音楽サロンTSUBAICHIで、いろいろ企画をしていますが、私の頭の中には「人材」と
その人の能力を企画でいかに発揮していただくか!ということで、独断ではありますが、
とても楽しいことです。
立ち上げの時から、万葉うたがたり会の歌姫、山口ひとみさんには、「みんなで歌おう、
なつかしの歌」という、歌声サロンを開始しました。ここ2~3年、今でこそホテルや、
カルチャーでもこのような教室が多くなっていますが、私たちは、独自でスタートした!と
自負しています。
「山口ひとみさん」は、歌のキャリアも十分でレパートリーが広く多いことで、どの世代の歌、
クラシックから各国の民謡、そして演歌まで、何でも来いの実力派ですので、サロンでお客様と
「いろんな曲、個人のこだわりの曲、思い出の曲を一緒に歌う」リーダーとして、最適な
歌姫でしたので、真っ先にカルチャーをお願いしました。山口さんの人気もあり、おかげさまで
今ではTSUBAICHIの看板カルチャーとなりました。あらためて山口さんの「歌」「人柄」の
魅力に感心させられています。
さて、もう1人の歌姫大岡美佐ちゃんの登場です。
(娘より若いのでついちゃんづけで…(汗)ごめんね)
このたび是非に、とお願いしたのは、別企画の「歌のおねえさん」としてです。
私が万葉うたがたりのコンサートの中で、時々「ふるさと」「もみじ」「夏は来ぬ」などの、
私たちが子供のときから親しんできた「唱歌」をはじめ、「椰子の実」「おぼろ月夜」
などの抒情歌…をご紹介しますが、残念ながらこれらの名曲を知らない30代の人たちが増えて
きました。また日本の四季折々の季節や景色や歳時記を歌う、日本の「歌」の素晴らしさを
味わえる年齢となり、今しっかりと歌い、大切に次の世代に残していくことを思いました。
その方法としてカルチャーでは「こどものうた」に焦点を当て、「思い出のアルバム」と
いうタイトルで、まず手始めに10月から3回のシリーズにして、行いました。
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線引きがむづかしいのですが、童謡・唱歌・わらべうたと分けました。
また美佐ちゃんの個性あるひとときにもしていきたいので、ゲスト歌唱タイムも設けました。
今回は特別にヨガ教室で講師をしてくださっている女優の猿渡美穂さんにお手伝いして頂き、
絵本を楽しむコーナーも設けました。
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3回シリーズでしたので、絵本は日本3大むかしばなしを取り上げ、「カチカチ山」
「花さかじいさん」「舌切りすずめ」を乾さんにパワーポイント画面に変換していただき、
久しぶりに楽しく鑑賞しました。ストーリーを「正しく?」覚えている人が案外少なく、大いに
納得しながら楽しめました。勧善懲悪の結末ですが、絵本の結末は子供向けにとても緩やかなものです。
正義感の強い私には!少し、いや大いに不満が残りました…(笑)。
今回設定した、毎月第1土曜日が、わりにご都合のつきにくい日程だったようで、もっともっと
多くの方々に参加して頂きたかったのが、残念でもあり、反省ですが、大岡美佐さんの明るく
伸びやかな声でリードしてもらいながら歌う唱歌や、子供のうたの気持ちよさ。
本当になつかしく、健康的で、そして子供の頃を思い出したり、その背景を美佐ちゃんや私たちが
お客様に教えて頂きました。貴重な蘊蓄をありがとうございました。
時代と社会思想の影響で、「歌詞」の変更が余儀なくされたり、地方や世代によって
覚え方が違っていたり、歌っている歌の「元歌」に驚いたり…と大変有意義な、時間と
なりました。使用する歌集(レジメ)を作成するにも、選曲に悩み、また何種類も本を確認したり、
スタッフの準備も大変でしたが、メッセージあるカルチャーの発信ができたことをうれしく
