サロンに近い、梅田ウエステインホテルを通りかかった時に出会ったネコです。
つい、声をかけて、ひとしきり遊んでしまいました。やはり、かわいいねえ。
さて、娘の公演情報です。オヤばか宣伝マンです。(笑)
今回の公演は、遊劇体の芝居ではなく、田辺剛さん(下鴨車窓)の作品に呼んで頂きました。
タイトルは「人魚」
7月22日(金)~24日(日)伊丹市アイホールにて、
初日は平日の花金ですので、午後7時半から始まります。
23日(土)は、14時からと19時から。
24日(日)は、14時のみです。
入場料は、2500円。(ペアで4300円)
2009年に初演された作品の再演で、登場人物も一人増え、寓話のような異世界の物語
と謳われています。第17回OMS戯曲賞(2010年)最終候補作品となりました。
とある漁村では、ついに人魚を捕まえることに成功した。
近年、村の漁師が海に出るたびに行方不明になっており、それが人魚の仕業だった。
沖合の小島を漁師が通りかかると、どこからともなく歌が聞こえてくる。
その歌に誘われて行くとそのまま帰ってこなくなるらしい。
村は漁師を次々に失い、存亡の危機に立っていたのだ。
捕まえられた人魚は、ある兄妹の家にとりあえず置かれることになったが、
それはふてぶてしい態度で、どこから美声がと思われるような女だった。
まずは、飯を食わせろと人魚は言う。なんだか寒い、着るものはないのか。
陸地にあがって歌えるわけないじゃないか。
頼りにならない兄のせいで、世話をすることになった妹は、殆ど参っていた。
人魚は捕まったのに不漁は続く。空はあんなに青いのに、皆の表情はいまいちだ。
…とパンフレットに物語の導入が描かれています。
さて、娘は「人魚」役なのか、妹なのか、はたまた別の人物なのか、何を演じるのかしら。
毎回の役が、とても楽しみです。
田辺さんの作品は、よく見ていますが、どこかニヒリズムであったり、人間社会の残酷な
部分を表現されるので、観劇後、切なくて苦しくなることがあります。
今回も観客に何を投げかけられるのか、興味深いですが、芝居のメッセージとは何か
と問われた時に、「娯楽」と言うよりは、「提起」として見せる「芝居」のもう一つの
主張を強く感じます。
娘も精一杯演じて、外部出演も代表作と言われるように頑張ってほしいな。
ちなみに、7月30日~8月1日までは、福岡のぽんプラザホール、8月3日・4日は、
広島のアステルプラザの3か所で公演をします。
お時間のある方は、是非、応援方々、見に行って頂きたいなと思います。
私も明日、初日の舞台を見に行くつもりです。

待ちに待った、「河内家菊水丸の河内音頭を聴く会」が昨日TSUBAICHIで開催されました。
台風の影響もあり、終日の雨で心配でしたが、定員以上のお客様が入場して下さいました。
たまたまこの日は、日中にサロンレンタルがあり、終了後、夜の菊水丸さんのステージ変換に
時間的にタイトだったため、それも不安でしたが、中西さんや、乾さん、そして、前回
落語の高座の為に作って頂いた明日香の真木でできた舞台を再び、荒川さんに準備して
頂き…と親しい仲間の大応援のもとに、用意が整いました。みなさん、ありがとうございました。
そして、予定の時間どおりにスタート。私のご挨拶のあと、まずは、菊水丸さんを呼び込む
太鼓の演奏からはじまりました。
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サロンに初めて響く「和太鼓」の音色です。残響もよいと思いましたが、地響きのような
振動は、和太鼓の迫力を身近に経験させて頂きました。
太鼓の名手は、三条史郎さんです。力まず軽いばちさばきで、「打つ」スピードで強さを
調節する奏法をご披露頂きました。それも利き手の右だけではなく、左手も同様に打てる
その技は日本で三条さんだけのようです。すごい!!!
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ギターの石田雄一さんもスタンバイされ、いよいよ太鼓に呼び込まれた菊水丸さんの登場です。
やっぱり、颯爽とかっこいい!!!
