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待ちに待った、「河内家菊水丸の河内音頭を聴く会」が昨日TSUBAICHIで開催されました。
台風の影響もあり、終日の雨で心配でしたが、定員以上のお客様が入場して下さいました。
たまたまこの日は、日中にサロンレンタルがあり、終了後、夜の菊水丸さんのステージ変換に
時間的にタイトだったため、それも不安でしたが、中西さんや、乾さん、そして、前回
落語の高座の為に作って頂いた明日香の真木でできた舞台を再び、荒川さんに準備して
頂き…と親しい仲間の大応援のもとに、用意が整いました。みなさん、ありがとうございました。
そして、予定の時間どおりにスタート。私のご挨拶のあと、まずは、菊水丸さんを呼び込む
太鼓の演奏からはじまりました。
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サロンに初めて響く「和太鼓」の音色です。残響もよいと思いましたが、地響きのような
振動は、和太鼓の迫力を身近に経験させて頂きました。
太鼓の名手は、三条史郎さんです。力まず軽いばちさばきで、「打つ」スピードで強さを
調節する奏法をご披露頂きました。それも利き手の右だけではなく、左手も同様に打てる
その技は日本で三条さんだけのようです。すごい!!!
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ギターの石田雄一さんもスタンバイされ、いよいよ太鼓に呼び込まれた菊水丸さんの登場です。
やっぱり、颯爽とかっこいい!!!
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3人揃われたところで、「ええ~、さてはぁ~、♪」・・・とおなじみのフレーズが・・・。
私はご挨拶のあと、裏へ引っ込んだのですが、いやいやせっかくのステージを、やはり
正面から聞きたい!と思いあわてて客席の方へ。
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サロン行事では、必ずプログラムを作成するのですが、今回は菊水丸さんから、必要なし、
またサロンもできるだけシンプルな空間にしてほしいと言われていたにも関わらず、日中の
レンタルの時に掛けていた絵画や拓本の軸を外すことを忘れていました。ごめんなさい。
「大丈夫! 裏にお札は貼ってありませんから・・・。」?????
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もう一人のお囃子方のギタリスト、石田さんは、神戸市長田区で阪神淡路大震災でご実家が
全焼された被災者です。星稜高校の時からギター演奏の腕をかわれて活躍されていたとか。
大学生の時に菊水丸さんとの出会いで、この世界へ。今では菊水丸さんにとってなくては
ならない音頭取りのためのパートナーでいらっしゃいます。
星稜高校は、私の出身地の神戸市垂水区にあります。なつかしい!
世代的には、山寺さんと同じ年だったみたい!!!(笑)
菊水丸さんの河内音頭は、毎回微妙に節回しが違うそうです。その歌に太鼓とギターのお囃子
方が確認し、合わせていくそうです。絶妙な呼吸なのですね。
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出し物は、2作で、大石内蔵助が、いよいよ吉良の仇を討つために東下りをする時の
「大石東下り」。内蔵助が名乗る名は作品によれば、垣見左内と立花左近と2種類の名前で、
出てくるそうですが、途中「本人」と出くわして危機一髪、ばれるのを逃れた話と、
「九代目横綱」は、秀ノ山雷五郎の人情相撲のお話。場所が宮城県気仙沼出身の相撲取りと
言うことで、東日本大震災の起こったことを思い起こされて、この作品を世に出されたよう
でした。最近「八百長相撲」で、角界の値打ちが下がりましたが、昔から八百長はあった
ことを高らかに歌うものでしたが、「人情」や「犠牲」が働く「日本人」の気質に沿った
八百長は、許されるばかりか、その心根に泣かされるものですね。
その人物がやがて横綱になる!ジーンとするストーリーの河内音頭でした。
大作の間には、菊水丸さんの軽妙なエピソードトークや、友情あふれるメンバー紹介。
また、新聞詠みから伝統河内音頭継承者として、シフトチェンジされましたが、正調河内音頭
のルーツである、各地域に伝わる節や、尊敬される京山幸枝若師匠の浪曲を歌ってくださり、
「河内音頭」≒盆踊りのレパートリーという感覚から、「聴かせる音楽」であることの実感を
しみじみ得ました。いみじくもサロンで「河内音頭を聴く会」を催せたことをうれしく
思いました。
菊水丸さんも経験と加齢が、ますます古典芸能としての価値と伝承の必要性を強く感じて
こられたようですが、同時に原点である亡き人を追悼・供養する盆踊りの「音頭取り」として、
日本の習俗にも照らして、使命感を持って櫓を回っておられます。
いろんな場面を拝見して、ますます尊敬とあこがれが増しました。
そうでなくてもなぜかドキドキする素敵な菊水丸さんともちろん記念写真をとらせて頂きました。
本当に素晴らしい感動の時間をありがとうございました。
来られた方々が口々に「またやってくださいね!」と大感激!!!