思っております。
実際に美佐ちゃんも3回のシリーズを終えて、歌手として日本の「歌」に対する価値感や、
自身が生まれる前から歌われていたたくさんの曲を知り、学んで、歌ってみて得るものが
あったと思います。今後の「歌」の糧になればよいと願っています。
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また仕掛け人の私としてはこの奥深いチャンスを続けていきたいと思い、次回は3月5日(木)
に行う予定です。
そして、今後は若い世代、おかあさん方なども視野に入れた、「伝えていくこと」も目的に
いれていきたいと思っております。
最終回の3日は、車座になりみんなで「かごめ・かごめ」や「ずいずいずっころばし」を
歌いながら実際に遊びました。男性も照れながら、童心に戻って頂き、ご協力ありがとう
ございました。楽しかったですねえ~。

TSUBAICHI恒例のバス旅行は、晩秋の近江路をテーマに選びました。
サロン告知でもみなさんに呼びかけた通り、カルチャーで琵琶湖周航の歌の人気が高いことや、
3年前に建立された犬養先生の「夕浪千鳥」万葉歌碑にお連れしたかったこと、また
中西講座でおなじみの「和歌」の歌枕としての故地が多いことで、「近江」に行くことは
早々に決めていました。はじめは「琵琶湖」を中心に考えていたのですが、下見も含めて、
日帰りのバスコースとしては少しハードでしたので、絞った結果テーマを「近江八景」とし、
新たに2景「近江牛」のランチの場所、旧大津市公会堂と、犬養万葉歌碑を加えて10景と
した次第です。
11月30日、例年の紅葉時期が遅れて、ちょうど見頃の予報。やったあ!
そして、滋賀県は寒いと思って防寒着に包まれて出かけたところ、コートも着ずじまいの
暖かさ。私たちは本当にいつも守られています。
近江八景も開発や、琵琶湖の湖岸整備でもはや特定できないところがあり、苦労もあり
残念ながら、「矢橋の帰帆」はパスしました。「粟津の晴嵐」は松並木の面影の道路を
バス見学でした。
比叡山は周辺から角度を変えてよく見えたのですが、比良山は遠方が霞んでいたせいもあり
よくわかりませんでした。きっと冠雪するとよくわかるはずです。
あとの7か所はゆっくり楽しみました。
特に石山寺、三井寺は紅葉の名所で、うっとり心が和みました。
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柳ヶ崎公園の犬養先生の揮毫の万葉歌碑は、柿本人麻呂の歌
「淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ」巻3-266
で、3年前には本碑のみでしたが、今回は副碑も建てられて日本語のみならず中国語・韓国語の
説明もなされていました。琵琶湖岸を背に、波の寄せる音を聞きながら、水鳥(鴨?)も
飛び交い、大変抒情あふれる場所です。しかし、護岸工事が傍まで迫り、風情のない板塀が
張り巡らされていましたので、びっくりしました。
「先生、こんにちは!」
でも私は久しぶりに来れたこと、また多くの方にご紹介できたことがとても満足です。
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いつもサロンのバス旅行は「おむすび弁当」が定着しているのですが、今回は少し贅沢も
と、名物「近江牛」を少しでも味わって頂こうと、スープ・サラダ・コーヒー付きの
ビーフストロガノフにしました。
「探さないとお肉がない!?」なんて言われましたが(笑)、山寺さんと悩み相談した
結果ですよん。個人の嗜好や、ステーキ系は量・カロリーなどに重い人もあり、カレー
のようにご飯と食べられるのなら…と無理やりお願いして1プレートランチにしてもらいました。
(気遣いのTSUBAICHIです!!!)