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3人揃われたところで、「ええ~、さてはぁ~、♪」・・・とおなじみのフレーズが・・・。
私はご挨拶のあと、裏へ引っ込んだのですが、いやいやせっかくのステージを、やはり
正面から聞きたい!と思いあわてて客席の方へ。
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サロン行事では、必ずプログラムを作成するのですが、今回は菊水丸さんから、必要なし、
またサロンもできるだけシンプルな空間にしてほしいと言われていたにも関わらず、日中の
レンタルの時に掛けていた絵画や拓本の軸を外すことを忘れていました。ごめんなさい。
「大丈夫! 裏にお札は貼ってありませんから・・・。」?????
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もう一人のお囃子方のギタリスト、石田さんは、神戸市長田区で阪神淡路大震災でご実家が
全焼された被災者です。星稜高校の時からギター演奏の腕をかわれて活躍されていたとか。
大学生の時に菊水丸さんとの出会いで、この世界へ。今では菊水丸さんにとってなくては
ならない音頭取りのためのパートナーでいらっしゃいます。
星稜高校は、私の出身地の神戸市垂水区にあります。なつかしい!
世代的には、山寺さんと同じ年だったみたい!!!(笑)
菊水丸さんの河内音頭は、毎回微妙に節回しが違うそうです。その歌に太鼓とギターのお囃子
方が確認し、合わせていくそうです。絶妙な呼吸なのですね。
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出し物は、2作で、大石内蔵助が、いよいよ吉良の仇を討つために東下りをする時の
「大石東下り」。内蔵助が名乗る名は作品によれば、垣見左内と立花左近と2種類の名前で、
出てくるそうですが、途中「本人」と出くわして危機一髪、ばれるのを逃れた話と、
「九代目横綱」は、秀ノ山雷五郎の人情相撲のお話。場所が宮城県気仙沼出身の相撲取りと
言うことで、東日本大震災の起こったことを思い起こされて、この作品を世に出されたよう
でした。最近「八百長相撲」で、角界の値打ちが下がりましたが、昔から八百長はあった
ことを高らかに歌うものでしたが、「人情」や「犠牲」が働く「日本人」の気質に沿った
八百長は、許されるばかりか、その心根に泣かされるものですね。
その人物がやがて横綱になる!ジーンとするストーリーの河内音頭でした。
大作の間には、菊水丸さんの軽妙なエピソードトークや、友情あふれるメンバー紹介。
また、新聞詠みから伝統河内音頭継承者として、シフトチェンジされましたが、正調河内音頭
のルーツである、各地域に伝わる節や、尊敬される京山幸枝若師匠の浪曲を歌ってくださり、
「河内音頭」≒盆踊りのレパートリーという感覚から、「聴かせる音楽」であることの実感を
しみじみ得ました。いみじくもサロンで「河内音頭を聴く会」を催せたことをうれしく
思いました。
菊水丸さんも経験と加齢が、ますます古典芸能としての価値と伝承の必要性を強く感じて
こられたようですが、同時に原点である亡き人を追悼・供養する盆踊りの「音頭取り」として、
日本の習俗にも照らして、使命感を持って櫓を回っておられます。
いろんな場面を拝見して、ますます尊敬とあこがれが増しました。
そうでなくてもなぜかドキドキする素敵な菊水丸さんともちろん記念写真をとらせて頂きました。
本当に素晴らしい感動の時間をありがとうございました。
来られた方々が口々に「またやってくださいね!」と大感激!!!
