投稿

4月9日のクルージングの前のオプションコースです。
クルージング参加希望者の半数以上の方が、「神戸の町散策」に参加して下さいました。
JR三宮(阪急・阪神も)に集合して、一路南下し、東遊園地へ。
DSCF1534.jpg
いつもは静かな公園ですが、毎年1月17日の早朝5時46分に、ここで阪神淡路大震災の追悼
供養イベントが行われています。美智子皇后陛下の歌碑の前で…。
「笑み交わし やがて涙の わきいづる 復興なりし 街をいきつつ」
DSCF1587.jpg
神戸は居留地の建築物が多く残っています。今はブテイックが入っていたり、レストランや
建物をそのまま利用、中を改築してお洒落な神戸の街の象徴的なショッピング地区として、
生まれ変わっています。街筋の説明を受けながら…。
DSCF1603.jpg
元町のセンター街入口付近。奥の山は再度山の一角の市章山で、山に神戸市のシンボルマーク
が見えています。このあたりは、私の学生時代によく行き来した界隈です。
DSCF1607.jpg
三宮神社を経て、いよいよ南京町へ。神戸の中華街です。
通りすがりにちょっとブレイクする人もあり。昼食をとった人もあり。
豚まんを買うのに意地で行列にならんだ人もいました!(笑)

DSCF1620.jpg
メリケンパーク到着。シンボリックに神戸港震災メモリアルパークができていました。
メリケンパークと中突堤間が埋め立てられて、いつのまにこんなに広々と立派になったの
だろうとびっくりしました。オブジェや、移民船や、ゆっくり楽しめる空間がありました。
DSCF1630.jpg
第2集合地の中突堤に到着。なつかしのポートタワーは健在でした。
阪神淡路大震災から16年を経て、復興の足跡を確認することができました。単一被災県で
これだけの時間と労力とお金をかけて…と思いますが、まだまだ更地も残っていますし、
芦屋の傾いたマンションに住み続ける人もあり…。完全に終結はしていません。
宮城県や福島県が落ち着くまで、ひょっとして倍以上の時間を要するかもしれません。
私たちは、気持ちを切り替えてファンタジー号へ。
有意義な、記念すべき1日の行事、2つのご報告でした。

DSCF1638.jpg
私の経営する音楽サロンTSUBAICHIの2周年を記念するイベントが無事に終わりました。
まずは、メインイベントの「春の海をクルージング」のご報告から…。
金額をかえりみずチャーターした神戸シーバスのファンタジー号!
私たちの仲間が乗り込んでいるところです。
昨日の終日の雨もなんのその、乗船の頃には薄日がさしていました。よし!
DSCF1856.jpg
クルージングの前には、有志で「神戸の街を歩く」ウオークコースも設定しました。
そのどちらにも、資料作成や案内役として、私たちに惜しみなく協力して下さったのは、
我らが山内英正さんです。本当にありがとうございました。
3時間のクルージングのコースは私たちで決め、神戸港ー敏馬ー武庫ー大輪田ー須磨沖
そして神戸港帰途とポイントを決め、山内先生に10分間づつ(それでも50分です。)
その間、TSUBAICHIの記念行事でもあるので、音楽サロンを中心として展開している
ことをそのまま船の行事として持ち込みました。
万葉うたがたり会の仲間が勢ぞろいして、演奏者でもあり、ホステスとして1日助けて
くれました。本当に心強く、優しく、結束のある素敵な人たちに感謝でいっぱいです。

