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12月6日は、9月の講座に伺ったときに決めた備前うたがたり会の忘年会でした。
12月に入って私もサロンも少し落ち着きを取り戻し、ほっとしたのも束の間「忘年会」ってか!!
師走を実感しながらも、備前のお仲間の方々との集まりですので、会食も岡山市内となり、
悩んだ末、山寺さんと車で出かけました。
大阪から現地まで2時間弱で着きます。
午前中はTSUBAICHIで仕事をしてから、出発しました。私たちは「晴れ女」の面目躍如で、
風もなく、日差しも明るい恵まれた1日でした。
夕食までには時間があるので、地元へ嫁ぎ、備前うたがたり会のきっかけを作ってくださった
万代恵理子さんにお付き合い頂き、「櫂の木」の紅葉が美しい閑谷学校へ立ち寄りました。
閑谷学校は、以前犬養先生のご講演と共に私もコンサートをさせて頂いた懐かしい場所です。
もう20年くらい前になるでしょうか。
「櫂の木」が有名なので、紅葉の時期にはバスや団体客が押し寄せる名所だそうですが、
普段は静かな山間の旧跡です。私たちが行った時はほとんど落葉し、1本の枝にかろうじて
紅葉が…。私たちのための「最後の一葉ね」と、笑い合いました。
あんち.jpg
この備前市にある、閑谷学校は、現存する最古の学校建築物で、創始者は、岡山藩主の
池田光政公です。
武士の子弟が学び、庶民の学校として、地方のリーダーを育てる目的で造られたそうです。
講堂の床に正座して「論語」をそらんじては、講釈を受ける「講堂学習」が行われました。
私もおみやげに親しみのある章句を集めた「あいうえお論語」を購入しました。
さすが、備前だけあって、屋根が備前焼瓦で色の風合いがきれいでした。
また、私は丸みを帯びた「切り込みはぎ式」と呼ばれる石塀に、感嘆しました。
広大な空間に、各所、工夫を凝らした隅々まで精巧な作りの学び舎のたたずまいが本当に
素晴らしく、次回TSUBAICHIバスツアーはここだ!と確信をしました。
名物の2本の大きな「櫂の木」は、左は赤、右は黄の2色に紅葉するのが特徴で、今回は
既に見頃は終わっていましたが、11月10日頃が最高に美しいそうです。
さて、肝心の忘年会の宴会は、東岡山の「雅」という日本料理のお店でした。
ちょうど50代の女性の会ということで、「アンチエイジング」をテーマとしたメニューの
このお店を予約してくださったそうでした。
アンチエイジングとは、言葉のごとく「抗老化」「抗加齢」ですが、味気ないので、
「いつまでも若く過ごせるための」…お食事会でありました。
たとえば、四季の食材を季節に合わせた色合いのものを取ること、春夏秋冬に対応して
青・朱(あか)・白・玄(くろ)の食材の有効性。冬は黒い食べ物がいいそうです。
たとえば、黒豆?ごぼう?…などなど。
また、今や有名なコラーゲンを取るには、すっぽんのスープとか…。
カメラを忘れていき、証拠写真がありません。(泣)
「雅」というお店は今年開店されたそうで、広島で修業された若い板長さんが、ご挨拶に
来てくださいました。お一人で料理対応をされているので、お店には座席に余裕があるのに、
その日の予約の方々に最高のおもてなしをするために、以外のお客様は受け入れないという
こだわりにびっくり。それではやはりビジネス上、大変だろうと思いますもん(汗)。
でも、頂いた名刺に、お~!と感動!
「和のコトダマは、輪に通じます。すべての人々が手を繋いで、一緒に幸せになろうという
思想です。輪はまた、コトダマで「環」に通じ、天地万物の有機的な繋がり、野菜は作り手
のお百姓さんやそれを選ぶ人、八百屋さん、消費者と繋がります。野菜の命を育んだものは
太陽や雨や大地です。大自然、大宇宙の中の目に見えない有機物的な繋がりの中で人間は
行かされています。そのことに自然と気づかされるのが和食です。和の中には、平和が循環
するという思想も息づいています。その時期に出来るものは、その時期に必要なものです。
旬時期を大事にする日本(瑞穂の国)。その時期、その土地でできるものを存分にお楽しみ
ください。…」と書かれていました。
その思いを貫いてがんばってくださいね!とエールを送ります。
またぜひ訪ねたいと思いました。
板長さんの心のこもった素晴らしいお食事と、ご招待してくださった備前の方々に本当に
心から感謝致しました。なごやかに「オバサントーク」炸裂!?。
でもみなさんわきまえられた、素敵なご夫人方です。気持ち良いお付き合いがありがたいです。
忙中閑とはこのことで、この「ひととき」は翌日からの「元気の素」になりました。
来年備前の講座はまず2月に久しぶりの「かるた会」で万葉を楽しむ予定です。
私と山寺さんは、「備前の里、閑谷学校と備前焼見学ツアー」の実現のために、作戦会議
開始です。(笑)

TSUBAICHI恒例のバス旅行は、晩秋の近江路をテーマに選びました。
サロン告知でもみなさんに呼びかけた通り、カルチャーで琵琶湖周航の歌の人気が高いことや、
3年前に建立された犬養先生の「夕浪千鳥」万葉歌碑にお連れしたかったこと、また
中西講座でおなじみの「和歌」の歌枕としての故地が多いことで、「近江」に行くことは
早々に決めていました。はじめは「琵琶湖」を中心に考えていたのですが、下見も含めて、
日帰りのバスコースとしては少しハードでしたので、絞った結果テーマを「近江八景」とし、
新たに2景「近江牛」のランチの場所、旧大津市公会堂と、犬養万葉歌碑を加えて10景と
した次第です。
11月30日、例年の紅葉時期が遅れて、ちょうど見頃の予報。やったあ!