私たちも心から御礼を申し上げます。またTSUBAICHIで、河内音頭を聴かせてくださいね。
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なでしこジャパンの決勝進出、魁皇の大記録、そのたびに号外が出る。
平和な日本。しかし今はすべてが「東日本への元気づけ?」に結びつけることが、マスコミ
誘導のような気がしてならない。
経済産業省の閣僚の古賀茂明さんが、辞職勧告をされて、きょうがその期限の日だ。
正しいことを言うと、いや体制に都合の悪いことが起こりそうになると、圧力がかかり
抹殺されていく。
検察もしかり、警察もしかり、そして今は、脱官僚を掲げた民主党から、政治主導ではなく、
経済産業省の不穏分子として、大臣の口を通して、古賀さんに辞職勧告をつきつけたことの
矛盾にあきれてものも言えない。
菅さん「やめろ」コールは、永田町には響き渡っているが、私たち日常の話の中で、「菅さん
の何がまずいの?」と素朴に問う人たちが多い。私もその一人だ。
もちろん、震災以前からの民主党の体たらくには、いい加減辟易していたが、被災後、
リーダーシップの不適当を意見する人が多いが、では、誰なら本当にこの国難ともいえる
事態を乗り切れるのか。菅さんの個人手腕レベルに誰も期待していないだろうし、ポスト
菅と言われる中で、切り札は一人もいない、今は超党派で、政治家が中心となり、官僚の
知恵と知識を借り、まず平常心で日本を見据えられるまで、なりふりかまわず尽力するのが、
最善のはずだ。
辞意を表明した首相の言葉は信頼ができない!と自民党をはじめ、多くの民主党の人たち
が菅下しに奔走されておられる「無駄な時間」を私は許すわけにはいかない。
「やめる」とわかっているからこそ、最後までやりたいことがあるというのは不思議では
ない。大震災以前まで、菅さんが脱原発を述べたことはない!と前原さんは言った。
どうして? 人間の心はうつろいやすいもの。被災したことから、原子力のリスクの大きさに
あらためて気がついたならば、それでいいではないか。
国民がまだまだ、収束しない福島原発を見て不安を感じている時に、玄海町にGOサインを
出すことの信じ難さ。国のリーダーとして、今後、日本が原発に頼らない方向を考えること
の提案は、まさにビジョンであって、私たちにとって、何ら不自然ではない。
ツイッターや、サイトでいろんな情報が流れている。
確実に想像できるのは、東電を守ること、政府として、原発は推進していく方向でいろんな
画策をしているということだろう。
東電の独占。原発マネーに群がる地元、既得権益に群がる族議員、天下りを確保したい官僚。
この構図がこのような日本の存亡の危機に及んでも、変わらない体質に、今の日本の不幸を
思う。
このあたりまえのことを私たちに説明してくれる、その古賀さんが身内から村八分にされて
いるのだ。
国民は、被災地、被災者のために、義捐金を捻出し、ボランテイア活動に参加し、節電
協力をし、復興のためなら増税もやむなしと覚悟をしている。国民は健在であるのに、
国を直接支える人たちの腐敗によって、国会開催も税金の無駄、原発推進をしてきた自民党の
己を知らぬ傲慢、ほんとうにやりきれない毎日が続いている。
漫才師の「おしどり」のマコさんが、東京電力の記者会見に出て、放射線汚染についての
質問をしその様子を発信されている。御用記者だけのあたりさわりのない記者会見ではなく、
国民目線で知りたいと乗り込んだ、その姿勢に共感する。
俳優の山本太郎氏は、佐賀県へ行き、脱原発の意思を伝えている。
マスコミでは信用できない事実や実態を知るために、国民が個々に動き出していることが、
今の私たちの閉塞感や、不審を表しているのだ。
国民の意見をくみ、総意に沿って物事をすすめられるのなら、とにかく菅さんでもいいでは
ないか。延命のため云々…とさわぐ与野党議員たちが、議員にしがみつくだけのゾンビに
思えてきた!

「生きていてよかった!」としみじみ思いました。
なかなかこんなチャンスに恵まれる人も機会も少ない中で、私はやはり幸せ者です。
思いがけず、建立予定の歌碑に、私が万葉歌を揮毫させて頂いたのです。
場所は大阪府交野市、古代の「交野が原」という地域です。
今回の万葉歌碑建立もその象徴の一つですが、このあたりは、星にちなんだ名前の地名や、
伝説が多く残る「星のまち」、また「星降る里」として地域活性を図っておられますが、
機物神社などもあることから、七夕伝説のロマンによせて「おりひめの里」としても有名
です。
そしてこのたびは、交野市駅の近くを流れる「天野川」にかかる「逢合橋」のたもとに
万葉歌碑を建立されました。
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除幕式の1時間前の、橋に飾りつけられた七夕飾りの人気投票の様子です。
明日が本番なのに、こんな雨で笹飾りがかわいそうでした。幼稚園児や小学生の思い思いの
飾りが、華やかで楽しいです。お祈りごとも結構面白い!!!(笑)
天気予報通り、夕方から本降りの雨で、晴れ女を豪語する私もさすがにお手上げ状態でした。
小ぶりになっては、また降りだしたり、なかなか思わせぶりな雨模様でした。
前夜祭と言うことで、暗い中でもあり、先に除幕式前の写真です。
書の私と、歌碑に牽牛・織女の絵を書かれた、真和子さんと…。
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市制40周年記念事業でもあり、中田仁公交野市長も参列して下さいました。
どさくさ?で引っ張った除幕です。気がついたら終わってたって感じ???