DSCF1885.jpg
万葉の海の学びの間に、バイオリン演奏や、フルート演奏、また「みんなで歌おう!なつかしの歌」
や、歌姫の二重唱、そして万葉うたがたりの歌も少し…とプログラムしましたが、海の景色は
地上の地名標識のように具体的ではなく、船の航路もやはり古代と同じ、風をぬい、波を除けて
航海しますので、時間的配分のむずかしさで、はらはらしながらの進行でした。
でも、象徴的な場面がありました。
西へ向かう途中、偶然飛行機が神戸空港から離陸する場面に遭遇したのです。
あとで調べてみると、17時15分発、札幌・新千歳空港行き全日空(ANA)NH405便でした。
何という偶然!海から見る離陸の場面にみんな歓声がわきました。
DSCF1785.jpg
神戸港管轄の西はもちろん明石海峡大橋のそばまでですが、須磨の沖が限界と言うことでした。
明石大橋が見えて、夕日の海を体験したいのが、私たちの最終目的でしたが、当日その付近の
波が高いと言うことで航行中も最終的に無理かもしれないと告げられていました。
キャプテンの最終判断ということでしたので、「もちろん従いますが、できるだけ近くまで行きたいです…」と、お願いしたこともあり、噂にたがわぬ潮流の激しい箇所まで航行!
DSCF1862.jpg
ともしびの 明石の大門に 入らむ日や 漕ぎ別れなむ 家のあたり見ず
山内先生の最終のお話を聞き、万葉うたがたりの「大和島見ゆ」を歌っている時には船は
大揺れの瀬戸内の海流を体験し、臨場感に満ち満ちたクライマックスの瞬間でした。
3時間のクルーズは、波乱万丈のイベントでもありましたが、いろんな思い出を残して
くれた素晴らしい1日となりました。
参加者の皆様、ご満足いただけましたでしょうか。
また、文字通り、TSUBAICHIの3年目を迎える新たな船出となりました。
大活躍の、万葉うたがたり会の姫君と、全員が女性の乗組員であったファンタジー号の精鋭の
皆さんとの記念写真です。まさに古代も真っ青な女性のパワーで催したクルーズでした。

077.jpg
我が家の桜です。と言ってもマンションの中の共通の桜の木です。
やっとこさ、ほぼ満開に近くなりました。
明日は、私たちTSUBAICHIの2周年記念のイベント日。
今年は、きっとそれに合わせて咲いてくれたのかな・・・。
ありがとう。
春雨は いたくな降りそ 桜花 いまだ見なくに 散らまく惜しも
今日は久しぶりの雨模様。明日は晴れますように…。

4月5日は24節気で言う「清明」の日。万物がすがすがしく明るく美しい頃である。
昨年に引き続き、同じ日に桜とかたくりのお花見バス旅行を企画した。
昨年は、TSUBAICHIの主催だったが、今年は、私が10年来となった備前うたがたりの会の
方々に一度「かたかご」を見て頂きたくて募った会員のバス旅行だった。
今年は想像以上に「春」が遅く、恒例の氷上町の清住かたくりまつりも1週間延期して、
来週10日に行われる。
普段なら散り初めの頃の「桜」が、先日の高校野球にも間に合わなかったとブログに
書いたが、丹波地方の山間部の桜に、たとえ1分咲きでもいいから・・・と祈るような気持で
出かけたが、みなさんに申し訳なかったほど、開花宣言できるような状況ではなかった。
そして、椿・梅・こけ桃など、2月、3月の春花が美しく咲き誇り、今年の寒さと季節の
遅れを実感させられた。鉢伏高原にはまだ、雪渓が残り、まだスキーができるという。
ちなみに昨日も朝の気温はマイナス2度と聞き、妙に納得させられた。
備前の方々は優しく「桜」はいつでもどこでも見られますから・・・と言ってくださり、
ありがたかったが、かえってもうひとつの「かたかご」が咲いていますように…と心から
願いながらバスを進めた。
062.jpg
平日なので混雑はなかったが、カメラを構えた人が何人かいらっしゃったので、「よし!」
と確信を持って入山した。かわいい花々が、健気に、でも元気に咲いている。
初めて体験された備前の方々も初めて見るかたかごの群落にとっても喜んでくださった。
(でも、去年はこんなもんじゃなかったですぞ!!!)
この寒さの中でもかたかごは春の準備を着々としていたのね。八十娘子らが、四十娘子
くらいだったが、視界を広角にして一面に広がる様を見ると、本当に素晴らしかった。
同じ斜面でも日当たりの良いところの方が、たくさん咲いている。
快晴の昨日も、気持ち良さそうにかたかごは思い切り自己主張をして、花びらがそっくり
かえった様は、本当に写真そのままの姿だった。今回はかたかごらしい「花」の様子を
観察することができた。
メインの桜はこれからだが、「春」を告げる花や木に出会うたび、癒された。
またフォトギャラリーでご紹介しようと思う。
077.jpg
これもその一つ、久しぶりに見た「つくし」。昔はどこにでもあって、よく採ったり食べた
けれど、ふと見つけてなつかしくてうれしくなった。
「ゆるやかな旅」という約束でしたのに、欲張ってたくさんのお寺を巡ったり、お弁当も
ゆっくり時間をとることもできず、ごめんなさいでした。
でも、また「心を休める」旅に出かけましょう。
備前うたがたりの皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。