そして、滋賀県は寒いと思って防寒着に包まれて出かけたところ、コートも着ずじまいの
暖かさ。私たちは本当にいつも守られています。
近江八景も開発や、琵琶湖の湖岸整備でもはや特定できないところがあり、苦労もあり
残念ながら、「矢橋の帰帆」はパスしました。「粟津の晴嵐」は松並木の面影の道路を
バス見学でした。
比叡山は周辺から角度を変えてよく見えたのですが、比良山は遠方が霞んでいたせいもあり
よくわかりませんでした。きっと冠雪するとよくわかるはずです。
あとの7か所はゆっくり楽しみました。
特に石山寺、三井寺は紅葉の名所で、うっとり心が和みました。
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柳ヶ崎公園の犬養先生の揮毫の万葉歌碑は、柿本人麻呂の歌
「淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ」巻3-266
で、3年前には本碑のみでしたが、今回は副碑も建てられて日本語のみならず中国語・韓国語の
説明もなされていました。琵琶湖岸を背に、波の寄せる音を聞きながら、水鳥(鴨?)も
飛び交い、大変抒情あふれる場所です。しかし、護岸工事が傍まで迫り、風情のない板塀が
張り巡らされていましたので、びっくりしました。
「先生、こんにちは!」
でも私は久しぶりに来れたこと、また多くの方にご紹介できたことがとても満足です。
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いつもサロンのバス旅行は「おむすび弁当」が定着しているのですが、今回は少し贅沢も
と、名物「近江牛」を少しでも味わって頂こうと、スープ・サラダ・コーヒー付きの
ビーフストロガノフにしました。
「探さないとお肉がない!?」なんて言われましたが(笑)、山寺さんと悩み相談した
結果ですよん。個人の嗜好や、ステーキ系は量・カロリーなどに重い人もあり、カレー
のようにご飯と食べられるのなら…と無理やりお願いして1プレートランチにしてもらいました。
(気遣いのTSUBAICHIです!!!)
「夢に見た ささなみの里の 近江牛 居群れて食めば たのしくもあるか」ヤカタ作
石山寺・三井寺の広大で紅葉の素晴らしい境内を散策するのもよかったのですが、やはり
琵琶湖を見たい。古代の人が「海」だと思った偉大な湖を実感したい…気持ちは強いです。
今回は大津周辺だけでしたが、いつか琵琶湖を一巡りして、自然や表情の違う琵琶湖の
湖岸ごとに景観を味わいたいものです。
「堅田の落雁」の情景は、満月寺の浮御堂が素敵です。月見の名所でもあり芭蕉が
「鎖あけて 月さし入れよ 浮御堂」という句碑が、何と琵琶湖の中に建てられていました。
雁ならぬ、鴨やゆりかもめが湖上に浮かんでいました。いい感じ…。
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近江八景は、「暮れ時」の景色が多く、また石山寺や三井寺も琵琶湖を臨み月を愛でる高台
があります。琵琶湖の水の景色と夕焼けや月などの風情が本当に素晴らしかったのでしょうね。
「日暮れ」が早くなっている11月後半でしたので、1日が早く、帰りはもはや暗くなって
いましたが、晩秋の近江路を満喫できたのでは…と自負しています。
みなさま、ご参加本当にありがとうございました。
素人でもいかが! シャッターチャンスの自慢作をご披露します!水の鉢の中の紅葉です。

今年はわが町「西宮市」とご縁があり、7月の宮水学園塩瀬教室講座、そして10月の西宮
まちたび博のまちあるき「まんにょう」、そして、11月9日に、宮水学園の本部での講座と、
3度も地元西宮市で『万葉集』に関わるお仕事をさせて頂きました。
4月にコンサートをした大谷美術館も西宮市の施設です。
各地で、万葉うたがたりコンサートをさせて頂いたり、日本の万葉の故地で歌わせて頂く
ことは、本当に幸せだと思っておりますが、また、私が常々地元に対して思っていたことは、
犬養先生が西宮市市民文化賞を受賞された後、西田公園には万葉植物園が整備され、犬養先生
の揮毫による万葉歌碑も建立されました。地域的に『万葉集』とも関わりの深い西宮市ですので、
何とか私も『万葉集』をアピールできないか、地元の方々にお話しする機会はないかと