「夢に見た ささなみの里の 近江牛 居群れて食めば たのしくもあるか」ヤカタ作
石山寺・三井寺の広大で紅葉の素晴らしい境内を散策するのもよかったのですが、やはり
琵琶湖を見たい。古代の人が「海」だと思った偉大な湖を実感したい…気持ちは強いです。
今回は大津周辺だけでしたが、いつか琵琶湖を一巡りして、自然や表情の違う琵琶湖の
湖岸ごとに景観を味わいたいものです。
「堅田の落雁」の情景は、満月寺の浮御堂が素敵です。月見の名所でもあり芭蕉が
「鎖あけて 月さし入れよ 浮御堂」という句碑が、何と琵琶湖の中に建てられていました。
雁ならぬ、鴨やゆりかもめが湖上に浮かんでいました。いい感じ…。
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近江八景は、「暮れ時」の景色が多く、また石山寺や三井寺も琵琶湖を臨み月を愛でる高台
があります。琵琶湖の水の景色と夕焼けや月などの風情が本当に素晴らしかったのでしょうね。
「日暮れ」が早くなっている11月後半でしたので、1日が早く、帰りはもはや暗くなって
いましたが、晩秋の近江路を満喫できたのでは…と自負しています。
みなさま、ご参加本当にありがとうございました。
素人でもいかが! シャッターチャンスの自慢作をご披露します!水の鉢の中の紅葉です。

兵庫県でオンブズマンがたちあがって15周年にあたり、11月26日に兵庫県私学会館で、
記念集会が開催されました。
私の母は、立ち上げの時から参加していましたし、代表世話人の時期もあり、きょうは行きたい
と思っていたようでした。直前に私の時間が空いたので、「足」となって、私も車を出して
一緒に出かけました。
私も政治・社会には大いに興味や関心がありますし、この日の記念講演の講師が大阪市で
有名な活動グループ「見張り番」の松浦米子さんでしたので、翌日の大阪府・大阪市の
首長のダブル選挙の前日でもあり、大阪の状況や、オンブズマンからみた期待値や、
橋本か平松か、松井か倉田か…というのを聞きたかったこともあり、参加できたことが
幸いでした。
大阪市の見張り番は、今年で活動が22年目とおっしゃっていましたが、何年たっても
次々と納得のできないこと、不正があとを絶たず、私たちはいつになったら楽になるの
だろうかとこぼしておられました。
オンブズマンや、チェック機関ができたり、情報公開なども進んだはずですのに、「役所」
の公金に対する無神経と無責任、またいろんな組織の補助金と癒着の構造、正しいことを
主張すると、村八分になっていく住民コミュニテイ、お話を聞けば聞くほど、切なくなります。
専業主婦であった母が60歳で、一念発起し行動を開始しましたが、その母も75歳で勇退
しました。まずは体力の限界ですが、きょうの集会の参加者を見まわしても高齢の方が
多く、あとに続く人たちがあまりない…ということが、残念です。
政治や生活に不満はあっても関心のない人が多いことや、疑問や理不尽に対して、正して
いこうとする勇気や行動力を持つ人が、世代が下がるにつれて少ないことはゆゆしきことですね。
将来の日本を支えていく人たちが、本当に育つのでしょうか。
オンブズマンに母たちの世代が多いのは、戦争も経験して、平和や安全な社会・日本を望み、
孫や子の世代につけをまわさないまっとうな世の中にしたいという一念からでありましょう。
私も気概は持っていますので、今も隠れオンブズマンです。
思い返せば、クリエイト大阪の松田一二社長(故人)が、母と一緒にオンブズマン活動で
テレビニュースに映った時に、私はひどく叱られたことを今でも忘れられません。
「君の主義や信条は自由だ。しかし行政と仕事をしていく立場であることを自覚して、
表立った活動は慎みなさい。」と言われ、以来直接活動は、あまりしなくなりました。
でもその期間に、神戸空港建設反対運動の時に河内家菊水丸さんと出会ったのでした。(笑)
記憶があいまいですが、聞けば反対集会は、今日の兵庫県私学会館だったそうです。
大阪の首長選挙は、オンブズマンの中でも意見が分かれているそうです。そっか~。
きょうは、思いがけず、母への親孝行の日ともなりました。
母が60歳を過ぎて生き生きと活動した日々に拍手でした。
久しぶりに夕食も両親と芦屋の神戸屋で…。

ホームページのトップには、当日報告として既にご紹介はしたのですが、去る11月25日の
金曜日に、山の辺の道を歩きました。
宝塚コープカルチャーをはじめて、5月の明日香村に引き続き、今年二度目の万葉旅行ですが、
「山の辺の道」は、みなさんの憧れのコースの1つのようで、希望も多く、定員の20名を
越える人気で、とてもうれしいことでした。また現地からも三輪にお住まいの小西さん
ご夫妻も加わってくださり、晩秋の古道を楽しみました。
梅田9時出発…10時40分頃、近鉄朝倉駅からスタートしました。
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普段歩きなれた方もあれば、初めて遠出された方もあり、10月に下見をしましたが、
桜井から北上して行けるところまで行く!ということで、スタートしました。
もちろんテーマは「三輪山」ですが、私たちのサロンの屋号にもなっている「海石榴市」は
特に力を入れてお話しました!