私たちも心から御礼を申し上げます。またTSUBAICHIで、河内音頭を聴かせてくださいね。
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第2弾、紫(定番?)の桔梗が開花しました。
私が育てて?(水やりだけ…汗)、種から生育したのは、何年ぶりでしょうか。(笑)
そして6月27日に咲いた白い桔梗は、今、2つ目も咲いています。
華奢な1本ですが、まだつぼみがついているので、頑張れ~という気持ちです。
そのさわやかな朝ですが、実は昨日・今日と1年に1度の美夫君志会という、万葉学会が
あったのですが、今日だけでも行けたら…と執着しながら、とうとう断念しました。
「腰痛」です。
昨日、弟の会社と会計事務所の移転にあたり、それを機に、私たちTSUBAICHIの事務所も
より機能的にしようということで、事務用品や、備品をもらったり、不用品の整理もかねて
前日の金曜日から、山寺さんと「女手!」で、棚や、家具、資料類を自宅・事務所を往復
しながら、運んだので、とうとう昨日「腰に違和感!やばい」ということになりました。
「腰」のトラブルは初めてです。体力には自信があったのに、過信でしょうか。年ですね。
さて、移転を果たした弟の事務所は、うれしいことにサロンから30秒くらいのところ。
社会の状況もあり、弟も事務所経費のリストラも含めて、以前から考慮していたようですが、
継続的な多忙もあり、なかなか具体的に話を進めることがむづかしかったようでした。
たまたま、2年前に私のサロン立ち上げと共に、会計監査もしてもらっていますが、きっと
「殿様ビジネス」の事業内容の危うさに、危機感をもち、とうとう目の届く範囲に「来た~」
のではないかと、冷や汗の私です。(笑)
たまたまビルオーナーも私の知人の社長さんで、ちょっと安心。
兄弟会社(姉弟会社?)として、仲良く協力できたらいいな…と思いますが、まあ、
サロンですので、お接待、会合部門ででしょうか。
弟も(親孝行で…)兵庫県庁を早々に退職し、結局父の跡を継ぎ、税理士となりましたが、
世代の相違や、弟のプライドもあったのでしょう。父のやり方から、独自に発展させて
頑張ってきたようでした。このたびその事務所から、いよいよ完全に弟カラーの職場作りが
できたということで、ついに「自立できた」喜びや実感があるのではないかと思います。
これからここで10年も、20年も元気で頑張ってほしいものです。
そして、私たちは、また独自のサロン経営で、楽しく夢を紡いでいきたいと思います。
しかし、明日からまた、私たちの事務所の模様替えや整理が残っていますので、きょうは
やっぱり、「腰」を休めて、ゆっくりと休養することにします。
最後に、泉君、おめでとう!!!
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6月25日(金)、久しぶりに木田隆夫さんの私設万葉植物園に見学に行ってきました。
「ささゆり」の季節に行きたかったので、私のお仲間である宝塚コープカルチャーの方々や
TSUBAICHIオカモゼミの方々をお誘いし、申し込みなしの現地集合、現地解散でしたが、
全員で13名もの参加を得ました。やはり感心の深い方が多いのだと思います!!!
ここ2~3日が特別蒸し暑く、また午後の集合でしたので、参加者には申し訳ない設定に
なってしまいましたが、「雨よりいいですよ!」と慰めて頂きました。皆さんやさしい!
