投稿

万葉のお仲間で、自宅の裏山を万葉植物園になさっている木田さんのご協力を得て、昨年
初めて、TSUBAICHIで万葉花カレンダーを制作しました。
そのこだわりもあって、私が担当している万葉講座では、毎月、掲載したその植物について
の万葉歌をご紹介していますが、5月は「あふち」の花でした。
山上憶良の日本挽歌の反歌の1つに
妹が見し あふちの花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに
と言う有名歌がありますが、そこで詠われている「あふち」。漢字では「楝」です。
センダン科の植物ですが、「栴檀は双葉より芳し」の香木のせんだんとは別の種類です。
歌の背景である太宰府などでは大木のあふちを何度も見たことがありました。関西では、
東大寺の戒壇院の庭や「ここ!」と認知してきましたが、先日宝塚のコープカルチャーの
折に、講座生の方から阪急中山駅の構内に大きな「あふち」がある!と聞いたばかりでした。
それが、それが…です(汗)。
013.jpg
わが町、阪神甲子園球場の南東の甲子園筋交差点近くにある市営住宅の一角にあったの
でした!!!!!
それも、昨日台風の影響もある大雨の中、親戚の葬儀を終えて帰る道すがらのことでした。
あまりのひどい雨風の中で、傘が飛ばされないように身をちぢめて、歩道に落ちている
花殻を何気なく見ながらひたすら歩いていた時に、突然気がついたのです。おおっ~!
そして雨風の中、通り過ぎた道をもう一度戻り、見上げて確認したのです。間違いない!
渋滞の車の人たちは、尋常ではない天候の中、通行人オカモの一連の動作を車の中から
見ていて、きっと不可思議に思ったことでしょう。
010.jpg
今朝、早速写真を撮ってきました。間違いなく「あふち」。
こんな住まいの近所に、365日近く行き来するいつもの道に、わが甲子園球場のそばに!!!
あふちがりりしく植わっていたなんて…。ごめんなさいね。
もう一本、ららぽーと入り口南のホカ弁屋の前にあります。(はじめに気がついたのはこれ!)
あふちの木はきっと私がいつ気がつくか、見ていたに違いありません。
甲子園球場へ行かれた時には、是非この木を見て帰ってください。
007.jpg
オカモ見し あふちの花は 散りぬべし 雨風の中 甲子園の道で!?

時候の良い時に一度明日香村へ…と、コープ宝塚の万葉講座の方々と現地へ出かけるべく、
準備してきた、5月10日がやってきた。
昨日の天気予報は、降水率80パーセント、そして台風1号の接近などで、絶望的!
ともかく午前中だけでもなんとか、もってほしいと祈るような気持ちで目覚めた今朝は
既に雨が降っていた…。ショック!
楽しみにされていた皆さんの顔を思うと、「ズバリ雨の日」というのが、申し訳なく、
重い足取りで家を出た。万葉旅行で、私が自宅から長い柄の傘をさして出かけることが、
はじめてではないかと思えるくらい、めずらしい雨のスタートとなった。(泣)
ところが、ところが、近鉄電車に乗ったとたん、雨から光も射してきて、「晴れてる!」
私だけではなく、「テルテル姫」と言われる北辻さんをはじめ、晴女の威力があったかも。
たいへん蒸し暑かったが、台風のおかげ?で、風も強く、救われた。
甘樫丘→水落遺跡→飛鳥坐神社→小原→奈良県立万葉文化館→明日香民俗資料館→
石舞台公園(夢市茶屋で、昼食)→石舞台→橘寺→川原寺→伝飛鳥板蓋宮跡→犬養万葉記念館
のコースを歩き、万歩計で計測したところ、約8キロ歩いた。
初めての明日香散策で「そんなに長い距離は無理…」と言われていた方もあったとか…。
でも楽しく、鳥の声を聞き、咲いている草木花を楽しみながら、ゆるやかに歩いたので、
みなさん気がつかないうちに全行程を踏破。やったあ!。ご協力ありがとうございました。
また参加者の中に、鳥博士、植物博士!?がおられ、私のためにメモして頂きました。
またブログ報告をしたいので、後日記録を発表させて頂くので、光っご期待!!!