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市長、実行委員長のあいさつ、丹羽大手前大学教授の万葉歌説明のあと、私は万葉歌を
朗唱させて頂きました。
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除幕が終わってから、歌碑は暗くてわかりづらいですが、ともかくそれぞれに記念撮影。
後方、私の右側が今回、私の揮毫を推薦して下さり、歌碑建立に尽力をしてくださった
毛利さんです。本当にありがとうございました。
実は、今回の顛末は、5月の末に打診を頂いた直近のことで、万葉歌碑建立が街づくりの方々
の悲願だったとはいえ、交野市の事業計画の中に入るかどうかや、建立場所の決定、申請、
認可などが、実際七夕の行事の、時間的に間に合うかどうかのせめぎ合いの中ですすめられて
いきました。
私も打診を受けた時に、地元の方を含め、揮毫候補者が多くおられる中のほんの一人だと
くらいに思って、戸惑いながらもお返事をしていたのが、本当に瓢箪から駒状態でした。
「岡本さんに決まりましたので、お願いします」と毛利さんから依頼があってから、
1週間後に提出と言う超スピード制作で、準備も練習も足りず、何と傲慢なことだったかと
そればかりが今も心残りです。
ただ、お習字は子供の頃から好きで、結婚した後まで続けていました。でも…でも…
筆を持たなくなってから、30年以上経っていました。
紙を購入し、まだ持っていた、古いお道具箱から新品の筆を取り出し、サロンで山寺さんも
帰宅した後、集中して書いたのは数日で、思ったようにも書けなかったのですが、でも
とても懐かしく楽しい時間でもありました。
私は全くの素人ですので、「書」として万葉歌の文字や和歌のバランスを、書家の岩田恭子
さんにご教示頂きました。お忙しい中をご協力頂き、本当にありがとうございました。
先生のお手本とは、雲泥の差になってしまいましたが・・・とても参考になりました。
建立の予定も微妙でしたし、私の揮毫と言うことも逡巡があって、なかなかみなさんに
前もってご連絡をすることができませんでした。
それでも聞きつけて、私の人生の歴史的行事の瞬間に何人かの方が立ち会って下さいまして、
本当にありがとうございました。
まだ実感がないのですが、「私の書いた歌碑」ができました。
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幻想的な竹に彫られた文字がライトアップされてきれいです。
終日の雨、このあと簡単なお祝い会のお食事をし、もちろん私はこの日のために作曲した
万葉歌をご披露させて頂きました。万葉うたがたりの岡本ですから・・・♪
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そして、今日は7月7日。朝からの雨…。夜は晴れて欲しい…と祈りながら、昨夜除幕された
歌碑が、7月7日に逢合橋でみなさんに見て頂く日でもあり、私も再び現地に行ってきました。
周辺を車はよく通りますが、人は少なめ。
歌碑のすぐ横に私の大好きな桜の木が植わっています。桜の季節にもぜひ来たいと思いました。
私も歌碑となって、今日からは交野市民になりました!!!