思っておりましたので、今年は特に多くの機会に恵まれ、ありがたいことでした。
宮水学園では、過去何回かお話をさせて頂いていますが、受講者も変化し、もちろん
担当者も変化しますので、毎回「新たな機会」です。
西宮周辺の万葉歌のご紹介が中心になりますが、やはり古代の人々の「心の厚み」が
ぐっと伝わるような万葉歌をぜひとも知って頂きたく、今回は「祝婚歌」や新年に向けて
「いやしけ吉事」などをご紹介致しました。
このたびは「ふるさと」コースの講座だそうで、先月は薄田泣菫の「西宮と文学」と伺い
ました。100名位の受講生のみなさんはとても熱心に聞いてくださり、うれしかったです。
担当の女性が、『万葉集』を歌われるということで、お琴や三味線で奏でる音楽かと
思っていましたと…あとでの感想。やはり『万葉集』の潜在的なイメージは若い人にでも
そう思わせるのですね。私の歌で『万葉集』の感性をもっともっと伝えていきたいと強く
思ったことでした。
「西宮」も重要な古代の交通路…ということで、受講の方々はご納得頂けたことと思います。
さて、来年も地元「西宮」へのアプローチを頑張ります。
そのために2003年から5年間続けて「西宮」で万葉うたがたりコンサートを自主的に行った
のですが、やはり行政の「よびかけ」がないとむづかしいのかな。ふむ!悩ましい問題だ。

いよいよ私の担当日。30日は今にも泣き出しそうな空でしたが、「晴れ女」の
面目躍如とばかり!、犬養高気圧にもより頼み出かけました。
西宮周辺は万葉歌が9首ほどありますが、万葉散策コースということで、津門神社から
松原神社を経て、夙川の西田町万葉植物苑へ向かいました。唯一「万葉苑筋」という
道路の呼称が付いています。そこから、少し勾配のある坂を登って、満池谷公園へ。
ニテコ池から、名次神社のある丘陵を見て(名次山」、名次神社で解散というコースでした。
朝10時出発で、12時半には到着の、歩きやすい?距離だったと思います。
西宮のまちたび博は、まちなか体験や、まちあるきや、41ものプログラムがありますので、
それぞれにコースに対する演出やプレゼンテーションの工夫が求められました。
私の万葉コースでは、私が万葉うたがたり活動…という本来のパフォーマンスが今回は発揮
できないということで、仲間に協力してもらい、万葉植物苑で万葉歌姫のサプライズ出演
と相成りました。
みんなで歩いてきた植物苑には、古代の美女がたたずむ風景に出合うというスタンスです。
ともちゃんと山口さんの万葉人は、公園の自然に溶け込み、なかなかに優雅で次元の
違う世界ができていました。よっしゃ~!
公園には犬養先生の揮毫の大伴家持の歌碑があり、その前で私もお話をしたり、歌姫が
「家持爛漫」と「西宮慕情」をみなさんにご披露いたしました。
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参加者の中には車いすで参加してくださった方もあり、うれしいことでした。
公園管理事務所で、お茶タイムのあと、公園を散策。秋の七草ゾーンでススキの群れは
立派でしたが、その根元をかきわけてみると、なんと「思い草(南蛮キセル)」を発見!
これは今回の大ヒットでした。(私も西田公園で初めて見つけました。)
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道の辺の 尾花が下の 思い草 今さらさらに 何をか思はむ (巻10の2270)
万葉集でこの1首しか「思い草」の歌はありません。時期は過ぎていましたが、よかった!
西田公園から、少し傾斜のある道筋を歩き、最終地点の名次神社へ。
スタートしてから、植物苑などで皆さんと和やかになって、コミュニケーションがとれる
雰囲気になり始めて、もう解散!…もったいない!気分でしたが、このご縁がまたどこかで
つながるといいなと思いました。
参加者の中にはかつて犬養先生のカルチャーに来ておられた方もあり、私の「犬養節」を
思いがけなく聞かれ、なつかしくて涙が出そうになったと言われたご婦人もありました。
参加者の方が、私よりも「西宮」には詳しく、知識も豊富な方々が多かったかもしれませんが、
「歩いて確認する」機会は、よかったのだと思います。
私もいい勉強になりましたし、植物園で万葉うたがたりの歌を客観的に見て、聞いてとても
感慨がありました。
当日、見事に解散後、本降りの雨模様に…!