100パーセント雨を覚悟の万葉旅行だったが、本当に奇跡のよう、青空での記念写真です。
神様、ありがとうございました。

世間のお正月気分の収まりかけた時期になって、訃報が続いた。
亡くなられたのは、万葉うたがたりの「大伴旅人」役の菊ちゃんこと、
菊谷高弘さんのお母さんだ。3年くらい闘病をされていたそうだった。
菊谷さんには、12月の私のコンサートの舞台にも遊劇体として、出演して
頂いた。きっとご家族で、不安な気持ちで年末年始を過ごされたことだろう。
享年68歳…。まだお若い。でも娘には「私もあと10年がんばれるかな」なんて。
10日のお通夜に引き続き、11日のお葬式にうかがったのは、西宮文化協会に尽力して
おられた空野啓佐さん。TSUBAICHIでも、西宮市、宮水学園のOBグループのお仲間を
集って、万葉に親しむひとときを計画してくださった。以前のブログにも書いているが、
西宮市の郷土史家とも言えるほど、歴史や文化に詳しく、中でも西宮えびす神社の
申し子のようだった。えびす神社のことから、神社の建物、鳥居の形式、えびす舞、
ひいては淡路の人形浄瑠璃支援や、えびす神社でも「お顔」は、特別の方だった。
それもそのはず、個人的に1月10日のえべっさんの日がお誕生日という縁を持っておられた。
それが、このたびのお別れ会で2度びっくり…。
1月5日の西宮えびす神社の新年恒例の「えびす舞」の奉納のさなかに倒れられた
そうだが、意識不明になられてからもその後、命の灯は続き、1月10日の、淡路人形
浄瑠璃の奉納の終わったころ、息を引き取られたと聞いた。
ご自身が、心にかけておられた行事が終わるまで…。また、えべっさんのお祭りの日に
生まれた空野さんが、同じ日に天国へ帰られると言う、奇遇な人生を終えられたのだ。
弔辞を読まれた、西宮えびす神社の吉井貞俊宮司は、「昭和8年1月10日生まれの喜寿を
1月10日で満願成就されためずらしい人生で、おめでたい」と言うような表現をされた。
私とのご縁は、空野さんに機会を頂き、何度か万葉講座をさせて頂いたが、その後、
私が個人的に地元西宮への興味を持っていることで、夙川の桜の見学や、西宮市の歴史
散歩にも誘って頂き、いろいろ学ばせて頂いた。
急なお別れだったが、ご家族によると空野さんは、後日、菩提寺のある北九州の若松で、
正式なご葬儀をされると言うことだ。実のご出身は万葉故地の福岡県の香春(かはら)で、
私も最近まで嘉摩万葉を学ぶ会で、何度か訪れた古代の交通路にあたる場所だ。
私が香春を知っていることに驚かれたが、また喜んでくださった。私の香春の知人の
お名前もご存知で、共通の話題に花が咲いたことを思い出す。
空野さんは、ご自身のふるさとがありて、住めば都だった?えべっさんと縁ある西宮に、
骨ではなく、心を埋めてくださったような方だった。
明るい空野さんは、ドラマチックな生涯を天国で自慢しておられるに違いない。
空野さんお大事なお仲間、西宮の謎史の会の方々とのご縁をこれからも大事にしなきゃと
思ったことだった。
昨年4月5日、兵庫県氷上郡のTSUBAICHI花の旅の時に、「桜博士」の空野さんに
お話して頂いている時の写真です。今年の夙川の桜もきれいに咲きますように…。
空野さん、ありがとうございました。

9月7日は、今年2回目の備前万葉講座に行ってきました、
今は年に2回のペースで、伺っていますが、2000年の1月に「備前女性大学講座」として
始まってから、もう11年目を終えたわけです。
講座生のみなさんとも家族のような親しみがあり、行ったときに私に向けて下さる皆さんの
笑顔が何よりの喜びです。
そして、私のために、いつも何かとご配慮くださるみなさんは、とっても器用な方が多く、
今回も私にくださったプレゼントが素敵なので、ご紹介します!