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ともかくツイッターに参入して、3ヶ月あまり。
ツイッターの目的や、利点はあまりよく理解できていないのだが、3月11日の東日本
大震災の時、現地ではなく、東京にいる姪や甥や大事な人たちとの連絡が、携帯電話でも
まったく通じず、娘から、ツイッターで「本人」が無事を知らせていると聞き、ともかく
安堵したものの、自分が知りたい「相手の情報」をとれるということや、娘が「ママが
自分の思ったことをそのままつぶやいたらいいねん」という、よくわからないツールである
こと?に興味をもち、ともかく登録し、開始した。
ブログとちがって、まあ、思ったことをすぐさま「つぶやく」いや、「言いたがる」
大阪のおばちゃんの私には最適かもしれない。
リツイートといって、仲間が「これぞ!」といった情報を自分の仲間に提供することが
できるが、それも私を中心にした、話題の接点でつながった人たちから寄せられるので、
結構、レベルの高い情報や、意外な有名人たちの「つぶやき」を確認することができ、
面白い。
しかし、私自身「携帯電話」やパソコンで一日中縛られるような生活は、できるだけ、
したくないという気持ちもあり、せっせと入力される情報を見るたびに、今の社会の
情報公開や、提供のあり方に少し考えさせられることもしばしばだ。
ネット社会はもう後戻りできないのだと思うが、便利さと反対に失うものの大きさが
見えないことが不気味かも。
しかし、「つぶやき」は、どこか、誰にも見られていない「人格」的なところもあって、
ハクション大魔王の「壺」の中なのかも。
ただいま、私は原発関連のツイッターを読み漁っております。

第2弾、紫(定番?)の桔梗が開花しました。
私が育てて?(水やりだけ…汗)、種から生育したのは、何年ぶりでしょうか。(笑)
そして6月27日に咲いた白い桔梗は、今、2つ目も咲いています。
華奢な1本ですが、まだつぼみがついているので、頑張れ~という気持ちです。
そのさわやかな朝ですが、実は昨日・今日と1年に1度の美夫君志会という、万葉学会が
あったのですが、今日だけでも行けたら…と執着しながら、とうとう断念しました。
「腰痛」です。
昨日、弟の会社と会計事務所の移転にあたり、それを機に、私たちTSUBAICHIの事務所も
より機能的にしようということで、事務用品や、備品をもらったり、不用品の整理もかねて
前日の金曜日から、山寺さんと「女手!」で、棚や、家具、資料類を自宅・事務所を往復
しながら、運んだので、とうとう昨日「腰に違和感!やばい」ということになりました。
「腰」のトラブルは初めてです。体力には自信があったのに、過信でしょうか。年ですね。
さて、移転を果たした弟の事務所は、うれしいことにサロンから30秒くらいのところ。
社会の状況もあり、弟も事務所経費のリストラも含めて、以前から考慮していたようですが、
継続的な多忙もあり、なかなか具体的に話を進めることがむづかしかったようでした。
たまたま、2年前に私のサロン立ち上げと共に、会計監査もしてもらっていますが、きっと
「殿様ビジネス」の事業内容の危うさに、危機感をもち、とうとう目の届く範囲に「来た~」
のではないかと、冷や汗の私です。(笑)
たまたまビルオーナーも私の知人の社長さんで、ちょっと安心。
兄弟会社(姉弟会社?)として、仲良く協力できたらいいな…と思いますが、まあ、
サロンですので、お接待、会合部門ででしょうか。
弟も(親孝行で…)兵庫県庁を早々に退職し、結局父の跡を継ぎ、税理士となりましたが、
世代の相違や、弟のプライドもあったのでしょう。父のやり方から、独自に発展させて
頑張ってきたようでした。このたびその事務所から、いよいよ完全に弟カラーの職場作りが
できたということで、ついに「自立できた」喜びや実感があるのではないかと思います。
これからここで10年も、20年も元気で頑張ってほしいものです。
そして、私たちは、また独自のサロン経営で、楽しく夢を紡いでいきたいと思います。
しかし、明日からまた、私たちの事務所の模様替えや整理が残っていますので、きょうは
やっぱり、「腰」を休めて、ゆっくりと休養することにします。
最後に、泉君、おめでとう!!!
