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4月から、猪名川万葉の会の万葉講座が始まっている。
5回目のきょうは、8月8日で、前日に立秋に暦が替わったが、とたんのさわやかな秋風。
自宅から車で、1時間ほどドライブをして日生中央の公民館に到着する。
川西市を抜けてからは、開かれた住宅地が立ち並ぶ新たな道を、北へ奥へと進む。
4月は桜の咲き始め、5月は皐月の街路樹、6月は青葉のトンネル、7月は栗の花が美しく、
毎回同じ道筋で、表情の違う場所を通るのはとても楽しみで、季節感が豊かに味わえる。
まだ「目的地」との往復だが、猪名川の名所・旧跡の表示や看板にも気づくようになり、
それを察して下さった男性の受講者の方が、地元の観光ボランテイアもしておられるので、
次回には、「多田銀山」跡を案内して下さることになった。
かつての多田源氏などを支えた「産業」の一端のようだ。
また、今回は「道の駅はどこにあるのですか」と聞いてみると、帰りにさっそく教えて
頂き、ちょっと遠回り。
第2名神が完成の暁には、このあたりももっと交通量も増えてにぎわうのかな?と…
半信半疑。
でもいました、いました、猪名川町にも。シンボルゆるキャラの「いなぼうくん」。
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漫画チックで思わず微笑んでしまったが、落語でも「池田の猪かい」が有名なように
イノシシは猪名川でもおなじみなのだろうか。うん、かわいい!

昨年の12月から、三輪山のふもとに住まれる方々を対象として、2か月に1度の万葉講座が
始まりました。7月なのにもう境内には「萩の花」が…。
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大和の一の宮の大神神社は、桜井市、あるいは山の辺の道などで、歴史的にも特別に有名な
神社ですが、近くにある、昔は摂社であったといわれる「三輪恵比須神社」は時代とともに
経済的にも地元の活力が落ちたり、高齢化が進むとともに、氏子を中心としたコミュニテイが
揺いでいき、この地域社会を何とかしたいという方々の熱意を汲んで、「住んでおられる
その場所の重要さや、結束を取り戻す手立ての一つとして、『万葉集』に詠まれた故地である
ことから学びましょう…」と言うことで、講師を引き受けたのがそもそもでした。
2か月に1度の機会ももう4回目となり、うれしいことに少しずつ受講生も定着してきました。
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寺子屋ならぬ宮小屋ですね。
畳の和室なので、足の悪い方は苦痛かもしれませんが、神社の60畳ほどの集会所で、
楽しく『万葉集』をお話させて頂いています。
鏡女王の万葉歌碑のある桜井市の忍坂からも来てくださっており、近所からだけではなく
わざわざ来てくださる方も増えてきました。
この講義風景の写真を写してくださったのは、明日香村森林組合で活躍中の荒川さん。
前回の講座のあと、三輪恵比須神社の憩いのスペースが必要…とお願いし、すぐに作って
寄付してくださったベンチ。わたしも設置されてから、初めて見ました。
近所の老人が腰かけたり、昼食を食べていく人もあるとか…。よかったあ。
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そして、宮司の竹内さんと話すうちに、えびす神は「商売の神様」。そしてここ山の辺の道の
三輪恵比須神社は、古代「海石榴市」の商売繁盛の神様???ということで、
ピーン!!!ときた私たちは、大阪福島のTSUBAICHIを地元でTSUBAICHI市を開催する
許可を頂き、ただ今、内容の検討中です。しかし時は9月1日(土)もうすぐです!
