や草花や生活を今もなお、見たり
体験することのできる幸せが何よりだと思っている。
そして、万葉を通じて親しくなった方々が、私にタイムリーな情報をもたらして
くださったり、さりげなく現物を見つけてきてくださる。
本当にありがたいことだ。皆さんのおかげで私もまだまだ学ばせて頂いている。
加えてお世話役の平野さんが、粋な計らい!
この「かじの葉」を紙に型とって、講座生全員に配ってくださり、おかも織姫に
「かじの葉短冊」でファンレターを書いて頂いた!中には
「かくばかり 恋つつあらずば 八月の 難波の地にて 待ちにか待たむ」
などあり。やられた!来月の野外万葉の機会を楽しみにしてくださっている。
今回も楽しい1日だった。おみやげになすび、きゅうり、玉ねぎ、ジャガイモ
など重かったけど、主婦ゆえ、講師の謝礼は現物支給も大歓迎でした!(笑)

娘と母の二人の長年の「懸念」を叶えるべく、急遽決まった
「墓参旅行」の日は、実は「美夫久志会」という万葉集の
学会の日で、学生となった今、張り切って参加を楽しみに
していた。すると父の参加表明もあり、娘と後期高齢者の両親
の旅行に千路に悩んだが、保護者として同行することにした。
母と娘が行きたかった「墓参」は、平成13年に亡くなった小母の
お墓だ。母とは妹のような関係で、私も子供の頃から娘のように
かわいがってもらった。そして、小母にとっては、その私の娘も
昔の「私」の再来のように、何もかもが重ね合わさって映って
いたようで、孫のように成長を楽しみに可愛がってくださった
ので、娘にとっても「大好きな小母さん」だったのだ。
10年来の入退院生活を経て、とうとう先立たれた時は、本当に
悲しくて、信じたくなかった。私と母は、通夜・葬儀には大宮
まで駆けつけた。無宗教のご葬儀だったこともあり、私はその場で
オルガン奏楽を引き受け、母も急遽、弔辞を読んだ。
「独身」ということもあり、限られた身内のご葬儀だったことも
寂しかった。
以後、葬儀に行けなかった娘と、かけがえのなかった関係の母は、
1年後に「お墓」が建立されたことを知り、是非一度訪ねたい・・・と
小母に対する数年来の敬慕?不義理!呵責?になっていたようだ。
安曇野 056.jpg
小母は信州の安曇野の旧家の出身で、穂高の麓のりんご畑の中に
自宅と一族のお墓がある。私たちは特急しなの号で中央線を行く。
松本駅からレンタカーで、三郷の里へ。
以前行った記憶をもとに、行きつ戻りつしながら、ようやく到着。
立派な家は残っているが、今は住む人もなく・・・。
亡くなられて、やっとふるさとへ戻ることができた小母が愛しい。
結婚を機に出られたきり、ふるさとはその後の小母を優しく
迎えてはくれることはなかった。
でも私たちには、ふるさと安曇野が大好きで、なつかしみ、自慢や
思い出話をたくさんしてくださった。
そんな小母に、田舎は世間体を気にして、残酷だ。
それだけに、小母の愛するふるさとにお墓が建立されたことが、
私たちの唯一の慰めにもなっていた。
甲子園からお花も持参し、お墓の周りをお掃除した。
ひととき小母の思い出話をしながら、小母と共に過ごしている
実感を味わいたかった。迫りくる穂高の山は素晴らしく、広がる
りんご畑では、小さな実がたくさんついていた。
あずみの2
今は、こんな素晴らしい場所に小母の魂が安住している・・・。
よかった・・・。
あずみの
また来れる事を祈りながら、私たち家族は、20年ぶりの上高地へ
宿泊に向かった。
つづく・・・

奈良女子大学で、坂本信幸先生に引率して頂いた初めての