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山そのものがご神体である、大和の国の一の宮、大神神社へ詣で、みんなでご挨拶。
みなさんは、傍の「巳の神杉」の卵のお供えを見て、民間信仰も実感。
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お昼御飯は、遠足気分で、お弁当を持参して頂き、狭井神社の万葉展望台で会食。
太陽の微笑みで、晩秋の野外でしたが、背中がぽかぽかしながらでホッとしました。
私たちは本当に幸運です。ここからは大和の国原が一望できる場所で、大和三山が
臨めます。(わかるかな?)
昨年、NHKテレビ出演で、「朗唱」した場所でもありました。
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お天気も良く、暖かい日差しの中、紅葉や、柿やミカンの実りを見ながら、和気藹藹と
歩きました。今回の絶景はやはり井寺池からの「三輪山」でしょう!
みなさん感動の声があがりました。
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三輪山の美しい姿を臨める場所で、人工池ですが、風のない日でしたので、静かな水面に
鴨や水鳥が遊び、青空の中に映える光景が、圧巻でした。
川端康成さんの歌碑の存在価値を深く認めたひとときでした。
景行く天皇のご陵の手前で、本日のウオークは終了。JRの巻向駅から帰路につきましたが、
「もっと歩きたかった!」との思いの皆様方。それでも8キロ近く歩いて頂きました。
みなさん、楽しかったですね。またこの続きも歩きたいし、また天理から南下するコースも
歩きたいです。またの期待を楽しみに、来年の講座も頑張ります!

万葉うたがたり会の若き歌姫、大岡美佐ちゃんの実力が次々仕事の活躍の場を広げて
いきます。
10月の大阪ドームでの「国歌斉唱」も名誉ある機会でしたが、今回は仕事先での「歌唱」に
感激した方からのオファーでお仕事の依頼がきました。
出演に関する事務的交渉や、会場の音響や、伴奏者も必要ということから、音楽事務所
TSUBAICHIとして、マネージメントを引き受けることになりました。
11月23日(水・祝)に行われたそのイベントは、大阪市の埋め立て地、舞洲のアリーナで
行われた第5回おおさか体操祭2011でのゲスト出演です。
府民スポーツ・レクリエーションファステイバルも兼ねられた、63団体による体操・ダンス
パフォーマンスが繰り広げられ、総勢1800名が参加されたそうでした。
ゲストに美佐ちゃんだけでなく、有名な梅花チアーリーデイング部などの出演もあり、
「体操」にくくられたプログラムではありましたが、大人から子供まで、衣装も華やかで
メイクもばっちり、今日の日まで訓練されてきた技を楽しそうに披露されました。
こんな機会もあるのだなとびっくりしました。
開会式とお昼の2回の出演でしたが、美佐ちゃんも「体操のイベント」で、歌唱曲や
衣装に悩んだようでしたが、若さや元気をメッセージした曲「翼をください」「ビリーブ」
などを、大阪ドームとはまた違いますが、このような広い会場で堂々と歌いました。
ブルーのシックなドレスが会場に映えていました。
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今回もマネージメントをしてくれた山寺さんが、伴奏も担当し、大忙し。
いろいろ何役もこなせる多彩な人なので、私は安心です。
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実は、私は23日に東京で行われた「古事記」のオペラに誘われていて、行くつもりだったの
ですが、つらつら椿株式会社の仕事でもあり、社長として関与するべし!でしたので、当日は
美佐ちゃんの付き人と写真班を担当しました。
これらの写真は私が記念に撮りましたが、熱心に写真を撮りまくったり、美佐ちゃんの
コートを着せたり、持ったり…と甲斐甲斐しく?世話をしていたせいで、なんとあとから
「あの人が美佐ちゃんのお母さん?」と言われました。(笑)
はい、年恰好からいっても間違いではなく…、「社長下働きに徹する」の巻でした。
美佐ちゃんも大きく広いステージで気持ちよく歌えたことでしょう。
こうして仲間たちの実力がますます認められて活躍してくれることは、私も誇りです。
2月には、ミュージカルも控えているらしく…。若さとパワーはうらやましい限りです。
お疲れさまでした!