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25日に三重県の今は伊賀市となった青山町に行ってきました。
そう、ここは山間の古い地元の博要小学校を残したいという方々の思いとふるさとを懐古して
平成15年の6月に、万葉うたがたりコンサートをさせて頂いた場所です。
その時に、舞台にはこいのぼりと、青山町の草深い場所に自生しているささゆりを飾って
くださり、その時以来私には「ささゆり」の里として印象深く、季節になると時々訪れる
ようになりました。
ここは、実際の万葉故地ではありませんが、美しい自然の原風景をとどめた素晴らしい場所
なので、コンサート会場となった廃校寸前の小学校も、映画のロケに出てくるような、趣の
ある建物でした。
でもコンサートから数年後、やはり小学校は、改装され民間の施設として合宿したり、
バーベキューを楽しんだりする、レクリエーション施設に変わりました。小学校の姿を
そのままとどめておいてほしかったですが、また違った形で外部の方々がここを訪れ、利用
されることも意味があることだと、納得することにしました。
またここは、蛍の里でもあり、コンサートのあとも「ほたるまつり」に参加し、山を電飾
しているかのような多くの蛍の群舞に、めちゃくちゃ感動したことを思い出します。
今回も日にち的には、もう時期遅れかも・・・と思いましたが、夜道には、いましたいました。
大きな光を灯したゲンジボタルが、道すがら点々と飛んでいるのです。
久しぶりの道には、田んぼのそばにほたる観賞用の展望所もできていて、ひっそりとした
集落ですが、ほたるの賑わいは続いていることを実感しました。
蛍もロマンチックでしたが、「モ~」と低い声! 牛ガエルの声を生まれて初めて聞きました。
本物の牛かと思いました!!!!! ほんと…。
そして、夜空が晴れていて、北斗七星がはっきり、指させました。何だか、私の気分は
すっかり子供に戻りました。(笑)
それからそれから、コンサートの時にもお世話になった川合君の務めておられる同じ地区に
ある青山ハーモニーフォレストへいきましたが、かわい~い。
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2日前にかえったばかりのつばめのヒナ(ちゃん)が、巣から顔を出した瞬間です。
こんな山奥にまでつばめがやってきて、巣を作っていることに驚きでした。
お誕生、おめでとう。でも、お母さんはよくここまで来たねえ!
こんな場面も、私が幸せ気分になりました。
青山ハーモニーフォレストは本当に静かで、敷地に恵まれた立派な施設ですが、備品が
少なくて、少々不便です。山奥でテレビの電波もきていなければ、インターネットも無理。
携帯電話はDOCOMOのみ。天候をはじめ「情報」を得るツールがないのは、安全面でちょっと
致命的かも???。
翌日、偶然、河内家菊水丸さんの出陣式に伊賀市の市長が来ておられたので、思い切って
名刺を出し、そのことを直訴しちゃいました。
伊賀市長はきっと、何でこんなところで青山町の施設のことで、文句を言う奴が来てるのだ
と不思議に思われたことでしょう。でも私はグッドタイミングで、神様に感謝しました。
本当にいろんな糸が、からまっていろんな人間関係を紡げることが楽しいですね。
そして、ささゆり、ほたる、つばめ…初夏の風物を堪能してきました。

明日香村の島の宮でとれた、きゅうりを頂きました。
荒川さんからのプレゼント。20本以上あったので、昨日のオカモゼミに来て下さった方
みなさんにもらって頂きました。
大きいだけではなく、食感もよく、何もつけなくても美味しいです。ブラボー。
年中あるきゅうりですが、やはり、夏野菜。栄養も味も全然違います。
新鮮なので、明日香村から一緒にナメクジ君もついてきていました(笑)。
島の宮か! 蘇我氏と草壁皇子の魂がこもった土地で育ったきゅうりなのだ。
明日香パワーのきゅうり、きょうも頂きま~す。

今年も出席しました、河内家菊水丸さんの盆踊り出陣式!
ぎりぎりまで予定が立たなかったのですが、7月にはサロンに出演して頂くことも決まり、
是非、出陣の応援に伺いたいと思っていましたので、何とか参加できてほっ。
昨年に引き続き、上本町のシェラトン都ホテルの大広間での大パーテイでした。
昨年は、上海万博出演や活動30年(私と一緒でした!!!)などなど全部で5連発の記念
出陣式でしたが、今年は日本が東日本大震災を経て、本来の「盆踊り」の原点に立ちかえり、
河内音頭を通して、犠牲者への追悼・鎮魂のためのやぐらをこなしていきたいとの決意のもと、
今回リリースされた4枚目のCDには、被災地宮城県気仙沼市出身の秀ノ山雷五郎と言う力士を
取り上げた「九代目横綱」を録音されたことや、出陣式宴会の食材は東日本の東北4県から
とり寄せられたものを使用し…と菊水丸さんならではの気遣いと思いやりある、出陣式の
体でした。
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舞台進行は、昨年同様来賓・政治家・芸人のお仲間などのご挨拶から始まり、乾杯の後は、
菊水丸ファンをはじめとした河内音頭ファンの方々が、菊水丸さんの新曲「九代目横綱」