でも考えるうちにまた、だんだん楽しくなってきて、当日何が起こるか「つらつらら…」♪
気分が良くなり、遠回りして、帰りは明日香村経由で帰宅しました。
稲淵からの棚田風景は、100選に入る通り、「美しい!」
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遠方まで、半日仕事にはなりますが、やはり万葉故地に訪れる楽しさや、気分転換とともに
自然の風景から、季節の風物詩から、パワーや元気を持ち帰れるので、私には大事な機会です。
講座が出発点ですが、「遊び心」を加えて、地元の賑わいを少しでも取り戻すお手伝いが
できたら何よりだと思っています。

私が講座をさせて頂いている宝塚コープカルチャーで、春と秋に万葉の散策を
行っています。
第1回はもちろん明日香村。そして2度目に昨秋に山の辺の道(桜井編)を訪れ
ました。その後にアンケートをとり次回の希望地を訪ねたところ、山の辺の道の続き
と同じくらいの人気が「宇陀の阿騎野」でした。
季節も考慮して、宝塚からの時間的距離は遠いですが、拠点の故地めぐりと言うことで、
いよいよ5月23日に宇陀の里を訪ねました。
私たちが犬養先生の万葉旅行で体験させて頂いたのは、近鉄朝倉駅から出発し、狛峠を越えて
山越えをしながら「かぎろひの丘」へ到達する古代の「道」です。阿騎野が夕方の最終地点
でしたので、阿騎野と言っても阿紀神社とかぎろひの丘と、後の発掘の中ノ庄遺跡くらい
しか行ったことのない私でしたが、今回は「万葉の故地」と秋山氏が開いた「松山」よいう
町並みの歴史散策の二本立てが目的となりました。
下見は3月でしたので、殺風景な寒々とした光景でしたが、一転、季節の草花だけではなく、
青々と雑草の緑も美しく、初夏を思わせるような1日でした。
この花が、宇陀市の花、かざぐるまです。はじめて見ました。
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近鉄榛原駅から、奈良交通バスで大宇陀へ。大宇陀のバス停留所が道の駅でもあるので、
ここが終点でもあり、発着の起点でもあります。
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午前中は、大宇陀で発掘された行宮跡の中ノ庄遺跡へ。今は人麻呂公園と名付けられて
遺跡の上に、宮柱の再現や、古代の竪穴式復元住宅や、馬上の人麻呂の石像がシンボル
となって、画期的な歴史的事実の紹介がなされています。
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そこから、阿紀神社へ。万葉歌碑がありました。そして、かぎろひの丘へ登り、
全員で東の方を臨みました。
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もう40回と言う「かぎろひを観る会」の時にはにぎわうこの場所も、平日は誰にも出会う
ことのない、もったいないような静謐の丘です。
中ノ庄遺跡が発掘されるまでは、この丘で野宿をしていたのかも…と考えられていた
この場所には、書き下された佐佐木信綱さんの万葉歌碑が建立されています。
ゆっくり過ごした後、丘のふもとの今は大宇陀地域事務所となった(合併前は大宇陀町役場)
建物の隣にある中央公民館へ。ここには、中山画伯の「阿騎野の朝」という大壁画があり、
見学させて頂きました。
(その時に、山崎直子さんの朝顔の種まきの話を聞きました。)HP
そして、昼食は道の駅へ戻り、レストラン甘羅(かむら)で、人麻呂膳を賞味しました。
ネーミングのこだわりが感じられないフツーのお食事でした。(笑)
食後に地元名産のブルーベリーのソフトクリームを食べ、午後の散策に出発。
午後は、宇陀の里として今熱心に取り組んでおられる松山の街並み見学でした。
宇陀松山地区は商家町として、2006年の7月に重要伝統的建造物群保存地区に選定
され、奈良県で今井町・五条町の3つだけしか選ばれていません。
家、屋敷など建物の特徴の面白さや、もともと薬の町として賑わったことから、森野薬草園を
はじめとして、有名なお薬屋さんの発祥の場所として有名だそうでした。
森野薬草園は、吉野葛の加工・販売で有名ですが、また江戸時代からの広大な薬草園を
公開しておられるので、全員で1時間以上かけて、ゆっくり楽しみました。
来春は是非かたかごの群落もみてみたいな…。
時折、車が通る街道筋を散策して、かつて城下町の出入り口にできた黒門まで…。
全員で記念写真を写しました。