木田さんのご好意で、一服涼をとるのと、初めての参加者の為に、近くの公民館で映像を
みながらご説明を頂きました。
なんと、昨年に加えて、もう一段本格的な「池」を造成され、蓮が6つ植わっていました。
まだ新設なので、水辺や、周辺の植物はこれから増えていくと思いますが、ますますの
規模の拡大と共に、お世話される植物や範囲が広がり、大変なことだと敬服いたします。
きっと私たちのように、喜ぶファンが増えるにつれて、意欲とサービス精神が出られるのかも
しれません。くれぐれも腰や、今の季節は熱中症などに気をつけて下さいね。
では、少しご紹介します。華やかな「八十娘子のなでしこたち」
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あやめ草が…。堺市の花は「花しょうぶ」でしたね。あやめ、菖蒲(しょうぶ)、かきつばた
の名前との区別がむづかしい。このあやめぐさや5月の節句にお風呂に浮かべて、邪気を
払う植物。大伴家持の歌にも詠われ、風雅な節句の行事に用いられたことがわかります。
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万葉集に2首詠われた「紫陽花」。手前の山紫陽花が古代のからのもの…。
真っ白で咲いて、徐々にピンクに染まっていくそうです。品の良い美しさでした。
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私が「ささゆり」大好きをご存知の木田さんに、お気遣いをさせてしまいました。今年2本
咲いたそうでしたが、ピークの時期は過ぎ、褪せた花は残っていました。でもこれも素敵!
乙女百合です。名前も色も「乙女・娘子」そのままでした。
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絶滅危惧の「むらさき」です。拡大しすぎて見にくいかも、小さな小さな白い小花です。
高岡市万葉歴史館の庭でも咲いたようですが、ツイッターによると、雨で1日で花が落ちた?
とか。残念でしたね。本当に華奢で可憐でした。これはまるで、ダイアモンドみたい。(笑)
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みなさん、熱心でよく学ばれるし、参考書と照らし合わせながらしっかり知識として持って
帰られます。なのに、私は能天気に果樹の「実」の方に興味があったり、何十年?ぶりに見た
「カエル」やおたまじゃくしに大興奮!。のどかで楽しいひとときでした。
はい、全員集合の記念写真です。撮影者はオーナーの木田さんでした。すみません。(汗)
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有意義な1日をありがとうございました。今度はまた秋に伺っていいでしょうか。

音楽サロンTSUBAICHIですが、本当にいろんな展開があることをありがたく思います。
昨日終えた「半畳亭」と銘打った初めての落語会は、案内でもご紹介していた通り、うたがたり会
のメンバーの木原三知子さんのケーナの生徒さんでもあることから、桂春若さんとの出会いを
頂きました。私と1つ違いのベテラン落語家です。昨日の出し物は「京の茶漬け」でした。
この写真で見て頂く限り、寄席そのものの雰囲気だと思いますが、私たちも「落語会」の
ための準備にいろいろ工夫をしました。
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たとえば、落語家さんの前にある、見台、膝隠し、拍子木…などの小道具。そして落語家さんの
左側に見える「めくり台」などが必要と言われ、かさ高く、費用も…と思案していた時に、
素人で折りたたみのセットを作られる方を紹介して頂き、特注しました。
「折りたたみ」で、コンパクトにかたづけられるなんてびっくりしました。
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この素晴らしい「中入」など、めくり用のタイトルは、パソコン勘亭流の文字でともちゃんが
作ってくれました。いい感じです。
そうそう、お座布団は、備前の妙圀寺からお借りした婚礼用のもの。めでたし。
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今回、私たちがうれしかったのは、落語会ではありましたが、やはり音楽サロンということで、