高校野球も明日は決勝戦。いつもはもう一つの風物詩である桜の開花が遅く、甲子園界隈の
華やかさがないのは、そのせいだと気付いた。
ところが、昨日の暖かさでいきなり、3分咲きくらい。今日を経て、明日は5分咲きくらいに
なるだろう。桜もタイミングを待っていたに違いない。
今日サロンに来てくださった方が、桜の枝を持参してくださった。
うれしい反面、枝にどきっとしたが、万葉時代ばりに、手折って楽しむことも良し・・・?
さくら1.jpg さくら2.jpg
さて、サロンではこの枝のつぼみが全部咲くのは何日後だろうか。
本日、TSUBAICHI開花宣言です!

味真野観光協会が、現地のロマンチックロードとして歴史・文学の散策の道を
整備なさっていますが、3年計画で、その道筋に狭野弟上娘子と中臣宅守のやりとりの
63首すべての歌の歌碑を建立中です。
地元だけではなく、外部の者も公募で建立することが可能と聞き、私も応募しましたが、
既に味真野万葉協会のご厚意で、会長と同じ歌碑に私の名前を刻んでくださったことを
知り、大変恐縮致しました。
昨年の筑波山神社の犬養先生の揮毫歌碑と前後して、私の名前を刻んで頂く機会を得た
ことには、うれしいよりもまず本当に驚きました。
犬養先生や坂本先生の歌碑ができるたび、「万葉歌」はもちろんですが、「字」いや「書」
の素晴らしさも楽しみの一つでしたので、悪筆・丸字の私は、歌碑どころではなく、「書く」
ことすら有り得ない事ですので、自らあり得ないはずの歌碑に名前だけが刻まれることも
思いがけないことでした。
筑波山神社は、畏れ多くも犬養先生の歌碑の裏側に、揮毫書の提供者として、名前を
刻んで頂きましたが、味真野は、れっきとした歌碑の建立者としての扱いです!(感謝)
63基の歌碑の「書」はすべて、玉村高也さんで、豪摂寺の前にありました。
060.jpg
4月にTSUBAICHIのバス旅行を計画していますが、これは昨年から懸案のコースでした。
歌碑を建てて頂いたので、是非拝見したいと思い、自発的に出かけた味真野行でしたが、
実際に確認できてとってもうれしかった…です。
26日はまだ、雪のちらつく気候でしたが、4月のバス旅行の頃にはきっと春の花が満開
だと思います。でも庭園ではもう水芭蕉が咲いていました!!!
084.jpg
ふきのとうも…
079.jpg