オカモの威力をみなさまにご披露できて、満足です!(笑)犬養アメダスにも感謝。
プレイベントは終わりましたが、来年も西宮で「万葉」発信ができますように…。
http://machitabi.jp/staff/?p=496

11月25日に、宝塚のコープカルチャーの方々と現地講座で山の辺の道を歩く。
なかなか時間がなく、天気予報では「大雨」とのことだったが、前日の阪神戦のあと夜中に
しっかり降ってくれたおかげで、朝からは曇り空となり、下見を決行。
久しぶりの山の辺へ…。
詳細は当日のお楽しみだが、今回はねことの縁が多く、満足。
大神神社の隣のお寺で、なかなか立派なネコが…!
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山の辺の道もずいぶん整備されて、歌碑にも番号がついていたり、必ず写真に映るので、
少し興ざめなところは何とかならないのかしらん。
しかし、昔から著名な方々の個性的な歌碑が多くて、出会うのがうれしい道だ。
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この子は、何を思ってか、細く長く続く道をずっと私を先導してくれた。ありがとうね。
あと、狭井神社の茶店でにゅうめんを食べたが、そこにもひなちゃんそっくりのネコが…。
こんなにここでネコと出会うなんて…。谷中の下町めぐりのようだ。(笑)
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この有名な碑は、きょう歩いたコース中で3回見ることができた。
下見なので、行きつ戻りつしながらの歩行だったが、一昨年NHKテレビ出演で朗唱
させて頂いた展望台にも上り、「国見」をした。大和国原を臨む格好の場所だ。
桧原神社が、整備されすぎて素朴な鳥居だけだった社に、柵ができたり、色づけられたり
ボランテイアガイドも常駐され、賑わいもあり、ここも静けさを求めて行っただけに
ずいぶんの変化にびっくりした。
もっとも驚いたのと悲しかったのは、犬養先生と訪れていた車谷の白梅が、老木ではあったが、
とうとう切り倒されたのか、なくなってしまっていたことだ。たった2本だけが残っていた。
古木となり、数えるほどしか花をつけなくなってしまっていたが、私たちにとってはかつて
犬養先生と毎年3月の第1日曜日にお花見に出かけた大事な思い出の場所だ。
見まわすと、この巻向の集落は今や「ミカンの里」となり、和歌山の有田を思わせるような
ミカン畑の豊かな光景に様変わりしたようで、目を見張る思いだった。
三輪山の山裾を歩き、三輪山を背景にして、大和国原を臨むこの道は、本当に貴重だ。
当日は「どこまで歩けるか」の下見確認だったが、きょうの私のコース(山の辺の道の
約半分)崇神天皇陵あたりまでを私の万歩計で確認すると12キロ。
まあ、明日香の時も6キロくらいと言われていたので、当日はもう少しショートカットする
ことになるだろう。
井寺池の久松潜一さんの歌碑は、「三諸は人の守る山…」の歌で、そばに大きな椿の木が
立っているのだが、きれいなやぶ椿で(つらつら椿)「白」!それももうたくさん咲いていた。
山の辺の道のスタートは「海石榴市」、そしてこうして「椿」に出会える場面といい、
私に与えられたふさわしいコースと確信した。
1ヶ月後…秋も深まり、また里の季節も変わっているだろうが、みなさんと楽しく歩きたい。
一緒に行きたい…方があれば、是非、宝塚のコープカルチャーにお申し込みください。
いい旅を共有しましょう。

ツイッターで、万葉歴史館が私のブログをご紹介くださいました。(笑)
高岡万葉まつり報告の続きもありますし、気になっているのですが、時間に追われ
なかなか書けなくてジレンマに陥っています…が、
学会の万葉旅行の「食べ物」だけの報告だけでは、あまりに失礼なので、もう少し
書き添えて置きます。
旅行2日目の淡路島は、平成9年に犬養先生が生前最後に参加された万葉旅行の場所で、
私はその時以来の訪問となり、大変懐かしかった…です。
初日の阪神間の故地は、震災後も何度も訪れた場所ですが、2日目の淡路島のコースの
おのころ島神社ーあしはら国ー淡路国分寺跡ー淳仁天皇陵ー当麻山背墓ー慶野松原ー
伊弉諾神宮ー野島ー松帆浦をめぐりましたが、過去の印象は薄れ、やはり変化している
道路事情などで、また新たな印象を受けたような気がします。
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藤原仲麻呂の陰謀に組したということで、孝謙女帝に廃された、時の天皇淳仁天皇が
幽閉された淡路島で、母の当麻山背とともに悲憤のうちに亡くなられましたが、残っている
ご陵は「万葉時代最後の悲運の天皇」の故地として、万葉旅行では必ず訪れます。
淳仁天皇のうっそうとした森のご陵は、そばのため池も藻で淀み、「幽閉」の地という印象
が一層深まるような景色でした。
また、淳仁天皇陵とすぐ近くにお母さんのお墓があり、今回初めて見学しました。
階段のあるお墓は珍しいね…という声がありました。ふむ???