木原さんと春若さんのケーナ演奏があったことでした。やはり基本のコンセプトは音楽です。
練習不足?と謙遜されながらも、ケーナ・サンポーニャを師弟共演で聞かせて頂き、余技の
技にも感心致しました。
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もっともうれしく、落語会の間際になって、思いがけず胸打ったことがあります。それは、
明日香村森林組合でお仕事に関わっておられる荒川さんの思いやりでした。
サロンは天井も高く、雰囲気的に「畳敷き」の客席よりは、椅子席の会場の方がよいでしょうと
いうことで、高さ1メートルの高座を準備することになりました。
山寺さんもあれこれ頭を悩まして、いろんな方法を提示、私と検討を重ねました。
サロンを設計して下さった建築士の吉田さんにもご相談してみました。
長机の積み重ね、ビール瓶のケースの組み立て、サロンのテーブル使用、平台のレンタルなど
方法はいろいろありましたが、今後サロンで収納できることや条件もあります。
以前サロンの看板について相談をした時に、「サイズさえわかれば、いつでも作ってあげま
す!」と言って下さったことを思い出し、日程も迫ってきていましたが、「こんな形を
作りたいのですが…」と、相談しました。
そこからです。荒川さんの方にも1つの思いが加わったようでした。
そして、用意して頂いたのが、前日ホームページでご紹介した、すばらしい舞台です。
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公演終了後、山寺さんの方から、私たちの喜びを知ってほしくて、この高座についての
「いわく・説明」をしてもらいました。
お客様が高座の下にもぐったり、さわったりして感心して見学してくださいました。
昨日は高座でしたが、次回からは平台の舞台として使用できます。
万葉にこだわる私たちに明日香村の入谷の杉の木、岡寺のひのきで作って下さったこの舞台は
古代からの明日香村の魂が宿っているもの。このサロンに、明日香村の息吹を注ぎ込んで
もらいました。万葉うたがたりコンサートもこれからはこの舞台の上で、披露してほしいとも
言ってくださいました。木の香りが漂い、明日香の森が身近に感じられました。
何と言う感激! これ以上の喜びはありません。荒川さん、ありがとうございました。
観客には、山口ひとみさんがお母さんを誘って来てくれました。音響の富岡さんも。
楽しく、賑わいのうちに終えた半畳亭。雨もあがり、客足が途絶えてから…いよいよ舞台の
撤去です。偶然東京から西本君が来てくれて、山寺さんと3人で、またまた悩みながら
解体作業。汗だくになり、パズルを解くかのように考えながらのばらしです。
10時半ごろようやく終了。西本君ありがとうございました。
本当にたくさんの「賜物」にあやかって「落語会」を終えることができたのです。
落語も面白かったけど、やっぱり私は「ついています」ね!!! 感謝。

このたび、難波津に建立された万葉歌碑は、標高6.84mの日本一低い山と言われる、堺市
大浜公園の中にある築山の蘇鉄山の上にあります。
山頂には登録名が大浜公園の一等三角点があり、みなさんが日本一低い山だと認識される
天保山は、標高4.53mでやはり低いですが、二等三角点で最も低い山と言われていて
・・・!?、まあどっちもどっちですが・・・(笑)。小高い場所でした。
フォトギャラリーでご紹介もしていますが、堺市のロータリーの事業として、今回の
万葉歌碑建立でいくつかの希望が託されていました。
遣唐使の母の歌、
旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 吾が子羽ぐくめ 天の鶴群 (巻9・1791)
の「言葉」にあるように堺市民を「羽ぐくむ」ことから「育む」意までの思いや、また
大浜公園の石碑文「擁護璽」のある蘇鉄山を選ばれたのは、3月の東日本大震災に遭遇した
ばかりの日本で、今後、南海地震や東海地震などの危険予知のある昨今、かつての堺市民の
教訓から、無事に助かったことが記された碑のあるこの場所に建てる意義などのご紹介も
ありました。そして、私たちは命がけで、国使として役目を帯びた遣唐使たちが出発した
難波の港に、同行するわが子の無事を願い、思いやる母の歌が歌碑に選ばれたことを嬉しく
思いました。山内さんの説明を聞き、臨場感が迫り、胸がよりいっぱいになりました。
犬養先生、おめでとうございます。そして、この地で、また大地に踏ん張って、万葉人の