私たちは4月に祖父の里で、菩提寺のある姫路市実法寺の真光寺で万葉うたがたりコンサート
をさせて頂いたのですが、うれしいことに直後から「再びコンサートを!」の声を頂きました。
出身地とは言え、明治生まれの祖父が、次男で13歳で実家を出ているのですから、本家が
残っているとしても、実法寺の里の方々には「名」も「縁」も薄くなっていますのに、
春にチャンスを頂いた時も驚きましたが、ちょうど今年の8月で逝去して5年祭を終えました
この時期に、私がおじいちゃんを偲ぶよすがに、菩提寺でコンサートをさせて頂くことは
神様の計らいかも…と思い、おじいちゃんのための「新曲」もひっさげて、感慨深く演奏
させて頂きました。こちらこそ、真光寺さまに感謝・感謝でした。
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11月21日から28日は、親鸞上人の報恩講の時期にあたり、思いがけず「奉納」と言う形で
初日にあたる11月21日(月曜日)に真光寺の本堂で、二度目のコンサートが実現致しました。
姫路市実法寺の本願寺派「真光寺」は、西本願寺系のお寺ですので、報恩講は来1月???
思っていたのですが、この11月に報恩講をなさると言うことで、「あれ、菩提寺は東本願寺系
だったのだ???」と思いきや、寺谷ご住職さまに伺いますと、やはり真光寺は、西本願寺系
でありました。そして、1月にはご住職様が西本願寺で、報恩講に与られるために、地元では
毎年この秋の時期に行っておられるそうです。
親鸞聖人の「ご命日」は書物にもすべて11月28日とあるので、調べてみると
親鸞聖人が入滅された日は、弘長2年(1262年[2])11月28日(グレゴリオ暦…1263年
1月16日)で、宗派により、旧暦の日付のまま新暦の日付で行われる場合(11月28日)と
新暦に換算した1月16日に営まれる場合がある…ということらしいのです。
なるほど…。そういえば、『万葉集』も、旧暦の時代の歌集なので、記述の事実、行事など
実際に新暦と混在した「行事」「記念日」となっているのは、周知の事実。
本願寺が「東西」に分割しているのも、深い因縁がありますが、行事まで各派によって
異なっているなんて、知りませんでした。しかし今年は?「親鸞750年遠忌」として、全国的に
多くの人々の信仰を集めておられるということにあらためて感心しました。
そして私たちは真光寺に集う方々との報恩講で、「奉納コンサート」。
4月は、「春」をテーマに演奏させて頂きましたので、今回は「万葉人の心」をご紹介する
歌を中心にご披露致しました。
おじいちゃんも、農家の次男坊として早くに村を出て、1代で「ますらおは 名をし立つべし
のちの世に」と、実際に第1号の会計士として、男として名をあげましたが、孫の私たち
にも苦労話とともに、「両親」に対する感謝の思いは人一倍強かったようでした。
故郷に錦を飾れたことも満足だったであろうし、孫の私がその縁で、こんにち菩提寺に
伺えたことや、コンサートと言う形で奉納までさせて頂いたと言うことで、祖父も天国で
喜んでくれていることと思います。おじいちゃんよかったね。
真光寺さまには、本当に終始あたたかいご配慮を賜りまして、心より御礼を申し上げます。
実法寺の里は姫路市の市内にあって、それほど奥深い場所ではないのですが、周辺の山を
切り開いて住宅地ができたり、開発の中にあって、里そのものが高齢化と、住民の減少で
かつての賑わいがなくなってしまいました。まして「宗教心」や「信仰心」が多様化して、
寺・神社・教会・・・とご都合信者の多い昨今、地元に根付き、生活の一部であったお寺が、
閉塞状況に陥っているのは、1か所に限ったことではありません。
熱心な檀家活動をされる方は高齢化し、お寺を支える人たちが減っているのもゆゆしきこと。
このたび私たちのコンサートは、『万葉集』ではありますが、サウンドや衣装で、きっと
皆さんのカルチャーショックを引き起こしたことと自負しております。
みなさんに少しでも元気が出るといいな!と心から思いました。
また「元気の素」として、真光寺さんで、お役に立てることがあれば…と多彩なメンバーを
売り込んできました!(笑)
お寺との縁を作ってくれたヒロユキさんに感謝。
ご来場くださいました、おかも身内親衛隊と、実法寺のみなさまに心より御礼を申し上げます。
ありがとうございました!!!