万葉旅行。楽しみにしていた。
私は、今は車で脇の県道の169号線を走り、直接車谷の梅を見に行ったり、
通行は頻繁にしているのだが、三輪山の山裾を歩いたのは、2001年以来の
7年ぶり。坂本先生ご準備の詳細なテキストを頂いたが、密かに犬養先生の
「万葉の旅」と「山の辺の歌碑を訪ねて」の2冊も偲ばせ、出発した。
ゼミ旅行と思いきや、一般教養(講読)の2年生が8名と、4年ゼミ生が2人。
院生は私だけと言う、私にとっては意外なメンバー。
日頃、お忙しい坂本先生が時間を割いて終日「万葉現地講義」をされるのだから
ゼミ生や院生が中心だと思っていたし、個人の演習準備や、バイトやクラブで
欠席!と聞いて、理由はあるにせよ、大変失礼だと思った。
私は万葉風土と切り離せない「万葉集の楽しさ」を学び、今日に至って
いるが、私がこのたび奈良女子大学に入学できてうれしかったことは、
万葉に縁の深い、身近な「奈良」で学べる幸せだ。
初めて参加した、2年生の初々しい女子大生とも親しくなり話してみると
「山の辺の道は夢でした。」「もっといろいろ行ってみたいけど、機会が
なくて・・・」と今日の日を楽しみに参加しておられた姿を見て、救われた。
この感動が万葉の歌と連動して万葉人の豊かな感性に魅せられていくのだ。
(もちろん別れ際「また一緒に参加しようね!」と大いに呼びかけた。)
坂本先生は膝を痛めておられたので、気になっていたが、最後まで口にも
出されず、元気に歩いてくださった。いつもながらのダンデイぶりは言うまでも
なく、カッコイイ!可愛い?素敵です!!!(笑)
(これは現役女子大生が言うべき)オバサンが言うとアブナイ!
大神神社の「ささゆり園」では私が大好きな「ささゆり」が見頃だった。
しかし、少し花の色が浅く、「草深百合」の表現のように深い森の緑で
美しいピンクの花を見つけた感動を何回か経験しているは、心の中でみんなに
「笹百合はこんなもんじゃないのよ!もっともっと素敵!」と叫んでいた。
ささゆり
・万葉歌碑の探訪・うぐいすの伸びやかな声、ささゆりの花
・大神神社・つばいちや金屋の集落・初瀬川(国土交通省の表示では
大和川でした!)・三輪山・二上山・龍王山(引き手の山)などなど
山の辺の道は、古代の国道一号線ですから、古代経済流通地域として
注目すべき点の多い万葉故地なのだが、女子大生たちはきっと、通行人も
少ないこの道を歩いて、賑わいの古代がイメージできないギャップを
感じたことだろうと思った。
でも感性とは、それを埋める?想像する?心のひだだと思うので、
そのギャップが、かつての私も同様、万葉への扉の一つになるのだ。
若い感性に期待!万葉ファンが増えることに期待!!
犬養先生の天理の万葉歌碑ももちろん見学した。引き手の山を正面にした、
本当にいい場所だ。歌碑は136基となったが、3番目にできた立派な
文字、立派な石の歌碑。
「犬養先生、今春から坂本門下になり、新たな万葉旅行が始まりました。
私が犬養先生によって万葉集の魅力を受けて、生涯の糧となったように、
来年成人式を迎える彼女たちにとっても、この旅が一つのきっかけと
なりますように・・・」とお願いをして・・・。
歌碑
ちょうどこの日、明日香村で「ほたるの鑑賞会」に呼ばれていたが、
遅くなったのと、何だか疲れて、帰途についた。
きっと今週の演習が気になっていたからかも・・・!?しかしバタンキュー!

3月15日の西宮市フレンテホールの万葉うたがたりコンサート
から、3ヶ月。コンサートのDVDもできました!