に合わせて、楽しげに、手振り身振りも個性的に、しなやかに「踊る!踊る!」の場面に
移っていきました。さすがの私も河内音頭の輪には入れず、と言ってバイキングの食事にも
割り込めず、ひたすら舞台や円陣の踊りを眺めながら、「河内音頭」や菊水丸さんの人気を
しみじみ思い知りました。
サロンでは、踊る空間の余裕がありませんが、踊る素材である「作品」をじっくり聞かせて
頂くことが、今から大変楽しみです。「きくこと」も貴重な機会かもしれません。
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多くの有名人が出陣式に来ておられました。菊水丸さんにお世話になられた、自治体の首長
さんや、政治家、また同業者の方々に愛されることは大事なことですね。
その中に昨年遷都1300年祭で、「平成の歌垣」でお世話になった立原啓祐さんも来ておられ、
久しぶりにご挨拶ができました。あれ以来、「報道」のお仕事に絞られ、東京に拠点を
移してがんばっておられるとか・・・。もちろん被災地にも時々取材に入られるそうで、それで
4キロも瘠せたとおっしゃっていました。この仕事をご自身の最終の仕事としたいと強い
決意も話してくださいました。私たちの世代ならではの思いかもしれません。
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立原さん、頑張ってくださいね。またフォトギャラリーで、参集された方々をご紹介します。
漫才師の銀シャリのウナギクンが、河内家のぼり丸として、弟子入り、お披露目できたことも
良かったですね。
私も「河内音頭、万葉編」歌えたらいいな。

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6月25日(金)、久しぶりに木田隆夫さんの私設万葉植物園に見学に行ってきました。
「ささゆり」の季節に行きたかったので、私のお仲間である宝塚コープカルチャーの方々や
TSUBAICHIオカモゼミの方々をお誘いし、申し込みなしの現地集合、現地解散でしたが、
全員で13名もの参加を得ました。やはり感心の深い方が多いのだと思います!!!
ここ2~3日が特別蒸し暑く、また午後の集合でしたので、参加者には申し訳ない設定に
なってしまいましたが、「雨よりいいですよ!」と慰めて頂きました。皆さんやさしい!
木田さんのご好意で、一服涼をとるのと、初めての参加者の為に、近くの公民館で映像を
みながらご説明を頂きました。
なんと、昨年に加えて、もう一段本格的な「池」を造成され、蓮が6つ植わっていました。
まだ新設なので、水辺や、周辺の植物はこれから増えていくと思いますが、ますますの
規模の拡大と共に、お世話される植物や範囲が広がり、大変なことだと敬服いたします。
きっと私たちのように、喜ぶファンが増えるにつれて、意欲とサービス精神が出られるのかも
しれません。くれぐれも腰や、今の季節は熱中症などに気をつけて下さいね。
では、少しご紹介します。華やかな「八十娘子のなでしこたち」
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あやめ草が…。堺市の花は「花しょうぶ」でしたね。あやめ、菖蒲(しょうぶ)、かきつばた
の名前との区別がむづかしい。このあやめぐさや5月の節句にお風呂に浮かべて、邪気を
払う植物。大伴家持の歌にも詠われ、風雅な節句の行事に用いられたことがわかります。
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万葉集に2首詠われた「紫陽花」。手前の山紫陽花が古代のからのもの…。
真っ白で咲いて、徐々にピンクに染まっていくそうです。品の良い美しさでした。
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私が「ささゆり」大好きをご存知の木田さんに、お気遣いをさせてしまいました。今年2本
咲いたそうでしたが、ピークの時期は過ぎ、褪せた花は残っていました。でもこれも素敵!
乙女百合です。名前も色も「乙女・娘子」そのままでした。
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絶滅危惧の「むらさき」です。拡大しすぎて見にくいかも、小さな小さな白い小花です。
高岡市万葉歴史館の庭でも咲いたようですが、ツイッターによると、雨で1日で花が落ちた?
とか。残念でしたね。本当に華奢で可憐でした。これはまるで、ダイアモンドみたい。(笑)
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みなさん、熱心でよく学ばれるし、参考書と照らし合わせながらしっかり知識として持って
帰られます。なのに、私は能天気に果樹の「実」の方に興味があったり、何十年?ぶりに見た
「カエル」やおたまじゃくしに大興奮!。のどかで楽しいひとときでした。
はい、全員集合の記念写真です。撮影者はオーナーの木田さんでした。すみません。(汗)
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有意義な1日をありがとうございました。今度はまた秋に伺っていいでしょうか。