3年間の大学院生活が、今日で終了しました。博士前期課程修了です。
病気のロスで、「もう一年!」というチャンスもあったかと思います。
現役の時は神戸市の地元の大学でしたが、これから行くからにはという条件に奈良女子大学が
「奈良の京」にあったことは私にとって大変意義がありました。
また、御顔見知りであった坂本先生が社会人に対して門戸を開いて下さり、導いて下さった
ことにも感謝の気持ちでいっぱいです。
授業は楽しく、週一回(初年は2回)の通学で、限られた範囲でしたが、『万葉集』以外の
科目で、あらためて関心を持ったり、もう少し知りたいと思う書物や、人物にも出会いました。
その一人が藤原定家で、偶然に私のサロンTSUBAICHIで中西さんに百人一首の歌人の
シリーズをして頂いていますが、編者である定家の、日本文学おける貢献のすごさを土佐日記
や源氏物語などでも感じました。
また、本居宣長の国学意識に触れて、江戸期の「国学」運動にも興味が生まれました。
大学院は研究をより深めるところ…と入学時に念を押されましたが、結局肝心な研究事は
時間的限界という致命傷によって、指導の奥村先生にも最後までご迷惑をかけました。
何とか、大学院を終えるにあたってけじめをつけることができたことを感謝しています。
048.jpg
寒い一日でしたが、無事「学位授与式」が奈良女子大学記念館で行われました。
戦中派の母にとって「奈良女子高等師範学校」は憧れの学校だったようで、私の進学についても
母がとっても喜びましたし、積極的に協力してくれましたので、修了式は一緒に…。
父も来てくれました。現役生の親子に交じってすごい老親子!
でもこれもちょっと親孝行になったかな。
畏れ多い立派な大きな修了証を頂きました。私の「学位」は資格はありません。(笑)
3年間「学んだ」修了証を頂きました。うれし~い!

東北の被災地で雪の降った昨日、阪神間も雪が舞う寒い一日だった。
私は1人で、4月9日のための「神戸を歩くコース」の下見に出かけた。
4月9日はTSUBAICHIの3年目のスタートと言うことで、記念企画にチャーター船での
クルージングを計画しているが、それならば、せっかくの機会を利用して、少し早めに
集合して頂き、神戸の街を散策しながら乗船場まで歩くのもよいかも・・・と講師の山内さん
に相談して、歩くコースを決めた。はやく詳細を決めて、お知らせしないといけないので、
私が代表して下見に行ってきたのである。
でも、思いがけず心の満たされた1日を過すことができた。
というのは、私は震災後トラウマで、「神戸」に行くことをしなくなった?「神戸」に
行くのがつらい?「神戸」を封印?…自分でもきちんと説明ができないのだけれど、
事実、神戸市垂水区で育った神戸っ子の私が、阪神淡路大震災以来、本当に「神戸」へ
行かなくなってしまった。
「下見」という大義名分でのコースも、出発した三宮駅前から、はっと気付いた。
私にとって、「復興した神戸」をはじめて歩く機会なのだ。フラワーロード沿いの歩道も
幅広く、整備されて歩きやすい。周辺の建物も市役所をはじめとして、再び高層ビルが
立ち並んでいる。東遊園地も震災記念日の報道画面でしか見たことなかったが、あらためて
現地に立って見て、私たちの2周年企画のこのコースは、いみじくも東日本大震災で、被害
状況がこれから明らかになっていくであろうこの時に、16年経って復興した町「神戸」を
歩いて頂く偶然は、これから被災地が日常を取り戻すまでの時間の長さをしみじみ痛感する
「追悼ウオーク」であるような気がした。
031.jpg
(東遊園地で会ったノラ猫)
実際にメリケンパークには、震災のメモリアルパークもあり、中突堤に続く港の様子は、
公園整備ができており、楽しめる広場が広がっている。
震災後の復興のあと?が、まるで今まで何もなかったのように平和に静かに時が流れていた。
三宮から神戸の中突堤まで、5キロほどの距離だが、居留地あとや、南京町も通る。
メインの船で摂津の海を楽しむ企画は、私たちの希望の通りの航路を組んで頂き、ポイント
ごとに山内先生に「万葉講話+神戸+風景」のお話をして頂くが、「神戸の街を歩く」ことの
意義をこのたび深く感心した私は、この4月9日の機会をみなさんにお薦めしたいと思う!
066.jpg
学びと遊びと感動と…TSUBAICHINの目標としているところである。
できるだけ多くの方々の参加を期待している。