久しぶりのコンサートは、近畿高岡高校同窓会総会のお招きでした。
関西在住の富山県立高岡中学・高校の出身の方々の会合です。
(高岡市の橘慶一郎市長も卒業生)
私は、約100名の方々の前で、皆さんを「ふるさと、高岡市」に
誘うお役目です。
うたがたりのプログラムも、「家持爛漫」に始まり、二上山の賦、
立山の賦など、大伴家持の万葉歌をご紹介しましたが、私の
こだわりは愛着の深い「高岡旅情」です。
みなさんの頭の中に懐かしい光景が浮かぶように心をこめて
演奏しました。以心伝心「この歌は、万葉集ですか?」と
お尋ねがあり、私が作詩・作曲した万葉まつりのテーマソングで
あることをお伝えしました。
コンサートのあと、多くの方々が私に声をかけてくださり、
歌の感想やいろんな思い出話なども聞かせて下さいました。
大学1年生のときにやはり犬養先生の木曾藤村旅行に参加した方も
いらっしゃいました。
もはや会話では同郷人となっていた私!(笑)
今年は高岡万葉まつりの前に、福岡町の作りもんまつりで、
コンサートのオファーを頂いています。
久しぶりの高岡でのコンサートは楽しみです。
前日の13日は、CD準備のための録音でした。
毎日の時間に追われて、いまだに生活が落ち着かないのが
現実です。(泣)
全力投球の毎日、すべてが「新たなことへの挑戦」へ向けて
前進あるのみ。しかし、♪365歩のマーチもいいかも。

早いもので、もう9年目のお付き合いです。
私の甲南女子大時代の同級生が、富山売薬の祖「反魂丹」を家伝薬として
20代も続く、医師「万代常閑」の奥様として、旧家へ嫁がれました。
市町村合併の影響や、地場産業の沈滞化などで、若者離れも進み、
「備前」は地域としても孤立化していく中、地元のご婦人たちに向けた
備前女性大学という生涯教育の機会ができました。
女性ならではのお稽古事や、サークル活動も増えていったようですが、
万代さんから「やはり学ぶというカルチャーも必要」と私に「オカモ、
万葉講座をやってみない」とお誘いがあったことがきっかけです。
コンサート活動が中心で長年やってきましたが、講座は犬養先生の
亡くなられた平成10年10月に豊中の庄内公民館で初めて機会を与えて頂き、
以来私の講座活動も11年目を迎えたことになりました。
備前女性大学は、税金(補助金削減)対策もあり、3年で幕を閉じましたが、
受講生の自主的な立ち上がりで、数人の方が世話役を務めてくださり、今日
まで続いていて、世話役の方々には頭が下がりますし、、受講生のご夫人方
とは仲良く、お顔馴染みになりました。1年に2~3回の講座、OR旅行OR
かるた会Oコンサートなどなど、「万葉集を楽しむ」ことを基本に開催して
いますが、1年ぶりの昨日も皆さん笑顔で迎えてくださり、私も張り切って
お話をさせて頂きました。
昨日は、末石さんが「先生、これがアサザですよね!」と備前焼の中に
浮かべられた万葉集で1首だけの絶滅危惧種の「アサザ」をさらっとご持参
くださり、な、な、なんと、私は感嘆の声をあげました。すごい!
万葉のお話をした中でしっかり記憶して、「ひょっとして?・・・」と気付かれる
ことに私は講師冥利を感じました。生活の中の意識にもなっておられる!!!。
ありがたいことです。
講義は紫香楽宮の木簡も出土したので、関連して、「万葉仮名」を交えて
大津皇子の悲劇をお話しました。最後はテープの準備不足で歌は会場のピアノを
借りて、ライブ演奏をさせて頂きました。(そのほうがよかったらしい。)
また来月伺います。今は大学院生として、万葉集を研究する立場になりましたが、
私が「犬養先生のお話から受けた万葉集のあの楽しさ、興奮」の原点にもどって
身近に「万葉集」を届けていきたい・・・と切に思います。
未熟な講師ですが、私が楽しそうに話している姿に皆さんつられて!?楽しく
聞いて下さっているそうです。ハイ、オカモは元気な万葉人です!