心を語り続けてくださるのですね。ひょっとして、津波も両手を広げて遮ってくださるので
しょうか。日本のふるさとの守り神です。
ロータリークラブは、犬養万葉ファンがこんなに参加されるとは、夢にも思っておられなかった
ことと思います。このギャラリーの多さ!(笑)。除幕式が晴れがましいものになりました。
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除幕の写真撮影のラッシュはすごかったですねえ。竹山修身市長は、公用で遅れて来られた
のですが、この想定外の賑わいに驚き、喜ばれたことと思います。
先日TSUBAICHIでお目にかかった私? 思いだしてくださいましたか。
犬養万葉歌碑でお世話になるのは、故、幡谷市長、前木原市長に続いて3人目ですが、
是非、ご理解頂き、仁徳天皇陵のある古代史にゆかりある磐姫の歌碑があること、高石市から
移転した高師の浜の歌碑も含めて、万葉故地としても認識を深めて頂きたいものです。
除幕式に参列のロータリアンの背広姿と対象的だった竹山市長のアロハ姿! びっくりしました。
なんとスーパークールビズの最先端だそうで、堺市が販売して2日目のアロハシャツを着用。
市の花、ハナショウブ柄に「堺」の文字も入っています。お相撲さんの浴衣みたいな気も…。
いやいや、ごめんなさい。ユニークなグッズでした。
それから、犬養先生の歌碑の除幕式に、私たちTSUBAICHIでバス調達をしましたので、
初めて父も参加しました。
昼食後、大仙公園の磐姫皇后の歌碑、高師の浜の歌碑めぐりもしました。
せっかくなので、わがパパショットです。
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高師の浜では、山内さんの傍でしっかり説明を聞いて、よくわかった!と喜んでいました。
私は参加してくれて感謝です。喜びを共有できる時間をもてましたもの。
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予定通り、4時までに大阪で解散できました。バス手配から、総世話人代表の山寺さんには
いつもながら、感謝・感謝です。言い出し兵衛の私の思いをいつも実現してもらえることは、
本当にありがたいことです。オカモはすでに、次の列車に乗り込んでいますし…。
山寺さん、またよろしくね(笑)。

万葉のお仲間で、自宅の裏山を万葉植物園になさっている木田さんのご協力を得て、昨年
初めて、TSUBAICHIで万葉花カレンダーを制作しました。
そのこだわりもあって、私が担当している万葉講座では、毎月、掲載したその植物について
の万葉歌をご紹介していますが、5月は「あふち」の花でした。
山上憶良の日本挽歌の反歌の1つに
妹が見し あふちの花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに
と言う有名歌がありますが、そこで詠われている「あふち」。漢字では「楝」です。
センダン科の植物ですが、「栴檀は双葉より芳し」の香木のせんだんとは別の種類です。
歌の背景である太宰府などでは大木のあふちを何度も見たことがありました。関西では、
東大寺の戒壇院の庭や「ここ!」と認知してきましたが、先日宝塚のコープカルチャーの
折に、講座生の方から阪急中山駅の構内に大きな「あふち」がある!と聞いたばかりでした。
それが、それが…です(汗)。
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わが町、阪神甲子園球場の南東の甲子園筋交差点近くにある市営住宅の一角にあったの
でした!!!!!
それも、昨日台風の影響もある大雨の中、親戚の葬儀を終えて帰る道すがらのことでした。
あまりのひどい雨風の中で、傘が飛ばされないように身をちぢめて、歩道に落ちている
花殻を何気なく見ながらひたすら歩いていた時に、突然気がついたのです。おおっ~!
そして雨風の中、通り過ぎた道をもう一度戻り、見上げて確認したのです。間違いない!
渋滞の車の人たちは、尋常ではない天候の中、通行人オカモの一連の動作を車の中から
見ていて、きっと不可思議に思ったことでしょう。
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今朝、早速写真を撮ってきました。間違いなく「あふち」。
こんな住まいの近所に、365日近く行き来するいつもの道に、わが甲子園球場のそばに!!!