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慶野松原は、ホームページで先に貝原さんの歌碑をご紹介しましたが、「けいの・けひの」
と「飼飯の海」の場所については異説もありますが、おそらくここであろうと言われています。
今も浜辺と松原の光景が美しい景勝地ですが、なぜか、プロポーズ街道と名付けたコースの
名所として、淡路がわらのPRも兼ねて「愛の言葉???」を刻んだ瓦が、塀に展示したり、
オブジェになっていたり、伊良湖崎の「愛のつり鐘」ではないですが、「若者?」受け狙い
の企画に苦笑。私としては、万葉の故地には余計なものはいらない主義なので、いややん!
私は阪神間に住んでいますので、またの機会がありますが、遠来の参加者の方々にはもう少し
空が晴れていれば、海の色ももっともっと美しかったのに…と少し残念でした。
まだまだ瀬戸内海は美しいですから!!!
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浜辺では、波打ち際で、石を投げたり、貝を拾ったり、砂遊びをしたり、みなさん久しぶり
に童心にもどって、ひとときを楽しまれた様子、私も貴重な「砂浜」に愛着が残りました。
一般参加の茨城からの大木さんと、ご一緒に記念写真。ご遠方からよく来てくださいました。
淡路島が、どこか全体的にローカルで、観光のための整備にはまだまだ欠けている中で
私がはじめて訪れた伊弉諾神宮は、やはり国生みの神を祀る御社としての風格を感じました。
神官の本名孝至さんは、皇学館大学の毛利正守先生と同級生でいらしたそうで、久しぶりに
対面を果たされ、大変なつかしいそうなご様子でした。
すぐれた神学者でもいらっしゃるとご紹介がありましたが、神社についての丁寧な説明を
して頂いた上、論文もまで頂戴しました。ありがとうございました。
来年は「古事記」の編纂1300年の記念年でもあり、特にここは賑わいそうです。
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淡路島の西側(播磨灘)に沿って北上していき、野島も松帆の浦もかつての震災の爪痕も
ないくらいに海岸線もきれいに整備され、新しい建物が建ち、立派な道路の道筋のまま
バスも高速道路に飲み込まれていきました。
久しぶりの「淡路島」。
萬葉学会で初めて参加した万葉旅行。
大変専門的で詳細な資料が多く綴じられたレジメを頂き、(これから復習が必要ですが)
すべての準備・案内・お世話をしてくださった影山先生に感謝!
私も今は引率する「旅」の機会が多くなったので、こんなにゆっくり過ごさせて頂き、
とてもラクチンでしたし、ありがたかったです。
明石解散は、私は山陽電鉄・阪神電車の相互乗り入れで「甲子園」まで直行。ラッキー!
このたびは、ご高名な万葉の先生方とも親しくお話をさせて頂く機会も得ましたし、萬葉学会・
研修旅行の4日間は、私の「万葉熱」が再び上昇し、よい刺激を頂いた時間でした。
前日に「高岡万葉まつり」に心を残して帰宅しましたが、それはそれ。
次回は(時間的経緯は無茶苦茶ですが)、高岡の総括を書きま~す!