備前焼の器に浮かんだアサザの花です。焼き物と黄色の花のコントラストも
素敵!講座が終わったあと見ると、花は閉じてスヤスヤお昼寝なさって
いました。ガビーン!(笑)

平成20年の新年度を迎えて、私の活動も始動しはじめました。
大学院生と言う新たな環境も増えましたが、あくまでも私の「万葉集」に
対する姿勢の一環ですし、犬養万葉顕彰会の会長も任期も終えましたので、
より自由によりプライベートに「作曲」や充電時間を捻出したいと望んでおります。
4月・5月は旅行の同行があり、私は万葉旅行の案内ができるほど、「地名」や
「コース」に精通していませんので、引率とは言えず、同行と申し上げていますが、
犬養万葉歌碑の場所についてのみ、やや自信はあり(笑)、勝手なものです。
そして、水無月の初日は昨年から因幡万葉歴史館で始まりました万葉講座が
再開し(年間2回)、きょうは1回目。主催者側の意向で「明日香村へ行こう!」
と言うタイトルで、お話をさせて頂きました。
普段はムクチ!?(六口)な私ですが、講座になると話はとりとめもなくなり、
♪♪♪どうにもとまらない!!!
ご来場の皆様、ご清聴誠にありがとうございました。
思いがけず、「犬養万葉今昔」の偉業を達成された、堺市の中村博さん
ご家族が講座に来て下さっており、うれしい応援団でした。
また、国府町の万葉ファン代表の小椋つる枝さんには、自然の恵みを私にと
地元で摘んでこられた山蕗を佃煮にしてくださり、破竹の煮物と共に
私に持たせてくださいました。里帰りして、母から持たせてもらったような
あったかい気分です。ありがとうございました。
また、元新聞記者で、今やキャリアウーマンとして忙しい、川下浩美さんと
久しぶりの再会もでき、意義ある素敵な一日を送ることができました。
幸せ・・・。
実は、今週の水曜にもここへ訪れ、2009年開催予定の因幡万葉フォーラムの
会議に参加させて頂いており、1週間のうちに2度もこちらへ伺ったことになります。
でもそのたびに、犬養歌碑に出会い、因幡の国庁の地の自然を味わい、
古代の風に吹かれ、気持ちが安らぎます。毎日でも来たいくらい!
ただ、28日は、天候もすぐれず、懸念することもあり、ちょっとテンションが
低めの1日でしたが、きょうは気分も晴天!
そうそう、学芸員の鎌澤さんが来週結婚されます。ジューンブライド
おめでとう!やはり、歴史館の伝承館で万葉衣装のパフォーマンス披露宴
をやってほしいなあ!なにはともあれ、お幸せにね!

おちかたおちかた3.jpg
平成13年、小学校の100周年の記念に建てられた万葉歌碑は、作者未詳の巻11の
「物に寄せて思いを陳べたる歌」の中の1首です。
庶民の生活の中の恋愛歌ですが、子供たちに向けて「赤土の粗末な小屋に
雨が降って、床が濡れてしまった。私の身に寄り添いなさい・・・と恋人を
気遣う男の歌」と万葉人の思いやりをメッセージされています。
「彼方」(おちかた)と言う、富田林では珍しい地名が、万葉集にも詠まれて
いたのは、偶然だったと思いますが、この地にとってはゆかりの歌となったことは
私たち万葉ファンにとってもうれしいことです。
人名でもなく、大阪の地名であって欲しいと、この万葉歌に着目し、考証を
続けられた、彼方小学校の小学校長も務められた北村久夫さんは3月末に
帰天されましたが、その思いは万葉歌碑と共に、彼方の地に留まられることでしょう。
彼方小学校の校門を入ってすぐのところに万葉歌碑があります。
日曜にも関わらず、校庭では野球少年たちの声が響き、活気がありました。
この子供たちは歌碑のごとく、きっと思いやりのある優しい人に育ってくれることでしょう。
校庭で、花の咲いたコノテガシワを見つけました。
おちかた
帰りに「彼方」を守ってくださる??春日神社に表敬訪問をし、雨上がりの午後、
ちょっとセンチメンタルな気分に浸りながらの散策ができました。
「石川」を越えましたが、北村さんのことを考えながら歩いていたので、
直の逢いは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲ばむ (巻2ー225)