カトリック仁川教会の素敵な正面の祭壇風景です。
12月2日(金)の今日は、初金曜日といって、カトリック教会の信心の日でした。
毎月の最初の金曜日のことを「初金曜日」と言い、ミサに与り聖体拝領という儀式
を行いますが、聖マルガリータ・マリア・アラコックにイエス・キリストが出現されて、
初金曜日を9ヶ月間続けて与れば、罪の中に死ぬことはなく、イエスの聖心に受け入れられる
であろう…と約束をされたという話に由来した信心です。
全世界で広がり、行われていることですが、私も教会のオルガン当番で「初金曜日」の
担当になっています。
10時から今年最後の「初金」に与ってきましたが、先週の日曜日から教会暦では「待降節」に
入り、教会にはクリスマスを迎える準備ができていました。
教会入口には、日曜学校のこどもたちによってキリスト誕生の場所「馬小屋」が造られて
いました。
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待降節には、毎週1本ずつ蝋燭の点火が増えていき、素敵なクリスマスリースに蝋燭が
ともされていきます。「神はひかり…」
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教会もクリスマスの準備が始まりました。黙想会や告解や、まさに心の準備です。
1ヶ月に1回のこのミサで、私は神様にいろいろな報告があります。
名ばかりの信者ですが、いつも「感謝」と「喜び」の心を忘れることはありません。
意識せずとも、「おかげ」と「幸せ」に囲まれていますので…(笑)

遅ればせのアップが続きます。
高校2年生の天才ハーモニカプレイヤーのコンサートをTSUBAICHIで開催しました。
ご紹介頂き、9月のツバイチ音楽会の時にご家族で下見に来てくださいました。
そして、その時に1曲聞かせて頂いた時に、久しぶりに鳥肌が立ったというか、思いがけず
ドキドキとするような演奏に出会いました。その感動から、こんな素晴らしい演奏会は
めったにない!とみなさんに積極的にご案内をさせて頂き、おかげさまで満員御礼の
来場者に恵まれました。
出演してくださった岡直弥くんは、四条畷の緑風冠高校の2年生です。
クロマチックハーモニカという、右手でスライドレバーを操作して、4オクターブの半音階を
操って演奏できる優れたハーモニカは、私たちが子供の時に小学校で使用した形と違う、
「魔法の楽器」でした。
彼は現在、頂点目指して精進の真っ最中ですが、12歳で世界ハーモニカ連盟日本支部コンテスト
3位を皮切りに、毎年上位入賞を重ね、今年はとうとう、ジャズポップスとデユエットと、
小アンサンブルと3部門で第1位入賞を果たし、総合グランプリの栄誉に輝かれました。
しかし、おごったところのない謙虚な好青年で、その姿にも敬意を覚えました。
当日は、第1部で、奥野勝利さんというキーボードのパートナーとともに演奏。
抒情歌から、演歌、ラテンまで幅広い演奏で、観衆を魅了してくださいました。
キーボードの奥野さんも、オカリナ演奏で、共演してくださったり、自身の作詞作曲された
メッセージソングのご披露もあったり…と内容の濃いプログラムとなりました。
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もうひとつ、私たちが「ハーモニカコンサート」を企画していたのは、蓄音機で聴く
ハーモニカの名演奏でした。
過去2回、中西久幸さんにSPレコードの演奏を蓄音機で聴かせて頂いていますが、今回は
ハーモニカコンサートで…とお願いしたところ、快くご協力くださいました。
加えて、このコンサートを知られた岡君のハーモニカの先生である、吉村則次先生が
来てくださり、「ハーモニカ」についての種類や知識や歴史、またSPレコード演奏曲の解説
などもしてくださり、思いがけないマニアックなにぎわいとなりました。
SPレコードで録音されたハーモニカ音楽は、復音ハーモニカで、半音が出ない演奏でした。
「名曲」が、半音がでない伴奏がつけられているので、ハーモニーの印象が全然異なり、
「迷曲」となっていました。(笑)時代とともに、楽器の改善や種類も変わり、演奏が
整ってくるのですね。
そして、わずかな時間しかSPレコードの演奏は聞けなくて残念でしたが、その「なつかしい
音色」に親の世代を感じたり、思いがけず子供時代を思い出したり…と地味なひとときと
思いきや、蓄音機で聴くハーモニカ演奏は大きなインパクトがあったようでした。
そして、最後に「生の演奏」を…と岡君に、コンクールなどで演奏された曲をソロで…。
私たち大人をこんなにしびれさせる情感豊かな演奏は、どうして生まれるのだろうか…と
うらやましいような、不思議なような…。
今後の成長が本当に期待される素晴らしい演奏会でした。
高校生で、進路に悩む年頃のようです。分野の少ないハーモニカを志すのなら、私は世界へ
飛び出し、羽ばたくことがいいのでは…と無責任ですが、思います。
世界でもまれながら、ビッグになっていってほしいと願います。それだけの才能がある!