仕事場から出るときれいな夕焼けでした。お月さまは三日月。
いつもは車か自転車で向う犬養邸に、久しぶりに、本当に久しぶりに阪神電車の久寿川駅から
歩いて行きました。
駅舎もきれいになって変わってしまったけど、犬養先生と共に何度も歩いた懐かしい場所。
てみやげ?(お供え)の「うなぎ弁当」が、妙に楽しくて…。
時間は遅くなってしまいましたが、いつもながらに「おかもで~す。」と訪問。
床の間に神棚が設けられて、犬養先生の御魂がおられました。
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まもなく山内さんが来られ、吉本さんご夫妻と4人で楽しく談笑。
犬養先生の話も、この4人ではつい昨日のような出来事のように、話に花が咲きました。
しかし、もう満13年が経ちます。
山内さんは、つい昨日仙台の出張から帰ってこられたばかり…。
東日本の被災地で、気になる多賀城へも回ってこられたようです。話では想像以上の
被害状況です・万葉歌碑のある、市役所も建物そのものが危険で、近づけないとか。
がれきと、放置された車、人の気配のない商店街…といまだ荒廃したさまのままに
あらためてショックだったとおっしゃっていました。
宮城県に近い岩手の大船渡市。そこの復興のシンボルであるお菓子をおみやげに持って
来てくださっていました。「かもめのたまご」です。
目が悪かった犬養先生なら、本物の卵…と間違えられそうな和菓子?洋菓子でした。
お供えをしてから、さっそく「お下がり」と言って、「いただきま~す。」
犬養先生は、生涯で関東大震災と、阪神淡路大震災と、2つもの大きな震災に遭遇された
稀少な体験の持ち主ですが、それでも「生かされた」ことで、私たちに貴重な体験談を
残してくださいました。それを「語り部」として、山内さんが著作で私たちにも伝えて
くださっていますが、山内さんもまた、阪神淡路大震災で被災した当事者として、また
個人の立場から、一歩踏み出して高校の教員・教育者として、教育機関の震災対応の
メンバーとして、活動を始めておられます。
犬養先生もきっと、「山内君、頑張ってね」と応援しておられることでしょう!
犬養先生がお元気だったら、東日本大震災に何を思われたことだろうか…と思います。
日本の環境破壊は海岸線から始まりました。
その日本の海岸線に多く建てられた原発の設備。天災によって起こるべくして起きた
「人災」に、きっと黙ってはおられなかったはずだと思います。
万葉の「祝島」のニュースを見るたびに、古老が犬養先生と重なります。
今もなお、人間は「風土」とともにある現実を、私たちは実感させられています。
楽しい時間を過ごしました。先生も団欒に加わっておられたことでしょう。
今週は、高岡万葉まつりです。頑張って朗唱してきます…と誓いました。

兵庫県でも有数の観光地である西宮市は、毎年1200万人の観光客が訪れるそうだが、
甲子園球場への観客が多くを占めていて、あとはえべっさん、酒蔵関連…とスポット的に
訪れるという観光状況から、西宮市はこのプレイベントから観光元年と位置づけ、
来年度に「西宮・まちを旅する博覧会」の実施を予定し、昨日プレイベントの開幕式が
行われた。
オープニングセレモニーには、今朝の朝刊に150名が参加と書いてあったが、私も
関係者として参加していた。
観光客を呼び込む前に、まず西宮市民が「西宮市」を理解し、歴史・文化・産業・特性を
知った上で、町ぐるみのおもてなしをするために…と企画されたもので、プレイベントでは、
まずは市民対象にまち歩きコース20、まちなか体験21の、41のプログラムで西宮のまちを
旅する。
私はまちあるき20番目の(すべりこみかも?)西宮に万葉の足跡を訪ねる「西宮まちたび
まんにょう」(オカモ独白…なぜ、まんようではないのか、確信犯的キャッチだ!)
で、案内人として参加させて頂く。(ホームページの予定表に記しています)
さて、昨日のオープニングセレモニーについて、
よくあるゆるきゃらの登場、デザイナーの紹介、ネーミングの発表。
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「みやたん」だそうだ。私はブログを書くときも名前を思い出せなかった(汗)。
西宮は入り口に立っていた「えべっさん」の方が、よっぽどキャラとしてはインパクトがあると思う。
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私が幸運だったのは、昨日午後からサロンで、「思い出のアルバム」という子供の歌
をみんなで歌い、側面から時代を検証するイベントを企画していたのだが、担当の
大岡美佐さんが、ゲスト歌唱曲として山田耕筰の「からたちの花・この道・赤とんぼ」
を準備していた。そして山田耕筰の資料の中に、「西宮市歌」を作曲していたことを
発見したのだが、なんとプロローグで西宮少年合唱団によって、しょっぱなに「西宮市歌」が
歌われたのだ。聞きたかっただけに、このタイミング!神様に感謝でした。
♪松の緑の西宮…♪ 美しい歌だった。西宮市民として私も歌っておこうと思った次第。
また、西宮消防音楽隊が、プロローグと、セレモニーの間のBGM担当で、りりしい制服姿で、
協力されていた。消防署だけに赤と白のユニフォーム。
演奏を聞きながら、このごろ火事だけではなく、災害の多いことが思い出され、命をかけて
仕事に邁進する方々の側面で「音楽」があることは、なんて素敵なんだろうと思えた。
このセレモニーのように、西宮市の行事や式典などに協力される機会が多いのだろう、
演奏曲も、元気あふれるAKBやみんながよく知っているアイドル曲などで、指揮者が
「勇気100パーセント」を楽しそうに歌いながら指揮されていたのは、印象的だった。
消防隊の方々のご活躍を祈りつつ、また「音楽」での気分転換や、練習・演奏できる平和な
時間の捻出を心から願った。
西宮市の河野市長をはじめてまじかで拝見した。私は自治体の公式行事の参加は、犬養先生
の傍で、また高岡市や明日香村で…など経験は多いのだが、西宮市のセレモニーは
そう言えば、ほとんど縁がない。そんなこともしみじみ思いながら「西宮市」の様子を
客観的にみることもできた。やはり「形」にこだわって、台本通りに粛々とすすめられた
感がある。
観光大使に、現西宮市民の西田ひかるさんが選ばれたが、宝塚?永田町?ばりの階段の
赤じゅうたんが、彼女のためにはしっかり演出された…と言う感じだった。
「登場者」は、あのドアから出演してもよかったのに…と思う。芸能人を守る対策かな?