003.jpg
これは、モビールです。よく見ると、小舟にお雛様のようなお人形が…。
007.jpg
009.jpg
細かい作りに、感心。早速エアコンの風で、転覆しそうですが、ゆらゆらと2つの船が
揺れています。かわいい!
そして、私の大好きなトールペイントのキーホルダー。この技で、何気ない品物が
ゴージャスで、華やかな「商品?」に変身。そうだ、新車のキーにつけようかな。
011.jpg
そして、極めつきは、TSUBAICHIの「金継ぎ」講師でもある、万代恵理子さんから頂きました。
漆塗りのお箸です。私の名前もそうですが、持ち手のところは色漆を塗り重ねてある
そうです。銀色はプラチナだとか。贅沢です! 加えてタイガースファンであることを
考慮してくださり、トラの足も付いています。(笑)
うまく写真に撮れなくて!!!…てっぺんはトラの顔に仕立ててくださっており…。
こんなめずらしく、ユニークなデザインの「うるし作品」は世界に1つだけ!
ありがとうございました。
年を重ねることは、もはや怖くなくなりましたが、こうしていつまでも「意識」して
頂ける事を幸せに思います。
すべて手作りの「魂」のついたお品です。大事にしま~す!
013.jpg

大学入学の時から京都に住まいして、かれこれ12年目???
二度転居して、今は下鴨の疏水の近くに住む。
桜、ホタル、紅葉…と心安らぐ景色が近いことで、古ぼけたアパートながら、
大変満足しているようだ。
魅力的な「古都京都」なのだろう。娘にとっては、四季の風物や風情が
生活を潤しているようだ。衆議院選挙は「前原さんに投票した!」と聞き、
生活圏の違いを実感した。
005.jpg
きょう娘が演出補(助?)したビギナーズの演劇発表があった。
昨年は8月30日(ブログあり)にあり、今年は10月のhappy mondayの3日間と
いうことで、中日のきょう私も見に行ってきた。
第16回演劇「ビギナーズ・ユニット2009」は、今年「ジュウゴハリ」と
名づけられた15人の舞台。
唐十郎の「動物園が消える日」という戯曲に挑戦。
芝居鑑賞歴ウン年の私だったが、難解な内容で、見るほうもだが、初めて
演じる役者さんたちもむずかしかったことだろう!
いや、余裕がないほど、夢中の舞台だったのではないかしらん。
彼らを導くお手伝いをした娘は、さすがに「お姉さん然」というか、
貫禄あり!(笑)それがキャリアなのかもしれない。
おそらく4年間させて頂いた娘も、今回のこのビギナーズ・ユニットで
スタッフとして卒業するようだ。お疲れ様。
「人を指導すること」は、「自分を確認すること」だ。
私もピアノ、万葉講座をはじめ、いろんな場面で成長させて頂いた。
そして、その中から「人」も育つといいね!
さて、話を京都にもどして…。まあ驚いた!
高速料金1000円の効果と(土日はずっとこんな状態らしい)、3連休で
人も車も大渋滞。私の乗った市バスも遅々として進まない。
人混みがきらいな私はゾットして、大通りを避けて人波を歩いた。
京都の賑わいは歓迎すべきだろうが、尋常ではない人出には辟易。
芝居帰りに百万偏方面を歩いてみようかな…なんて思っていたが、やんぴ!