うららかな日曜日の午後、TSUBAICHIで、予定通り蓄音器のコンサートを開催しました。
東北・関東大震災の直後、テレビのどの局も特別報道番組で、繰り返し、津波警報と現場の
様子を映し出しており、見るにしのびなくても気になって、テレビもつけっぱなしにして
しまう気分でしたが、気持ちが滅入ってしまうことより、つらさや切なさがひとときでも気分
転換できるのならば…と、サロンでは予定通り、めずらしい英国製の大型ホーンのEMGと言う
蓄音機でのSPレコードの鑑賞会を催しました。
京都在住の中村さんのコレクションですが、HPのトップページの写真に載せたように、
直径60センチもある、スイスホルンのような形のホーンからは、やはり迫力ある音が再生されて
TSUBAICHIに響き渡りました。ホーンは自在に動かせるので、角度を変えると音色がまた
違って聞こえます。また明治時代に録音されたクラシック曲などは、演奏者の個性がよく
あらわれていて、レコードの音とともに、録音時の背景や様子がしのばれる面白さがありました。
もっともお客様に反応が大きかったのは、やはり「歌謡曲」です。
李香蘭の「夜来香」や、灰田勝彦の青春ソング、歌謡曲で初めて哀愁を歌った田端義男など、
音楽を聴きながら、みなさんその時代のことや、青春時代の思い出や、「その歌」へのこだわり
などを話して下さり、「歌は世につれ、世は歌につれ」と言う通り、音楽と共にあった
昭和史を実感しました。そして音楽に興味のある私たちは、過去の音楽が歌詞も曲も
工夫されていて、凝った名曲が多いこと…。感心しました。また、私たちのサロンで
「みんなで歌おう、懐かしの歌!」というカルチャーを設けておりますが、毎回実感する
ように、「歌」とともにある人生をかえりみたり、懐かしい思い出を取り戻す貴重な時間
でもあります。SPレコードで名音楽家のクラシック曲を鑑賞することもなかなか「通」の
楽しみでありますが、あらためて歌謡曲の偉大さにも感心させられました。
年配の男性が圧倒的でしたが、なごやかに、めずらしい蓄音機で貴重なレコードを聞かせて
頂くという贅沢な時間を持つことができました。
提供・ご協力してくださった中村さん、また機会を作ってくださいね!

3年ぶりに京都「嵐山・嵯峨野」散策に参加しました。
私のサロンTSUBAICHIの中西講座「百人一首の世界」の野外講座でした。
12月の「紫式部、雲隠れの月」を講義して頂いたときに、もうすぐお正月→かるた→百人一首
と、話題が発展し、今年の1回目は、野外講座の企画からスタートしました。
目的は、ハコモノですが「時雨殿」という百人一首の館に行くこと。そして、周辺にある
百人一首の歌碑の建てられている公園を見学すること。そして、編者の藤原定家の屋敷跡と
思われる場所や、時雨亭の説を求めて、雪の残る常寂光寺、軒端の松の二尊院などを散策
しました。
歌碑は、亀山公園をはじめ、いくつかの場所に分かれた公園に、まああるわ、あるわ。
時間に限度があることと、あまり多く見ると印象が薄れるので(汗)、万葉集と共通する
5人の歌人はもちろん、紫式部や、石の形がユニークなものなど、それでも帰りの道々、
印象が不明確で、これは歌碑が多いせいではなく、私の頭の老化だ!と自覚しました。(笑)
そして、お昼は嵯峨野と言えば…湯豆腐!!!のランチも満足しました。
P1040052.jpg
愛宕山はうっすらと雪景色、正面の西宮の甲山と形が似た小倉山。
嵐山のシンボル、渡月橋をはさんで…のシーン。青空と北風と太陽と、気の置けない
お仲間たちと…楽しい文学散歩の1日でした。
P1040019.jpg