私は終わるなり、最初のプログラムが出発するまでに会場を出た。
「思い出のアルバム」の初日に向けて…。
そうそう、阪神西宮駅では、10月1日と2日は酒蔵ルネッサンスというイベントがあり、
西宮の名酒が象徴的に置かれていた。灘5郷、宮水ですもんね。

3か月ぶりの講座は、台風12号の後でもあり、JR線の車窓から恐る恐る景色を眺めて
おりました。
加古川を超え、姫路から夢前川、市川、千種川…と報道で警戒水域に達した危険な「川」の
様子は、何事もなかったように、いつものように穏やかに静かに流れていました。
周辺の稲穂も倒れることもなく、被害を感じるような痕跡がなかったことが救いでした。
よかったぁ。
また、この数日は暑さがぶり返し、いまだにエアコンなしでは寝られない熱帯夜が
続いていますが、備前に到着したのがお昼前でしたが、風が吹き抜け、青空には白雲が
湧きあがり、「秋の風情」満載でした。ふむ。やっぱり違う。
降り立つ西片上の駅の花壇は「ひがんばな」が一輪…。
普通の日より、「お誕生日」の日に「万葉講座」があったことが、私はうれしくて…。
仲秋の名月のことや、天武忌のこと、28日のうたがたりコンサートのことなどもお話
させて頂きました。
10年以上になる備前でのご縁は、私に万葉講座の道を拓いてくださった機会でもあり、
受講生のご婦人は、それぞれお名前も覚えている家族のような親しさです。
「先生に会いに来たんよ!」とか、「昨日、ギブスはずして、初めて外へ出た!」とか
伺うと、本当にありがたく、うれしくなります。
お世話役の方々は、私のバースデーを祝って、お茶タイムに特別に「ケーキ」も付けて
下さいました。ごちそうさまでした…。
こんなに居心地のいい「万葉講座」の備前うたがたりの会の方々に、もっともっと『万葉集』
を楽しんで頂こうと、来年の2月には「万葉かるた会」をすることを決めてきました。
早いっ!
ずっとスケジュールが立て込んでいて、正直には「お疲れモード」で出かけた講座でしたが、
備前についた時からの「空気」「深呼吸」で、元気が出てきました。
そして、みなさんに『万葉集』を語ったり、私の歌を聞いて頂いたりすることで、自分自身が
楽しい時間を過ごしていることに、あることを思い出しました。
犬養先生が大阪産経学園のカルチャーには、ずっと私が随行していましたが、時々、持病の
神経痛がひどくなることがあり、自宅へお迎えにあがった時からすでに「痛い!痛い!」と
先生が悲鳴をあげておられることがありました。
「今日はお休みしましょう!」と申し上げても、「みんなが待っているから…」とか、
「行かなきゃ!」とおっしゃって、「おかもちゃん、会場に着くまで、痛いといわせてね。
でも着いたら絶対に言わないから…」とおっしゃって出発しました。
そして、会場について、控室でも「うんうん」我慢しながら、いよいよ講座が始まると
その苦痛をみじんも感じないほど、お元気に楽しくいつもの講座をなさいました。
一緒にいて、終始ハラハラしている私でしたが、2時間の講座が終わって、「先生、大丈夫
ですか?」と尋ねると、「不思議だね。万葉集を話していると、ちっとも痛くないんだ!」
とおっしゃいます。そんなことが2度3度ありました。
「痛み」を超える、万葉集のパワーに満たされる犬養先生!