早々に引き揚げてきた。(汗)
渋滞の道越しの八坂神社と、カップルの目立つ鴨川夕景なり。
001.jpg 003.jpg
明日の千秋楽に、後輩たちと華々しく祝杯を挙られるようにね。
成功を祈る!…母

おかげさまで、バラエテイに富んだ毎日ですが、昨日は今年度2回目の
因幡万葉歴史館での「万葉うたがたり講座」に出かけてきました。
こちらへも、来月10月19日の第11回「万葉朗唱の会」に参加致しますが、
講座は、歴史館の行事と私のスケジュールと相談して決めますので、
早くから決まっていましたが、今9月を省みますと、忙しい毎日を過ごしました。
9月になってからは、天候も不安定で、なかなかすっきりとした秋空が
臨めませんが、昨日も台風到来の影響もあり、どんより曇った肌寒い
一日でした。
でも歴史館のお庭は、犬養先生の歌碑を囲んで、コスモス・茗荷の花が満開で、
また、満天星つつじの葉が紅葉?し始めていました。大きなイタチ君がその中を
何度も走り抜けて行ったのがユーモラスでした。(笑)
6月の講座以来の再会でしたが、歴史館の方々、また講座生の方々に温かく迎えて
頂き、単純な私はそれだけでもうれしくなってしまいます。
ちょうどフロアーの入口に因州和紙でつくられた「お花」が展示してあり、
豪華絢爛のカサブランカから、素朴なクローバー、たんぽぽまで…。
10月3日から26日までの特別巡回展の「立体ちぎり絵の世界」のご案内でも
ありました。私は朗唱の会の日に見られますので、とっても楽しみです。
圧巻の「彼岸花畑」も出現するとか・・・。和紙の風合いはお花の優しさを
醸し出してくれるようです。
歴史館のコスモスと和紙のコスモスです。
コスモス.jpg和紙コスモス.jpg
時間の都合もあり、今回は久しぶりにバス」で往復したのですが、
道中の群落の彼岸花の美しいこと。因幡へ向かう季節にこのような光景を
見たのは初めてで、微妙な季節の移り行きやズレで、まったく土地に対する
印象や表情が違うことが驚きでした。そして、帰りは…
今回、万葉講座では季節柄「万葉の月」についてお話をし、「暗闇の夜ほど
月明かりが貴重で待ち遠しいものだ」と力説したのですが、なんと鳥取からの
帰りのバス道は、まだ午後6時半だというのに「ぬばたまの闇」で、ひたすら
走るバス道の不安なこと(汗)。雨も降ってきましたし、なんとなく肌寒く
月を求めると共に、いや~「ぬくもり」を求めてしまいました!(笑)
国府町の万葉歴史館を発信基地として、来年は万葉集の最後の家持の歌が
詠まれてから1250年でもあり(姫路ー鳥取間に道路が開通し、時間短縮して
鳥取へ行けるようにもなりますので)「因幡の祭典」という行事の1つとして
万葉フェステイバルの準備が行われております。
上野誠氏の基調講演や、私たちうたがたり会の出演も決定していますので、
今年の朗唱の会を加速度として、来年に向けて期待されるところです。
高岡も因幡もイベントで「家持くん・家持さん」はモテモテです。
私の敬愛する「額田王」さまのイベントはありませんか???

新幹線を降りて、新大阪でのおぼろ月が、甲子園に着くと皓皓と…。
自宅までの道々「出た出た月が…♪」とか、月の歌の万葉朗唱をしながら
月明かりに導かれながら帰宅した。満たされた気分。
すれ違ったり、追い抜いて行った人は私を「アブナイ人!」だと思ったこと
だろう。(笑)
1年ぶりに福岡県の飯塚市歴史博物館で嘉摩万葉を学ぶ会の万葉講座だった。
3月に桂川町に犬養先生の歌碑が除幕されて以来の筑豊だ。
車中からの風景は秋の実りの田んぼとなり、歴史館の庭は、「萩」の花が
こぼれんばかりにちょうど満開の時期を迎えていた。
こぼれ萩.jpg
前日に稲築町で憶良まつり短歌会もあり、三連休の最中参加者が心配されたが、
たくさん集まってくださり、ありがたいことだった。また、
うれしかったのは、前日の憶良まつり短歌会で、私の作曲した「高岡旅情」と
「別れたくないタンゴ」の2曲で、社交ダンスが披露された…と聞いたこと。
見たかったなあ。作曲者冥利です。
飯塚市は、時の総理候補、麻生太郎さんの地盤で、歴史館の向かいにある
1万坪以上のお屋敷の森ではまだセミの声が聞こえていた。
今の時期、きっと盛り上がって、町はどんな雰囲気かな…と興味深かった
が、地元はそれなりに慎重だ。総理となってもこの不安定な政局の嵐の中を船出
していく「麻生さん」の今後のことも心配なのだろう。ふるさとの思いやりを
感じる。
11日、12日の坂本万葉ゼミ旅行が、「九州」だったので、昨日の1日をおいてまた
九州へ移動したわけだが、こうしてスケジュール通りに動けるのは、まず健康に
恵まれていることだ。明日は高岡から奈良へ2グループが来られるので、お接待役を
仰せつかっている。激動の「あれやこれや」はもう少し続きます。
試供品でもらった「コラーゲンEXエンリッチド」を飲んで、頑張るぞ???