日本のアーチストではなく、世界のアーチストになれる人だもん。
きょうは、記念すべきTSUBAICHIコンサートとなり、本当に「音楽サロン」として、
質の高い、稀少な音楽をみなさまにご提供できたことを心からうれしく思います。
ただし、岡君が下見に来られた時も、きょうのこの日も大雨! 雨男は誰だ!!!(笑)
岡君、今日は本当にありがとうございました。
またの機会をぜひぜひ楽しみにしていますね!!!!!

11月13日(日)には、TSUBAICHIプロデユースによるイベントがありました。
そもそもは、奈良女子大学大学院で出会った田中教子さんのお手伝いを…ということでしたが、
構想の企画が行事としてスケールも大きく田中さんお一人で運営するのが大変…という
サポーター役から出発しました。
田中さんは、高校生の息子さんのおられるお母さんですが、病気で休学を余儀なくされ
ながらもご自身の「歌作」のためにも必要と、大学院で『万葉集』研究を続けておられます。
私も奈良女子大学の大学院で、田中さんが復学される頃に出会いました。
さすがの私でもなかなか若い人にもうまく馴染めず、もたもたしていた時に、初めて学食へ
ランチに誘ってくださったのが、田中さんでした。それから大学院では何かとお頼りして
おりましたら、2008年に中条ふみ子賞を受賞され、将来を期待されておられる歌人である
ことを知り、現代短歌にはなかなか踏み込めない私でしたが、少しずつ興味も出てきましたし、
それがきっかけとなり、以後私も奈良女子大の短歌会にも出席させて頂いております(汗)。
田中教子さんの「歌集」について、ユニークであるのは、オーストラリアの翻訳家によって
英訳され、第1集の「空の扉」も第2集の「乳房雲」も、短歌本文と英訳とが記された「新しい」
短歌集が出版されていることです。
そのようなご縁から、田中さんが日常活動をされている「アララギ派大阪学生歌会」の
仲間たちと一緒に、合同歌集「月林船団」で発表された歌を中心にみんなで短歌朗読を行い、
またそれぞれの歌を英訳してお伝えする…日豪短歌朗読会を行われることになりました。
加えて、「左手のピアニスト」として活躍しておられる智内威雄さんに協力をして頂き、
ピアノ演奏をコラボする「コンサート」を行うことになったのです。
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私も気安くお引き受けしたものの、内容が複雑になってくるに従い、プログラムの流れや、
舞台の展開や、出演者が「個々」であることから、時間もなく最後まで本当に心配が
付きまといました。
そして最終的につらつら椿株式会社として、この行事を演出させて頂きましたので、
「社長」の私は、存在感を保ちつつ(笑)、1日がんばって取り仕切りました。
「短歌を作ること」と、声に出して「朗読すること」を体験してみて、練習のときからも
そうでしたが、声に出すと短歌に「表情」や「背景」や「ドラマ」が浮かび上がってきて、
とても面白いのです。短歌が「ポエム」になるというか・・・。
聞いていた私も感じましたが、朗読経験された歌人の方々が、朗読してみて自分の「歌の
完成度」に不満を持たれたり、他の人の朗読を聞いて、文字の歌と違った表情を持つことに
感心されたり、いろんな発見がありました。
また、コラボしてくださった智内さんのピアノは、個々の歌人の「歌世界」を作りだして
くださり…。本当にユニークで面白い、また「歌」の深さを思い知らせる機会でした。
『万葉集』を声に出して朗唱する私たち。まさに言葉が躍りだすような経験をあらためて
させて頂きました。