あふちがりりしく植わっていたなんて…。ごめんなさいね。
もう一本、ららぽーと入り口南のホカ弁屋の前にあります。(はじめに気がついたのはこれ!)
あふちの木はきっと私がいつ気がつくか、見ていたに違いありません。
甲子園球場へ行かれた時には、是非この木を見て帰ってください。
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オカモ見し あふちの花は 散りぬべし 雨風の中 甲子園の道で!?

ホームページのトップでもご紹介しましたが、澤田さんの個展の最終日にも大きな
サプライズ訪問がありました。
たまたま朝日放送の「映画のアナ」の取材で、道向かいの居酒屋「市丸」さんにクルーと
共に来ておられたのです。
沢田さんの妹さんが、朝日放送のリスナーだったことで親しく会話されて、急遽サロンも
のぞいてくださったというわけです。
三代沢さんは、明日香村の棚田オーナーとして、ご家族で稲作にも参加してくださっており、
また、奥様はかつて私が「おはよう朝日です。」に出演した時のアシスタントを務めて
おられた方です。勝手に私たちが親しく感じていた方でしたので、本当にみんな喜びました。
お忙しいにもかかわらず沢田さんのご説明をきちんと聞いて下さり、サロンもしっかり
認識して帰られたことと(期待しています。)三代沢さん、本当にありがとうございました。
「どっきり、はっきり、万葉集! 三代沢康司です!」
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5日間に亘った作品展には100人以上の、本当に多くの方々に来て頂きました。
作品を製作された澤田さんはもとより、TSUBAICHIのギャラリーとしても、みなさんにご満足
頂けたかどうか、気になるところです。
でも展示も準備もお接待も私たちなりに楽しく過ごさせて頂きましたので、ありがたく思って
おります。心残りは澤田さんのご主人さまや筑波のご子息のご家族に見て頂けなかったこと
が唯一、残念に思いました。
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沢田さんの最新作?「やかたのおおきみ」はうれしいことに私にプレゼントして頂きました。
また宝物が増えました。写真は多くありますが、肖像画は初めてです。
上品にやさしく描いて下さり光栄の砌です。
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最終日も終日にぎわい、閉じるのがもったいなく思いました。
早々に片付け、引き取りの車が来るまでのわずかな時間でしたが、簡単な打ち上げをしました。
「澤田さん、おめでとうございました。そしてお疲れ様でした!」
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21日から(準備は前日も…)始まった澤田さんの作品展で、サロンTSUBAICHIは画廊として
活躍しています。
初めて来られた方は、ギャラリーと思われているかもしれません。
今回は私のグランドピアノもカバーをかけて静かに控えていますが、やはり、音楽サロンが
メインです。
開場が10時ですので、いつもよりは早く出勤し、掃除をして、空間を整えてお客様を
お迎えします。「接客業」ということを特に意識する毎日です。
このたび個展をされた澤田さんは、犬養先生を通じてご縁を得た、万葉のお仲間で、もう長い
お付き合いです。犬養万葉顕彰会では、数少ない女性の役員も引き受けて頂きました。
こうして趣味で日本画を描かれることを、今回の作品展を通して知られた方も多いと思いますが、
サロンの賑わいを拝見していますと、絵をご覧頂くことが目的ではありますが、この機会を
きっかけに沢田さんと旧交が温まったり、ゆっくりお話をされる時間であることの意義を
強く感じます。また、TSUBAICHIに来られるきっかけともなったようで、私にとっては、
みなさんの賑わいが本当にうれしく、ありがたいことだと思いました。
沢田さんも体調が万全でないので、連日、本当にお疲れだと思いますが、このサロンで
過ごされる時間はきっと疲れや、体の不具合も軽くなっておられるのではないかと思います。
何かと忙しい毎日ではありますが、「忙しさ」とはなんぞや…です。
私は大学生の時に好きな言葉として「多忙」と言っていた時期がありました。
毎日が忙しく、充実する時間を送ることが幸せだと感じていたと思います。
今も変わらない自分に苦笑しながら、しかし、自分で選択し、望んだ「忙しさ」の日々に
周りの方々から、健康を気遣って頂いたり、オーバーワークを注意されたり、心配をかけて
いますが、やはり私の性分として「多忙」は合っているのでしょう。(笑)