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お天気にも恵まれ、予定の時間通りみなさんきちんと過ごしてくださり、私も気持ち良い
1日を過ごさせて頂きました。
現地で万葉の歌を味わい、歴史に思いを馳せ、その実体験をしているかのような臨場感は
万葉の旅の醍醐味です。
またの機会を約束しながら、春の万葉講座は無事終了いたしました。

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4月11日、いよいよ新たに私が担当させて頂く「万葉講座」が始まりました。
2月末のブログにも書きました、「犬養万葉を引き継ぐ」講座です。
桝川先生は、猪名川町に住んでおられますので、猪名川3教室、そして隣接した大阪府
豊能郡豊能町の1教室と4つの講座を持っておられました。20年以上の年月に受講生が
増えていったのだと思います。
桝川万葉のこれまでを伺いますと、年2回の「万葉の故地をめぐる旅」を楽しむこと。また、
講座の授業中に犬養先生のエピソードなどが、半分以上を占めることがあるらしい…くらい
まさに「犬養万葉」の踏襲だったようで、桝川先生の受講生は犬養先生の孫弟子のような
もので、私も同じ輩であったことが、今回の引き継ぎのすべてだったように思います。
しかし、上掲の「宣伝チラシ」を拝見しますと、大変立派なものですが、きっと初めて見た
人には、写真の姿や「万葉うたがたり」など理解しがたく、「一体、この講師は何者?」と
思われたことでしょう。
桝川教室から来られた方はともかく、チラシでお誘いを受けられた方は半信半疑で集って
来られたようでした(笑)。
初回でしたので、まず自己紹介と「万葉うたがたり」活動のご紹介をいたしました。
そして私の講座は、定番の万葉講座ではなく、やはり「万葉うたがたり」として、万葉歌と
音楽を楽しんで頂きながら『万葉集』を楽しんで頂く講座であることを申し上げたのち、
きょうは、私のテーマソング「サンバDEツバキ」と、万葉人の心情を理解していただくのに
もっとも私が好きな「祝婚歌」をご紹介いたしました。
犬養先生が産経学園などで引退されるときに、やはり高齢になっておられた受講者が、
先生が辞められるときは、私も辞める時…と何人もの方々がカルチャーを辞めていかれました。
桝川先生の教室でも、長く講座を続けてこられましたので、きっと桝川先生が辞められる
時は私も…と辞められた方も多いことと思います。
桝川先生との「絆」ゆえに、新たな機会には参加したくない方も当然あることでしょう。
そんな中で、桝川先生自身も健康上のご不安があり、勇退される時期の決断と「自分が
辞めてしまうことで、猪名川町の万葉講座の灯が消える」ことの懸念で、この1年間悩み続けて
きたとおっしゃっておられました。
私はともかく「犬養万葉を引き継ぐ」ことで、承諾させて頂きました。
ご無理があったかと思いますが、4教室を1つにまとめて頂き、猪名川町の日生中央の
公民館で新たに猪名川万葉の会のご協力をさせて頂くことになりました。
4月11日はあいにくの雨でしたが、春の訪れが遅かったせいで、山間の日生の里にも桜が
咲いたばかりのようでした。
公民館の窓から見える桜並木の景色が大変美しく、思わず景色を見ながら「さくらさくら」を
全員合唱してのスタートとなりました。
今回を皮切りに、毎月第2水曜日に猪名川町の日生中央の公民館に伺います。
私が初めて社会人として仕事を始めた、20代後半の頃にヤマハ音楽教室の講師として
配属された場所が、川西市のハセガワ楽器でしたが、その楽器店のエリアに属する「日生中央」は、
楽器店の最北の店舗・教室でしたが、私もピアノの発表会で駅前のカリヨンホールを
利用させて頂いたことがありました。
30年ぶりに訪れた日生中央駅。会場の公民館は、なんとそのホールと同じ建物に…。
「縁」というか、再びこの地を訪れる機会があったなんて…と大変感慨深いです。
人生の長い道程のドラマを思い起こします。
そして、この講座も、まず1年はがんばって続けないと…と思っております。
猪名川万葉の会の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

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桜井市の三輪恵比須神社の正真正銘の「つばいちの椿」です。
境内には、季節の遅れた梅がちょうど満開で、椿はまだちらほら…でした。
第2回目の万葉講座を開催させて頂きましたが、さすがに「お水取り」本番の日でもあり!