月林船団の歌人の方々の更なるご活躍を心から願っています。
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当日、オーストラリアから、田中さんの歌を英訳された翻訳家アメリアさんの急な欠席で、
もうお一人のオーストラリア在住の翻訳家でもあり、歌人である小城小枝子さんだけの
来日でしたが、オーストラリアでの短歌普及や、直訳でない英文短歌の試行錯誤や「工夫」
など、興味深いお話を聞かせて頂きました。急遽舞台ではパートナーとして田中さんが協力
してくださいました。
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力不足の私たちに、オリジナリテイあふれた企画を無謀にも演出させて頂き、光栄に
存じております。
これからは、田中教子さんの歌人としての大成も楽しみだし、若き歌人たちの活躍も楽しみです。
サブタイトルの「調べへの回帰」の通り、しみじみ古代から現代に至るまで「歌」と
「音楽性」の表裏一体にあらためて再確認し、感心しました。
田中さんの大学院での教官だった坂本信幸先生も気になっておられたのでしょう。
万葉引率旅行のあと、その足で打ち上げ会場に駆けつけてくださいました。坂本先生も本当に
律儀でお優しい!
それでは、みなさま、お疲れさまでした! 次回は我がサロンで「朗読会」はいかがでしょうか。

今年はわが町「西宮市」とご縁があり、7月の宮水学園塩瀬教室講座、そして10月の西宮
まちたび博のまちあるき「まんにょう」、そして、11月9日に、宮水学園の本部での講座と、
3度も地元西宮市で『万葉集』に関わるお仕事をさせて頂きました。
4月にコンサートをした大谷美術館も西宮市の施設です。
各地で、万葉うたがたりコンサートをさせて頂いたり、日本の万葉の故地で歌わせて頂く
ことは、本当に幸せだと思っておりますが、また、私が常々地元に対して思っていたことは、
犬養先生が西宮市市民文化賞を受賞された後、西田公園には万葉植物園が整備され、犬養先生
の揮毫による万葉歌碑も建立されました。地域的に『万葉集』とも関わりの深い西宮市ですので、
何とか私も『万葉集』をアピールできないか、地元の方々にお話しする機会はないかと
思っておりましたので、今年は特に多くの機会に恵まれ、ありがたいことでした。
宮水学園では、過去何回かお話をさせて頂いていますが、受講者も変化し、もちろん
担当者も変化しますので、毎回「新たな機会」です。
西宮周辺の万葉歌のご紹介が中心になりますが、やはり古代の人々の「心の厚み」が
ぐっと伝わるような万葉歌をぜひとも知って頂きたく、今回は「祝婚歌」や新年に向けて
「いやしけ吉事」などをご紹介致しました。
このたびは「ふるさと」コースの講座だそうで、先月は薄田泣菫の「西宮と文学」と伺い
ました。100名位の受講生のみなさんはとても熱心に聞いてくださり、うれしかったです。
担当の女性が、『万葉集』を歌われるということで、お琴や三味線で奏でる音楽かと
思っていましたと…あとでの感想。やはり『万葉集』の潜在的なイメージは若い人にでも
そう思わせるのですね。私の歌で『万葉集』の感性をもっともっと伝えていきたいと強く
思ったことでした。
「西宮」も重要な古代の交通路…ということで、受講の方々はご納得頂けたことと思います。
さて、来年も地元「西宮」へのアプローチを頑張ります。
そのために2003年から5年間続けて「西宮」で万葉うたがたりコンサートを自主的に行った
のですが、やはり行政の「よびかけ」がないとむづかしいのかな。ふむ!悩ましい問題だ。