それも人と接すること、出会いの場は、より幸せな場面です。
沢田さんの作品展の最終日、盛会でありますように…。
毎日サポートしてくださっている妹の迫田廣子さんと…。

今日から、私のサロンTSUBAICHIで、沢田冨美子さんの個展が始まりました。
1年近く前からご予約を頂き、その日が訪れました。
日本画歴5年と言うことですが、このご挨拶にあるように、「日本人の心情を大切にしたい
気持ちを日本画に託してきた」と言われたことは、美しい風景、特に植物をテーマに描いて
おられます。これは、『万葉集』に詠われた背景としてのこだわりが強く感じられました。
まだ始まったばかりですので、作品はブログで、まだ公開しませんが、中心の日本画10点に
加えて、ちぎり絵の色紙、また泉山未生流師範代としての生け花、作品が扇子になったもの
など、まさに沢田ワールドが公開できたことを心からうれしく思いました。
初日のきょうは、10時からオープンするサロンに、9時半ごろからお客様が足を運ばれ、
出足は上々でした。セレモニーが終わらないときちんとオープンできないので、まず沢田さんに
テープカットをして頂きました。そして始めに、沢田さんの絵画の先生で、今回の作品の
ご指導、また展示準備全般に関わって頂いた駒原敏博先生にご挨拶を頂戴しました。
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駒原先生には、澤田さんの個展によせて、心のこもった一文を寄せて頂きました。
ご挨拶でもまた、「感動できる心を大切にして、技巧よりも自分自身の納得のいくように
これからもたくさん描き続けてください」とエールを送ってくださいました。
先生自らも、澤田さんの展覧会に間に合うように作品を書いて下さり、入口に掲げさせて
頂きましたが、「祈り」という、仏様の絵です。東日本大震災を経て、芸術家にできること
は何かと自問自答される中で、生まれた作品だとお聞きし、先生のお人柄にも尊敬しました。
沢田さんが、素晴らしい先生と出会っておられたことを自分のことのようにうれしく思いました。
また今日のサプライズは、堺市長の竹山修身さんが来てくださったことです。
「修身」という名刺のお名前を拝見し、いい名前やな…、私は一生忘れないと思いました(笑)。               067.jpg
大仙公園の犬養万葉歌碑建立では、幡谷市長(故人)にお世話さまになりました。また、
続いての木原市長は、阪大の出身者でもあったことから、犬養万葉顕彰会の会員でもあり、
堺万葉歌碑の会の沢田さんの協力者でもありました。その現職の木原さんを破った竹山市長
に、きょうはじめてお目にかかったのですが、本当によく来てくださったと思いました。
大阪府職員から転身されたので、私が大阪維新の会のことを尋ねましたら、きっぱり「私は
所属はしていません。」とおっしゃいました。私は橋本知事の「大阪都」構想や、首都機能
移転の準備や、地域連合など、共感できることは多いので、「がんばってください」と
申し上げたかったのですが、(理念は共通であろうと思われますが)、首長が1つの政党に
属する立場はきっとよろしくないのでしょう。肩すかしを食ってしまいました。(汗)
ただ、澤田さんがこうして首長の交代があっても行政側と太いパイプを持っておられることの
感心です。私は歴代西宮の市長にお目にかかる機会は何度もありましたが、親しく話すどころか、
名前すら覚えて頂いていません。「私だから」と言うことではなく、「西宮市長」が、個人に
呼びかけられる風景なんかみたこともないし、そんな雰囲気でもない。万葉の各地で私も
含めて、それぞれの方が、行政の方々と溶け込んでおられるのに、西宮は市民となんと距離が
あることか…。竹山市長さんも、今日の訪問は社交辞令的なものかもしれませんが、「市民」
の活動の場へ顔を出してくださることの誠意に、大変うらやましく思いました。
堺市民として、沢田さんは感激されたと思います。
初日のきょうは、50名近い入場者でにぎわいました。体調が万全ではない澤田さんですが、
25日(水)まで、描かれた日本画を通して、多くの方々との旧交を温め、出会いを楽しまれ
元気が戻られることでしょう。
沢田さんの喜びのお手伝いをできることを開催者として意気に思っております。
本日は、近畿以外に、横浜や鳥取からもご来場ありがとうございました。
では、また報告をお楽しみに…。

昨日は、「越前の春を訪ねて~味真野・一乗谷バスツアー」に出かけました。
天気予報は、曇りのち雨。奇跡を願いながら、出発しました。
集合はみなさんいつも早めに集まってくださるのですが、待ち合わせ場所を間違えた方が
あり、30分遅れで出発。そんな時に限って、平日であるにも関わらず、工事渋滞の高速道路で
スタートから大幅に予定時間が狂ってしまいました。がび~ん!