の挽歌が思い出されました。そうだ、北村さんのアドレスは確かhitomaroでした!(笑)

「便りがないのは、元気な証拠!」というのは、あてにならないことを
わかっていながら・・・。一昨日、訃報を2件知り、大ショックを受けている。
北村久夫さん。河内狭山万葉楽習会をたちあげられ、病に倒れられるまで、
代表として地道に万葉の種を蒔いてこられた。
と言っても万葉専門家ではなく、「1万葉ファン」としての軌跡がある。
私との出会いは、阪神みどり会の万葉旅行。犬養先生のお供の私と犬養ファンの
奥様と一緒に参加されていた恰幅のよい、寡黙な紳士の印象が思い出される。
お二人とも小学校の先生のご夫妻で、北村さんが校長を勇退されて、平成8年に
まとめられた「愛しき日々」という冊子を頂き、「教師」として子供に親に
どんなメッセージを残してこられたかを拝見し、北村さんのお人柄を知った。
そして、最後に務められたのが富田林市立彼方小学校であったことから、
万葉集の「彼方」が地名か人名か、また大宰府の梅花の宴に壱岐守村氏彼方も
出てくることから、急速に万葉集への探究心が高まられて、奥様以上に熱心に
取り組まれるようになった。私も多くの研究資料を頂いている。
再生不良性貧血の病に冒され、急激に弱られたので、10年近く、ご自身の意欲と
裏腹に歯痒い時間を過ごされたことと思うが、地元で万葉グループを立ち上げられた
こと、彼方小学校に万葉歌碑建立(平成13年)の悲願を実現されたことは
北村さんの魂が息づいている証となった。
「彼方の 赤土の小屋に 小雨降り 床さへ濡れぬ 身に添へ我妹」巻11-2683
私には、もちろんうたがたり活動の応援をしてくださっていたが、北村さんの
弟さんが先に亡くなられたときに、「万葉集に兄が弟を偲ぶ歌がありますか?」
とお尋ねがあり、大伴家持が書持の逝去に対して詠んだ挽歌をご紹介したこと。
河内狭山楽習会で講師に呼んで頂き、お話をした時に、「二上山の見える場所」
に家を建てられたことを伺い、機会があるたびに、万葉に対する思いを感じさせて
頂いていた。
またクリスチャンだったことも知っていたが、入院されてからは、特に何度も
牧師さんに足を運んで頂き、話をすることを望まれ、安らかになっておられたと
奥様から伺い、切ない気持ちになった。このたびの私のコンサートに今回はご連絡が
ないな・・・と気になりながら、3月30日に帰天されたと聞き、1昨日まで知らなかった
事が悲しかった。
長年の闘病に付き添い、いつも明るく支えておられた奥様の存在も大きかった。
きっと奥様に心から感謝しておられることだろう。
おだやかであるが、きちっとご自分の意見を持っておられる姿勢は大好きだった。
5月18日が50日祭と伺ったが、万葉旅行の日なので行けない!!!。
私は近いうちに彼方小学校へ出向き、「万葉歌碑」の北村さんにご冥福をお祈り
してきたいと思っている。
ありがとうございました。また会う日まで・・・。
黒田基さん。扇野万葉の門下生であるが、「万葉旅行」でお知り合いになった。
「オカモのファン」と公表して、参加してくださり、最新カメラで、よくお写真を
撮って頂いた。海外旅行がご趣味で、ご夫妻で行かれるたびに「オカモのために」
お土産を探すのが楽しみと公言しておられ、恐縮だった。
おかげさまで、いろんな思い出の品々が私の手元にある(汗)。装飾品であったり、
飲食物であったり、様々に頂戴したが、黒田さんの思いやりは、私がネコが好き
ということで、必ずお土産にネコに関するラベルや、図柄や、ネコグッズであって、
私の好みに対する配慮も忘れずのお心遣いを頂いてきた。
1月7日、肝硬変で急逝されたと聞いた。黒田さんもコンサートに来て下さらなかった
けど、海外旅行中かなあ・・・などと漠然と想像していた。
忙しさにかまけて、大事な方々ときちんとお別れができなかったことが、悔しい。
ありがとうございました。また会う日まで・・・。

満開の桜の季節、全国高校野球が終了した。
私の両親は姫路出身で、久しぶりに東洋大付属姫路が出場したので、
父は甲子園球場へ何度か足を運び(歩いて5分!?)、応援した。
準決勝で沖縄に負けたが、やはりふるさとへの郷愁?意識が、心を
かきたてるのだろう!