雪の舞う、冬に逆戻りの寒い一日でした。ご参加くださった方々に心から感謝です。
えびす神社を中心に地元に元気を取り戻すために、1つの試みとして地元の方々を中心に
「桜井・三輪」などを理解する手立てに、私は『万葉集』を通して、みなさんにアプローチ
することになり、寺子屋ならぬ、社小屋で「万葉に親しもう!」です。
ご紹介くださった小西さんご夫妻や、会場を提供してくださる竹内宮司さまには、何かと
お気遣いをさせていますが、試みの第1歩でもあり、私はこうした機会を作って頂けたことで
一人でも多く万葉ファンを増やしていけるように、頑張っていきたいと思います。
「継続は力なり」です。
また、えびす神社も町のシンボルとして、いろんなイベントをしたり、創意工夫しながら
企画を練っておられるようですので、なかなか楽しそうな展開になるような予感です。
楽しいことには、積極的に参加したい私です…。
桜井市も広域にわたり、観光や地域の発信について力をいれておられますが、たとえば三輪山の
ふもとの大和一の宮の大神神社と、三輪の町の商売繁盛を願う三輪恵比須とは、おのずから
存在価値が違うのだと思います。世間に知らしめることは大事でも、大和の国の守護神と、
地元の人々に溶け込んでいる内向きの守護神とでは、観光客への情報も違います。
ただ、テレビの「県民ショー」ではないけれど、地元においてはこの行事は特別なのだ!と、
みんなで大事にし、後世に残していくような、確たる意義やスタイルが必要なのだろうな
と思いました。私は2月に行われたえびす大祭の恒例儀式を垣間見ただけですが、多くの
人たちが集まってこられ、老いも若きも子供も楽しい一日を過ごされたようでした。
今年は、衣装を作られたり、意識をして「携わる方々」の結束感を高められたようで、とても
よかったと思います。
来年に向けて、おらがふるさとの祭りがもっと身近に、もっと気軽に参加していけるような
コミュニテイ作りが大事でしょうね。
万葉講座もしかり、えびす市もしかり、人と人が出会っていかねば、コミュニテイは生まれ
ませんから、言葉通りに「海石榴市」として、恵比須神社が出会いの場であることを心から
願っています。

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12月に三輪恵比須神社で私の万葉講座を開いて頂き、その様子はブログでご紹介させて
頂いた通りです。
そして、いよいよ1年に1度のえびすまつり(えべっさん)が開催されました。
2月5日(宵宮)・6日(大祭)・7日(のこり福)の3が日行われましたが、私たちの都合も
あり、メインイベントとも言われる宵宮の「鯛引き」行事の日に出かけました。
写真は、行事が始まる前に境内にスタンバイしていた、シンボルの「鯛」、鮮魚の鯛、
俵の3種の神事物です。(ホームページトップで、私が引いている写真は紹介済み)
三輪山というと大神神社が有名すぎて、JR三輪駅すぐのこの三輪恵比須神社は、万葉時代から
三輪山の南麓に海石榴市が開かれたゆかりから、古代最古の商売の神様、守護神として
由緒ある神社と言われてきました。しかし、観光客はおろか、世代交代などで地元の方々の
意識も年々薄れ、一部の方々が、神社の威光を地元の原点、誇りとして、内外ともにもっと
発信させたいと願われ、私たちも何か協力をさせて頂きたいと思うようになりました。
私もまず現状をしっかり確認したいと思い、今回のえびす祭りを楽しみにしていました。
宵宮は「鯛引き」という行列が象徴的で、有名だそうです。そこで、今年は特に行列用に、
大人・子供の衣装を作られて、一体感を出されました。衣装制作アドバイザーは、運よく
明日香村の劇団「時空」で衣装を担当しておられる本塚さんでしたので、100人力でした!