まずは、「一筆啓上」の簡潔な手紙をお手本として、「日本一短い手紙」の公募で有名に
なった丸岡町へ。(現在は、坂井市)桜の名所100選でもある丸岡城は、平山城で、天守閣が
残されていますが、国内現存天守閣12基のうちで、最古のものだそうでした。
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日本の桜の名所100選で有名な丸岡城のしだれ桜がちょうど満開でした。
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そして、400年以上埋もれていた一乗谷の朝倉氏の遺跡へ。戦国大名・朝倉孝景から5代
103年にわたり越前を支配した朝倉氏。5代目当主の義景は浅井氏と同盟を組み織田・徳川
軍と激突して、刀根坂の戦いで大敗後、義景は自害。朝倉家繁栄もこれで幕を閉じましたが、
国の特別史跡として指定された広大な敷地と復元された町並から当時の繁栄を偲ぶことが
できます。それ以上に「一乗谷」と呼ばれる山間の地は、先日の青山政吉さんの水彩画を
思わせるような風景で、美しさと静けさはさながら静止画のようでした。
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素晴らしい自然に心惹かれ、いつまでもここにいたいような気分になりました。
薄墨桜と椿のコントラストも素敵でしょ!
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そして、旅行のメイン故地でもある味真野へ。観光協会の会長・前会長・万葉菊花園の館長
がそろってお出迎えして下さり、何と雨模様の中、万葉衣装のご婦人がたも…。
大歓迎して下さり、ありがとうございました。限られた時間でしたが、犬養先生の揮毫歌碑
のある味真野苑の比翼の丘へ。もちろん全員で朗唱をしました。
越前の春を訪ねて…と今頃は、この庭園の木々の花々が各種満開のはずが、まだまだ
咲き揃わず、日野山のふもとの桜はまだ咲いていないとか。この天候異変はなんだ!
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でもめずらしい「思いのまま」と言うこの木。地元の方は桜と言われたのですが、目が利く
万葉植物にも詳しい方々は「桃」と判定! さてどっちなのでしょう?
でも1つの木で紅白が咲くなんてとっても不思議。自然って神秘的です。
やっと全員で記念写真がとれました。継体大王と照日の前の銅像の前でです。味真野の
もう一つの象徴でもありました。
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中臣宅守と狭野弟上娘子の万葉歌63基すべてを歌碑にして、散策のロマンチックロード
として作られた味真野苑からの道を毫摂寺あたりまで歩き、私の名前の刻んで頂いている碑
もみなさんに恐縮ながら確認して頂きました。時間はすっかり予定からほど遠く過ぎて
しまいましたが、最後に紫式部公園に寄り、帰途へ。
和気藹々と楽しく過ごした一日もあっと言う間に過ぎました。
心配された雨も、私たちが歩くときにはほとんど気にならない程度の小雨で、やっぱり
ついていました。
大幅に帰宅予定が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。次回からは欲張らない
ように気をつけます。(汗)
でも全員元気に笑顔でお別れできましたので、主催者としてはホッとしています。
しかし、「春」遠からじ…の今年、本当にどうなっているのでしょうか。
でも今年最後の「桜」を、大好きな桜を満喫できたことを幸せに思いました.