朝からの大騒ぎから、こうして驚かされたこの体験は、私しか知らないことだと思います(笑)。
でも私も疲れの極みで、前日までテンションも下がり気味で「頑張らなきゃ」と気合いを
入れて出かけましたが、万葉集の時間空間に過ごし、言えば、自己満足の世界にはまって
いたのかもしれませんが、ひたすら楽しく、元気になりました。
やっぱり『万葉集』には、大きなパワーが潜んでいるのですね。
アラカンに近づく最後のお誕生日。いろんなお恵みに与った一日でもありました。

暦では、きょう9月12日の満月が、「仲秋の名月」に当たります。
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昨日は日曜日ということもあり、1日早く、明日香村の石舞台古墳の前で、第44回の
万葉の明日香路に月を観る会が行われました。
44回というのは、犬養先生が中心となってはじめられた、甘樫丘の観月会からの回数です。
その間、観月会の場所も明日香村の中で数か所変わりました。
最近では、石舞台公園の広場には、「風舞台」という、多目的に使えるステージがあり、
舞台を利用して、講演と、イベントを演出しながら、「月を待つ」「月夜を楽しむ」会
になっていました。
しかし、場所が広大であることや、無料のイベントでもあるため、人数把握がむずかしく、
また、そのための丸抱えの予算措置も大変だったと思います。
そこで今年は、趣向をかえてみようということで、場所も石舞台古墳の前で、
有料の申込制とし(人数も限られてくるので)、観月会の前には、明日香村の遺蹟を散策
するハイキング付きで、催されました。
私は「万葉の歌音楽祭」…後日ブログ報告します。
終了して、関係者と解散したのち、山寺さんと二人で、観月会に参加しました。
ちょうど西の景色が素晴らしく…。犬養先生がお月見で講演されている間に、付き人の私は
いつも石舞台へ登ってこの夕陽を眺めていたことを懐かしく思い出します。
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6時頃に石舞台へ入園すると、古墳の前にステージと客席が設けられていました。
関村長のご挨拶の時は、まだこんなに明るく、しかしこの背景の素晴らしさにまずうっとり
しました。
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そして、明日香村の文化財課の相原さんの散策の最後の個所として、石舞台に関連した
お話をしてくださいました。その時に、月が顔をだしましたよ!
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そして八雲琴の演奏は、若い伝承者とベテランの奏者との大所帯の演奏ですが、単一旋律
がよく揃い、所作も揃ってまるで振りつけられているかのごときでした。
今まで、何度もいろんな機会で聞かせて頂く、八雲琴ですが、やはりこのような静かな
明日香村の自然の中での響きは格別に感じました。ピンクの衣装が華やかで素敵でした。
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そしてメインイベントは最後に 橿考研の菅谷文則先生のご講演でした。
いつもながらの軽妙な表現と自然体のお話しぶりは健在でした。(笑)少し息遣いが
荒い?のには、心配致しましたが…。
タイトルは「月には人がいるか?兎がいるか?」
宇宙衛星からかぐや姫まで、また中国の地域性による伝説の違いなどを伺い、興味深く
聞き入りました。「竹」についても詳しくなりました!!!
菅谷先生と「月」です。
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写真は下手ですが、ここでの「月」の演出力はすごいです。ましてや本物だし…。
お昼は、また暑さがぶり返し、真夏のような日差しとなり再び日焼けした人も多かったよう
ですが、さすがに日が落ちると、わずかな時間の間に、しんしんと冷え込み、山寺さんは
座った時は「暑い」と言ってたはずが、「寒~い!」って。
そういえば、朝準備の時の芝生がびしょぬれでしたが、「朝露」と聞きました。
朝晩と日中では、それくらい温度差があるんだ!
「万葉の歌音楽祭」というイベントを終えて、ほっとした気持ちも手伝ったでしょうが、
このこじんまりとした石舞台での共有時間は、すごく密度の濃い、「明日香の月夜」を
独り占めしている気持になりました。
月が出た時から、私は「月」イコール犬養先生との会話が始まりました。
「先生素晴らしい十五夜になりましたね。明日香村でこの夜を迎えられたことは幸せです。」
草の匂いがなつかしく、虫の声だけが響き、月の後に満天の星が…。
そして余計な光がないので、美しい緑の里は漆黒の闇に包まれましたが、「月の光」だけが
鮮明で、明るく感じます。
そこに照らし出された蘇我馬子の墓!!! めちゃドラマチックでした!
今回は何か、お月見の原点に戻れたような…。シンプルイズベスト、大成功です。
きょうは、自宅から観る満月。仕事の帰り道に見えるかな。自宅からはベランダで
おだんごでも食べようかな…。
平成10年の犬養先生のご葬儀の日は、仲秋の名月でした。ご葬儀には行かず、明日香村の
観月会で「月」を観て先生を偲ばれた方が何人かいらっしゃったことを思い出します。
先生、いいお月さまですね。「旅の秋」か、「手慣れの小琴」歌いましょうか。
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