お祓いを受けて、出発した「鯛引き」行列は、町内を40分くらいかけて1周されます。
その間に本殿では「初相場奉告祭」という、この場で2012年の「三輪そうめん」の値段が
決定するという、地元ならではのご神事が行われました。
境内にいた私たちは、背広姿の男性を見かけましたが、その関係者だということはあとで
わかりました。そんなめずらしい「値段決定」の儀礼的行事などは、マイクなどで境内に
いても様子がわかるようになさればいいのに…と残念に思いました。
境内の人や私たちは、次のプログラムがいつ始まるのか…と、寒い中、様子がわからないまま
立ち過ごしていましたが、アトラクションに出演される方々のスタンバイも長~く大変だったと
思います。写真の2つめは、アトラクションの三輪の方々による「そうめん踊り」です。
小道具の、ざるとそうめんに見立てた「糸」をうまく操った踊りで、楽しみました。
伝統の踊り、地元の踊りのあと、最後は「河内おとこ節」に盛り上がり!? やや、
盆踊り状態!(笑)。
でも踊られる方はもちろん、見ておられる方々も、隣の私にいろいろ個人情報などを説明
してくださりながら、楽しく見ておられました。私も「生の声」を聞き、地域の連帯感や、
「村」の仲間意識を垣間見たような気がしました。
私たちは今回、初めてお祭りを拝見し、想像以上に盛り上がりを実感しましたが、今年は
例年になくにぎわったいたようで、隣のおばちゃんが、「今年はいつもとちょっとちゃうな!」
という声も聞かれました。それならよかった! 意識してマスコミ取材を受けられたり、
衣装を作られたり、宮司が新たに着任されたことも加えて、「変化」の兆しが参加者にも
伝わっていたようです。
仲良くなったおばあちゃんが、「明日はお店が出てにぎやかやし、明後日はごくまきと
言って90キロのお餅をまくから、午後4時においでや。」と声をかけてくださいました。
おらがふるさとの祭り…は健在だと思いました。
ただ、どこも人が減ったり高齢化して、ふるさと行事の協力者がない!という現状が
由々しきことです。そうは言っても「続ける」ことが最低条件でもありますし…。
「続ける」だけのことでも、「若い者やよそもの?は手は出しても口は出すな」という
タテ社会や、村意識も変えていかなければ、本当に次世代に何事でも引き継いでいけなく
なってしまうような気がします。
今回の三輪恵比須のお祭りを通しても、いろいろ感じることがありました。
私はこのブログ報告などで現地を知って頂き、訪れて頂くことを願っていますし、また、
3月には2回目の万葉講座が決まりましたので、地元の方々の意識を喚起して「万葉のふるさと」
という誇りと認識をみなさまにより高めて頂きたいと願っています。
このたびは、西宮えびす神社からも吉井宮司様が来てくださったとか。超にぎわいのある
西宮えびすとの交流ができて、お互いに情報提供ができたり、恵比須交流ができることも
今後楽しみです。
私たちの拠点TSUBAICHIも名前からしてももっと早く、三輪恵比須に敬意を表するべきでした(笑)。今、サロンのショーケースには、三輪恵比須の「福笹」が飾られています。

とんとんと話が進み、「善は急げ」と、急遽桜井市の三輪山のふもとではありますが、
旧の「三輪」の町にある三輪恵比寿神社の社務所をお借りして、昨日「万葉講座」を開催
させ頂きました。
TSUBAICHIの万葉ゼミナールに来ておられた小西加寿子さんは、一見セレブなミセスで
いらっしゃいますが、お話をうかがっていますと、住居地にある、またその地域を昔から
支える三輪恵比寿神社について、住民の誇りや関心の薄さや、それに伴って里の賑わいが
なくなってきたことを大変心配しておられます。
三輪山をご神体とする大神神社は、観光的人気があり、古代史ブームもあって、参拝客は
ほっておいても増える一方ですが、三輪恵比寿神社は、同じ「三輪山」の周辺地にあっても、
JR三輪駅のそばですが、山の辺の道を行くコースでは、近鉄沿線から歩くことが多いので、
私も立ち寄ることがありませんでした。このたびの機会ができて、初めてJRまほろば線で
「三輪駅」に降り立ちました。
奈良ではありますが、また違ったなつかしい「昔」の空気が流れていました。
駅から近い三輪恵比寿神社はこじんまりとした小社ですが、拝殿から見る本殿の様子は、
古式豊かで、荘厳さが漂っていました。
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「万葉講座」の開催は、地元の方々に『万葉集』に馴染んで頂けるように小西さんや、
三輪恵比寿神社の竹内宮司が、企画してくださいましたが、なんと、この三輪恵比寿神社は
「つばいちえびす」とも呼ばれ、日本最古の市、海石榴市の守護の神様として作られた神社
とか、これは我がサロンTSUBAICHIが、真っ先に参拝するべき場所でした!
また、そもそも三輪恵比寿を世間に知って頂くための協力の一歩として、私の住む西宮えびす
神社にご紹介をするということで、まず私が三輪恵比寿神社を表敬訪問したいと思っておりましたが、
11月25日に宝塚のコープカルチャーで山の辺の道を歩いた時に、現地参加をしてくださった
方が、
『万葉集』を学びたい…と言う感想があったことから、この講座が実現しました。
当日の会場は社務所と聞いていましたが、和室ですので、正座型のなつかしい寺子屋の
ようでした。
師走の急な機会にも関わらず、満員。ありがとうございました。
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万葉のふるさとで『万葉講座』なんて、釈迦に説法状況でしたが、みなさんとっても熱心に
聞いてくださいました。ハートに響く「祝婚歌」などをご紹介したかったのですが、
やはりご当地ソング「三輪山」から…ご紹介。また次の機会が生まれるといいなと思います。
熱弁を振るう私!