昨日、久しぶりに娘と佐保の川辺の桜の道を歩いた。
大学院の入学式の日で、淡々と迎える気持ちでいたが、連日のさくら便りに
記念の日を娘とひととき過ごせないかな・・・と思い、声をかけて見た。
「アルバイトと芝居の稽古の間の時間しかないけど、行くよ!」と
京都から奈良までやってきてくれた。
入学式もとっくに終わったあとだったが、静かな校内を一緒にゆっくり見学した。
大学を出てはや、7年以上経つ娘にとっても、いくつかの変化?進化?に感心
しながら、また後ろの若草山や、桜や数多の馬酔木の花などを見て「奈良なのだ!」
と言う実感を持ったようだった。鹿にも会いたかったけど・・・。(笑)
娘は京都御所の隣で学び、私はこれから奈良の都に通う。二人ともずいぶん歴史的に
有名な都に縁があったね、と笑いあった。
大学を出て、佐保の川辺の青柳と(犬養歌碑)、夕映えのさくら並木を歩いた。
久しぶりに歩いた佐保の桜は、とても色が鮮やかで、青空に映え、華やぎがあった。
京都の名所の桜を見慣れている娘も、また風情の違いに感動したようだった。
観光客ではなく、杖をついたお年寄りや、看護婦さんに伴われてガウン姿の
ご婦人や、自転車の親子連れなど、「近所の人々」がさくらを愛でていたのが、
印象的で、私たちもその中に同化していた。(笑)
桜は「来年も見たい!」という気持ちにさせる花だそうだ。なんだか切なすぎるかも。
わずか2時間だったが、親娘でプライベートな時間を持ったのは、お正月以来だ。
娘は芝居、私は万葉集の歌作りと方向は違うが、どちらも表現者としての
道を歩む同志。このたびの私の選択をきっと興味深く見ていることだろう。
娘に立ち会ってもらったなんて、楽しい思い出の一日だった。
さくら咲く、この「さくらの風景」を忘れることはないだろう。
忙しいのにありがとうね!来年は、京都の桜を案内してね。

行ってきました!
娘と水入らずの旅は、成人式以来、何年かぶり・・・です。
それも約束は、2年前???
12月23日に娘の守護神でもある「パンダ」の双子が誕生し、
普段の生活の「癒し」も含めて、「白浜・温泉・パンダ」の旅
となりました。
昨秋、「紀の国ラジオウオーク」で、和歌山県を注目しましたが、
タイムリーにも、万葉集で、斉明、天智、持統、文武天皇が
訪れたと言われる、日本最古の「行幸湯」、白浜、牟婁の湯に入って
きました。(崎の湯は休館日だった!残念。)
かなり熱めで、近隣のおばあさん達と会話しながら、しっかり
温まりました。古代のパワーを体中にゲット!
白浜から見る海は、空の青を映して、藍より紺く・・・。
細かい白砂は本当に白く、細かく、美しく・・・。
夜は、砂浜がライトアップされていました。
白浜アドベンチャーワールドでは、世界で最大のパンダ家族を誇る
パンダランドでほとんど1日を過しました。
信じられないほど間近に、伸び伸びと、いやアッケラカンと
自由に過す、パンダ君たちを見て、ほのぼのと幸せな気分に
なりました。写真は、アイドル状態の幸浜クンです!
可愛いーーー!!!
ここでは、心の中がしみじみ温もりました!再び、パワーをゲット!
親子で別れ際、今年これからのお互いのパワー全開を誓いあいました。
娘は2月の、東京池袋で芸術劇場の芝居に向けて・・・。
私は犬養先生の百年祭記念行事を控えて・・・。
また、ゆっくり二人で語り合える日を楽しみにしながら、
ガンバ!です。パンダ