先月に引き続き、7月8日は今年2回目の備前の万葉講座。
早朝、めずらしく轟く雷鳴と集中雨で、出鼻が挫かれた・・・?かと
思いきや、出発の9時頃には、晴天となり「晴れ女」の面目躍如!!!
7月なので、うなぎの話?七夕の話?秋の七草の話?とテーマに悩みながら
レジメを準備したが、結局8月に万葉旅行をする「万葉の難波」になった。
でも昨日が七夕だったので、それに触れないことはあり得ない。
山上憶良の七夕歌の「短歌」で作曲した「七夕の歌」をご紹介しつつ
万葉時代は、7月1日から万葉の「秋」の季節になることや、昨日の
機物神社のおみやげ話をしながら、中国の伝説と日本人に受け入れられる
土壌となる「通い婚」や「待つ」ことの共感などを話すこともできた。
ka
前回は「あさざ」の花の感動があったが、今回もまた、サプライズ!
万葉時代の短冊「かじの葉」を講座生の武本さんが、わざわざ、今日の私の
講座のために玉の浦から取り寄せてくださったのだ。感激!
万葉時代の「葉書き」である。古代は棒で書いたと言われている。
実は、かつて備前の講座が始まって後、2000年7月8日に名張市で大伯皇女
1300年遠忌記念うたがたりコンサートを行ったが、前々日くらいに備前で
講座があり、その時はじめて武本さんがご持参くださり、うれしくて
コンサート会場でご披露していおり、そのビデオも残っている。(未だ販売中)
私が犬養先生によって、万葉集の楽しみが机上だけの学問でなくなったが、以来
「自分の目」で古代の歴史や故地や現象や文化や草花や生活を今もなお、見たり
体験することのできる幸せが何よりだと思っている。
そして、万葉を通じて親しくなった方々が、私にタイムリーな情報をもたらして
くださったり、さりげなく現物を見つけてきてくださる。
本当にありがたいことだ。皆さんのおかげで私もまだまだ学ばせて頂いている。
加えてお世話役の平野さんが、粋な計らい!
この「かじの葉」を紙に型とって、講座生全員に配ってくださり、おかも織姫に
「かじの葉短冊」でファンレターを書いて頂いた!中には
「かくばかり 恋つつあらずば 八月の 難波の地にて 待ちにか待たむ」
などあり。やられた!来月の野外万葉の機会を楽しみにしてくださっている。
今回も楽しい1日だった。おみやげになすび、きゅうり、玉ねぎ、ジャガイモ
など重かったけど、主婦ゆえ、講師の謝礼は現物支給も大歓迎でした!(笑)

早いもので、もう9年目のお付き合いです。
私の甲南女子大時代の同級生が、富山売薬の祖「反魂丹」を家伝薬として
20代も続く、医師「万代常閑」の奥様として、旧家へ嫁がれました。
市町村合併の影響や、地場産業の沈滞化などで、若者離れも進み、
「備前」は地域としても孤立化していく中、地元のご婦人たちに向けた
備前女性大学という生涯教育の機会ができました。
女性ならではのお稽古事や、サークル活動も増えていったようですが、
万代さんから「やはり学ぶというカルチャーも必要」と私に「オカモ、
万葉講座をやってみない」とお誘いがあったことがきっかけです。
コンサート活動が中心で長年やってきましたが、講座は犬養先生の
亡くなられた平成10年10月に豊中の庄内公民館で初めて機会を与えて頂き、
以来私の講座活動も11年目を迎えたことになりました。
備前女性大学は、税金(補助金削減)対策もあり、3年で幕を閉じましたが、
受講生の自主的な立ち上がりで、数人の方が世話役を務めてくださり、今日
まで続いていて、世話役の方々には頭が下がりますし、、受講生のご夫人方
とは仲良く、お顔馴染みになりました。1年に2~3回の講座、OR旅行OR
かるた会Oコンサートなどなど、「万葉集を楽しむ」ことを基本に開催して
いますが、1年ぶりの昨日も皆さん笑顔で迎えてくださり、私も張り切って
お話をさせて頂きました。
昨日は、末石さんが「先生、これがアサザですよね!」と備前焼の中に
浮かべられた万葉集で1首だけの絶滅危惧種の「アサザ」をさらっとご持参
くださり、な、な、なんと、私は感嘆の声をあげました。すごい!