万葉の故地で大好きな『万葉集』を話させて頂き幸せでした。
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そして、私は2月5日6日7日に行われる三輪恵比寿神社大祭のお知らせを西宮えびす神社に
お伝えしたいと思います。

3か月ぶりの講座は、台風12号の後でもあり、JR線の車窓から恐る恐る景色を眺めて
おりました。
加古川を超え、姫路から夢前川、市川、千種川…と報道で警戒水域に達した危険な「川」の
様子は、何事もなかったように、いつものように穏やかに静かに流れていました。
周辺の稲穂も倒れることもなく、被害を感じるような痕跡がなかったことが救いでした。
よかったぁ。
また、この数日は暑さがぶり返し、いまだにエアコンなしでは寝られない熱帯夜が
続いていますが、備前に到着したのがお昼前でしたが、風が吹き抜け、青空には白雲が
湧きあがり、「秋の風情」満載でした。ふむ。やっぱり違う。
降り立つ西片上の駅の花壇は「ひがんばな」が一輪…。
普通の日より、「お誕生日」の日に「万葉講座」があったことが、私はうれしくて…。
仲秋の名月のことや、天武忌のこと、28日のうたがたりコンサートのことなどもお話
させて頂きました。
10年以上になる備前でのご縁は、私に万葉講座の道を拓いてくださった機会でもあり、
受講生のご婦人は、それぞれお名前も覚えている家族のような親しさです。
「先生に会いに来たんよ!」とか、「昨日、ギブスはずして、初めて外へ出た!」とか
伺うと、本当にありがたく、うれしくなります。
お世話役の方々は、私のバースデーを祝って、お茶タイムに特別に「ケーキ」も付けて
下さいました。ごちそうさまでした…。
こんなに居心地のいい「万葉講座」の備前うたがたりの会の方々に、もっともっと『万葉集』
を楽しんで頂こうと、来年の2月には「万葉かるた会」をすることを決めてきました。
早いっ!
ずっとスケジュールが立て込んでいて、正直には「お疲れモード」で出かけた講座でしたが、
備前についた時からの「空気」「深呼吸」で、元気が出てきました。
そして、みなさんに『万葉集』を語ったり、私の歌を聞いて頂いたりすることで、自分自身が
楽しい時間を過ごしていることに、あることを思い出しました。
犬養先生が大阪産経学園のカルチャーには、ずっと私が随行していましたが、時々、持病の
神経痛がひどくなることがあり、自宅へお迎えにあがった時からすでに「痛い!痛い!」と
先生が悲鳴をあげておられることがありました。
「今日はお休みしましょう!」と申し上げても、「みんなが待っているから…」とか、
「行かなきゃ!」とおっしゃって、「おかもちゃん、会場に着くまで、痛いといわせてね。
でも着いたら絶対に言わないから…」とおっしゃって出発しました。
そして、会場について、控室でも「うんうん」我慢しながら、いよいよ講座が始まると
その苦痛をみじんも感じないほど、お元気に楽しくいつもの講座をなさいました。
一緒にいて、終始ハラハラしている私でしたが、2時間の講座が終わって、「先生、大丈夫
ですか?」と尋ねると、「不思議だね。万葉集を話していると、ちっとも痛くないんだ!」
とおっしゃいます。そんなことが2度3度ありました。
「痛み」を超える、万葉集のパワーに満たされる犬養先生!
朝からの大騒ぎから、こうして驚かされたこの体験は、私しか知らないことだと思います(笑)。
でも私も疲れの極みで、前日までテンションも下がり気味で「頑張らなきゃ」と気合いを
入れて出かけましたが、万葉集の時間空間に過ごし、言えば、自己満足の世界にはまって
いたのかもしれませんが、ひたすら楽しく、元気になりました。
やっぱり『万葉集』には、大きなパワーが潜んでいるのですね。
アラカンに近づく最後のお誕生日。いろんなお恵みに与った一日でもありました。

高岡市万葉歴史館では、春季と秋季の年に2回、万葉セミナーが開催される。
秋は行事が多いので、なかなか参加できないが、夏のセミナーには、できるだけ参加したいと
ここ数年は時間を捻出して、毎年受講している。
今年は、母の入・退院があったり、土佐旅行や、お盆休みで、サロンを閉ざしてしまった
ばかりということもあり、間際まで思案した。
また、今年のテーマが、「万葉集と環日本海」ということで、5つの講義内容が古代言語、
古代漢詩、日本海文化、朝鮮半島???と、なんとまあ、スケール大きく、硬い、抽象的な
字が躍り、例年のように、積極的に聞きたいという気持ちに、少し逡巡があった。
ただ、7月に高岡市万葉歴史館の交流展をして頂いた御礼も申し上げたく、山寺さんと二人で
高岡へ。
私は「万葉」を学びに、山寺さんは「高岡」を学びに…。
前日から急激に気温が下がり、いつもと違うさわやかな「日」となり、ラッキー。
教壇にはやさしい秋の花が活けてあり。なでしこも可憐だ。
歴史館の庭のひおうぎが美しい。
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犬養先生の歌碑の上に、おっと、ばったくん? 秋の兆し。
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5つの講座は、想像と違いバラエテイに富んだもので、佐藤前市長も「今回は!」なかなか
面白かったですねとおっしゃった通り、風土圏を知る地元の方々にとっては、より興味ある
内容だったのではないかと思った。
私は、藤本幸夫先生の「古代朝鮮語と日本語」についての講義内容よりも、比較言語の
文字・発音・分析などの説明を聞けば聞くほど、感心と同時に「なぜこの研究をされる
ようになったのだろう…」とか、内容よりは、文字文化の共通性を解明される楽しさなどを
想像しながら、聞かせて頂いた。ただ、結論的に「万葉集を朝鮮語で読めること?は
考えられない!」ときっぱりおっしゃったことに、私はすっきりした。
また考古学の見地から、藤田富士夫先生の話された、古代の越中と出雲が類似した状況を
もつ具体例などは、本当に古代小説の世界のようで、また能登半島の地名を挙げてその交流
から推察されたお話は、きっと受講者は光景が目の前に広がっておられたことだろう。
万葉集のご専門の辰巳先生と梶川先生の著作は拝見していたが、講座ははじめてでとても
楽しみだった。
辰巳先生は国学院大学で一般の方の万葉講座もしておられるそうで、東京からそのご婦人の
グループも来ておられた。声色に聴き入り、またレジメの丁寧さと、今回はちょっと先生に
勘違いがあったようだが(笑)、いつも時間厳守の講義は、私の第一印象通り!とご婦人方に
ほめて頂いた。レジメが横書きであったことは、少し抵抗があったけど…。
梶川先生は、パワーポイントを使って、百聞は一見に如かずとばかり、色分けした資料を
使ってのご説明。今、大学生に対してこのような授業形態になってきたのだろう…と感慨あり。
今回私がもっともよかったと思ったのは、平舘先生の「遣新羅使人たちの航路の歌」の講義
だった。大学生の頃から、犬養先生とご一緒に瀬戸内海の各地を訪ねることができたのは、
幸せだったし、背景とともにそれぞれの歌の学びや味わいを学んだことを思い出したが、
平舘先生が、遣新羅使の歌145首の歌群を通して、往復、地名表現などから微妙に変化し、
読み取れる万葉人の「心情」に迫られたことが、私が求めていたのは「これだ!」と、
とてもうれしかった。私は武庫の地に住んでいる。別れを悲しびて詠める歌の「鶴」の声は、
虚構の場面にしろ、雌雄お互いを慕う鳥であることで、切ない別れや、逢いたい思いが
背景に見えている…そのことを思った。
余談であるが、大学院で注釈書もいろんなものを詠み比べたが、伊藤博先生の釈注は、歌群
ごとに、まとめられている「小説」を詠むような楽しさがあり、これはブランク後の新たな
発見だった。
まさに側面史として貴重な資料でもある、この遣新羅使人の歌の詳細な考察に、深く共感
しながら聴き入ることができた講義だった。ありがとうございました。
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山寺さんのドライブと見学のひととき。
山寺さんは、また一味もふた味も違った、高岡周辺の旅を経験したようで、長年高岡市へ