万葉のお話をした中でしっかり記憶して、「ひょっとして?・・・」と気付かれる
ことに私は講師冥利を感じました。生活の中の意識にもなっておられる!!!。
ありがたいことです。
講義は紫香楽宮の木簡も出土したので、関連して、「万葉仮名」を交えて
大津皇子の悲劇をお話しました。最後はテープの準備不足で歌は会場のピアノを
借りて、ライブ演奏をさせて頂きました。(そのほうがよかったらしい。)
また来月伺います。今は大学院生として、万葉集を研究する立場になりましたが、
私が「犬養先生のお話から受けた万葉集のあの楽しさ、興奮」の原点にもどって
身近に「万葉集」を届けていきたい・・・と切に思います。
未熟な講師ですが、私が楽しそうに話している姿に皆さんつられて!?楽しく
聞いて下さっているそうです。ハイ、オカモは元気な万葉人です!
備前焼の器に浮かんだアサザの花です。焼き物と黄色の花のコントラストも
素敵!講座が終わったあと見ると、花は閉じてスヤスヤお昼寝なさって
いました。ガビーン!(笑)

王塚古墳 001.jpg
<飯塚市歴史資料館で、嘉摩万葉講座があり、スケジュール的に躊躇
もあったが、東先生の「ますらおぶり」の明快な講話の大ファンなので、
思い切って夜行バスで出かけた。
また今回は、ご専門の「山上憶良」ではなく、「高市黒人」の歌がテーマだった
ことも魅力的だった。
旅の歌人!と思ってきたが、お話を聞くうちに、黒人が「孤愁の人」であり、
歌の中で「現実」を排除するかのごとく、静かな「光景画」の歌を詠んでいる
技巧派の歌人であることをあらためて感じた。
旅は「魂」が浮遊する時なのだ。自分への鎮魂歌なのか。なるほど・・・。
私は扇野聖史さんが作曲された「黒人流離」は、名曲だと敬服しているが、
講座を受けながら、しみじみとしたメロデイが蘇ってきた。
そして3月に除幕されたばかりの桂川町の犬養先生の歌碑を再訪問した。
福北ゆたか線の「桂川」の駅からの道も覚えておきたいと電車移動。
駅からは1キロもない。古墳の裏側に到着。
王塚古墳 003.jpg
王塚装飾古墳館もあり、昭和9年に発見された「古墳」は、周辺が整備され、
敷地は色とりどりの草花に飾られ、公園もある。広大な素晴らしいエリアが
確保されている。歌碑も大きな石だが、違和感はない。恵まれた場所に
建立して頂き、本当にうれしい。
近くにベンチもあり、私も読書したり、お茶を飲んだり、ゆっくりできた。
古墳館で流しておられるビデオを見てびっくり。兄弟分の高松塚を紹介された映像で、
な、なんと犬養先生が、佐藤栄作ご夫妻を明日香村へ案内されているシーンが
映っている。開館時から放映されていたそうなので、「やっぱり犬養先生は
この地にご縁があったのだ!」と得心した。
風も心地よく、緑なす古墳の裾野には、ツバナがそよいでいた。
大宰府万葉の会を指導して来られた山内勇哲先生が亡くなられたと聞いた。
飯塚の「鮭神社」を案内してくださった中島忠雄先生も亡くなられた。
あちらの世界もずいぶんにぎやかになってきたようだ。
王塚古墳の地に居て、多くの人々の魂が「千の風になって」私のもとに
運ばれてきたような、悲しいのではなく、懐かしい気持ちになった。
また来ますね。今度は9月!犬養先生の十年命日祭の翌日だ。
先生の魂は疾風のごとく、全国を駆け巡る???(笑)
王塚古墳 005.jpg