行き来している私が教えてもらったことがたくさんあった。まだまだ未知の高岡の町。
やはり「行ってよかった!」と満足した。そのパワーが、28日の「大伯皇女」のシナリオに
向っている。
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サンダーバードからの夕日。・・・うっとり・・・ひと日の終わりに満足。

年2回のこの会も、10年を過ぎました。時の流れは本当に早いです。よく続いたのは
お世話係の方々のご努力の賜物。当初からの方をはじめ、常に新たな参加者も得て、会が
なごやかに続けられる幸せを思います。
列車で片道2時間半かかりますが、車窓から、季節を感じたり、風景の変化を楽しみながら
行くので、時間も距離も私には何ら抵抗はありません。
梅雨時ですが、「この日」はもちろん晴れ!、
きっと備前うたがたりの会の方々の期待の念力のおかげでしょうね。
JR赤穂線の西片上の駅は無人駅ですが、駅舎の入口には素朴な花壇があります。
まあ素敵! 私の大好きな百合の花が、何色にも咲いていました。
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集会はお正月以来ですが、4月5日に、備前の方々と「かたかごの旅」を致しました。
「清明」の日にちなみ、例年は、桜や春花が満開の頃なのですが、今年は春が遅く、当日も
桜は花芽もついていない有様で、呆然としましたが、目的の氷上の清住のかたかごの群落は
5分咲きくらいでしたが、イナバウワーのかたかごを実際に見て頂くことができました。
何と、森原さんと紺藤さんのお二人が、エッセイ集にその日のことを書いてくださっており、
玉稿を頂戴しました。ありがとうございます。
優しい視線で、しかし立派な文章で、感心して読ませて頂きました。
企画し、行った甲斐があった!!!とうれしくなりました。
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かたかご旅行に参加され、今回から初めて講座に参加してくださった方もあり、10年間の
このグループも限られたお世話役のみなさんのおかげで、細く長く続けて頂いていることに
心から感謝しております。お顔なじみも増え、いまや備前ファミリーの輪があります。
万葉集のお話は、額田王の歌をご紹介しました。それから私の興味ある「ほととぎすは
備前で鳴いたか?」です。海辺の町ですが、やはり小山や島山が迫り、ホトトギスはみなさんの
耳にすでに届いていたようでした。「テッペン、テッペン…」と聞こえるとか。
私も実際に「これだ」と確認してみたいです。
内緒の話!。18日の落語会の桂春若さんのご注文の「大座布団」に頭を悩ませておりましたが、
ピンポーン!
お世話役代表の平野さんは、備前の古刹、日蓮宗の妙圀寺の奥さまですので、ちゃっかり
お願いしてみました。するとお忙しい中、すぐに応じて下さり、本日サロンに「婚礼用」の
素晴らしいピンクのお花柄のお座布団が届いたのです!!! 神に感謝!いや仏様に感謝でした。
年に2回の講座ですが、皆さんの笑顔だけでもありがたいのに、今回もまたプレゼントを
頂いてきてしまいました。
子供の時から、母が「ものをもらうこと」は、いやしさにつながる…と言われたものですが、
今の私は違います。私の為に準備してくださった「心」はすべてもらいたいのです。
何でもありがたいと思います。
折り紙上手な山本さんは、「紫陽花」を折ってくださいました。名人芸!
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そして、紺藤さんの93歳のおばあちゃんがせっせと編まれたアクリル毛糸のタワシ。
10枚も・・・。こうして並べるときれいですね。しっかり掃除しろ!のメッセージかも。(笑)
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宮田さんからは、素敵なトールペイントのポーチ。ありがとうございます。
とっても女らしくて可愛い宮田さんは、子育ても終えられて、自閉症の子供たちのお世話の
ボランテイアをなさっておられます。前回、お正月の集会のあと、施設に戻られた時に
子供たちから「宮田先生、何かいい事あったね」と心を開いて話しかけて来てくれたそうです。
この備前の会のおかげと感謝してくださいましたが、きっと気分転換になられて
リセットされた宮田先生に戻られたからでしょう。大変なお仕事だと思います。
そんなお忙しい中で、手描きの作品です! これをもって、もらわいでか!・・・です。
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肝心の万葉講座は、10年間でどれくらいメッセージできたか不安ですが、「万葉衆」は
確実に定着したようです。本当に楽しい1日をありがとうございました。